第二章 戦闘学園 3

「さあ皆、今日も元気にお勉強しましょうね! ワフリナ先生の座学、はっじまるよー!」

 そしてナハトたちが教室に戻った直後、彼らのクラスの担任がやってきてホームルームを行い、続いて授業が始まった。

 後ろの壁の穴はひとまず板で隠され、ヤンカーは保健室に連れていかれている。

 教壇に立った、ワフリナという名前のその先生は外見こそほとんど人間だが、頭の上に犬のようなヘタレた耳を持ち、お尻にふかふかのしっぽがついている獣人であった。

 子供のような顔と身長の彼女が、ニコニコ笑顔で続ける。

「じゃあ本題に入る前に、転入生くんがお話についていけるよう少し確認をしましょうか~。ナハトくんは、クラスの皆が目指す〝探訪者〟が何なのかは、知ってるかな~?」

「おいおい、先生、馬鹿にしてんのかよ。さすがにそれ知らないで入学はしてこねえよ。空を飛んでる島、飛島フラクタルを探索する資格を持ってる人間のことだろ?」

「うん、たしかにそのとおり。でもそれだけじゃないですよ~。じゃあ、皆にも意識を改めてもらうために、先生が一から説明しますね」

 ナハトの答えに、にっこりと笑ったワフリナが言い、教壇においてある踏み台に乗って黒板に絵を描き出した。

「いいですか、私達が住むこの大陸、〝ウォルカニア大陸〟は世界に一つだけの大陸です。私達の先人は海をゆく船を造り、大陸の周囲をくまなく探索しましたが、他には小島があるだけでどこにも大陸は見つかりませんでした」

 黒板にはかなり歪な大陸の絵が描かれ、それをコンコンと指しながらワフリナが続ける。

「そして、私達の大陸には多種多様な種族が住んでいます。最大の数を誇る〝人間〟、森林部を支配する〝エルフ〟、エンジニアとしての腕では他の追随を許さない〝ドワーフ〟、さらには先生のような〝獣人〟を始めとする少数種族。それらすべてを含めて、〝人類種〟と言います」

「そしてご先祖様たちは、この大陸の覇権を賭けて長い間争い合っていました。しかし今日では、それぞれが独自の国家を大陸のあちこちに築き、小競り合いはあるものの大きな争いはなく過ごしています。それはどうしてでしょう、シャーロットさん?」

 指名されたシャーロットが立ち上がり、それに答えた。

「はい、先生。飛空船が発明され、古代人の遺跡が眠る飛島への探訪アクセスが可能となったおかげです。そこから齎される品々で産業革命が起こり、魔物に対して有効な武器、魔具ギアも開発されました。そのおかげで、人類種同士で奪い合わなくてもそれぞれの国で高度な自給自足が可能になりました」

「そう、そのとおり! 以前は見上げるだけだった飛島に私達は行くことが可能になり、なんとそこで先文明の遺跡が発見されたのです! そして、そこから……」

 ワフリナがそこまで言ったところで、校舎の向こうから、ゴウ、と大きな音が響いてくる。そして次の瞬間、窓の向こうの空にぬっとそれが現れた。

「おっ……!」

 ナハトが嬉しそうな声を上げ席から立ち上がる。

 楕円形の丸い上部に、そこから吊り下げられた船のような部分。あちこちに巨大な羽が取り付けられ、船体の後部からは赤い光が漏れ出している。

 飛空船。空を探索するために作り上げられた、人類の英知の結晶である。

「すげえ、近くで見るとやっぱでけえな……!」

 その船は、優に百人以上が乗船できるサイズだった。ナハトが目を輝かせてそれを見ていると、ワフリナが続ける。

「ちょうどよかった、どこかの騎士団が任務をこなしにいくところみたいですね。あれが飛空船。上部の楕円の部分に浮力を得るためのガスを蓄え、船体下部に貼り付けられた〝エルメシア鋼〟が大気中に存在する〝魔素〟と反発し、更に後方についたエンジンで炎を吹き出して推進力を得る仕組みです。あれは、飛空船の中でも大型のサイズ、ガレオン級の飛空船ですね」

 ワフリナが説明する間にもその飛空船は後部から炎を吐き出し、学園から空へと飛び立っていった。それを目で追いながら、ナハトが子供のような純粋な目で言う。

「すっげえなあ……! なあ、先生、今のやつってどれぐらいするんだ?」

「うーん、そうですね。騎士団として所有を申請した場合は学園からの補助がありますが……まあ、十億ダリル以上はしますね」

「十億! マジかよ、想像よりずっとたけーな!」

 驚いた声を上げたナハトに、少し困った顔のワフリナが続けた。

「そのあたりは、中断してしまった飛島フラクタルのお話とも関係があります。飛空船には最先端の技術と同時に、飛島で見つかる〝魔力結晶〟が使われているんです。魔力結晶は大きさで価値が変わるけど、ガレオン級の飛空船に使えるレベルのものは、それ一つで数億ダリルは軽くしちゃうのです」

「それ一つで小国なら買えちゃうぐらいの金額ですもんね、先生」

 シャーロットが言い、ワフリナが頷いた。

「大きさにもよりますけどね。魔力結晶は大気中の〝魔素〟と反応を起こしてエネルギーを生み出す凄いものですから。今日では、どこの国もその力で産業を行っています。先文明も、これの力で発展していたと思われるの」

 そのワフリナの説明を受けて、他の生徒達が目を輝かせて口々に声を上げた。

「でも逆に言えば、飛島に行って石を持ち帰れれば一気に大金持ちだぜ。最大級の魔力結晶を持ち帰った人、自分の国まで作ったっていうしな」

「魔力結晶じゃなくても、先文明の魔具ギアを持ち帰れればすごいお金になるわよ! あー、私の騎士団、早く連れてってくれないかなあ!」

「ばーか、一年の俺たちが連れてってもらえてもどうせ荷物持ちだっつの。でもいつかは自分の騎士団を持って、自由に探訪アクセスして大金持ちになりたいよなー!」

 授業中だというのにそれぞれ勝手に盛り上がるクラスメイトたち。ワフリナはその様子をにこやかに見つめながら、そこで現実を突きつけた。

「ふふ、皆さん夢があっていいですねー。たしかに飛島には大量の富が眠っています。ただ、忘れないでくださいね、飛島には大量の魔物がいることを」

「うっ……」

 ワフリナのその言葉に、生徒たちが一斉に言葉に詰まる。

 魔物。この大陸中に生息する、すべての人類種の敵。

 あらゆる物を破壊し、奪い尽くし、大気中の魔素を腐らせる決して共存できない宿敵。それらはすべての飛島フラクタルに生息し、そこから大陸にやってきたと言われている。

 人類種の歴史とは魔物との戦いの歴史であり、人々はそれに打ち勝つため魔術を編み出し武術を鍛え、今日まで熾烈な生存競争を続けてきたのだ。

「飛島への探訪アクセスは、常に死と隣り合わせです。実際、毎年大勢の探訪者ヴアリアントが行方不明になっていますからね。しっかり鍛えて、知識も高めて、どんな時でも自分の力で生きれるように座学も頑張りましょー。いいですね?」

「……」

 ワフリナが少し悲しそうな顔で言い、生徒たちは沈黙を返した。

 実際、荒っぽいこの学園の生徒たちは座学嫌いが多い。

 だがそんな空気を気にした様子もなく、ワフリナは授業を再開した。

「じゃあ、そういうことで歴史のお勉強、やっていきましょー。初めて飛島に探訪が行われたのは、今から五十年ほど前のこと。当時、大陸は大戦乱時代で、種族同士の憎しみ合いは頂点に達していました。さらに、魔物の軍勢があちこちで猛威を振るい、人類種は存亡の危機に立っていたと言っていいでしょう。だけどそんな時、この学園の生徒たちが力を合わせ、最初の飛空船を造り上げました。そして、彼らはこう名乗ったのです。そう……〝蒼穹の騎士団〟と」

 その名前が出た時、シャーロットはちらりとナハトに目を向けた。

 ナハトは真面目な顔でそれを聞いている。

「空は誰にも縛られない自由な場所。彼らは国家を超えて協力するため、そのように名乗ったのです。そして飛空船に乗り飛島への探訪を成功させた彼らは、そこで魔力結晶を手に入れ、さらに持ち主に莫大な力を与える魔具ギア〝七つの魔剣〟を持ち帰りました。彼らはその力を使い、魔物の軍勢を打ち倒し、大陸に平和をもたらしたのです」

「魔剣を始めとする飛島で見つかった魔具は〝至宝魔具レガリア〟と呼ばれ、そのいくつかはそれぞれの種族の国に渡りましたが、七つの魔剣はこの学園が保有することになりました。そして魔力結晶と飛空船の情報は各国に与えられ、国々は争いをやめて飛島への探訪に力を注ぐようになったのです」

「魔力結晶を使えば膨大なエネルギーを得ることができ、世界が変わります。その力で町中は照明で照らされ、畑は農具ではなく機械で耕されるようになりました。また至宝魔具を元にして魔具が造られるようになり、我々は魔物を相手に圧倒的に有利に戦えるようになったのです。そう、すべては飛島から持ち帰られた物と技術の恩恵です」

「ただし、飛島は決して安全な場所ではありません。先程も言いましたが、魔物と呼ばれる、地上にも生息している私達の敵。それが飛島には大量に存在しています。それを退けて魔力結晶や魔具を持ち帰れる者は、大陸の発展のためになくてはならない存在。かつて魔術を教えていたこの学園は、今ではその探訪者ヴアリアントを育成する役割を担っているのです」

「そう、皆は世界を新たに切り開く先導者となるためにこの学園に来たのです。自分が、私達人類種の未来を照らす希望の光であるということ。それを、どうか忘れないでね──」

 

「……はあ、まいった。まさか午前中まるごとお勉強とは思わなかったぜ……」

 午前の授業が終わって、昼休みの時間。

 生徒でごった返す学園の食堂で、椅子の背にだらりともたれかかったナハトがぼやいた。

「基本は毎日そうよ。午前中は座学、午後は肉体鍛錬。まあ慣れることね」

 その正面に座ったシャーロットがサンドイッチをぱくつきながら言うと、跳ね起きたナハトが不満そうに言う。

「探訪者ってのは、魔物をぶっ倒して飛島フラクタルからお宝を持ち帰るのが仕事だろ? あんなに地理やら社会やら数学やら、勉強する必要あるのかよ?」

「あるに決まってるじゃない。学校を卒業したら、どこかの国に所属して騎士団を作り、そこに尽くすことになるのよ? 探訪者ってのは国の誇りなわけ、それがアホじゃ話にならないでしょ」

「アホって……。お前、王女のくせに喋り方は滅茶苦茶俗っぽいよな」

「うっさい、王族ぶってりゃ金になる時はそうしてるわよ」

 ガヤガヤとうるさい食堂の中で、二人でああだこうだと言い合う。

 それぞれの国は探訪者を抱え、お互いに取り決めを持って飛島への探訪アクセスを行っている。

 故に探訪者の行動には政治的な側面があり、それは慎重に行われなければならない。

 また、探訪時に危機的状況に陥ったり、飛空船が何らかの理由で航行不能になった時、自分たちの力で局面をどうにかする能力も必要だ。そういう時のためにも、知識は持っておかねばならないのだ。

「そんなことより、あんた早く食べなさいよ。せっかく奢ってあげてるんだからさ」

 言いつつ、シャーロットがナハトの目の前にある皿を指差す。

 するとナハトはそれをうさんくさそうな顔で見ながら尋ねた。

「……この食い物、なんだよ? 初めて見たぞ」

「えっ、ウソ、驚いた。あんた、カレーを見たことないの?」

 白い米に、黄色いカレー。それはカレーライスと呼ばれる料理で、元は東方の少数民族が好んで食べていたものだ。今は大陸中に伝播し、どこでも食べられる。学食での注文方法を知らないナハトのためにシャーロットが選んだものだ。

「カレー知らないって、あんたどこに住んでたのよ。山の奥かどこか?」

「ああ、オルゾナ高地ってとこで育ての親と二人で住んでた。つっても、ずっとそこにいたわけじゃねえぞ。年に何回かは、武者修行だとか言ってじじいに大陸中連れ回されてた」

「……オルゾナ高地ですって? ウソでしょ、あんた、あんなとこに住んでたの!?」

 こともなげに言ってのけたナハトに、シャーロットが驚きの声を上げる。

 オルゾナ高地とは大陸中央に存在する、〝大陸でもっとも過酷な場所〟と呼ばれる秘境だ。標高が高いため息をするにも苦しく、危険な森が広がり、また大量の魔物が生息することで有名である。そこに行って生きて返ってきた者はほとんどいない。

 そこに住んでいたなど、にわかには信じがたく、シャーロットは続けて問おうとしたが、それより早くカレーに口をつけたナハトが驚きの声を上げた。

「……なん、だこりゃ……。ウソだろ、信じられねえぐらい、うめえ!」

「……あらそう。お口にあったようで良かったわ」

 そのまま目を輝かせてガツガツとカレーに食らいつくナハトを、やや呆れた目で見ながらシャーロットが答える。

 出会ってまだたったの数時間だが、本当に変わったやつだと思う。自称だが人が住めないとまで言われた秘境に住み、素手で魔具を使う相手に勝利する赤毛の男。

 それだけ聞くと言葉もまともに話せない原始人のようなやつを想像してしまうが、見た目は決して悪くない。悪くないどころか、まあ、結構タイプかもしれない。

 カレーに夢中なその姿を見ながら、それを言うことにやや決心が要りつつも、シャーロットが提案を持ちかけた。

「ねえ、ナハト。さっきの話なんだけどさ……本当にするつもりはない?」

「さっきの話? どの話だよ」

「あんたと私が、組むって話よ。あんた、かなり強いし私達が組めばいろんな事ができると思う。正確には、私の騎士団にあんたが入るってことになるけど。どう?」

 その言葉に、ナハトがスプーンを止めて、渋い顔で答えた。

「おい、さっきの話、覚えてねえのかよ? 俺は魔剣姫を全員倒すために来たんだぞ。その魔剣姫と組んでどうするんだよ」

「それはわかってるけど……あんた、本当にたった一人で私以外の魔剣姫を相手にできると思ってるわけ? 言っておくけど、騎士団を持ってる姫たちとは一騎討ちの決闘デユエルじゃなくて〝戦争ウオーゲーム〟をすることになるわよ」

「戦争? 殺し合い……じゃねえよな。この学園でのルールのことか」

「そういうこと」

 シャーロットがこくりと頷いて続ける。

「戦争ってのは、決闘の規模を騎士団対騎士団にまで広げたルールのことよ。互いの騎士団の全員が魔力体になって、倒し合う。で、負けた方は相手の傘下に入るの。いくらあんたが強くったって、一人じゃ数の暴力に勝てるわけないわ。この食堂にいる全員に一斉に襲われて勝てると思う?」

「む……」

 言われてナハトが周囲に視線を巡らす。すると、生徒たちの結構な数がヒソヒソと小声で話しながらこちらを睨みつけているのに気づいた。どうやら、ナハトが正面玄関の前でやったことはすでに知れ渡っているらしい。

「対抗するには、あんたもそれなりの規模の騎士団を持たないと。それに、あんた文無しでしょ。何をするにしても、金が無いんじゃどうにもならないじゃない。だから……」

「金が無いのはお前も同じだろ? 船なし部下なしのシャーロット」 

「うっ!」

 先程の会話を覚えていたナハトが突っ込みを入れると、シャーロットがその豊かな胸を押さえて呻いた。

「そ、そりゃ今はないわよ、けど人を増やしていけばすぐにお金も貯まるし、じきに用意もできるわ! それにね、魔剣姫にはいろいろ特権があるの。あと……っ」

 必死で勧誘を続けるシャーロット。

 だが、そこでカレーを食べ終えたナハトがはっきりと答えた。

「わりぃな、シャーロット。どっちにしろ無理だ。俺は、人の下にはつかねえ」

「……どうしても?」

 シャーロットが切なそうに言い、ナハトは大きく頷いて肯定した。

「本気だ。むしろ許されるなら、いますぐあんたとやりあいたいね。騎士団を持ってないあんたとなら、決闘デユエルでいいんだろ。どうだ、駄目か?」

「……」

 その言葉にシャーロットはしばらく考えるような顔をしたが、やがて答えた。

「受けてもいいわ。ただし、私に魔剣を賭けろと言うならあんたにもそれ相応のものを賭けてもらうわ」

「それ相応のもの? 例えば、何だ」

「金よ。一千万ダリル。あんたがそれを賭けるなら、勝負してもいいわ」

「一千万! たけえな! ていうか、おまえ、また金かよ!」 

「当然でしょ。金が一番わかりやすいもの。それに、私はこれで稼いでるの。魔剣の対価としては安いものでしょ」

 ソロの魔剣姫であるシャーロットを与しやすしと踏んで、魔剣を狙い決闘を挑んでくる者は多い。その度、シャーロットは相手の強さを見積り戦う条件に金を要求していた。

 弱い相手なら一万でも引き受けるし、強い相手なら百万以上をふっかける。そして、今まですべての決闘で圧勝してきたのだ。

 そのシャーロットが、ナハトには一千万という金額を提示した。それはつまり、ナハトがそれだけ強いと踏んだからだが、同時に戦いを避けたいという気持ちの現われでもあった。

(こいつ、底が読めない感じだし、そもそも学園長代理に監視するように言われてるしなあ……。それに、やっぱりできればどうにかして仲間に引き入れたいわ)

 エレミアにはエレミアの思惑があるようだが、それは正直知ったことではない。シャーロットとしては、せっかく知り合った有望な同級生をどうにか仲間に引き入れたくてしょうがないのだ。

 そしてその言葉に、ナハトが渋々ながらも納得したように頷いた。

「確かにそうかもな。そっか、賭けるものか……まずはそれを用意しないとな。最初の目標はそれでいくか」

「……ねえ、聞いていい? どうしてあんたは学園の統一なんて目指してやってきたの? そんなことして、どうするつもり?」

「それは……」

 ナハトがなにかを答えようとしたその時、食堂の向こうが急に騒がしくなった。

 巨大な学園に相応しい広大な食堂、その向こうからざわめきが近づいてくる。

「どけ、どけい! 風紀委員長のお通りである! どけ、どけええいい!!」

 何人もの生徒たちがそう声を張り上げながら他の生徒たちを押しのけて道を作り、その中を誰かが歩いてくる。

 そしてその人物は、驚くべきことにナハトの前で止まった。

「……貴様が、転入生か」

 それは制服の上に青い羽織を着た、背の高い女生徒だった。

 凛と伸びた背筋に、すっきりとした体型。きりりと引き締まった目元、その瞳は黒く、長い黒髪を後ろでポニーテールにして垂らしている。美少女よりは美女と言ったほうがよい顔立ちで、そしてその腰には長い刀を佩いていた。

 その背後には、同じ羽織を着た百名を超える生徒たちがずらり並んでおり、腕には一様に〝風紀請負〟の腕章がつけられている。

「フルカタ先輩!?」

 目の前に立つ相手の顔を見て、シャーロットが驚いた声を上げた。

「なんだ、知り合いか?」

「知り合いも何も、私と同じ魔剣姫の、先輩よ! 先輩、こ、こんにちっ……」

 慌ててシャーロットが立ち上がり挨拶をしようとするが、フルカタと呼ばれた彼女はすっと手を上げてそれを押し留める。

「シャーロット、今日は君に会いに来たのではない。今朝、校門前でうちの者と揉めた転入生を探しに来たのだ。……どうなのだ、貴様がそうなのか?」

「ああそうだ。なんだ、子分をぶっ飛ばされたお礼参りにでも来たのか?」

 言いつつ、ナハトが椅子から立ち上がる。こいつは面白い展開になってきた、もしかしたらいきなり魔剣姫とやりあえるかもしれない!

 だが、展開はナハトの予想外の方向に転んだ。

 ナハトの返事を聞くと、フルカタは小さく頷き、自分の背後に声を掛けた。

「お前たち」

 その声に反応し、数名が前に進み出る。そして、その中には。

「おっ。あんた、朝やりあった……えと……なんつったかな」

「……ウォルサムだ。風紀委員の、ウォルサム」

 朝方、ナハトと派手にやりあった鎧の男、ウォルサムがいた。

「なんだ、あんたもう立てるのか? あれ食らったやつは、大体数日は寝込むんだけどな」

「正直、今でも腹の中がぐわんぐわんしておるわ。だが、今はその話ではない」

 言いつつ、ウォルサムとその周囲、朝にナハトを取り囲んだ生徒たちが一列に並ぶ。

 そして次の瞬間、驚くべきことに、彼らは一斉にその頭を下げてみせた。

「転入生! 朝は、すまなかった! このとおりだ!」

「おっ……?」

 予想外の謝罪にナハトが戸惑っていると、ウォルサムが頭を深々と下げたまま続ける。

「まさか真の転入生とは思わず、最初から疑ってかかり、不審者と断じて強引に捕らえようとしたこと、まっこと我らの不徳の極み! 皆の手本となるべき風紀委員として、あるまじき行為であった! どうか、どうか許して欲しい!」

「…………」

 あまりのことにナハトが沈黙していると、フルカタが彼らを厳しい目で見ながら言った。

「それだけか?」

「いっ、いえっ……。それと、その……赤毛、と侮辱したこと、心より詫びる! 魔力のあるなしで人を判断するなど、愚かなことだった! すまない、深く反省している!」

「反省してまーす!」

「はあ……」

 ウォルサムたちの手のひら返しについていけず、ナハトが呆れたような声を上げ、フルカタのほうを見て尋ねた。

「これ、あんたがやらせてんのか?」

「違う。この者たちから報告を受け、間違いを指摘したところ、自分たちで深く反省をし謝罪すると決めた。私はただ、立場あるものとしてそれに同行しただけだ」

 答えるフルカタの目には、一片の曇りもない。

「そのとおりだ! 私は、なんと愚かなのだ……。相手が赤毛だからと侮り、一方的に暴力を振るい、あまつさえ負けるなど……! 俺は、赤毛は全て自分より弱いと思いこんでいた自分が恥ずかしい!」

「ああ、そういうノリね……」

 ウォルサムの言葉に、ようやく合点がいったとナハトが呆れ顔をする。

 つまり、弱いと思っていた赤毛に入学するほどの力があり、また自分より強いとわかって、彼らはその事を反省しているのだ。

 なるほど、この学園では常に力が物を言うらしい。

「いいぜ、別に。俺も殴ったし。お互い様だろ、怒ってねえよ」

「おおっ、本当か、許してくれるのか……! ありがとう、ありがとう!」

 軽い調子で答えたナハトに、ウォルサムたちが顔を上げ、笑顔を向ける。

 だがウォルサムはすぐに(被っている兜のせいでわかりにくいが)顔を曇らせ、尋ねた。

「そこで、すまんのだが、一つだけ聞いていいだろうか……。貴様が俺に打ったアレ。あれは、魔術のたぐいではないのか?」

「なんだよ、赤毛には魔力がないって言ったのはあんただろ」

「いや、それはそうなのだが、それは伝聞だしな……。もしかして、自分の常識が間違っていたのではないかと保健室で唸りながら考えていたのだ……。だって、そうだろう!?」

「うおっ!?」

 言いつつ、ガバっとウォルサムがその巨大な両手をナハトの肩に添えた。

「我が纏い鉄塊は、打撃に対しては無敵! そう信じて俺は魔力を練り上げてきたのだ! だというのに、貴様の何気ない一撃で何の役にも立たずダウンさせられるなどっ! このままでは俺はどうすればよいのかわからんのだ、頼む、教えてくれ!」

「だあっ、うっとおしいから揺すんな! わかったわかった、教えてやるから!」

 そのままぐいぐいと体を揺すってくるウォルサム。それを振り払いながら、ナハトが自分の制服のポケットからビー玉ほどのサイズの鉄球を取り出した。

「ちっ、できるだけ秘密にしておきたかったんだがな……。見てな」

 言いつつ、鉄球を指で弾いて高く上に飛ばす。

 そしてそれが落ちてくる瞬間、その拳が何気なく振るわれ、鉄球を叩いた。

 だが鉄球はそのまま何事もなかったかのようにまっすぐ落ちてきて、食堂のテーブルの上を転がり、そして次の瞬間……ぱかりと、真っ二つに割れてしまった。

「えっ、ウソっ!」

 黙って見ていたシャーロットがそこで驚きの声を上げ、鉄球の残骸を拾う。

 割れた鉄球の内部は砂のように崩れ落ちているが、表面にはそれらしい傷すら見えない。

 鉄球は、内側から割れているのだ。

「〝鎧貫き〟って打法だ。殴った表面じゃなく、その内側に打撃を通してダメージを与える技。鎧をそれで貫通して、内部にダメージを与えたってわけだ」

 驚いた表情で見ている周囲に、ナハトが解説を入れる。

「打法……。ただの、技術、か。それで、こんなことができるのか……。では、俺は……」

魔具ギアに頼り過ぎだな。完璧な守りだと自負しすぎて、肉体の方の鍛錬が足りてねえ。だから、そこを抜かれたら一発でのされちまうんだ」

「ぬうううっ……。ウォルサム、一生の不覚……!」

 ガクリとウォルサムが膝をつく。

 その様子を見ながら、そこでようやくフルカタが進み出た。

「どうやら、部下たちの用件は済んだようだ。改めて名乗らせてもらう。私は、魔剣〝閃刃剣ルクスリア〟に認められた魔剣姫にして、騎士団〝誠心会〟の団長、かつ風紀委員長のイサミ・フルカタである」

 堂々とした名乗りであった。騎士団〝誠心会〟はこの学園の風紀委員を任されており、その団長であるイサミは同時に風紀委員長を兼任しているのである。

 それを受け、ナハトはその顔をじっと見つめ返しながら答えた。

「俺の名は、ナハト。ただのナハトだ。……先輩、なんだっけか? なんて呼べばいい。あんたもどっかの王女様なんだろ」

「この学園に在学中は、王女ではなくただの生徒だ。よって、フルカタ先輩でよい」

 そして、フルカタはすっと目を細めると、射抜くような視線で続ける。

「ところで、貴様……貴様のしでかしたことはすでに聞いている。貴様、どうやらあまり素行が宜しくないな」

 その言葉に、ナハトがおどけた様子で答えた。

「なんだよ、俺はあんたの子分に売られた喧嘩を買っただけだぜ」

「そのことだけではない。貴様、その後にもいきなりクラスで決闘を行い、隣のクラスに迷惑を掛けたらしいな。それに、なんだその制服の着方は。まるでなっていないではないか。だらしない」

「あっ、おい、ちょっと……!」

 言いつつ、フルカタがナハトの制服に手を触れあちこち正し始める。

 流石に赤い顔をしたナハトが、身を引いてフルカタの手から逃れた。

「いっ、いいって、ガキじゃねえんだから服ぐらい自分で直すっての! つーか俺の素行が悪いからなんだよ、風紀委員的に許せねえってのか? なら、あんたともやりあってもいいんだぜ」

「……そう、なによりそれだ。貴様、魔剣姫を全員倒すとか宣ったそうだな。正気か?」

 そしてフルカタが両手を広げ、凛とした顔のまま続けた。

「この学園で探訪者ヴアリアントを目指す生徒は実に二千名を超え、それをとりまく技術科の生徒を含めればその数倍にもなる。そしてそのほとんどがいずれかの魔剣姫の傘下に収まっているのだ。いくら貴様が腕に自信があろうと、生徒全員とやりあえるわけはあるまい」

 言いつつ、フルカタがちらりと自分の背後に目をやった。そこには、百名以上の彼女の部下が並んでいる。つまり、フルカタにこの場で挑むということはその全てを同時に相手するということだ。

 だがナハトは一切怯むことなく、にやりとほくそ笑んで答えた。

「どうかな。やってみないとわからねえだろ」

「馬鹿め、わからいでか。貴様のような血気盛んな輩は常にいる。だが、そのほとんどはすぐに身の程を思い知らされて消えていくのだ。貴様もそうなる。だが……」

 そこで、フルカタがナハトの全身を睨めつけるように観察した。

 服の上からでもわかる、鍛え抜かれた肉体。並みの鍛錬ではそうはなるまい。

 フルカタは、小さく頷くと続けた。

「おまえは、そうやって消えていくには惜しい人材のようだ。だから、私の騎士団で面倒を見てやる。共にこい、礼儀を教えながら徹底的に鍛え上げてやる」

「えっ!?」

 その言葉に、驚いた声を上げたのはナハトではなくシャーロットであった。

 遠慮するように後ろに下がっていた彼女が慌てて進み出て、二人の間に割って入る。

「まっ、待ってください、フルカタ先輩! 彼とは、私が先に交渉してたんです! 後から来て、そんなっ……!」

 必死で抗議してくるシャーロットを見つめた後、フルカタがナハトの方を向いて尋ねた。

「彼女の騎士団に入るのか?」

「いや? 断った」

「ちょっと、ナハト!?」

 その言葉に、シャーロットが驚きの声を上げる。まさか、自分の方は断っておいてフルカタ先輩のほうには入るつもり!?

 そりゃ自分と比べてフルカタ先輩の騎士団は大手だし、飛空船も良いのを持ってるし、なによりフルカタ先輩はとびきりの美人だ。けど、だからってあんまりなんじゃ……!

 そこまで思ったところで、はっと何かに気付いたシャーロットが吠えた。

「悪かったわね、勝ってるところがなくて!」

「……お前、なにを言ってるんだ……?」

 呆れ顔でナハトが言う。

 そして周囲にも驚きの声が広がっていた。

「おい、まじかよ、あのフルカタ先輩が一年生を勧誘してるぜ!」

「ありえねえ、先輩に声を掛けてもらえるだけでも、とんでもない名誉なのに! くそー、いいなあいつ、いきなり特別扱いかよ!」

 野次馬たちから、妬みと羨望の声が上がる。才色兼備のフルカタに憧れる生徒は多い。

 だがナハトはそんな空気を無視し、改めてフルカタの方を向くと、真面目な顔で答えた。

「悪いな、誘ってくれんのはありがたいが、俺は誰の下にも付くつもりはねえ。それに俺はあんたら全員と戦って、魔剣をいただくつもりなんでね」

「……どうしてもか?」

「ああ、どうしてもだ」

「そうか」

 瞬間。光が、走った。

 否、それはただの光ではない。フルカタの手が刀を鞘から解き放ち、そして、まるで映像のコマが飛ぶように、はたまた空間を飛び越えたかのように、ナハトの首筋にぴたりと刃が当てられる、その高速の一刀が煌めきだけを残したのだ。

「っ……速い!」

 ナハトの背後で、それに反応して己の剣に手をかけていたシャーロットが呻く。

 恐るべき抜刀の速さ。自分に向けられていたら、はたして防げただろうか。

 そしてシャーロットに遅れること数秒、周囲の生徒たちがようやくそれに気付いた。

「うおっ! フルカタ先輩、抜いてる!?」

「嘘、いつの間に!? なんにも見えなかった!」

 ざわめきが広がり、だがそれを一顧だにせずフルカタがナハトに囁く。

「……やるな。大口を叩くだけはある」

 そのフルカタの胸元に、ナハトの拳が突きつけられていた。

 ナハトはフルカタの超速抜刀に反応し、反撃していたのである。

 だがナハトは、その額に冷や汗を滲ませて答えた。

「……そりゃどうも。だが、あんたが本気で刀を振っていればどうなったかな」

 フルカタが本気でないとわかっていたから反撃に出ていたものの、もし全力で振り切られていたらどうなっていたか。

 そう思わずにはいられない一撃であった。

(とてつもない達人だってのは、今の一撃で痛いほどわかった。魔剣姫ってのは、全員こんなレベルの使い手なのか?)

 だとしたら、たしかに楽にはいきそうもない。

 そうナハトが考えていると、刀を突きつけたままフルカタが続けた。

「貴様が、相応の実力者であることはわかった。挑む資格もあるやもしれん。だが貴様、魔剣姫から魔剣を奪うことの意味はわかっておるのか」

「さあてね」

「フン、とぼけるな。いいか……この学園において、魔剣とは力の象徴だ。そして、我ら魔剣姫は皆がこの学園の頂点たらんと、常に争い合っている」

「……」

「なぜか? それは、大陸中の探訪者ヴアリアント見習いが集うこの学園で力を示すということは、大陸に力を示すことと同義だからだ。そのために、一国の王女であろうともただの生徒としてここを訪れている。今は危ういところで均衡を保っているが、もし誰かが他の魔剣姫を倒し二振りを所有したとなれば、それが崩れてしまう。ましてや、他者に奪われたとなるとどう転ぶかわからん。それゆえ、我らは……ひゃん!?」

「!?」

 粛々と語るフルカタが、次の瞬間、珍妙な悲鳴を上げてばっと飛び退いた。

「ふっ、フルカタ団長……? ど、どうなさったのですか!?」

 心配した風紀委員たちが声をかけるが、フルカタは真っ赤な顔で自分の胸を手で隠し、信じられないといった様子でナハトを見ている。

「ちょっと、ナハト、あんたなにをしっ……」

 そこで、シャーロットは、見た。

 先程までフルカタの胸の前で握り込まれていたナハトの拳が開き、にぎにぎと動いているのを。

「……あんた、まさか……」

「いやあ、なんつうか……」

 ナハトが手を動かしながら、平然と言ってのけた。

「話が長かったから、つい、揉んじまった。いやあ、なかなかの揉み心地だったぜ、先輩」

「──ッ!」

 その瞬間、更に顔を赤く染めたフルカタが駆け出し、食堂を飛び出していった。

「あっ、先輩!? ……ナハト、あんたなんてことを! 自分が何したか、わかってるの!?」

「優しそうな先輩だから、胸ぐらい許してくれるかなって思って」

「許してくれるわけあるか! この、変態!」

 シャーロットが罵声を浴びせる中、周囲の風紀委員や生徒たちが何が起こったのかにようやく気づく。そして、徐々に彼らの怒りのボルテージは上がっていき、殺意が形となって見えそうなほどにナハトへと向けられた。

「……てめえええ、転入生、フルカタ団長に何してくれとんじゃこらあああああ!」

「ふざっけんなよ! よくも俺の憧れの人にっ! 」

「我が国の王女様に対する侮辱……到底、許せぬ……!」

 食堂中の生徒が、憎しみを滾らせてゆっくりとナハトを取り囲んでいく。

 だがその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、引きつった顔のシャーロットがナハトの手を引いて慌てて駆け出した。

「あっ、いけない、昼休み終わりだわ! ほら、基礎教練が始まるわよ、急いで急いで!」

「あっ、待ちやがれこの野郎!」

 背後に生徒たちの罵声を浴びつつ必死に廊下を走りながら、半泣きのシャーロットがぼやいた。

「ああああ、本当にとんでもないやつの世話役を引き受けてしまった……!」

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