第二章 第三話 真理の探究
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それから俺は上位精霊タイタンを使いこなすために、長い年月を費やした。
本来、精霊使いは魔晶石の他に、詠唱、召喚媒体、精神力という三つを用いて精霊を召喚する。だが長い時間をかけて何度も行使した精霊なら、精神力の消費もなく、魔晶石のみで召喚が可能となる。
学園ではこれを熟練度と呼んでいた。つまり同じ精霊を何度も召喚して熟練度を上げれば、より容易に使いこなせるというわけだ。実際、俺が最初に──もう三〇〇年以上も前に──契約したノームなど、呼吸するのと同じぐらい容易に召喚できる。
だがさすがに上位精霊タイタンともなると、扱いは簡単ではない。一度召喚するだけで俺の精神力をごっそり持っていってしまうため、連続して行使することができない。ようするに熟練度が上げにくかったのだ。
それでも、時間だけはいくらでも費やせる。凡庸の精霊使いである俺にとっては、それだけが唯一の強みなのだ。
そして《過去転移》三〇回目になる頃には、無詠唱とはいかないが大して疲労することなくタイタンを何度も呼び出せるまでになった。同時に、俺は地水火風の上位精霊すべて──リヴァイアサン、イフリート、エアリアルとも契約することに成功した。
それは決して難しいことではなかった。タイタンの力があれば、他の上位精霊と対等に戦える。そこに国家規模の支援があれば、他の上位精霊を屈服させるのは難しくなかったのだ。
学園長、グラストル大公、シルビアやエフェリーネといった周囲の人々から浴びせられる美辞麗句は、まさに流星雨のごとくだった。
「信じられぬ。上位精霊四体すべてと契約を果たす精霊使いが現れるなど
「長きに
「やっぱり、あなたはすごい人。これからはわたしが教えを
「お願いです。わたくしの身も心も財産も、すべてを
国を挙げての賛辞は、最初のころこそ気持ちよく感じることもあったが、何度も《過去転移》していると、段々新鮮みが欠けてしまうのは残念なところだった。
ちなみに、このころ俺は久しぶりに因果律の修正行動と
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「さて、これでキミは地水火風の上位精霊四体とすべて契約したわけだ。この後はどうする気かい?」
《過去転移》三〇回目を終え、三一回目を行おうとしたときのことである。
クロノスは、それがいつもの日課とでも言わんばかりにそんなことを聞いてきた。
「おまえは未来が見えるんだろう? なら俺が今後どうするかも知ってるはずだ」
「あのね、ボクもそこまで無粋じゃないよ。最終的にキミがどうなるかは知ってるけど、その過程を見ちゃうようなことはしないとも」
「俺は完全に暇つぶしの道具扱いか」
だが、それぐらいのことは付き合ってもいいとは思う。クロノスの役目がどのようなものかは知らないが、俺だったらこんなところにずっと一人でいればさぞ暇だろう。
「まあ俺の足跡を誰も知らないというのも張り合いがないしな。とりあえず、召喚術を極める道はまだ終わってない。時空の精霊クロノス、おまえがそうだったように、まだ人々に知られていない未知の精霊がいるはずだ」
「なるほど。キミの世界でまだ発見されていない精霊を探すというわけかい? でもまた困難な道のりになりそうだね。キミの世界の召喚術の歴史は数千年に及ぶ。それだけの時間を費やしても見つからない精霊を、おいそれと見つけられるわけもないだろうに」
「分かってる。時空の精霊を発見できただけでも、望外の幸運というべきだろうからな。だが今の俺の時間はいくらでもある。数千年使って見つからなければ、数万年使って探してみるだけのことだ」
「人間の尺度からすればずいぶん壮大な話だ。なんだかキミの考え方もすっかり異質になってきたねぇ」
「若返りながら数百年の時を過ごしてきたんだ、異質にもなるだろうさ」
こうして未知の精霊を探すという《過去転移》三一度目の世界が始まった。
一応、行動の指針はあった。俺が通っていたルデールト学園は、正式には公立召喚術研究所付属ルデールト召喚士学園という。つまり公立の召喚術研究所に付属した学園だ。召喚士養成学園は各地にあり、同様に召喚術の研究所も各地にある。その一つに入ろうと考えたのだ。召喚術研究所は国家機密の中枢ではあったものの、少なくともグラストル公国の国主に好かれる方法を俺は知っている。上位精霊を従えている俺なら入所は簡単だった。
だがこの計画はすぐに頓挫する。結論から言えば、グラストル公国の研究所がしょぼかったからだ。
精霊は召喚できる。触れもする。だが自分の意に応じて動かすだけで、話ができるわけではない。なぜか時空の精霊クロノスはこの世界にやってきて俺と会話することができるが、あれは例外中の例外だ。
そもそも召喚した精霊は、異界にいる本体の分身とも呼ぶべき存在なのだ。召喚士の精神力を代償にこの世に召喚できるが、物理的な衝撃を受ければ消滅する。下位精霊など、つかんだだけで消えることもある。
別にこの世界から消滅したからといって、精霊本体が死滅したわけではない。精神力を消費すれば、別の分身を再召喚することも容易だ。そもそも精霊に死という概念があるかも分かっていないほどだ。
クロノスと《過去転移》するときがそうであるように、召喚士が魂の存在となって異界に赴けば、つまり精霊の本体と接すれば話をすることはできるが、下位精霊と行える意思疎通は限りがある。上位精霊の場合は別で、
つまり、精霊とは解剖できるような存在ではなく、そもそも干渉する手段がない。そんな精霊をどのように研究しているのかという
そしてその懸念は当たっていた。祖国グラストル公国の召喚術研究所は、研究という名目で老人の研究者たちが税金を浪費しているだけだったのだ。
俺は思わず絶望しかけたが、まだ望みを捨てるには早すぎる。次はもっと大きな歴史と実績を持つ研究所に入ろうと考えた。
その筆頭は、大陸最大の軍事力と領土とを併せ持つロヴェーレ帝国のそれだろう。だが俺は帝国が大嫌いだ。帝国が戦争など始めたものだから、故郷は荒廃し、俺も孤児となったのだろうし、シスター・ノアもあんなに苦労することになったのだ。
そこで次に目を付けたのは、ロヴェーレ帝国と戦争中の同盟国・リーンバル王国の王立研究所だ。リーンバル王国は反帝国陣営の筆頭であり、その召喚術研究所もまた長い歴史があるという。行ってみる価値は充分にあった。
問題は、他国者の俺が入所するのは極めて困難だということだ。特に俺は《過去転移》を繰り返すことで力や金は手に入れることができるが、一つだけ弱点がある。人脈だ。こればかりは《過去転移》する度に初期化されてしまう。
仕方ないのでいつも通りやってみることにした。リーンバル王国にも当然ながら召喚士養成学園がある。そこでジレンとして一五歳になるのを待ってからその入学試験を受け、入学試験で地水火風の精霊を四〇体ほどまとめて召喚してみせたのだ。
俺の
俺としては、「それだけの召喚術を持っているのなら、是非我が国の召喚術研究所に入り協力して欲しい」と言われるものだと思っていた。ところが実際はそううまくいかなかった。
そもそもリーンバル王国は帝国との戦争中であり、いくらでも戦力を必要としている。そんな状況で王と会えば、当然次のような話になることは予想しておくべきだった。
「その若さでそれほど強大な力を持っているのであれば、もはや学園で学ぶことなどなにもありはすまい。それよりも一国の王として頼みたい、帝国の野望を打ち砕くため、我が国に力を貸してくれぬか」
ようは戦場に出ろということである。研究所に入るどころではない。
断るのは簡単だったが、一国の王から直々にそう要請されてしまっては拒否できなかった。もしここで拒否しようものなら忠誠心を疑われてしまう。そうなれば研究所への入所など確実に断られるだろう。下手をすれば敵の
結局、俺はその提案を受けることにした。「恩賞は思いのままだ」という王の言葉を信じたのだ。
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こうして再び戦争に参加せざるを得なくなった俺だが、流れ矢に当たって死にかねないような戦場に放り込まれるのはできれば避けたいところだった。
そこで俺は、帝国が国境付近に建築したという要塞に目を付けた。その要塞があるがゆえに、王国は喉元に
ある日、俺は帝国軍の大部分が要塞から出陣したのを見届けると、単身接近し、ノームとサラマンダーとシルフをありったけ──合わせて一〇〇体近く──召喚した。本当は大地の上位精霊タイタンを召喚するのが手っ取り早いのだが、国宝たる魔晶石の腕輪を持っていることが露見すると面倒なことになりかねないので、下位精霊だけでなんとかしなければならなかった。
そして俺は要塞を半日で破壊した。ノームで岩の雨を降らせ、サラマンダーで火を
これがうまくいった。王国軍が手も足も出なかった帝国軍の
「よくぞやってくれた、ジレン。そなたの名は救国の英雄として大陸全土に知れ渡るだろう」
謁見の間において、国王その他国家の重鎮から美辞麗句の数々を浴びせられる。面倒だったが、我慢して聞き続けたかいはあった。
「信賞必罰は王の義務。なんなりと欲しいものを申せ」
ついに俺は、国王よりその言葉を賜ることに成功したのだ。
「は、それでは申し上げます。王立召喚術研究所への入所を許可して頂きたいのです」
俺の要望は、この王国のためにもなり、金もかからない安い願いのはずだ。
だが残念ながら王の望む返答ではなかったらしく、渋い顔をされた。
「そのようなことでよいのか? 爵位はどうだ? 望むのであればどのような地位でも与えるぞ。そなたは若いのだ、婿としても引く手あまたであろう」
ようは俺を戦力として使い続けたいということだ。貴族となれば戦争に参加しなければならないのだから。
「爵位にも金銀財宝にも興味はありません。私の望みはただ一つ、召喚術を極めること。そのためにも
重ねて俺は言ったが王の渋い顔は消えず、
「あなた、願いを聞き届けてさしあげてはいかがですか」
王に向かって「あなた」と声をかけられる女性となると、その立場は一つしかない。王妃である。
なにせ初対面なので彼女の性格などはまったく分からない。ただ後で聞いたところでは、彼女──マルレーヌ王妃は戦時にあって王を支えてきたしっかり者の王妃であるらしい。
「おまえがそのように言うとは珍しい、なにか理由があるのか?」
「あなたはなんなりと
「それはそうだが……」
「それに傑出した精霊使いであるジレンさまのお力を借りられるのであれば、我が国の召喚術は大きく発展するに違いありません。本来ならこちらから伏してお願いすべきところを、ジレンさま自ら研究所への入所を求めているのです。これ以上一体どのような幸運をお求めになるおつもりですか」
「分かった、確かにおまえの言う通りだ」
こうして俺は王妃のおかげでようやく王立召喚術研究所への入所を認められることとなった。それはいいのだが、謁見が済んだ後、当然ながら俺はマルレーヌ王妃に謝意を伝えねばならなかった。問題はそこで生じた。
「あなたにお願いがあるのです」
俺の謝意を聞き終えた王妃は、これぞ好機と言わんばかりにそう切り出した。
「カテレインという娘が
まさかそのような頼み事をされるとは思わず、俺は言葉に詰まった。
「娘……ということは王女さまですか?」
「はい。夫の名はブラウベン伯爵と言います。勇猛な武将として知られ、帝国との戦いでも多くの武勲を立てました。ですが領民に重税を課し、婦女子に乱暴
「ですがあなたは王妃の立場にありますし、先ほどもそうでしたが国王陛下もあなたの言葉には耳を貸すはず。王家が一声出せば伯爵など簡単に抑えられるのでは?」
「残念ですが帝国との戦争でブラウベン伯爵のあげた武勲はとても大きいのです。帝国との戦争が続く限り、王家としては彼を尊重こそすれ、非難することはできません」
「なるほど」
なにせ王家の娘、すなわち王女を与えられるほどの武人だ。娘を犠牲にしたとしても、多少の横暴は見逃してやらねばならないのだろう。
「俺……あ、いえ、私に頼むということは、ようはそのブラウベン伯爵を召喚術で殺せ……という意味ですよね?」
「言葉を濁しても仕方ありません。その通りです。あなたほどの力を持つ方であれば、人知れず伯爵を殺すことも可能でしょう。そしてあなたほどの力を持つ方がいれば、ブラウベン伯爵を失っても王国は安泰でしょう」
「分かりました、微力を尽くしましょう」
誇れることではないが、今の俺に人を殺すことはたやすい。この後、俺はブラウベン伯爵の
ただ格好の情報ではあった。今後《過去転移》して王立研究所へ入所する際は、わざわざ帝国軍の要塞を破壊せずとも、マルレーヌ王妃の力にさえなれればよいのだから。
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試し読みは以上です。
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