一話 雨と幼馴染 6

 お兄さんの幼馴染である純さんとあおいさんが家に来て、大変なことになった。

 大変というのは、純さんがお兄さんを合コンに誘ってしまったことだ。

 ベランダでこそこそ男子トークとか言っていたわりに、しっかりと小窓が開いていて会話の内容は筒抜けだった。

 あおいさんと恋バナで盛り上がっていたところに、「今度行く合コン、本当についてくるだけでいいから、数合わせで来てくんね?」という純さんの声が聞こえてきて、私たちは固まった。

 お兄さんの性格を考えると合コンなんてきっと行かないだろうけど、お兄さんがそもそも合コンという概念を知らなくて、純さんから「ただ楽しいイベント」とふんわり教えてもらっていたから、なんとお兄さんが合コンに行くことになってしまった。

 行ってほしくなかったけれど、行かないでなんて言えるはずもなく、今日がその日。お兄さんが合コンに行ってしまう日だ。

 私はというと、合コンの様子が気になって、二人の後をつけることにした。

「ごめんね、純が余計なことしちゃって」

 あおいさんが申し訳なさそうに言う。あおいさんには、私の好意があっさり見抜かれて、「協力させてほしいの、なのちゃんの恋」と言われ、今回の尾行に同行してもらうことになった。

 やっぱり女性の勘は当たるんだろうか、お兄さんには全然気付いてもらえないのに、あおいさんにはすぐバレてしまった。いや、お兄さんが鈍感なだけなのかもしれない。多分そうだ。

「気にしないでください。お兄さんが他の女の子の前ではどんな感じなのか、見てみたいですし!」

 本当は凄く嫌だ。好きな人が合コンに行くなんて、最悪のイベントだ。できることなら行ってほしくない。でも、私に止める権利なんてない。彼女でも何でもない、ただの隣人なんだから。

「それと、ずっと気になってたんだけど……」

「……? どうしました?」

「それ、変装? 余計に目立ってるよ、ふふっ」

 私たちは今、お兄さんと純さんの尾行をしている。だから、気付かれないように変装をしていこうと、二人で決めたんだけど……。

「どこが変ですか?」

 私は今、お兄さんにバレないように普段あまり穿かないデニムパンツに、上は白一色のTシャツというシンプルな組み合わせにしている。更にバレないように、黒のキャップ、メガネ、付け髭(鼻の下)、付け髭(輪郭周り)、完璧な変装だと思う。

「髭はいらないよ~、ははははっ」

「え、そうですか?」

 変装といえば髭だと思っていた。

「華奢だし髪長いし、どう見ても女の子だもん。可愛い男の子でも髭あると違和感すごいよ?」

 言われてみればそうかもしれない。ここは大人しく付け髭は外しておこう。ちょっと気に入ってたんだけどな……。でも、あおいさんも私のことを言えないと思う。

 あおいさんの格好は明らかに男装だ。服装は勿論、ウィッグまで被って、これではただの男装だし目立つ。と言いたいけれど、凄くよく似合っている。身長も私より十センチほど高いから、私たちはカップルに見えるかもしれない。

あおいさん、男装似合いますね」

「そう? ありがとう」

「女の子にモテそうです」

「そうなの、女の子からよく告白されるんだよね」

 それも納得できる。だって私も、あおいさんのことをかっこいいと思っているから。流石に好きとまではいかないまでも、クラスにこんな男子がいて、お兄さんより先に出会っていたらわからなかったかもしれない。

あおいさん、彼氏いないんですか?」

「いないね。純の面倒見るので精一杯でそれどころじゃないよ」

 まるで純さんは子供だ……。

 でも、二人はなんだかお似合いのように思う。少し接しただけでわかるくらい純さんはチャラいし、子供っぽいし、きっと純さんの相手は苦労するだろうなと思うけど、あおいさんなら上手く扱いそうだ。

「純さんはどうなんですか?」

「えっ!? ないない だって純だよ!?」

 純だよ!? と言われてもそこまで純さんを知らないからわからないけれど、お兄さんの家で数時間接しただけで伝わるあの感じ、たしかに私なら「ない」と思う。でもどこか、母性をくすぐられるような感じもする。私はお兄さんみたいに優しくて頼れる人がいいけど、多分あおいさんみたいな面倒見の良い人は、純さんみたいな人がいいんじゃないかな、とも思った。

「私はなんだか二人、良い感じに見えましたけどね~?」

「ないよ。ほら、二人見失っちゃうよ。行こう!」

 二人の後を追うあおいさんの後ろ姿が、お兄さんに照れて顔をそらす私と重なって見えて、少し恋の匂いがした。


「じゃっ、自己紹介していこーか!」

 純さんの合図で、合コンが始まった。

 場所は私とお兄さんが住むアパートから徒歩二十分ほどの場所にある少しお洒落な居酒屋。私はオレンジジュースを、あおいさんはビールを注文して、気付かれないようにお兄さんたちを観察している。

「っぷはーっ! やっぱこれだわ~!」

 あおいさんが勢いよくジョッキのビールを飲み干して、早速二杯目を注文した。

 私はまだ未成年だから、お酒を飲んだことがないけれど、あおいさんの飲みっぷりを見ていると凄く美味しそうに見える。大人になったらお兄さんと一緒に飲みたいな。

あおいさん、お酒好きなんですか?」

「うんっ! 大好きだよ!」

 これまで大人っぽくてダメなところが一切ない綺麗なお姉さんって感じだったけど、お酒を飲むと突然少年っぽくなった。なんだかギャップで可愛いな、と思える。このギャップはずるい。

 そんなことより、本来の目的を見失ってはいけない。私たちの目的は合コンに来たお兄さんたちの観察だ。

 あおいさんと一緒にお兄さんがいるテーブルを見た。

 どうやら自己紹介が始まっているようで、純さんがスタートをきった。

「俺は純っていいます! あいりちゃんの会社の友達でーす! よろしく~!」

 純さん、合コン慣れてるのかな。すっごいチャラい。

「ほら、れんろうも挨拶挨拶!」

「あ、ども。いちごたにです」

 それと比べてお兄さんの慣れてなさがすごい。純さんが名前で名乗ったのに、苗字で名乗ってしまった。なんかこういうところも可愛くて好きだなぁ。

「えっと、ごめんね、こいつ慣れてなくてさ! れんろうっていうんだ!」

「よろしくねれんろうくん。私はあいりっていいます」

「はいよろしくぅ」

 目の下にほくろがある綺麗目なお姉さんが言った。なにあの胸、すっごいでかい。あいりさん、要注意だ……。

「まいでーす、よろしくね~」

 もう一方の女性はまいさん。むっちりしていてエッチな男の人の理想って感じのあいりさんと違って、まいさんは細くて綺麗な人だ。清楚な感じの服装だし、綺麗な黒髪ロングだし、あの人も男ウケ良さそうだな……。

 お兄さんはどんな反応だろう? そう思って、お兄さんの表情を遠目ながらもうかがってみる。

「なに、あの顔……」

 お兄さんはすごーく無表情だった。ここはどこ? 私はだあれ? みたいな顔をしている。

 お兄さんはそもそも合コンという言葉も知らなかったんだから、こうなるのは当然かもしれないけど、まさかここまでとは思わなかった。

れんろう、固まっちゃってるね」

「あれは……戸惑ってるんですか?」

「んー、俺なにしてんだろって感じだろうね、あれは」

 お兄さんはどうやら合コンがどういうものなのかまだ理解ができていないようで、状況が掴めていない。

「さーてさてさて! 今日はみんな集まってくれてありがとう! 楽しんで帰ろうな~!」

 純さんの音頭でみんなが乾杯する。お兄さんもよくわからないままジョッキを掲げて、あいりさんやまいさんとも乾杯した。

 それからは純さんが女性陣に質問したり、女性陣も男性陣に質問したりして、打ち解けてきた頃に、伝説の合コン定番ゲームが始まった。

「あ、俺王様だ」

「ちぇ~、れんろうに王様取られちまった~」

 王様ゲームはプレイヤー全員がくじを引き、一つだけある印のついたアタリを引いた人が王様になり、他のプレイヤーになんでも命令できるゲーム。

 そして今、その王様役がお兄さんに巡ってきた。

 王様の言うことは、たとえどんなエッチなことでも……。

「じゃあ純、これからは家に来る時予め連絡するのと、勝手に入ってくるのをやめろ」

「「「「「えっ?」」」」」

 思わず私とあおいさんまで声が出た。純さんは勿論、あいりさんやまいさんもだ。

 王様ゲームでこんなこと言う人いるんだ……。

「え、それが命令?」

「そうだよ、なんか変か?」

「やっばーい、れんろうくんおもしろ~い」

 巨乳のあいりさんが珍しいものを見るような目でお兄さんを見る。見ているだけじゃない。少し身を乗り出して、お兄さんに近づいている。

 あのおっぱいはやばい! お兄さん逃げて!

れんろうくんって好きな女の子とかいるの~?」

 巨乳のあいりさんが距離を詰めながらお兄さんに聞く。距離を詰めるのはけしからんって感じだけど、それは気になる。

「えっ、い、いないっすね……」

 その戸惑いは、本当は好きな人がいるので焦ってしまったからなのか、それとも、いつの間にか隣に来ているあいりさんのおっぱいが腕に当たってるからだろうか。だとしたらお兄さんのバカっ!

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