第一章 暗殺遊戯 その5
ガイルは苦痛に顔をゆがめるが、聞き苦しい声を出さなかったのはさすがといえた。さすがは
「貴様のような化け物を相手にする必要はない。俺が狙うのは王女ただひとり」
そのように言い放つと、残りの後ぶりを襲う動員し、俺の足止めを狙う。一〇数体のゴブリンが同時に襲い掛かってくるとさすがの俺も辟易する。ガイルが屋敷の奥に進むのは阻止できなかった。
「ふはは、見たか。これが〝老木〟仕込みの暗殺術よ。目的を果たすためならば皆が一丸となり、犠牲も厭わない」
「オール・フォア・ワン・ワン・フォア・オールの精神か」
「そういうことだ」
「言葉だけ聞けば美しいが、結局、おまえの名声と富を築くための犠牲ではないのか」
「その通り。だが、ゴブリンの低能ではそのようなことも分かるまい」
「かもしれないな」
「それではさらばだ。腕利きの護衛よ。いつかあの世で王女と再会できる日を祈れ」
そのように言い放ち、王女の寝室へと続く階段を駆け上がろうとしたガイル。しかし、とある人物によって遮られる。
「あー、ちなみにバルムンクは凄腕の護衛だけでなく、凄腕のメイドさんについても話していなかったようだな。もしも来世があったら、バルムンクに抗議するといい」
なにを言っているんだ? ガイルはそのような表情をするが、次の瞬間、目を見開く。二階の入りにメイド服の娘が立っていたのだ。彼女は怒髪天を突くかのように怒りに燃えていた。
「アリアローゼ様の命を狙っただけでも不届き千万なのに、このマリーを夜中に目覚めさせるなんて……」
ごごご、という音と炎揺らめく背景が出現したような気がする。
「マリーは最近、お化粧の乗りが悪いっしょ。にきびもできてしまったし、夜更かしは美容の大敵!」
「五月蠅い! あばずれ! そこをどかねば殺すぞ!」
マリーの実力を知らないガイルは罵倒の言葉を発するが、それが彼の死刑執行宣誓書となった。マリーは懐からクナイをふたつ取り出すと、それをガイルに投げつける。
「ふ、効かんわ!」
そのように豪語するが、彼の強気はそこまでだった。その生命も。
マリーが投げたクナイは二本ではなかったのだ。マリーは二本のクナイを投げると同時に同じ挙動でもう二本クナイを投げていたのだ。
同じ挙動上にあるため、ガイルの視線では後続のクナイがまったく見えなかったのである。
後続の二本のクナイ、一本はガイルの額、もう一本は喉に突き刺さる。ガイルは声を発することさえできずにその場に崩れ落ちる。
マリーは冷然とガイルを見下ろすと、そのままクナイを回収し、掃除を始める。
「さすがはメイドだな、侵入者の排除も後始末もお手の物だ」
「冗談でしょ。マリーが倒したのはたったのひとり、あなたは
マリーは呆れながら周囲を見渡す。俺の周囲には無数の死体が転がっていた。
「この量をひとりで、しかも大きな音を立てずに倒すなんて、あんた、化け物ね」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
そのようにうそぶくとマリーの手伝いを始める。たしかに俺たちは客人であるし、王女の家来として礼節を守りたかった。
しばらくすると男爵家の家人もやってきて血だらけの惨状に驚くが、俺たちが男爵家と王女を救ったことを知ると深く感謝してくれた。
恩人である俺たちにこれ以上、後始末はさせられないと、死体の処理を変わってくれた男爵家の使用人たち、そのまま風呂を勧められると、俺たちは深夜に入浴する。清潔な衣服も用意されると、朝まで眠るように勧められた。
明日は学校もあるし、彼らの進めに従うことにする。マリーと寝所の前まで一緒に歩くと、彼女に寝所によっていくように勧められる。
情愛の誘いではなく、ちょっとしたご褒美であるようだ。なんでも最高に可愛いものを見せてくれるとのことだった。なんであるか、ある程度察することができたので、素直に従うことにした。
マリーはそうっと王女様の寝所を開ける。するとそこには最高に可愛らしく寝息を立てる少女がいた。
「見てご覧なさい、この世界で一番可愛い寝顔を」
誇大でも誇張でもなく、真実だったので、俺は姫様の寝顔を堪能するとこう言った。
「それにしてもすごい大物だな。騒ぎは最小限にしたとはいえ、起きることがないのだから」
アリアローゼの眠りは深く、一度眠ったらあの程度の騒ぎで起きることはないらしい。俺が防音魔法を施したお陰でもあるが。
「大物には違いないわね。なにせこのお方は未来の女王陛下なのだから」
「たしかにな」
ふ、と笑うとこのように纏める。
「ラトクルス王国の女王は彼女のように清廉で、度量の深い人物でなければ務まるまい」
なにせ、この国には王であろうが、王女であろうが、構わず襲撃してくる佞臣奸臣の宝庫なのだ。〝平凡〟な気質の女性に〝王〟が務まるわけがなかった。
すやすやと眠る未来の王女様の寝顔を数分ほど鑑賞すると、俺は自室に戻った。
†
執事服を着た禿頭の男は部下から報告を聞くと一瞬だけ渋面を作った。
部下からの報告は吉報ではなかったのだ。
「まったく、ガイルめ、しくじりおって……」
舌打ちこそしなかったがそれに類することをすると、禿頭の執事は主の部屋に向かった。そこには新聞を読む主がいた。
執事の主であるランセル・フォン・バルムンクである。
主は王侯貴族のように優雅に新聞を読んでいた。いや、〝ような〟とは不適切か。主は貴族の中の貴族なのだ。
ランセル・フォン・バルムンクはフォンの敬称から分かるとおり貴族である。由緒ある侯爵家の当主でその門地は国内でも最大級であった。
彼の一日は最上級のコーヒーと新聞から始まる。コーヒーはシャクー・ハムスターという齧歯類がかみ砕いたコーヒー豆を焙煎したものしか飲まない。それ以外のものを注ぐと口を付けることもない。
新聞はサン・エルフシズム新聞を好むが、ドワーフ・タイムズやヒューマンなどの主要紙にはすべて目を通す。
メイドがアイロンがけをした新聞を端から端までじっくりと読むことから主の朝が始まるのだ。この国の大臣とバルムンク家の当主を兼ねる主は分単位のスケジュールで動いているため、この時間を貴重に思っている。そのことをよく知っていた執事は静寂を破っていいか迷ったが、結局、破ることにした。
そのような話聞きたくない、とは〝破滅するもの〟が必ず口にする言葉。耳障りの悪い報告を遮断するな、とは常日頃から主が言っている言葉だった。執事はその度量に惹かれ、今日まで主に仕えてきたのである。
執事は心地よく新聞を読む主に事態を伝えた。バルムンクは一瞬、新聞を読む手を休めるが、それ以上の反応は見せなかった。
「報告、ご苦労」
とだけ言う。
「……それだけでございますか?」
「それ以上、なにがあるというのだ」
「叱責されるものと覚悟していました」
「王女襲撃は余興だ。成功するとは思っていなかった」
「…………」
「王女襲撃の目的は王女の命にはない。真の目的はその護衛の実力を計ることだ」
「あの、リヒト・アイスヒルクとかいう小僧を高く買われているようですが」
「ああ、やつを見るとうずく」
「買いかぶりすぎではありませんか。やつはたしかに魔人アサグを殺しましたが、まぐれということもありましょう」
「俺は敵を過小評価しない。正確にはおれの剣は、かな」
バルムンクは手元に置いてある剣に手を伸ばす。その剣は神々しいまでの威容を誇っていた。
「家名と同じ銘を持つ神剣バルムンク、こいつが言うのだ。あの男は強いと」
「神剣バルムンクが……」
「そうだ。共鳴、いや、鳴動するのだ。あの男の持つ神剣ティルフィングと剣を交えよと」
「侯爵家の当主ともあろうものが、あのような平民と剣を交えなくても」
「聞けばあの少年、エスタークの息子だそうではないか。エスターク家は伯爵だ。侯爵家と釣り合いが取れないこともない」
「バルムンク家に並ぶ家などございません」
執事の追従に偽りがなかったので、バルムンクは「うむ」とうなずくと話を続ける。
「しかし、この神剣がおれをたぎらせるのだ。あの少年と戦えと。ゆえにおれはそのたぎりが本物であるか、確かめるために
「見事に返り討ちにあってしまいました」
「そういうことだ。つまりおれのたぎりは本物であった、ということだな」
「ではあの少年を捕縛しますか? 我が家に呼び出すことも可能ですが」
執事の提案をバルムンクは拒否する。
「魅力的な提案であるが、あの少年との決闘はおれ個人が執り行いたいもの」
遠慮しよう、と、かぶりを振り、本来の役目を口にする。
「おれはランセルであると同時にバルムンク家の当主であり、ラトクルス王国の財務大臣でもある」
そのように纏めると、バルムンクは今、一番しなければいけないことに注力する旨を伝えた。
バルムンクの視線は闘技場を描いた絵画に移る。その闘技場はバルムンク家が所有するものではなく、とある学院が所有するものであった。その学院とはもちろん――。
「剣爛武闘祭」
かつて自身も参加した大会の名をつぶやくと、ランセル・バルムンクは思考を重ねた。ランセル的な思考法を捨て、バルムンク家当主として陰謀をめぐらせたのである。
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試し読みは以上です。
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『最強不敗の神剣使い2 剣爛武闘祭編』
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