第二話『ちっちゃくてかわいい先輩についての考察と、照れるアフレコレッスン』2
「お、
放送室に着くと、先輩はもう来ていた。
いつもの定位置であるマイク前のパイプ椅子に座って、何やら紙束をまとめている。
「こんにちは、先輩。何をしてるんですか?」
「ん? 今日やる練習で使う資料をまとめてるところ。すぐ終わるからちょっと待ってて」
「あ、じゃあ手伝います」
「だいじょうぶ、大した量じゃないから。
「でも……」
「いいからいいから。こういうのは先輩の仕事なんだからさ。ね?」
そう言ってやんわりと拒否されてしまう。
仕方なくカバンを部屋の隅に置いて、
できれば先輩の手伝いをしたかったのだけれど……
先輩の方を見ながらそう思う。
先輩の手伝いをしたり、手助けできることは買って出たりして、喜んでもらう。
それが
とはいえ──実のところ先輩に喜んでもらうのはなかなかに難しい。
先輩はかわいいだけでなく、頭の回転が速く、器用で、人当たりも良好だ。
運動だけがあまり得意でないのは
ゆえに基本的には何でも自分でできるうえに、あまり他人に頼らずにできることは全部自分でやろうとするため、
なのでその数少ないできることの中から喜んでくれることを探していくしかないのだけれど……先輩の喜んでくれるツボもいまいちつかみきれていないのが現状だったりする。
先輩の喜びポイント。
こうして一日三回先輩に喜んでもらおう運動を始めてからもう一年が
(どうすればもっと先輩に喜んでもらえるだろう……)
その答えはまだ出ていない。
ただその代わりに……と言ってはあれなのだけれど、先輩が喜んだ時の反応はかなり分かりやすいものがあった。
顕著な例として、まずは小動物のように顔を
おそらく喜んでいることを隠したいのだと思うのだけれど、
また同じ理由で耳まで赤くなったりするのも明確な指標だし、顔を手で覆ったり早口になったりするのもよくある喜び(を隠したい時)の表現だ。
さらにもう少し喜びのレベルが上になると、ただ歩いているだけで何もないところで転びそうになったり、両手両足がいっしょに出たりと、見るからに挙動不審になる。または何気ない会話で
そんなことを
「……じー……」
「? どうかしましたか?」
「……
「俺はいつだって先輩のことを考えていますが」
正直にそう答えると、
「そ、そういうことを
スイカみたいに真っ赤になって(さらに「にゃ」のおまけ付きで)先輩が声を上げる。
今のやり取りのどこが先輩に刺さったのかいまいち分からないのだけれど、どうやらワンアウトを取れたみたいだ。
(ん……よし)
理由が分からないのには少しモヤッとはするものの、とはいえ先輩が喜んでくれたことには変わりがないため、心の中で
「ま、まったく
唇をとがらせながら
「……」
その後ろ姿を見届けて、
ここまでは主にリアクションについて考えてきたけれど、先輩を語る上で欠かせないのが……やはりその声だ。
どこまでも澄み切っていて、まるで心に直接語りかけてくる女神みたいな美しい響き。
鈴を転がしたようにあどけなく、まるで優しく心を和ませてくれる天使のようなかわいらしい響き。
その容姿とも相まって、先輩は一部では『放送室の
実にかわいらしくて先輩にぴったりの呼び名だと思うのだけれど、ところが本人はあまり気に入っていないらしく。
『だいたいリトルって何なの! 普通にマーメイドでよくない!?』
『……』
『……』
『……それは、小さな置物にして手元に置きたいくらい先輩がかわいいからかと』
『何その猟奇殺人犯的発想! って、違うよ絶対! あたしがちっちゃいからバカにしてるだけだって!』
とのことらしい。
先輩が小さいのは確固たる事実であるけれど、だけど先輩は男女学年を問わず慕われているし、少なくともバカにされているということは被害妄想以外でまずあり得ないと思うのだけれど……
と、ふと気付くとまた先輩がジト目でこっちを見ていた。
「……また何か、あたしのこと考えてない?」
「部活に来ている時はだいたい先輩のことしか考えていませんが」
「も、もっと他に考えることはないの!? ていうかちょっと怖いんだけど!」
制服のスカートをぎゅっと握り締めて先輩が声を上げる。
そうは言われても先輩のことを考える以上に優先すべきことなんてないのだから仕方がない。
「も、もう、ほんっと
先輩がスマホを机の上に置いて、立ち上がった。
「アフレコ、ですか?」
「うん、そう。発声とか滑舌だけじゃなくて、表現力とか洞察力とかを向上させるのに役に立つんだって」
「そうなんですね。分かりました」
アフレコとはアフター・レコーディングの略で、アニメや映画、テレビドラマなどの映像作品に後から声を当てることである。
手渡された台本をパラパラとめくって確認をする
「……今日こそは、
「? 何か言いました?」
「! な、何でもない! 一通り内容を確認したら始めるから。いい?」
そういうわけで、アフレコをすることになったのだった。