〇第一章 救助隊員の仕事 1
「あらあら〜……また勇者ちゃん、
ルミナスの西側にある教会の前で、散歩中のおばあちゃんに尋ねられた。
棺桶を背負った俺を見ても驚いた様子がない。
ルミナスの住民にとってこの光景が見慣れたものだからだ。
「なんと今週だけで十七回目です!」
「あらまぁ〜そりゃたまげたねぇ〜! ばたんきゅ〜セブンティ〜ンじゃないかい!」
なにそれ? 今年の流行語大賞取れるんじゃね?
「ちなみに三ヵ月の累計を計算してみたんですが、なんと百回目のばたんきゅ〜でした」
「そりゃすごい! ばたんきゅ〜ハンドレッドじゃないかい!」
まだ言いますかおばあちゃん。
しかも、『レ』のところがすごく巻き舌だ。
「そんで勇者ちゃん、また人助けしたのかい?」
「どうやら新人冒険者を助ける為に無茶したみたいで」
首長から受け取った依頼書に、そう書かれていた。
まぁ、流石にばたんきゅ〜しすぎだが、人助けの為というのは勇者らしい。
「勇者ちゃんは優しいからねぇ。あまり無茶しないように、レスクくんも言ってあげてね」
「はい」
俺は軽く会釈してからこの場を離れた。
棺桶を背負っていると、老若男女、様々な住民から声を掛けられる。
それは彼女が英雄だからではない。
勇者は愛想も良くていつも元気いっぱいで、気付けばみんなを笑顔にしてくれる。
ちょっと……いやかなりヘッポコではあるが、多くの人から慕われているのだ。
(……よし、到着)
俺は教会の前で立ち止まって、
「──失礼します!」
一声掛けてから扉を開いた。
視界の先には主祭壇に立つ美しい女性が見える。
「シスターカトレア、勇者を回収してきました」
「お疲れ様です、レスクさん。お待ちしていましたよ」
物腰の柔らかな、聖母のように貞淑な女性が、俺に優しく微笑みかけた。
彼女は一人でこの町にあるエルス神教会を管理している
「レスクさん、祭壇の上に勇者様の
カトレアさんに言われて、俺は背負っていた棺桶を下ろす。
棺桶の重みがなくなったことで、身体が嘘みたいに軽くなった。
「では祈りを捧げます」
シスターは両手の指を重ね、ゆっくりと瞳を閉じた。
「我らが主──治癒の女神エルスよ」
祈りを捧げると、彼女の身体が温かく淡い粒子に包まれていく。
それは何度見ても神秘的な光景だった。
「全能なる力をもって、ここに封じられた魂を今ひとたび解き放ち、神の祝福を──命の奇跡をあたえたまえ」
シスターを包み込んでいた光が、まるで命の息吹のように勇者の棺桶に流れ込み──光が溢れた。
目を開いていられないほど眩しく光が教会を満たしていく。
ゆっくりとその輝きは弱くなり──
「……っ……ぁ……?」
気付けば主祭壇に置かれていたはずの棺桶は跡形もなく消えて、代わりに勇者ティリィの姿があった。
眠りから覚めたばかりのせいか、微睡んでいる。
「おい、勇者──大丈夫か?」
「え……あっ! レスク……って、どうしてここに?」
「どうしてって理由は一つしかないだろ」
俺が顔を近付けると、勇者の目がパッチリ開いた。
「ま、まさか!?
「してねえよ! シスターもいるんだぞ!」
赤くなった勇者の発言を即行で否定した。
「そ、そう……」
なぜか残念そうに勇者は唇を尖らせる。
「ところで勇者……お前、ばたんきゅ〜センブンティ〜ンだぞ!」
「え……それなに? レスク、言いかたバカっぽいよ?」
「おまっ!? お前が今週だけで棺桶になった回数だ! 十七回だぞ! 十七回!」
「ち、違います〜! ま、まだ七回くらいだもん!」
「サバ読みすぎだろ!」
自身のばたんきゅ〜を誤魔化したのは、勇者自身の気まずさからだろう。
「とりあえず……勇者! そこを下りろ」
「え……?」
「主祭壇で寝続けるのか? シスターが神への
「あっ!? ごめんなさい、カトレアさん」
勇者は慌てて祭壇から下りて、シスターの顔を窺う。
「お、鬼みたいになんて怒りませんから!」
むすっと頬を膨らませるシスターに、俺は手を合わせて頭を下げた。
だが直ぐに仕方ないなぁという顔で勇者を見つめる。
「神は大らかな心で全てをお許しになります。何よりもあなたの無事をエルス様は喜んでおられると思いますよ」
「ありがとう、シスター」
シスターの言葉に、ティリィは納得したように返事をした。
この教会は癒しを司る女神エルスを信仰している。
そして──そのエルスこそが、ティリィに勇者の力を与えた女神なのだ。
「しかし不思議なものですね」
「うん? 何がですか?」
シスターがふと呟いた言葉に、俺は思わず首を傾げた。
「治癒の魔法がこの世界から消えてから随分になりますが、勇者様の復活の力は消えることはない」
「ああ……それについては色々と言われてますよね」
五年前──世界から治癒魔法だけが消えてしまった。
この突然の事態に大陸中が大騒ぎ。
何せ人々は治療のほぼ全てを魔法に頼っていたのだから。
もちろん
現在ではライセンスを持つ薬師はほんの僅かとなっている。
結果──治療手段を失った人類は傷や病気に無力となった。
この治癒魔法消失事件は【
「……やはり、女神エルスに何かあった……と、考えるのが妥当なんでしょうか?」
「勇者様の力は今も消えていません。それは、エルス様が今も我々を見守ってくださっている証だと、わたくしは考えています」
「きっと……エルス様なら大丈夫よ!」
勇者の言葉に、シスターは微笑を浮かべた。
「女神エルスと繋がりを持つ勇者様が、そう言ってくださるのは心強いです」
勇者の力は、エルスの力の一部を分け与えられたものだ。
だからこそ、女神の力が強く反映される教会でシスターが祈りを捧げると、力が増幅して復活を遂げることができる。
「エルス様の為にも……そして、みんなの為にも、わたしがもっとがんばらなくちゃ!」
パン! と勇者は自分の頬を叩いて気合を入れた。
「勇者、あまり無理はするなよ。……もし何かあったらいつでも俺を頼っていいから」
「うん! ……ありがとう、レスク」
最初は遠慮がちに、でも嬉しそうに勇者は笑った。
ティリィは自分を顧みず人助けをするから、危なっかしくて放っておけないのだ。