装填《Loading》:そして契約は結ばれた

 仲村マリナは武装戦闘メイドに憧れていた。


 マリナはこの時代にしては珍しく漫画本コミツクブックが好きな女だった。瓦礫の下から本を見つけては寝床へ持ち帰ることが唯一の趣味であり、養っていた孤児たちが生きていた頃は彼らへ読み聞かせることもあった。

 そういった過去の遺産コミツクブック登場人物キヤラクターの中でマリナが〝武装戦闘メイド〟に執着した理由は二つある。自身の境遇と彼女らのソレが重なったこと。そして、にも拘わらず自分には決して持ち得ないものがあったからだ。

 彼女らには敬愛する『ご主人様』と、主人へ尽くす『理由』があった。

 それが、とてつもなく羨ましかったのだ。

 尽くすべき主人を得て戦うことが出来たらどんなに良いだろう――そう願っていた。

 そう。

 どうせ戦うなら〝誰か〟のために戦いたかったのだ。

 だって、こんな、

 誰が始めたかも分からない戦争で、爺様の頭の中にしかない『ニッポン』を取り戻せと民兵に仕立て上げられ、誰のためでもなく、ただ使い潰されるなんて。

 最低だ。最悪の気分だ。


 ――遠く、機銃の掃射音が鳴り響いている。


 それは崩壊しつつある世田谷戦線の断末魔だ。

 この二子玉川戦区を失えば、南ニッポンの首都は北軍ホクグンの手に落ちる。もはや自衛隊は太宰府を守るので精一杯。米軍も横須賀から引き上げて久しい。意地を張っているのは、マリナを含む民兵組織だけ。守るべき住民すら既に敵なのだから。

 そんなこと、今となってはどうでも良い話だった。

 マリナは吹き飛ばされた右脚を見やる。

 太ももから先が綺麗に無くなり、動脈からはこれでもかというほど血が溢れ出ていた。

 潜んでいた廃ビルが機関砲の掃射を浴びたのだ。直撃は避けたはずだったが、瓦礫か流れ弾でも当たったのだろう。

 痛みは、もう感じない。

 つまり、もう助からない。

 同じように死んだ仲間を何十人と見てきた。あと数秒、意識が保てば良い方。

「クソッ……タレ、」

 マリナは震える手で、戦闘ジャケットの中から一冊の漫画本を取り出す。

 最後に、その表紙を目に焼き付けておきたかったのだ。

 そこに描かれているのは、仲村マリナが最も尊敬し、誰よりも憧れる人。

 メイド服に丸眼鏡。二丁拳銃を携えた――

「婦長、さま」

 何度見ても、綺麗。

 私もこんな風になりたかった。敬愛するご主人様の為に戦いたかった。

 意識が、遠のく。

 ――ああ、死んでしまう。

 まあでも、別に良いか。

 悔やむほど、特別良いことがあった人生でもない。苦痛ばかりの15年だった。

 と、


『……死にゆく者よ、いま一度、その魂を役立てて欲しい……』


 幻聴、だろうか。

 マリナの耳にそんな声が届いた。


『……死後、我を主人とし尽くすのならば、汝の欲するものを与えん……』


 欲しいもの……? それなら、ある。

 尽くしたいと思える『主人』。

 そして、主人のために戦える『力』だ。

 そう、叶うならば。

 来世は素晴らしい主人に、武装戦闘メイドとしてお仕えできますように……。



 そうして、

 ニッポン統一戦線特二級抵抗員である仲村マリナは死に――――契約は結ばれた。

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