序章
初めて校門をくぐった日の春の風を、僕はまだ覚えている。
そよそよと髪の毛をくすぐる感触を、微かに混じる花の香りを、命の息吹に満ちた暖かさを覚えている。そして、あの風が運んで来た出会いを、僕は覚えている。
あの日からいくつの風が吹いただろう。
激しく吹き荒れる夏の風、物悲しさを誘う秋の風、肌を切るような冬の風、また訪れる春の風。いくつもの風がいくつもの出会いを運び、また秋の寂しさが巡る頃、僕は一人の愛に応えた。
「あなたに会えて良かった。ありがとう」
選ばれなかった一人は、そう言って泣いた。
「わたしをふるなんていい度胸ね。絶対に後悔させてやるんだから」
ある一人は、そう言って笑った。
「これで日本に未練はなくなったよ。次に会うのは十年後かな?」
またある一人はそう嘯いて歩き出し、
「あーあ。バカですよねー。私は二番でも良かったのに。そーゆーの上手くやれないところがホントに………バカですよ」
ある一人はそう言って僕の胸を小突き、
「あ、やっぱり? そうだよね? わかってたわかってた。元からダメだと思ってたし。てか、冗談だし。真に受けないでよ、やだなー。あ、ヤバ、目痒っ。花粉かなー」
ある一人は懸命に空を見上げて瞬きを堪えた。
そして、また一人は、
「こらー! 朝やでー、はよ起きー! 起きて起きて起きて! いつまで寝てんの、遅刻すんで、ほんま。おーきーろー!」
………まだ家にいたりする。
これがゲームやアニメなら今頃はエンディングテーマがかかり、スタッフロールが流れ始めていることだろう。もちろん現実にはそんなものは出現しない。日常は日常のまま続いて行く。
この物語は「fin」の後のお話です。