第一章 カトウ、異世界転移する 8
「――で、なんでリーファまでいるのですか……」
カトウたちはあの後、洞窟内の空気が無くなる前に急いで抜け出し、雪山を下り、近くの街で服やら時計やらを買い揃え、王都への馬車を借りたのだった。
そして現在、カトウたちは王都ルーヴェントに近い国境付近の景色を眺めながら、馬車に揺られている。
国境を隔てるのは、巨大な黒い壁の連なりだ。
その黒い壁が、カトウの視界一杯にこれでもかと続いている。
ユミナの話では、この国境の先にある関所で、王都への通行手続きが出来るらしい。
「仕方ないじゃない! 帰るにしても、ここがどこなのか分からないわけだし、それなら王都までアンタたちに付いていった方が、少しは安全なわけで……あ! 別にアンタたちを信用してるわけじゃないからね!? アンタたちに付いていくのは王都までよ! そこからは別行動! そこは絶対勘違いしないでよね!?」
「ツンデレ乙! ――うッ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
お手本のようなリーファのツンデレに、思わずツッコミを入れてしまうカトウ。
カトウは吐きそうになるのをなんとか我慢しつつ、横になりながら、そのままユミナに介抱される。
舗装のされていない、異世界のデコボコ道を走る馬車の中で、スマホゲームなんてやるもんじゃなかったと、カトウは大いに反省をする。
「大人しく、おねんねしましょうね」
「…………」
しかし、なにも悪い事ばかりではない。
なぜなら馬車は狭い。
本当に、これでもかというぐらいに狭い。
つまり必然的に、誰かの太ももを借りなければ、カトウは横になる事が出来なかった。
借りるのは勿論、ユミナの太もも。
健康的なふっくらとしたユミナの太ももに頭を乗せ、カトウは今現在、大いに幸せを感じていた。
このままなにもかも忘れて、全力でオギャりたい。
そんな誘惑が、一瞬カトウの脳裏をよぎるが、彼は極めて冷静な男だった。
カトウは体勢を整えるフリをしながら、頭を少しずつ横にずらし、ユミナのパンチラを楽しむだけに止める。
それ以上の事は、紳士として決して踏み込まない。
ちなみにユミナの穿いているパンツは、黒のヒモパンであった。
ユミナ、恐ろしい子……!
「お嬢ちゃんたち、そろそろ関所だよ」
カトウがそんな事をしていると、馬車の御者が後ろを振り返ってきた。
吐き気を我慢しながらなんとか身体を起こし、カトウは窓から顔を出す。
すると、何やら前方に人だかりが出来ていた。
「何だあれ」
「変ですね。街の人の話では、この時間の関所はだいたい空いていると聞いていたんですが」
ユミナの不思議そうな声に釣られ、リーファもひょこっと窓から顔を出す。
街で買った時計を見ると、時刻は十八時。
国境付近では魔物がよく出没するらしく、夜の関所はだいたい空いていると、街の住民から話を聞いていた。
しかし残念な事に、その話とは大きく異なってしまったらしい。
馬車がゆっくりと、人だかりに近づいていく。
すると今度は、人々の怒鳴り声が聞こえてきた。
「だったら早く討伐隊を出してくれ!」
「勇者はいったいなにをしてるんだ!」
「娘の結婚式があるんだぞ!」
何やら揉めているようだ。
カトウたちは馬車を降り、手の空いていそうな関所の兵士……は見当たらない為、代わりにと言ってはなんだが、近くの商人らしき男に話を聴く事にした。
「ここは私に任せてください」
すると、ユミナがカトウの前に出た。
体調の悪いカトウを気遣ってくれたのだろう。
ここは素直に甘えさせて貰う事にする。
「何かあったのですか?」
ユミナの問いに、商人はすぐに答えてくれた。
「ああ、何でもついさっき、国境付近でオークの群れが目撃されたらしいんだ。その討伐が終わるまで、関所を一時的に封鎖するんだってよ」
「討伐隊はいつ出るんでしょうか?」
「あー、知り合いの冒険者が言うには、本当なら今頃には討伐隊が出る筈だったらしい。実際そいつも討伐隊に組み込まれていたんだが、突然中止になったみたいでな。詳しい事は分からないが、早くとも、討伐隊が出るのは明日以降になるだろうよ」
「なるほど。ありがとうございます」
お礼を言ったユミナは、すぐにカトウの側まで駆け寄ってくる。
「どうやらオークの群れが出現したらしいです。王都への通行手続きは少し時間がかかりそうなので、ノブユキ様たちは馬車で待っていてください」
「え? 大丈夫なの?」
「はい。私たちは国境を越えるために関所を通るわけでなく、ここへは王都への通行証を発行してもらいに来ただけなので、時間は掛かりますが、なにも問題はないですよ」
「了解。じゃあ頼んだ」
カトウとリーファはもう一度馬車に乗り込むと、ユミナの手続きが終わるのを待った。