第二章 戦闘学園 5
「ほんっと、あんたってやつは騒動のもとね。ナハト」
そして、放課後。学内を案内するため先を歩くシャーロットが呆れた調子で言った。
「今日一日だけでどれだけ問題を起こしたか。トラブルが好きすぎるわよ、あんた」
「俺が好きなんじゃなくて、トラブルのほうが俺を好きなんだ」
「馬鹿。言ってなさいよ、もう」
二人が歩いているのは、校舎の二階廊下。今は校舎内の特別教室を案内しているところだった。廊下は生徒たちが行き来し、実に賑やかである。
放課後を満喫すべく、学園周辺に広がる街、通称〝城下町〟に向かう生徒や、騎士団での活動に向かう者、それぞれが目標を持ち楽しそうに過ごしている。大陸中から未来ある生徒が集まる学園は、エネルギーに満ち満ちていた。
「……悪くねえな、ここの雰囲気。楽しく過ごせそうだ」
それを見ながらナハトが呟く。辺境で育ての親と二人で過ごすことが多かったナハトにとって、この学園は中々に刺激的であった。
だがその時、生徒の一団がものすごい勢いで廊下を駆けてきて、大声で叫んだ。
「おい、魔剣姫様たちがもうじき帰還するらしいぞ! 出迎えだ、急げ急げー!」
その言葉に、廊下にいた生徒たちは顔を見合わせ、次の瞬間には笑顔を浮かべてその後に続く。
何事かとナハトが辺りを見回していると、やがて窓の向こうから轟音が響いてきた。音の正体を確認すべく窓から顔を出してみると、空に巨大な飛空船が威容を見せつけ、着陸しようとしているところであった。
「うおっ、でけえ……!」
思わず声が出る。それは、大型船であるガレオンよりさらに巨大な船であった。
三階建ての校舎とほぼ同じ高さを持つ船体に、備え付けられた百を超える砲門。空の要塞とでも言うべきその船の船体には、だがなぜかマイクを持ってステージ衣装を身に纏った女性の萌え絵が描かれていた。
そして集まった生徒たちが見守る中、その船はゆったりと飛空船の発着場に着陸し、船体の側面が開いてタラップが降りる。するとその先に赤い絨毯が敷かれ、その左右に白い団服に身を包んだ生徒たちがずらりと並んだ。
やがてタラップに人影が現れ、彼女は片手を上げると、元気な声でおもむろに叫ぶ。
「みんなー、たっだいまー! スピカ、遠征から帰ってきたよお!」
「うおおおおおお! スピカ様、お帰りなさいいいいいいいい!」
彼女の呼びかけに、生徒たちから一斉に叫び声が上がる。白い制服の生徒たちに至っては、叫ぶだけではなく両手に持った光る棒まで振り回し、興奮を隠しきれない。
白い肌に、スラリと伸びた見事なプロポーション。エルフらしい長い耳に、恐ろしいまでに整った顔。美貌揃いのエルフの中でもとびきりの美女、エルフの王女にして自称アイドル魔剣姫〝スピカ・イーシャウッド〟の帰還であった。
「……なんだありゃ。どうなってんだ?」
その様子を見ていたナハトが驚いた顔で言うと、困った顔のシャーロットが答えた。
「二年生魔剣姫の、スピカ先輩よ。エルフの王女で、自称アイドル。いつも学内でライブやサイン会をやってて、ものすごい人気なの。白い団服のやつらは、彼女の騎士団〝ブリリアント・クイーン〟の団員で、全員もれなく彼女の熱狂的ファンよ」
そして船体に描かれていた萌え絵は、スピカを模した彼女たちの騎士団の団章である。ナハトたちが見守る中、スピカは愛想を振りまきつつタラップを降りていき、そんな彼女に白い団服を身に纏った眼鏡の男が付き従った。
「スピカ様、長きにわたる魔物の討伐遠征、お疲れ様でございました。我ら、一日千秋の思いでお帰りをお待ちしておりました」
眼鏡の男、ブリリアント・クイーンの副騎士団長である〝アイザック〟がそう声をかけると、スピカは周囲への愛想笑いを崩さぬまま他に聞こえぬ声で答える。
「本当だよ、まったく。なんでボクがあんな辺境に。役目だからって、ありえなーい」
「申し訳ありません。ですが、討伐遠征は魔剣を与えられた者の使命。そしてその成功は価値あることです。他の魔剣姫とも……」
自分のことをボクと呼んだスピカにアイザックが答えていると、再び空から轟音が響き渡った。生徒たちが見上げる中、スピカの巨大な飛空船と比べるとサイズこそ小さいものの、航行速度の早そうなフォルムの飛空船が着陸しようとしていた。
その船体には、血のような雫を垂らした赤いバラが描かれている。
「うおおっ、今度は吸血姫のミルティ様が帰還だ! 二人して、帰ってくるタイミングはほとんど同じかよ!」
生徒たちが声を上げ、その目の前で船が着陸すると、今度は赤い団服を身に纏った団員たちが出迎えの整列を行う。そして視線が集まる中、船から小柄な影が姿を現した。
「お帰りなさいませ、ミルティ様!」
一斉に団員たちが声を上げ、彼女を歓迎する。ずらりと頭を垂れる団員たち、それを見下ろしながら、彼女……吸血鬼の姫君、ミルティがゆったりとタラップを降りてゆく。
「フン、学園はあいも変わらずよの。高貴なる妾がつかの間の住処とするには、あまりにしょぼくれておるわ」
そう言って、長い犬歯を輝かせながらにやりと笑ってみせる。
その彼女の肌は恐ろしく白く、髪は血の色に近いピンクの色をしていた。そしてその瞳も、血のように紅い色をしている。幼女のような外見でありながら、その表情には威厳が感じ取れた。
魔剣姫が一人、〝ミルティ・アルカード〟。吸血鬼と呼ばれる種族の王女である。
そしてずらりと並ぶ彼女の騎士団の名は、〝ムーン・グロリアス〟。実力主義を掲げる彼女の元に集った、いずれも腕に覚えのある精鋭たちである。
「むっ……」
供の者に日傘を差させながら歩いてゆくミルティ。だがそこでスピカの存在に気づき、二人して歩み寄ると、互いにニコリと微笑んで語り始めた。
「あらー、おかえりなさい、ミルティちゃん☆ 西方遠征、どうだったぁ?」
「なんてこともなかったわ。魔物共、数ばかり多いがやることといえば力押しばかり。我が騎士団の敵ではない」
「うふふ、そうね、ミルティちゃんところの騎士団、とーっても強いもんねー。でもー」
そこでスピカが口元に手を当て、小馬鹿にしたような顔で続けた。
「ボクのほうが、帰還は早かったみたいだけどねー」
「……は?」
その言葉に、ぴしり、とミルティの額に青筋が立つ。
「なんじゃ、貴様、妾に喧嘩を売っておるのか! 早いとか言ってもほんの少しじゃろがい! その程度のことを誇りよって、相変わらず浅ましい女よの、この耳長めが!」
「ぷっぷー。少しだろうがなんだろうが、早いことは事実だもんねー。やーい、負けてやんの。所詮、あんたとこの騎士団なんてうちには敵わないのよ。とっとと認めたらぁ?」
「こんの、言わせておけば……!」
魔剣姫、スピカとミルティ。エルフと吸血鬼の姫君。
二人はとても相性が悪く、会うといつもこの調子であった。
「それを言うなら、出発はおのれのほうが早かったじゃろ! 第一……!」
ミルティがそこまで言ったところで、再び空から轟音が響き渡った。
見上げると、もう一隻、巨大な飛空船が降下してくるところであった。そしてその船体には、なぜかお茶碗に盛られたほかほかご飯が描かれている。
そして船が着陸しタラップが降りると、待ちきれなかったとばかりにそこから人影が飛び出してきた。
「やーん、やっとお仕事終わったー! たっだいまー皆ー! お腹すいたー!」
黒い肌に灰色の髪をした彼女はそのままタラップを駆け下り、声を張り上げる。
すると大勢の生徒たちが満面の笑みで彼女を取り囲んだ。
「おかえりなさい、団長! お疲れさまでした!」
「団長がいないと寂しかったっすよー! お帰りを心待ちにしてました!」
そう口々に叫ぶ彼らは、全員が灰色の団服を身に纏っており、そしてそのほとんどが獣人やオーガなど人間以外の種族であった。
「私も寂しかったー! 皆、元気だった? 遠征は大成功だったよ、お土産あるからねー!」
彼ら全員と触れ合いながら、彼女……ダークエルフの魔剣姫、ラナンシャ・トゥートが花のような笑顔で答える。
ほわほわの巻毛に、健康的で肉付きのいい体。穏やかな雰囲気に、明るい表情。そしてついでに言うならば、実際、その胸は豊満であった。
そんな彼女を見ながら、スピカが憎々しげに呟いた。
「やだ、ダークエルフ女まで。ふん、相変わらず愛想だけは良いんだから。やな感じ!」
ダークエルフは、エルフから派生したと言われる種族である。白い肌をしたエルフと対照的に黒い肌をしており、森を捨て峡谷や荒野を住まいとしている。
エルフとダークエルフは歴史上常に争い合っており、エルフの王女であるスピカも心の底からダークエルフを嫌っていた。
だが、当のダークエルフであるラナンシャは自分を見ているスピカとミルティに気づくと、満面の笑みで子犬のように駆け寄ってくる。
「わー、二人も今日帰還だったんだ! 同じ日に出発して同じ日に帰還するなんて、すごい偶然だねー! 仲良し!」
「だぁーれが仲良しよ、ダークエルフ! 言っとくけど、あんたんとこが一番遅いからね! それに……」
「わ、ミルティちゃん吸血鬼なのに太陽の下に出て大丈夫なの? 熱くない?」
「聞きなさいよ!」
マイペースなラナンシャに振り回されたスピカが吠える。
それを見ながら、ほとほと呆れた表情でミルティが答えた。
「じゃから、吸血鬼は太陽を浴びると灰になるとか、人の生き血を啜るとかは全部迷信だと何回も説明したじゃろうが……。いつになったらお主は覚えるんじゃ……」
「あれ、そうだっけ。えへへ、ごめんね……あ、ご飯の匂い!」
そこでクンクンと鼻を鳴らしたラナンシャが周囲を見回す。すると、彼女の部下達が笑顔で用意した食事を持ってくるところであった。
「団長、お腹空いてるだろうと思って用意しときましたよ! 食べてください!」
「わあああー、みんなありがとー! 私、幸せだよおおおおおお!」
用意された席に座り、ラナンシャが山程用意された食事に凄まじい勢いで手を付け始める。その食いっぷりを見ながら、スピカとミルティがつぶやきあった。
「ほんと、あやつだけはいつまでたっても理解できん……」
「同感。胃袋が頭蓋骨の中にまで広がってんじゃないかしら」
そう言ったところで互いに目があい、慌てて逸らす。そして同時にフンと鼻を鳴らして、二人は逆方向に歩き出す。
そしてその後に何百人もの生徒が続いていくその様は、中々に壮観であった。
「すげえな……。魔剣姫が学園を支配してるってのは、マジだったんだな」
一部始終を二階から見ていたナハトが呟く。
すると横に並んだシャーロットが小さく頷き、答えた。
「うん、生徒のほとんどは彼女たちの配下よ。あの三人……スピカ先輩とミルティ先輩、そしてラナンシャ先輩。それにフルカタ先輩を合わせた四人の二年生魔剣姫たちが、この学園の中心と言っていいわ。彼女たちは一年生で魔剣を手に入れて、それからずっとライバル関係なのよ」
「なるほど……あいつらはどうやって魔剣を手に入れたんだ?
「人それぞれよ。例えば、ほら。スピカ先輩の隣の人を見て」
言われてナハトが目を凝らす。その隣には、眼鏡で大柄の男が付き従っていた。
「スピカ先輩が持ってる魔剣は、元々はあの眼鏡の人、三年生のアイザックが持っていたの。だけど入学してきたスピカをひと目見た途端恋に落ちて、彼女に進んで剣を差し出したそうよ。で、今はファン第一号にして彼女の副官に収まったってわけ」
「そりゃまたすげえ話だな……。ありなのか、そんなの」
「持ち主がそうしたいと言えば、仕方ないわ。他にも、ミルティ先輩は
「なるほどな。それぞれ、自分の得意分野で手に入れたわけか」
美貌や闘争、そして融和。魔剣姫たちはそれぞれのやり方でこの学園の頂点を目指しているのだ。たしかに、どうやらひたすら戦えばいいというわけにはいかないようだ。
「……そういえば、おまえたち一年生は学園側に選ばれて引き継いだとか言ってたな」
ナハトが尋ねると、シャーロットはやや困った顔で頷く。
「そう。私とアリアの剣は、入学する前に三年生の魔剣士が持っていたの。魔剣を持ったまま魔剣士が卒業すると、次の持ち主は学園を運営する元老院が決める。それで選ばれたのよ」
高名な魔術師たちで構成された元老院は、学園の様々な事柄への決定権を持つ。
その元老院が次なる魔剣の持ち主を入学してきた姫君たちに選定したことは、当初忖度を疑われ騒がれたが、すぐに彼女たちの実力が知れ渡りその声は消えた。
それでもシャーロットとしては未だに面白くない話ではある。
「ふうん。お前がやたらスカウトしてくるのは、それが理由か。早いとこ、騎士団を結成して魔剣を持つだけの実力があるってことを示したいんだな」
「そういうこと。それに、それだけじゃなくて魔剣を持つ者は義務として魔物の討伐遠征とかいろんなことを行わないといけないの。それができないとなると、いつ魔剣を取り上げられるか……」
「なるほどな。ま、すげえ勉強になったぜ、ありがとさん。おかげで俺の目標も見えてきた。だが……」
そこでナハトが視線を横に向けた。つられてシャーロットがそちらに目を向けると、そこには手に手に
「まずは、目の前のことから片付けなくちゃいけないらしい。そうだろ、あんたら」
「ああ、そういうこった転入生。俺たち全員と
「さあてね。幾つか思いつくが、理由はどうでもいい」
言いつつ、ナハトがにやりと笑って拳を構え、吠えた。
「まだまだ今日は遊びたりなかったんだ。やろうぜ、あんたら!」
「……ほら、ここがあんたの部屋。最低限の物はあるけど、足りなければ自分で稼いで買うといいわ」
そして、夜。
ナハトはシャーロットに連れられて木造の宿舎に来ていた。
案内されたその部屋にはベッドと勉強机、あとは衣装棚があるだけでがらんとしている。
「へえ、一人部屋か。部屋なんて空いてないんじゃねえかと思ったが、悪くない部屋だ」
ベッドに触れて柔らかさを確認しながらナハトが言うと、シャーロットが少し悲しそうな顔で答えた。
「ちょっと前までは持ち主がいたみたい。けど、脱落したようね」
「脱落? 学校をやめたってことか?」
「多分。この学校、一年生の間に三分の一はついていけなくなってやめるらしいから」
夢を抱いて学園に入学してくる生徒たち。だが、そのほとんどは厳しい授業についていけず学校を去っていく。最初はすべての学科を合わせて千人を軽く超える生徒が入学してくるのだが、その中で三年間を耐え抜き卒業できる生徒は半分以下だ。
「そういうあんたは、続けていけそう? 随分派手な一日だったけど」
「俺か? 座学は辛かったけど、それ以外は別にどうってことなかったな。むしろ楽しかったぜ」
「……呆れた。あんた、どういう体力してんのよ」
事も無げに言うナハトに、シャーロットが呆れ顔をする。
朝っぱらから風紀委員を相手に派手に戦い、基礎教練でぶっちぎりの能力を見せ、さらにクラスメイトたちに集中攻撃を受けていたのにすべて返り討ち。
さらに放課後には次から次へと挑んでくる挑戦者相手に連続で
あまりにも常識外。しかも、魔力無しでそれをやっているというのだから信じられない。
「ねえ、あんたどうやってそれほどの力をつけたの。鍛えただけでそうはならないでしょ」
「さあな。まあ、街に住んでた奴らとはちょっと生活は違ったかもな。俺の住んでたとこじゃ、飯を探すのも命がけだったし」
「……オルゾナ高地に住んでたって話、今なら信じられるわ。けど武術は誰に習ったのよ」
「育ての親のジジイだ。嫌なジジイでな、おまえに一人で生きていけるだけの力を与えてやるとか言って、下手したら死ぬような修行ばっかりさせやがんだ。あいつにこそ殺されると思ったぜ」
言いつつ、ベッドに寝そべるナハト。だが言葉とは裏腹に、その顔には笑顔があった。
そのベッドに自分も腰掛けながら、シャーロットが更に尋ねる。
「ふうん……。その人の推薦で、この学校に入れたってわけ?」
「ああ、そうみたいだな。野郎、あちこちに顔が利くらしい。そういや、あのジジイとどっかの国にいくと、大体偉いさんに歓迎されるか、速攻で命を狙われたな」
「どういう人なのよ、その人……。もしかして、その人に魔剣を集めろって言われたの?」
「いいや。じじいは手段としてそれを教えてくれただけだ。集めるのは、俺の意志」
そこで、わずかに
「……聞いていい? あんたはどうして、魔剣を集めたいの?」
「夢のためだよ」
「夢? どんな夢?」
「ああ、そりゃ……」
シャーロットはその言葉の続きを辛抱強く待ったが、いくら待ってもそれはこない。
不審に思い、ナハトの顔を覗き込んでみると……彼は、すでに眠りに落ちていた。
「もう、なによ。話してる途中なのに」
ぷくりと膨れつつも、シャーロットはナハトの体に毛布を掛けてやる。
なんだかんだ言っても、慣れない環境と大騒ぎで疲れたのだろう。その寝顔は、まるで子供のようだった。
「敵である私の前で、無防備すぎでしょ……こうしてりゃ、可愛いもんなのにね」
言いながらその赤毛をひと撫でし、部屋の明かりを消しながらシャーロットが呟いた。
「おやすみ、ナハト」
パタンと扉が閉まり、部屋にはナハトの穏やかな寝息だけが残った。
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試し読みは以上です。
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※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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