第三話『ちっちゃくてかわいい先輩と、おおきくてきれいな????が照れる話』2

 放課後。

 授業を終えたりゆうすけは真っ先に放送室へと向かった。

 先輩に頼まれ事をされたのだから、それは何よりも最優先しなければならない。

 この日もからラ●ンドワンに行かないかと誘われたけれど、そういう事情から申し訳ないが断らせてもらった。「先輩と俺、どっちを取るの……?」と泣きマネをしながら恨めしそうにすがりついてきたのだったが、そこは無言でスルーした。

「……」

 鍵を開けて放送室に入る。

 放送室には人の気配はなかった。

 普通に考えれば他の部員の一人や二人やって来ていそうなものだが、そういう様子はこれっぽっちもない。

 ……

 部とは名乗っていて昼休みの放送や行事でのアナウンスなどは任されてはいるものの、規定人数に達していないため実のところ正式な部活としては認められていない。扱いとしては同好会と同じレベルだ。いつか部員を集めて正式な部活として認められるのが目標なのだと、先輩は目を輝かせながら熱弁していた。

「部員を集めて、か……」

 壁に掲げられた『今年こそゲットだぜ、新入生!!』の垂れ幕を見ながら一人そうつぶやく。

 先輩が望んでいるのなら、その目標をかなえる手助けをしたいと思う。

 放送部(仮)が正式な部活になることができたら、先輩はきっとものすごく喜ぶだろう。アジの干物を目の前にしたニャンもんみたいに飛び跳ねて小躍りするだろう。その時の先輩の笑顔を心から見てみたいと思うのは確かだ。

 だけど。

「……」

 規定人数まで部員が集まるということは、これまでのように先輩と二人だけではなくなってしまうということも意味する。

 そうなってしまえば先輩と接する時間も必然的に少なくなってしまうだろうし、先輩を喜ばせることができる機会も減ってしまうかもしれない。

 それは少し……いやかなり、りゆうすけにとって複雑な状況だった。

 もちろん、先輩の夢がかなってくれてニャンもんの踊り(かわいい)をしてくれるのが第一ではあるのだけれど……

「……よくないな」

 頭を水飲み鳥のように振って雑念を振り払う。

 部員の案件はねん事項ではあるものの、部活として認められるための最低人数は五人以上であるため、それが現実の問題となるのはまだだいぶ先のことだ。今考えても仕方がない。

 そう結論付けて、作業に移ることにする。

 先輩に頼まれた機材の準備。

 放送室奥の物置に入っていた段ボール箱をあさって機材を机の上に出していく。

 マイクや小型のスピーカー、それらをつなぐコード類もろもろ。

 それらをまとめていると、コンコンと入り口のドアをたたく音が聞こえた。

「はい、どうぞ」

 くだんの先輩のクラスメイトが来たのだろう。

 りゆうすけが答えると、遠慮がちにドアが開かれた。

「……」

 ドアの向こうに立っていたのは、一人の女子生徒だった。

 きれいに整えられた長い髪、百七十センチを超えているだろうモデルのような長身、はっきりとした目鼻立ち。

 その落ち着いたどこかクールな表情とも相まって、ものすごく大人びて見える。

 とても先輩(ちっちゃい)と同級生に見えないというか、りゆうすけには大学生になる姉がいるのだけれど、ヘタをしたら目の前の女子生徒はその姉よりも年上に見えた。

 少しばかり身構えつつ、りゆうすけは尋ねた。

「ええと、先輩の──たかとお先輩のクラスメイトですか?」

「……」

「機材を借りていくことになっているんですよね? 用意しておいたんですが、これで大丈夫そうですか?」

「……」

 返事はない。

 ただ胸の前で固く腕を組んで、どこか警戒するような様子でりゆうすけの方をじっと見つめている。

「あの」

「……」

「これ、持っていきますか? それとも少し重いので、よければ指示された場所まで運びますが」

「…………」

 やはり無言。

 相づちの声すらもない。

 何か失礼なことでもしてしまったのだろうか。

 普段から顔が怖いだとかそこにいるだけで威圧感があるだとか、夜道で会ったらヒットマンと間違えて絶対に逃げ出したくなるだとか言われることがよくあるため、周囲からこういった反応をされることは珍しくはない。

 沈黙を貫く女子生徒に、りゆうすけは精一杯の笑顔を作りながら一歩近づいた。

「あの、ひとまずこれで大丈夫かを確認してもらえると──」

 その瞬間。

「……ひっ……」

 小さく声を上げて、女子生徒がはじかれたように後ずさった。

 まるでサバンナで飢えたライオンと遭遇した栄養たっぷりのシマウマみたいな反応。

 その拍子に、入り口すぐ脇にあった棚に身体からだがぶつかる。

「……あ……っ……」

 一瞬の出来事だった。

 弾みで棚が大きく揺れて、載っていた段ボール箱が崩れ落ちてくる。その先にはもちろん女子生徒の姿があって──

「……っ……!」

 反射的に床を蹴る。

 ドサドサドサ……!

 直後に、背中に軽い衝撃と段ボール箱と中に入っていた紙束が床に落下する物音。

「……」

「大丈夫ですか?」

「……え……」

 りゆうすけ身体からだの下で、女子生徒が驚いたような顔でこっちを見上げていた。

 とっさに駆け寄りおおかぶさって、傘となることで何とか女子生徒に被害を与えないことに成功していたのだった。

「すみませんでした。怖がらせるつもりはなかったんですが……」

「……」

「ケガはないですか? 立てます?」

「……」

 こ、こくん。

 こちらからは目をらしながら女子生徒が戸惑い気味にうなずく。

 だけど立ち上がろうとした際に、女子生徒は顔をゆがめてその場に座りこんだ。

 足を押さえているみたいだったので、断って靴下を下ろして見てみると、くるぶしのところが赤く晴れ上がっていた。

「痛みますか?」

「……っ……」

 軽く触れてみただけで、女子生徒が苦しげに声を上げた。

 これはおそらく……捻挫だろう。

 野球部時代によく経験していたため、りゆうすけには見慣れたものだった。

「保健室に行きましょう。湿布を貼って、固定した方がいいと思います」

「……」

 無言でうなずいて、女子生徒がりゆうすけの手を借りて立ち上がろうとする。

 だけど痛みが激しいのか、すぐに「……っ……」と小さく声を上げて座りこんでしまう。

 これはとてもじゃないが、歩いていけるような状態じゃなさそうだ。

 だったらここは……

「……失礼します」

「……? えっ……!?」

 目を丸くする女子生徒を、りゆうすけは腕の中に収めるようにして抱え上げた。

 俗に言う、というカタチである。

「すみません。このまま保健室まで運ばせてもらいます」

「……っ……っつつつ……!?」

 女子生徒が声にならない叫びを上げる。

 混乱状態のままの女子生徒を腕に抱えて、りゆうすけは保健室まで走ったのだった。

関連書籍

  • ちっちゃくてかわいい先輩が大好きなので一日三回照れさせたい

    ちっちゃくてかわいい先輩が大好きなので一日三回照れさせたい

    五十嵐雄策/はねこと

    BookWalkerで購入する
  • ちっちゃくてかわいい先輩が大好きなので一日三回照れさせたい 2

    ちっちゃくてかわいい先輩が大好きなので一日三回照れさせたい 2

    五十嵐雄策/はねこと

    BookWalkerで購入する
  • 乃木坂明日夏の秘密

    乃木坂明日夏の秘密

    五十嵐雄策/しゃあ

    BookWalkerで購入する
Close