ヒロイン聖女と悪役王女が入れ替わったら?★コミカライズ3巻発売記念★

 今週の診療録の整理、やっと全部終わった……!

 魚の瓶詰め工場が稼働し、治療院の経営も少しずつ軌道に乗ってきた日の昼下がり。治療院の一角で患者さんの情報を整理していた私は、ようやく完成した表を前にして大きく伸びをした。

 PCがない世界で統計を取るのはすごく大変だけど、その分、表やグラフが完成した時の達成感も大きいんだよね。

 うん、私は今日もよく頑張った。疲れたし、そろそろ休憩しよう。

 アナリーの方はどうだろう?

 診察室の方を見ると、午前中の患者さんはすべてはけたらしい。今は午後の診療にそなえて薬の調合をしているところなのか、いつもより広く感じられる部屋の中を、アナリーがスカートのすそをヒラヒラさせながら動き回っているのが見える。

 そういえば、アナリーのあの服って、教会の制服なんだよね?

 白と黒を基調とした、前世のシスターを彷彿ほうふつとさせる服は至ってシンプルな作りをしている。それなのに、アナリーが着ると人目を引くのはなぜだろう? やっぱり元がいいから?

 ううん、きっとそれだけじゃない。余計な装飾をはぶいたよそおいは、アナリーの清楚せいそ可憐かれんな内面をより引き立てている気がして……。

「あの、お姉様?」

 あ、いけない。思わず見入っていたら、視線に気づいたアナリーが怪訝けげんそうに振り向いた。

「さっきからずっと私のことをご覧になっているようですが、何かありましたか?」

「ううん、別に! なんかその制服、アナリーに似合ってるな~と思って」

「へ?」

 アナリーが驚いたようにアクアブルーの目を丸くする。

 しまった、今の言い方はよくなかったか。オシャレをしている時ならともかく、急にお仕着せの制服が似合っていると言われたって、普通は反応に困るよね。

「ごめんなさい、アナリー。私――」

「この格好をめてもらえて嬉しいです。ですが、お姉様の方がきっともっとお似合いになりますよ」

「え? 私?」

 思いがけぬ返しに、今度は私が目をぱちくりさせる。そんな私を前にして、アナリーはなぜか嬉しそうに「はい」とうなずいた。

「お姉様もご存じかもしれませんが、この制服は初代光の乙女の着ていた服が起源だと言われています。このシンプルな色使いとデザインは、現世の欲を捨てて王と民に仕えることを誓ったあかし。それゆえに、この制服をまとう者は中身の美しさを問われるそうです」

 えーと……。話を聞けば聞くほど、私には縁遠い服にしか思えないんだけど。私は帳簿を眺めるのが趣味の俗っぽい人間だから。

 やっぱりこういう服は、アナリーみたいにピュアな子が着ないと……と、思ったのに。

「もしよければ、お姉様も着てみませんか?」

「え?」

 着るって、教会の制服を? 私が?……いやいやいや!

「せっかくだけど、遠慮しておくわ。その服、私には絶対似合わないから!」

「そんなことありません! お姉様がお召しになったら、内面の清らかさがにじみ出て、教会に飾られている絵画のように美しく見えるはずです!」

「いくらなんでも褒め過ぎよ! 第一、私があなたの服を奪ってしまったら、風邪かぜを引くわよ?」

「なら、お洋服を交換こしましょう!」

「交換? 私と、あなたが今着ている服を?」

「はい!」

 キラキラと期待に満ちた目で見上げられ、私は「うっ……」と怯んだ。

 こうなった時のアナリーは、なかなか考えを変えない。というより、私は彼女のお願いに弱くて……。

「ちょっとで構いません。お姉様、ダメですか?」

「ダメ、ではないけど……」

「本当ですか?」

「でも、期待しないでね? 本当の本当に似合わないと思うから」

「大丈夫です! そんなことは絶対にありませんから!」

 アナリーはいったい何を根拠に、そんな自信満々でいられるんだろう? 私が着たら、シスターのコスプレをした悪役みたいになってしまうと思うのに。

 でも今さらアナリーのお願いを断るわけにもいかず、私は着ている上着を渋々しぶしぶ脱いだ。


 それから五分後。

「お姉様、着替えが終わりました」

 アナリーがちょっと照れくさそうに頰を染めながら、奥の診察室から出てきた。その瞬間、私は思わず息をんだ。

 これは、想像以上にかわいい!

 今アナリーが身に纏っているのは、白いリボンとボレロ風のジャケットが特徴の、私がよくお忍びで使っている服だ。さっきまで私が着ていた時には、正直どこにでもいる商家の娘さん風でしかなかったのに、アナリーが袖を通した途端、清楚で可憐なお嬢様の服にしか見えなくなった。

 やはりアナリーのような美少女に着られてこそ、服も己のポテンシャルを全力で発揮できるものらしい。今まで私が着ていたせいでごめんね、私の服。

 私がアナリーのかわいさにつくづく見入っていると、胸の前で手を組んだアナリーが顔をぱぁぁぁっと輝かせた。

「素敵です、お姉様! 思っていた通り……いいえ、それ以上にお似合いです! 私に絵心があれば、今のお美しい姿を絵にして残しておきますのに」

「それを言うなら、アナリーの方でしょう? あなたが今の格好で街を歩いたら、すぐにナンパされるか、人さらいにうかしそうで心配よ」

「そんなことありません! お姉様こそ」

「だからアナリー、あなたは自分の魅力を十分にわかっていなくて……」

 なんだろう、この状況?

 私たちは互いの服を着たまま、どちらがより似合っているか言い合い続けた。その時だ。不意にカランと音を立てて、私の背後で治療院の扉が開けられた。

 驚いて振り向く。え……。

 私は思わず無言で天をあおぎそうになった。

 嘘でしょ? なんで、よりにもよってこのタイミングで?

 扉の前に、目を丸くしたレナルドとダミアンの二人が立っていた。

「ヒューッ! こりゃまた」

 きっとアナリーの姿に感嘆したのだろう。ダミアンが口笛を吹く。

「アナリー? なぜ君がヴィオラの服を?」

 そう言ったレナルドの視線が私の方に移り、固まる。私は全力でこの場から逃げ出したくなった。

 こ、これは、恥ずかしいというか、しんどい……!

 アナリーの目には妙なフィルターがかかっていただけで、今のレナルドの反応こそが世間の正しい評価だろう。私みたいな悪役面が清楚な服を着たところで、似合うはずがない。それどころか、アナリーのような美少女を見た直後では、お目汚しにしかならないだろう。

「ヴィオラ、その服は――」

「これはアナリーと二人でふざけていただけだから! すぐに着替えてくるわ!」

「ちょっ! 待ちなって、お嬢ちゃん!」

 とっさにきびすを返そうとした私の肩を、ダミアンが後ろからつかんだ。

「ダミアン? 何を」

「知ってるか、お嬢ちゃん? お嬢ちゃんが今着ている教会の制服は、過去に無数の男たちの浪漫ロマンをかき立ててきたって」

「…………は?」

 急にどうした、ダミアン? 唐突にそんな性癖の告白をされたって、困るんだけど。

 思わずジト目でダミアンを見上げる。しかし彼は気にせず、私の肩に手を置いたまま話を続けた。

「いいか、お嬢ちゃん? ただでさえ憧れの制服を好きな女が着て現れたら、男はどう感じると思う?」

「え?……まぁ、普通に嬉しいんじゃないの?」

「なんだ、その素っ気ない反応! まだわかんねぇのか?」

「いや、あなたの趣味はわかったけど」

「違う! 俺が言いたいのは、レナードのことだよ!」

「…………はい?」

 なんでここでレナルドが出てくるんだろう?

 訝る私の前で、ダミアンが「だーかーらー!」ともどかしげに頭をかいて叫ぶ。

「レナードはいつもと違うお嬢ちゃんの、それも教会の制服姿を目にして、こうグッときたんだよ! だよな、レナード!」

「なっ……!」

 急に話を振られたレナルドが言葉に詰まる。彼は、呆気にとられている私の方をちらりと見て、気まずそうに視線をらした。

「別に、俺はそんないかがわしい目でヴィオラを見たつもりはないんだが……」

 そりゃまぁ、そうだよね。レナルドにとって、元悪役王女の私は恋愛対象外。仮に私がどれだけ好みの格好をしていたとしても、そういう目で見ることはないだろう。それなのに、ダミアンが変なことを言うから。

「ダミアン、レナードをからかうのはやめてよ。ただでさえ私の微妙な格好を目にして、反応に困ってるんだから」

「違う! 俺はそういうつもりでは」

「…………? レナード?」

 今度はどうしたんだろう?

 焦った口調のレナルドに驚く。目が合うと、彼は一瞬迷う表情を見せてから、やがて意を決した様子で告げた。

「その制服、あんたによく似合ってる」

「え?」

「きれいだ」

「……っ⁉」

 私はビックリしすぎて、口をパクパクさせてしまった。

 まさかレナルドの口から、そんな褒め言葉が出てくるなんて! しかも彼は自分で言っておいて恥ずかしくなったのか、耳まで赤くなっている。

 今のは社交辞令、だよね? ダミアンにからかわれた私を助けようとしただけだ。

 それなのに、レナルドの言葉をこんなにもむずがゆく感じるのはなぜだろう?

 ダミアンは私たち二人を眺めてニヤニヤしているし……あーっ、もうっ!

 なんだかレナルドと視線を合わせられなくて、下を向いてしまう。そんな私の腕に、そのとき突然アナリーが抱きついてきた。

「アナリー? どうし――」

「ひどいです、お姉様。最初にお姉様のお姿をきれいだと言ったのは、私ですのに」

「え? そこ、競うとこ?」

 というか、それ以前に、さっきのレナルドの発言はただの社交辞令だから。

 私は、ほおをプクッとふくらませているアナリーにそう言おうとした。しかし、その前に彼女は私の前に回り込んできて告げた。それも、思わずハッとするほど熱のもった瞳で。

「お姉様のその格好、私は大好きです!」

「…………!」

 直球の告白に、心臓がドキッと跳ね上がる。

 本当に、この子はどうしていつもこんなにまっすぐなんだろう?

 私の着ていた服を纏いながら、熱心に慕ってくれるアナリーの姿は、まぶしいほどかわいくて……。

「えっと、その、ありがとう、アナリー」

 私が照れながらお礼を言うと、アナリーもまた少しだけ照れくさそうにはにかんだ。

「……うん、まぁ次は頑張れよ、レナード」

 なんとも言えない顔で立ち尽くしているレナルドの肩を、ダミアンがポンポンと励ますようにたたいている。

 しかし、アナリーから目を離せずにいた私は、そんな二人のやりとりに気づくことすらなかったのだった。

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