第二章 戦闘学園 1

「……あんたさ。あれって、本気なわけ?」

 正面玄関前での騒動から、少し後。

 学園の廊下を先導して歩くシャーロットが、ふと後ろを振り返って尋ねた。

 すると、その後ろをぶらぶらと付いてきていたナハトがとぼけた顔で答える。

「あれ? あれって、なんのことだ」

「ふざけないでよ、決まってるじゃない。あれよ、あれ……魔剣を全部手に入れて学園を統一するとかいう、馬鹿な話よ」

 不満げに口先を尖らせたシャーロットが棘のある口調で言う。

 ナハトの正面玄関前での宣言の後。

 周囲の生徒たちから向けられる敵意の視線に晒されながらも、シャーロットはナハトに転入の手続きをさせるため校舎内へと招き入れた。そして今はそれらを済ませた後に、彼が編入されるクラスへと案内しているところであった。

 好きでしているわけではない。すべてはエレミアからの依頼であり、金のためだ。

(それにしても、とんでもないやつ押し付けられちゃったわ……。学園長代理、こういうやつだってわかってて私に振ったのね、もう!)

 いきなり学園の生徒全員に宣戦布告など、正気の沙汰ではない。しかも、よりにもよって赤毛がである。

 こいつはこの学園のことをなにもわかっていないのだ。

「いい、言っておくけどウォルサムを倒したぐらいで調子に乗らないほうがいいわよ。この学園は、化け物みたいに強いやつがうじゃうじゃいるんだから。あいつなんて、この学園じゃ弱いほうよ」

「ふーん。そりゃ楽しみだ、あの程度の相手ばっかじゃ退屈しちまう」

「あんたねえ……」

「そんなことより」

 そこで、ナハトがシャーロットの言葉を遮った。

「あんたの名前、まだ聞いてないぜ。教えてくれよ」

「ああ……そうだったわね。私はシャーロット・アデリアーナ・ルーン・エインスワース。あんたが学園に馴染むまでの世話係ということになるわ。よろしく」

 言って、シャーロットがニッコリと微笑む。それに笑みを返しながらナハトが答えた。

「ああ、もう知ってると思うが俺はナハトだ。よろしく頼む、シャーロット。……しかし、なんつーか。あんた、すごい美人だな」

 言いつつ、無遠慮にナハトがシャーロットの制服姿を見つめる。

 ほっそりとしつつも一部では豊かな膨らみを持つシャーロットの体をじろじろと鑑賞していると、シャーロットが腰に手を当てて不満そうな顔で告げた。

「ちょっと、人のことをジロジロ見ないでよ。金とるわよ」

「……見るだけで金とるのかよ」

「当然でしょ。私、美人で有名なんだから。タダで好きなだけ見せたら、女が廃るわ」

「へいへい、じゃあこっそり見るよ。……それより、話は変わるが一つ聞いてもいいか?」

「あら、なにかしら? 私にわかることなら、なんでも……」

「〝魔剣士〟ってのはどこにいる? さっきも言ったが、俺はそいつらと戦いてえんだ」

「っ……」

 その言葉に、シャーロットがしばし固まる。

 だがすぐにすっと目を細めると、白けた表情で答えた。

「あんた、本気で本気なんだ……。魔剣士のこと、どこまで知ってるわけ?」

「さあてな。ただ、確かに知ってるのは、それが生徒たちの支配者だってことだけだ」

 言って、ナハトが廊下の窓から外に目を向けた。

 石を組んで作られた、要塞のごとき巨大な校舎。その中庭には樹木が生い茂り、鳥たちが羽を休めていた。

「この学園には、七振りの最高級の魔具ギア、〝魔剣〟が存在する。それは代々生徒たちの中で際立って優秀な生徒たちに貸し与えられ、受け継がれてきている……。そして、それを与えられた奴のことを、魔剣士と呼ぶ」

 ナハトは視線をシャーロットに戻すと、その瞳を見つめながら続けた。

「魔剣士たちは常に対立しあい、互いを飲み込もうと学園を分断させて争い合っている。だから、学園を統一するためにはそいつら全員に勝つしかねえ。そして、この学園のルールでは、勝負して勝てば魔剣の所有権は奪い取れる。……だろ?」

「……なるほどね。ただの馬鹿ってわけじゃないんだ。ちゃんと調べた上で、やってきたってわけ。でも……わかってるの? 学園の統一なんて、馬鹿げてるわ。不可能よ」

 シャーロットが胡散臭げにそう言うと、だがニヤリと笑ってナハトが答えた。

「そうでもねえさ。かつて、それをやったやつらがいたはずだ……そう、〝蒼穹の騎士団〟ってやつらが」

「!」

 その言葉に、シャーロットが息を呑む。

 蒼穹の騎士団。かつて、この学園に……いや、大陸に伝説を残した戦士たち。

 彼らはこの学園を統一し、大陸を滅亡の危機から救ったという。

「……そういうこと。つまりあんた、自分の手でもう一度伝説を作ろうっていうのね」

「ああ、まあな……ん?」

 答えたナハトの目の前に、シャーロットが手を差し出し催促するように開いてみせた。

「……なんだ、その手は?」

「なにって、金よ。情報料。私が知ってる話をしてもいいけど、タダじゃ駄目よ。だからはい、情報料十万ダリル」

「…………」

 ダリルとは、いくつかの国家とこの学園で使用されている通貨の名称である。

 基本は硬貨であり、千ダリル以上は金貨となる。そして十万ダリルとは一般的な労働者の一ヶ月分の給料に相当する。

「俺の案内役なんだろ? それぐらい教えてくれてもいいだろ」

「駄目よ。私が引き受けたのは、あんたが学園で生活できるようにする案内役と、お目付け役だけだもの。だからそれ以外は別料金よ。だから、はい」

「……そうか。だが悪い、金はねえ。駄賃はここまでくるのにほとんど使っちまってな。生活費もいるだろうし、だから支払いは出世払いで頼む」

「あらそう。あんたが出世するかはかなり怪しいけど、今回はそういうことにしてあげるわ。この学園では、強ければお金は稼ぎ放題よ。せいぜい頑張って頂戴」

 苦笑いで言うナハトと、満面の笑みで答えるシャーロット。

 そして、すっと表情を消すと、小さな声で、

「──〝けんひめ〟よ」

 そう、呟いた。

「……なに?」

 意味がわからず、ナハトが声を上げると、シャーロットはそっとナハトに背を向けながら続けた。

「男女に魔剣が与えられていたときは、確かにそれは魔剣士と呼ばれていた。でも今は違う。今、魔剣を所有している七人は、すべて女。さらに言えば……その全員が、いろんな種族の国の、王女よ。それゆえ、彼女たちはこう呼ばれている……」

 そして、ゆっくりと腰に下げた剣に手を添え、告げた。

「魔剣姫、と」

「魔剣姫……」

「そう。そして……私もその一人。人間の国〝イルルカ国〟の王女にして、魔剣の一振り〝無尽剣アワリティア〟を与えられた、魔剣姫が一人」

 言葉と共に、シャーロットが勢いよく振り返りその剣を鞘から引き抜き、ナハトに突きつける。

 真っ直ぐな刀身を持つ両刃のそれは、一見ただの剣であった。

 だが、次の瞬間、それから得体のしれない気配を感じ取り、ナハトが思わず身を引く。

(……なんだ、こいつは……並の魔力じゃねえぞ……!)

 ぞわりと毛が逆立つ。魔力を持たないナハトですら感じ取れるほどの、荒れ狂う魔力。

 どろりと空間すら捻じ曲げるような、圧倒的ななにかがそれから立ち上っていた。

 ナハトの野性の勘とでも言うべきものが、色濃く危険を告げている。

 この剣は、危険だ。争うべきではない、と。

「……こいつが、魔剣……!」

 その刃を魅入られたように見つめながら、ナハトが呟く。

「そうよ、ナハト。あなたが欲しがっているのがこれ。持ち主の魔力を喰らい、強大な力を与える至宝魔具レガリア。そしてあんたが、これを奪うために魔剣姫と戦うつもりだというのなら……」

 その剣の陰から、凍りつくような瞳でシャーロットが告げた。

「──私達は、敵同士。あんたは私の敵というわけね」

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