一章 学園編入と共通点のある銀髪 その7

『これより模擬戦を開始します。各チームは演習場内に出てください』

 開始のアナウンスが聞こえ、そのまま二人は演習場内に足を踏み入れる。

 相手チームが選んだのは森の中を模した視界の悪い演習場だった。

 ルールは単純、武装や魔術をもつて相手をせんめつすれば勝利。他チームの介入やちようなどが無ければ基本的には反則は無い、実戦を想定したようなものになっている。

『──さっきの言葉、信じたから。頼むわよ』

『はいはいっと。というか便利だな、この遠隔で通話出来る魔術』

 チームを組むことで魔術によるメンバー同士の通話が可能となり、ある程度の距離であれば遠隔でコミュニケーションが可能になる。セルトにとっては最高の魔術。

 相手は三人でこちらは二人。その上ランク差もあるという誰が見ても不利な状況。

 こちらの作戦は非常に雑。フューラが前衛でセルトが後方から支援。ただそれだけ。

(言ったからにはちゃんとやるか……。後が怖いし)

 約一キロ程離れた演習場の両端から双方スタートし、基本的には中央で会敵する。

 が、開始直後に駆け出したフューラと違いセルトは開始位置から一歩も動かなかった。

 今回は最初から全力で索敵を行う為に、セルトは魔力を眼に回し始める。

 副次効果で眼の周りを白のオーラが覆い、そうなったセルトの眼からは逃れられない。

『──一時停止だ、フューラ。その方向は誘い込まれてる』

『!! まるで見えてるかのように言うのね』

『実際見えてるからな。取りえずいつたん木の陰にでも隠れてろ』

 フューラに的確に指示を飛ばしながら、セルトはまず場を整えていた。

 その間に魔力球を六つ浮かばせておく。それは来たるべきタイミングに使用する為。

 元々は同じチームを組んでいた者同士。お互いの強さや弱点は分かっているはず

(フューラが一人で突っ走る癖があるのを知ってる訳だし、相手からすれば前に出るメリットなんか無い。待ちの判断は適格だけど、俺の前でそれは悪手だよ)

 相手の選択はフューラをたたきやすい場所に誘い込むこと。下手に姿を見せずフューラに隙が出来た時に一斉に攻撃を仕掛ける、そういう作戦なのがセルトには見えていた。

『フューラ、あの三人を同時に相手にして何秒持つ?』

『……自惚うぬぼれてもいいなら、三十秒は持つわ』

 フューラはセルトの質問に躊躇ためらいがちながらも、自信を持ってそう答える。

『そうか。十五秒後に相手がしびれを切らして向かってくるから頑張れよ』

 それだけ言い残してセルトからの通話が切れる。今のところ彼は指示を飛ばしてくるだけで何一つ動きが無いが、フューラは彼を信じてレイピアを抜く。

 緊張が無い訳がない。憂いが無い筈もない。ただ、変に身体に力は入っておらず。

「……やってやるわよ。今の私なら、やれる……!!」

 彼の指示は淡白だが、何よりも信用されているようにフューラは感じていた。

 彼とは会って間もない。それでも今はやれるような気がしていた。


「──なんだよ、一人か? あいつはどうやら尻尾しつぽ巻いて逃げ出したみたいだな」

「声を掛けてくるなんて余裕ね。不意打ちはきように反するのかしら?」

 そしてセルトが言っていた十五秒後きっかりに会敵。

 直後、フューラは彼の斜め後ろから飛んできた風魔術を身体をひねり避ける。そして体勢が崩れたところに男性二人の剣が襲い掛かってくるが、フューラは焦らなかった。

「嘘っ、かわされた!? 明らかに今までと動きが違うんだけど!?」

「……落ち着きましょう。偶然は二度も起きません」

 今までのフューラを知っている彼等はその変化に明らかに戸惑っていた。

 不思議なぐらい身体が軽い。まるで重荷から解き放たれたかのようにフューラは三人を相手に善戦を続け、既に会敵してから二十秒は彼等の攻撃をレイピア一本でさばいていた。

「ふざけんな!? 俺達とチーム組んでた時は手を抜いてたってことか!?」

「それはないわ。でも、今は不思議と楽な気持ちで戦えてる」

 勇者の娘として生まれた彼女の本来の才能は、たかが高名な家に生まれただけの彼等と比べるべくも無い。そしてそれに甘んじない努力もずっと続けてきていた。

「思ったよりやるじゃん。勝ちたいって言っただけのことはある」

 それを遠くから見ていたセルトは、満足気にうなずく。本当はすぐにでも終わらせても良かったが、フューラに持たせられるか聞いたのはそれを見たかったのが大きな理由。

「そんじゃ、さっさと終わらせようか」

 とはいえ三人相手では彼女の勝機は薄い。そして勝たせるという約束もした。

 セルトは事前に用意していた六つの魔力球を、彼等が戦っている場所に向けて放出する。

 一つは体勢を崩す為のブラフ、もう一つは言わずもがなとどめ用の一撃。

 彼等との距離、推定四百メートル。遠距離とは到底言えないが、今はこれでも十分。

『今からそっちに魔術飛ばすけど避けなくていい。そのまま戦っててくれ』

『くっ……ここまで本当に届くの!? そろそろ限界……』

『届く。それだけが俺の魔術の意義だ』

 セルトの言葉が終わったせつ、戦いを続けていたフューラは確かに見た。

 セルトがいる方向から、すさまじい速度を伴って真っ白な魔力球が飛んできたのを。

「!? 有り得ないだろ、一体何処から飛んで……!?」

「相手が視認出来ないってどういうこと……!? 明らかに魔術の射程じゃないって!?」

「それでも当たらなければどうとでも……!?」

 一つ目の魔力球を見た反応は三者三様。特に魔術を使う少女だけは、その有り得なさというのをよく理解しておりその分困惑が大きくなり一発目から被弾。

 少年二人は何とか剣ではじくが、あまりに唐突なそれに大きく体勢を崩され。

「がっ!? あ……」

 そして続けざまに飛んできた二発目の魔力球は彼等の反応速度を大きく超え、その身体を的確に撃ち抜いていた。威力も申し分なく、相手の意識を容赦なく刈り取っていく。

「嘘でしょ……? 有り得ないわよ……」

 その光景を見たフューラはそう呟くことしか出来なかった。遠距離から届かせる魔術というだけでも規格外なのに、それを自在に操ることまでされてはこうもなるというもの。

「……ま、まだ終わって……」

 三人のうち二人はもう伸びていたが、リーダー格の少年だけはまだ意識があった。

 もう立ち上がることは出来ない。それでもむしろ意識があるだけ上等だろう。

 ハッとなったフューラはとどめを刺そうと鋭い剣先を彼へと向ける。

「ま、待て……!! そうだ、もう一度チームを組もう、今のお前なら……!!」

 そしてその場で唯一立っているフューラに情けなくもいのちいをし始めた。

 今更過ぎるその発言。フューラはそれに揺れることなくただじっと彼を見つめる。

『やらないのか? せっかくの報復のチャンスだ』

 だがフューラはもう少しでレイピアが当たるところでその動きを止める。

 なおも続いている命乞いではなく、セルトの疑問しかフューラは聞いていなかった。

『そうね。今までのお礼も兼ねてとどめを刺したいところだけど……』

 そしてフューラは今にも気絶しそうな彼をいちべつしてから振り返った。

 確かに見返したいと思っていた。だが、それ以上に大事にしているものがある。

『私には勇者の娘としての誇りがある。もう敵意の無い者に向ける剣は無いわ』

 フューラは強い意志が込められた顔で、自分にとって最も重要としていることを告げる。

『お優しいことで。お前がそれでいいなら別に俺は何でもいい』

 彼女のその高潔さにセルトは少しだけ感心し、少しばかりのねぎらいを。

 フューラはしい表情のまま、セルトの下に戻ろうと一歩踏み出したその時。

「……馬鹿が!! そんなんだから、お前は『勇者の娘』として利用され──」

 最後の力を振り絞って少年がフューラの背後を狙って不意打ちを仕掛けてきた。

 つまり命乞いの言葉は演技。とはいえ動きからさいであるのは間違いない。

「──でも、どうしようもない馬鹿を粛清する剣ならあるのよ?」

 フューラはすぐにそれに反応し、最後の一撃を簡単に避け逆に反撃をかます。

 確実にその身体を斬り裂いた一撃はそのまま彼の意識を奪い、フューラは短く息を吐く。

 そしてもう彼には目線を向けずにまたセルトのいる方向へ歩き始めた。

「なんだ、一応用意してた魔術無駄になったな」

 一連の出来事を見ていたセルトは一つだけ予備で展開していた魔力球を消失させる。

 もしフューラが不意打ちに反応出来なかったら使うつもりだったが、用意しておくまでも無かったとセルトは苦笑し、さっさと先に演習場を後にし始める。

『も、模擬戦終了です。勝者はFランク、セルト・フューラチームとなります……』

 そしてようやく響き渡る勝者決定のアナウンス。明らかに動揺している声色。

 かくして行われた模擬戦は大勝。完膚なきまでに相手を叩きつぶし、フューラの目的は達せられた。そして過去のチームへの未練や後悔も断ち切れたことだろう。

「これでようやく、楽な生活が出来る……感無量だ」

 これで退学の条件は回避。学園での三年間を平穏に暮らせるとセルトはほくそ笑む。

 だがこれでもまだスタートラインにすら立てていないことを、彼は知らなかった。


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試し読みは以上です。


続きは2021年2月1日(月)発売

『∞射程魔術使いの俺は、やがて学園の頂点へ』

でお楽しみください!

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