二章 『下山、そして就職』その3

「なぁ、俺って確か」

「はい、魔力マナが無いんですよね……」

「あぁ……どうすんべ、魔力マナが無いからスレイヤーにはなれませんとか言われたら」

「そ、それはなんとも……で、でも! あの時はあくまで私がその場で測っただけですから、ちゃんとした測定を受ければ実は魔力マナがありましたなんて事も……」

 リーリエがフォローしてくれるが、実際問題俺は魔力マナなんて持ち合わせていないと思う。あくまで勘だけど、この勘がよく当たるんだよなぁ。さてさてどうなる事やら。

「お待たせしました。こちらが書類と魔力マナ測定機になります」

「あ、じゃあ書類から書きます」

「どうぞ」

 書類に必要な情報を書きながら、俺はちらりと魔力マナ測定器と呼ばれた物を見る。一見すればただの水晶だが……。

「ムサシさんって二十八歳だったんですね……大分年上……」

「ん、そうだな。アラサーのおっさんだよ」

「リーリエ……一応個人情報なので盗み見はちょっと」

「すっ、すみません!」

 そうこうしている内に書類が書き終わった。さて、お次はいよいよ問題の魔力マナ測定か。

「……記入漏れはなし、と。それではムサシさん、魔力マナ測定に入りますのでこの水晶に手をかざしてみて下さい」

「手をかざす……こう?」

 言われた通りに水晶に向かって右手をかざしてみる。リーリエが固唾をのんで見守っていたが、やがてアリアさんの表情が怪訝な物へと変わっていく。

「……おかしいですね」

「うっ」

「通常この水晶に手をかざせばその人物の魔力マナ保有量、属性、魔力回路サーキツトの伝達速度などの情報が出てくるはずなのですが……」

 暫く三人で水晶と睨めっこをしていたが、やがてアリアさんが重々しく口を開く。

「失礼ですが、ムサシさんはこれまで魔法を行使したことは?」

「無いっすね」

「一度も?」

「二十八年の人生で一度たりともありませんね。魔法や魔力マナといったものの存在もリーリエに聞くまでは知りませんでした」

「そんな馬鹿な」

 アリアさんが信じられない物を見る目を向けてきたので、俺は物心ついた頃から山――リーリエが魔の山と呼んでいた場所で暮らしてきた事、そこでリーリエと出会って初めて魔法の存在を知った事、ミーティンに来るまでにリーリエに魔力マナや魔術回路を持ち合わせていない事を告げられた事などを話した。

「……少し、お待ちいただけますか」

 そう言い残し、アリアさんは書類と測定器を持ってどこかへと行ってしまった。

「うーん、やっぱ駄目だったか」

「そうですね……あの、随分と落ち着いてますね」

「そりゃあ一回リーリエに魔力マナが無いって話は聞いてたしな。それに今更焦ったところでどうしようもないし……ま、なるようになるだろ。仮にこれでスレイヤーにはなれませんって言われてもハイそうですかって納得なんかしない、俺は諦めが悪いんだ」

「ムサシさん……」

 そうだ、諦めるなんて選択肢は無い。そもそもまだスレイヤーになれないと決まった訳ではないのだから、なれなかった時の事を深く考えてもしょうがない気がする。

「お待たせしました。ムサシさん、ギルドマスターがお呼びですのでこちらへ。リーリエも」

「は、はい」

「ギルドマスターって事は、ここのトップ?」

「はい。お二人と直接話がしたいと」

 そう言われて俺達は二階へと案内される。通路を進んだ先、一番奥に他の部屋の扉よりも一回り大きな扉が現れる。アリアさんの先導の下、その中へと足を踏み入れた。

「――よく来たな。まあ座ってくれ」

 部屋に入って聞こえてきたのは、静かながらも雄々しく覇気のある男の声だった。

 その男は部屋の中央に設置された大きなテーブルを挟んだ向こう側にある椅子に腰かけ、悠然とこちらを見据えていた。

 促されるままに、俺とリーリエは手前の椅子に腰をかける。……この椅子小さいな、おケツがはみ出る。

「さて、まずは自己紹介からか。オレはここミーティンのギルドマスターをしているガレオだ。よろしくな」

 ガレオと名乗ったオレンジの髪の男が手を差し出してきた。見た目的には俺よりも年下だ。体つきも俺には及ばないがギルドマスターと呼ばれるにふさわしい恵体だ。

「ムサシです。初めまして、ギルドマスター」

「聞いてるよ。後オレの事はガレオでいいぞ、お前はここで唯一の同い年だからな」

 年齢一緒かよ! てかそんな理由で呼び捨てにさせんの!? 別にいいけど!

「そっちは白等級スレイヤーのリーリエだな」

「はっ、はい!」

 ガチガチに緊張しているリーリエを見て、ガレオは苦笑している。普段はあんま顔合わせない感じかね。しかし流石ギルドマスターと呼ばれるだけあって、俺の姿を見ても全く動じていないな。

「さて、こちらの話をする前にまずはムサシのスレイヤー登録に関してだが……おめでとう、今日からお前はギルド所属の白等級スレイヤーだ。これからの活躍を期待しているよ」

「やった!」

 ガレオの言葉を聞き、リーリエが小さくガッツポーズをする。お前さんはどんだけいい子なんだ、泣きそうだぜ。

「あざっす……なんか拍子抜けだな。てっきり何か言われるものかと、魔力マナの事とか」

「ああ、その事か。確かに珍しい事例だと思うぜ、オレ自身魔力マナも魔術回路も持たない人間なんて初めて見たからな。ただ、あくまで極めて珍しいってだけで、そういった人間がいない訳じゃない。それにギルドの規定に『魔力マナを持たない者はスレイヤーになれない』なんて決まりは無いからな」

「なるほど、そりゃ俺にとってもありがたい」

「ただ心しておいてくれ。スレイヤーとは人類にとって盾であり矛だ。民がドラゴンの脅威に晒されれば真っ先に戦場へと送られる。そしてその守るべき民にスレイヤーとしてあるまじき行為が見られた場合は……それ相応の処置をとらせてもらう」

 なるほどね、罪を犯せば……この場合、命を取られる事もあると考えた方がいいだろう。

「了解、覚えておく」

「そうしてくれ。さて、今度はこちらの話なんだが……確認しておきたい事があってな」

 そう言うと、ガレオの目が僅かに鋭くなる。その視線はまっすぐ俺に向けられていたが、この程度で動じる俺ではない。十年前ならいざ知らず、今は身体がデカくなって心もデカくなったからな。

「アリアから一通りは聞いている。ムサシがどういう生活をしていたか、お前達二人がどうやって出会ったか、それからこのミーティンに来た経緯もな。その上で聞きたい――二人が魔の山深部で碧鋭殻竜ヴエルドラに遭遇し、それを討伐したというのは本当か?」

 ああ、聞きたいのはその事か。まあ疑われるのも無理はないよなぁ、あのクラスのドラゴンは等級の高いスレイヤーのパーティーで討伐するのが普通みたいだし。

「本当だよ。確かに俺達はあそこで碧鋭殻竜ヴエルドラを仕留めた」

「私は逃げてただけですけどね……あの時ムサシさんが助けてくれなかったら今私はここにはいません」

「その討伐を証明できるものはあるか? 碧鋭殻竜ヴエルドラの素材とか」

「あぁ、あるよ。確か全部リーリエに預けてたよな?」

「はい、全てマジックポーチに入っていますよ。ただ、ここで出すのは……」

 ポーチを手で撫でながらリーリエが言い淀む。その様子を見たガレオが顎に手を当てながら問いただしてきた。

「なんだ、出せない理由でもあるのか?」

「いえ、出せるには出せるんですけど……その、量が多くて」

「そんな事か。別に全身の素材を見せろって訳じゃない。外殻一枚とそうだな……竜核があれば見せてもらいたい」

 竜核――リーリエから聞いた話じゃ、ドラゴンの心臓にあたる素材らしいな。

 この竜核の有無でそいつがドラゴンかどうか決まる。例えば見た目が明らかな獣や昆虫だったとしても、竜核を持っていたらそいつはドラゴンって塩梅に。

 で、碧鋭殻竜ヴエルドラの竜核は確か解体した時に取って来た筈だ。

「それでしたら大丈夫ですね。えーっと……すいませんムサシさん、ちょっとマジックポーチから取り出してくれませんか?」

「ん? あぁ、デカくて重いもんな。任せろ」

 普通倒したドラゴンの素材はパーティーのメンバーで協力してポーチに入れるらしい。だがあの場には俺とリーリエしかいなかったので、リーリエがポーチを広げそこに俺が素材を片っ端からぶち込んで入れていた。リーリエ一人じゃどう考えてもしんどそうだったからな。

 とにかく、そうして手に入れた素材は帰ってきてから換金所に併設された広いスペースで、ポーチをひっくり返してまとめて出すんだとか……出す時大雑把すぎね?

「えーっと、殻はまずこいつ」

 そう言って俺が引っ張り出したのは、碧鋭殻竜ヴエルドラの巨大な頭殻だった。

「ちょっ、おま! なんでよりによって頭殻なんだよ!」

「え? デカい素材の方がインパクトあるやん? あとこれも」

 ガレオが困惑している隙に竜核も取り出す。それを見たガレオとアリアが息を呑んだ。

「お、大きい……!」

「……なるほど、こいつは大物だ」

 俺が片手で持った竜核は未だに力強く輝いており、その素材としての価値の高さを窺わせる。

「しかしお前、よく片手で持てるな……」

「こんなの重いうちに入らねえよ。さて、これで信じてもらえたか?」

「ああ、もう十分だ。ポーチにしまってくれ」

「あいよ」

 納得してくれたようなので出した物を再びポーチにしまい込む。しかしこのマジックポーチというのは不思議だ。口はドラゴンの素材を丸ごと入れられるくらい広がるのに、入れ終われば元の大きさに戻る。ゲームに出てくるアイテムボックスみたいだ。

「よし、取り敢えずこちらの用件は済んだ。手間をかけさせてすまなかったな」

「いえいえ、納得してもらえたのならそれで。さて、じゃあ俺達はもう行っていいか?」

「ああ、待て。これを」

 そう言ってガレオが俺に手渡してきたのは、一つの白いドッグタグのような物だった。そこには俺の名前と種族、性別と年齢が刻印されている。

「等級認識票だ。スレイヤーの身分を証明するものでもあるから肌身離さず持っておけ。更新は一年毎、歳を重ねる毎に新しいものを渡す」

「相分かった。失くさないようにするよ」

 ――こうして、俺はスレイヤーとなった。この先にどんな日々が待ち受けているのか、色々と楽しみだな。


 ◇◆◇◆


「……行った、か」

 今しがたこの部屋に来ていた二人が退室したのを見届け、オレは大きく息を吐く。そのまま座っていた椅子の背もたれに身を預け、天井を仰いだ。

「お疲れ様です、ギルドマスター」

「ああ。しかし、とんでもない新人が現れたもんだな……」

「えぇ、そうですね」

 正直、アリアから彼ら――正確にはムサシについての報告を受けた時は眉唾物の話だと思った。だがこうして実際に相対して分かったのは、報告を受けた話が全て真実だという事だった。

「……彼らの前に碧鋭殻竜ヴエルドラの討伐報告が上がったのはいつだ?」

「直近ですと四年前ですね。その時は赤等級四人と青等級二人の六人パーティーで討伐したそうです。ただ、その場所は魔の山ではなく、その碧鋭殻竜ヴエルドラもムサシさんとリーリエさんがおっしゃっていたのよりも小さい個体だったみたいですが」

 その話を聞き、二人が見せてくれた碧鋭殻竜ヴエルドラの素材を思い出す。あの頭殻と竜核の大きさから察するに、体高は優に六メートル、全長に至っては二十メートルに届くような個体だったのではないだろうか。

 仮にそうだとしたら、例を見ない成長を遂げた個体だったという事になる。恐らく、魔の山という過酷な環境が規格外のサイズの碧鋭殻竜ヴエルドラを生み出したのだろう。

「しかし、よろしかったのですか?」

「何がだ?」

「新人とはいえ、実質ソロで碧鋭殻竜ヴエルドラを討伐するような者を、白等級スレイヤーとして遊ばせておくというのは……」

 冷静なギルドの人間としての意見。オレはふっと息を漏らしてから答える。

「仕方あるまいよ、いくら実力があっても規定は規定だからな……なんだ、その顔は。言いたい事がありそうだな?」

「いえ、今まで何度もその規定を〝捻じ曲げてきた〟人間が白々しい事を口にするものだな、と思いまして」

「お、お前も言うようになったな……」

 まぁ、アリアのいう事も分かる。あれだけの戦力、最初から青等級でも与えてギルドの近くに置いていた方が色々と都合がいいとは思う。だが……。

「仮にあの場で高い等級を与えても、ムサシは納得しなかっただろうし手綱を握るのも不可能だったと思うぞ。アレはそんな生易しい存在じゃない」

「……紫等級スレイヤー、【煉獄】のガレオを以ってしても、ですか?」

「ああ。オレの殺気を浴びても眉一つ動かさなかったうえに、途中からオレの方が奴の気に呑まれていたからな」

 ふぅ、と息を一つ吐き、オレは彼らが出ていった扉を暫く見つめていた。

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