春の嵐とパジャマパーティー★コミカライズ1巻発売記念★
窓枠がガタガタと揺れ、雨粒が窓ガラスを打ちつけている。
私、ヴィオレッタ・ディル・グランドールは、不安な気持ちで荒れた空を
ここは王宮でも、薬師をしているアナリーの治療院でもない。初めて訪れた村の、初めて泊まる宿屋だ。
事の
今の私は王女の身分を隠し、商家の娘の振りをして、治療院の経営改革に
嵐の中、こうして宿を取り、着替えのネグリジェまで貸してもらえたことはラッキーだと思う。でも通行止めになったということは、王宮にも連絡が取れないわけで……これって無断外泊よね?
こんなことがバレたら、ただでさえ最悪な私の評判がさらに悪くなって、断頭台が近づくかも……いやぁぁぁ! 何かもっともな言い訳を考えて、明日王宮に戻ったら速攻でスヴェンに
外の嵐もビックリするぐらい荒れた心を持て余しながら、私は三つ編みにした頭を抱えた。その時、部屋の扉がコンコンとノックされた。
「お姉様、入ってもよろしいでしょうか?」
この声はアナリーだ。
心配の種は尽きなくても、この取り乱した姿を見せて、彼女を不安にさせてはいけない。ただでさえ彼女は「私のせいでお姉様をずぶ濡れにさせてしまったなんて!」と自分を責めていたのだから。
「アナリー、どうぞ入って。着替えはもう終わっ……」
にっこり取り
……え、何? 天使が宿屋に舞い降りたの?
淡いピンクのネグリジェを
よくあるネグリジェ姿にこれほどの威力を持たせるなんて、さすがゲームのヒロインだ。
「あの、お姉様? 私、何か変でしょうか?」
あ、いけない。無言でジロジロ見られたら、そりゃあ戸惑うよね。
「ごめんなさい、アナリー。あなたのネグリジェ姿がなんだかその、すごく新鮮でかわいかったから」
「へ? そ、そんな……! お姉様こそ、すみれ色のネグリジェがとてもお似合いです!」
アナリーが
私はアナリーを部屋に招き入れると、ティーポットのお茶をカップに注いで渡した。
「お姉様、このお茶は?」
「宿の人にお願いして
「そんな! ここの宿代を出していただいた上に、お茶までいただくなんて」
「いいの、いいの。ちょうど私も喉が
「お姉様……、ありがとうございます」
アナリーがカップを両手で包み、遠慮がちに口元に運ぶ。コクンと喉が鳴ったその瞬間、緊張していた顔に花のほころぶような笑みが広がった。
「とてもおいしいです」
「おかわりもあるから、たくさん飲んでね。あ、あとその髪」
私はつい気になって、アナリーのプラチナブロンドの髪に触れた。
「お、お姉様?」
「やっぱり毛先がもつれているわ。アナリー、少しそこに座ってもらえる?」
「え? あ、はい」
部屋の中央に敷かれたラグの上に、アナリーがおずおずと座る。私は背後に回ると、まだ湿っぽかったその髪を丁寧に布で拭き、
すごい。前世の小説で「
すると、その様子を見ていたアナリーがフフッと笑った。
「アナリー、どうしたの? くすぐったい?」
「いいえ。この三つ編み、お姉様とおそろいだと思ったら嬉しくて。ありがとうございます、お姉様! 大好きです!」
「………………!」
なに、このかわいい生き物! 私の心臓を止める気?
アナリーは自分がいかにかわいいか自覚していないのだろう。思わず胸を押さえた私を不思議そうに見上げている。
私は息をフーッと吐いて心を落ち着けると、宿の人に用意してもらったクッキーをアナリーの前に差し出した。
「お姉様?」
「今夜はパジャマパーティーよ。たまにはこういうのもいいでしょう?」
「パジャ……お姉様と二人でパーティーですか? はい、ぜひ! お姉様と一緒に過ごせるなんて、この突然の嵐にも感謝しなければなりませんね」
「………………」
アナリーが
こういう素直で純粋な反応を目にすると、改めて気づかされる。「グランドール恋革命」というこのゲーム世界において、彼女こそがヒロインなのだと。
ゲームがシナリオ通りに進んだ場合、ラスボスにして悪役王女の私は、光の乙女となった彼女に倒される。
頭ではそうわかっている。でも……!
「このクッキーもすごくおいしいです、お姉様!」
アナリーがクッキーを頬張りながら、笑いかけてくる。その様子に、私は心がじんわりと温かくなるのを感じた。
たとえ敵対する運命にあったとしても、目の前の彼女を嫌いになることなんてできない。問題は山積みでも、今夜だけはすべて忘れて、この瞬間を楽しもう。そして、また明日から頑張るんだ!
アナリーにつられて笑顔になりながら、私もクッキーに手を伸ばす。
気づけば、いつの間にか嵐はやみ、窓の外にはきれいな三日月と星々が輝いていた。