第二章 勝ちヒロインは友達がいない その4
「…………………………………」
そして、この沈黙である。
バッキバキに尖った表現力に満ちた静寂が家庭科室に満ちて行く。恐る恐る振り返ってみると、
「あ、あの、姫乃……? と、
「だ、大丈夫……がじかじ……夏のことは……ぶくぶくぶく……信じてるから……がじぶくがじぶくがじぶくがじ……」
あー、無理してる。めっちゃめちゃ無理してるよ。
「ほんと、ごめん! なんかもう
「……夏が謝らないで。わたしは本当に大丈夫………それより、お昼休み終わっちゃうから早く食べちゃって。えっと………愛姉弟弁当だっけ?」
「げぶふっ——いや、今日はいいや、弁当。なんかお腹いっぱいだし」
「嘘……ごめん。こんなこと言うつもりじゃなかったの。食べて」
「いやいやいや。これはもう、いやいやいや」
「本当に怒ってないから食べて、もったいない。本当に美味しかったから………こんなに美味しい玉子焼き初めて食べた」
姫乃はそう言って、蓋の上に残された黄金色の玉子焼きを見つめながらちゅうとストローを鳴らした。
「……すごいよね、
「あ? あー、いやー、どうだろうなー。ずっといるとうるさいけどなー」
「……そう」
どう答えていいのかわからないので正直に返答すると、姫乃は言葉を咀嚼するような顔で僕を見つめ、
「玉子焼き……どうしよ。
またきゅっと唇を噛みしめて百三郎に視線を戻した。
「え? ああ、そうだな。いいよ、置いといて。僕食べるし」
「ううん、わたしが食べたい」
「そんなに気に入ったんだ」
「…………うん、まあ」
さっと赤みの差した顔を恥ずかしそうに俯ける姫乃。
別に照れることもないだろうに。よく食べる子は健康的で美しい。自分の箸で玉子焼きを摘まみ上げ、そのままついさっき
「——ええっ!」
ら、姫乃の顔の赤みが爆発した。
「どうした、姫乃?」
「ど、どうしたって………夏こそ、な、何をするの、急に」
「え? え? だって姫乃が食べたいって言うから……」
「……だからって、そんな形は……」
「形?」
「その……あーん、みたいなのは………無理……恥ずかしい……」
んなバカな。ついさっきやってたじゃん、
「……そ、それは女子同士だからであって! ………そんな……恋人みたいなことは……」
「ええっとー……あのー……僕らの関係は……そのー」
「そ、そうだけど………恋人同士だけど……うぅぅ、恥ずかしいよう」
えー、心音は聞くくせにー。心音OKのあーんNGとか、基準がよくわかんないんだけど。
「つーか、他に食べようがなくないか?」
「……そ、それはそうだけど」
「やっぱり食べるの止めとく?」
「ううん、食べる」
姫乃は指の隙間から上目遣いで僕の顔を見上げると、
「………じゃあ」
観念したようにゆっくりと手を下ろして口を開いた。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……………………………………あの」
「え?」
「……待ってるんですけど」
「おお、ごめんつい」
つい、姫乃のあーん顔に見とれてしまった。
こんなにぱかんと口を開けるんだな。
なんだろう、この感じ。無防備というか、危なげというか、思わず舌の上に硬貨でも乗せたくなるというか、とにかくじっと見つめていると胸がザワザワする。
「夏? まだ? ……恥ずかしい」
「ああ、ごめんごめん。なんか緊張しちゃって」
「やめて、なんで緊張なんか……」
そう言って眉を顰める姫乃も多分緊張しているのだろう、唇が微かに震えている。
「てゆーか、姫乃ってアレだね、目ぇ瞑るんだね。あーんする時」
「……開けた方がいい?」
「どっちでもいいけど」
「じゃあ、瞑る」
「そうか。じゃあ、行くよ」
「……うん」
バカみたいだ、どうしてこんなに手が震えてしまうのだろう。僕は大暴れする心臓の音が聞こえないよう慎重にそうっとそうっと玉子焼きを、姫乃の鼻に運んだ。
「冷たっ!」
「ごめん、手が震えすぎた!」
「もうっ。ちゃんとやって」
「ごめんごめん。やるから、ちゃんと。僕がこうするしか、食べる方法がないんだもんな」
「……そうだよ」
「わかった、任せてくれ。今度こそ」
もちろん、食べるだけでいいのなら箸ごと渡してしまえばすむ話だ。
それ以前にここは家庭科室なので、そこら辺の引出を引けば箸でもフォークでもスプーンでも売るほど出てくる。家庭科部の姫乃は、そんなことに気づかないほど動揺しているのだろうか。いや、それとも。
『……恋人みたい』
姫乃が言った言葉通りのことなのだろうか。姫乃はそういうつもりで口を開いているのだろうか。
もう一度玉子を箸で摘まみ上げた。
「いくよ」
「……んっ」
ふるりとした黄色い玉子焼きが、姫乃の薄い唇に触れた。
「もう少し口開いて」
「……無理」
「頑張って」
「………んんっ」
今にも破裂しそうな顔を必死に上向ける姫乃、頬以上に赤い唇がゆっくりと開いた。
「ごっめーん! うちお箸持って行っちゃってたわー!」
ついでに扉もどばーんと開いた。
「ごめんごめん、凡ミスやったー。箸なしにどうやって食べろっちゅーねんなあ? 大丈夫よ。うち、こういう時のために割り箸ごっそりストックしてるねん。よかったら一本使———わんでもいいみたいやね、これは。ホンマにやってしまいましたー、ごっめーん」
そして一方的な関西弁をまくしたて、またどばーんと音を立てて扉は閉まる。
衝撃で玉子焼きが床に落ちるほど強く。
……だから。
……声とか動きとか。
……色々でけーんだよ、お前は。
本当に、わざとやってんじゃないだろうな。
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試し読みは以上です。
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『彼女できたけど、幼馴染みヒロインと同居してます』
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※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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