転生令嬢のブライダルプランは少々破天荒につき 夏樹りょう
『早秋に焦がれるクッキーと』
フレデリカ・オルブライトが王都にやってきて数か月が経った。
バートリー伯爵令息のエリシオとブライダルサロン『リエニスの館』を営むにあたって、表向きはバートリー商会の新商品開発のために、彼の屋敷に住まわせてもらっている。
その日々はとても賑やかで、とくにエリシオの妹であり、フレデリカよりも二歳年上のイリアとは気が合い、毎日のようにお茶を共にしていた。
そこで「イリアお姉さまのために日頃のお礼としてプレゼントを用意したいの」とエリシオに相談したところ、「お菓子ならなんでも喜ぶよ」という返答をもらった。
フレデリカは考えた末、イリアが友人の屋敷へ出かける日、料理人たちの休み時間に厨房を借りて、オルブライト領でよく食べていたクッキーをつくることにした。
材料を買い集め、いざ厨房の作業台に立ったところまではよかったが。
「あの……エリシオさまはどうしてここに?」
なぜかフレデリカの正面で、エリシオが椅子に座って作業台に頬杖をついていた。
「フレデリカがどんなクッキーをつくってくれるのか楽しみで。お手並み拝見といこうか」
口端をつりあげた姿に、フレデリカは心の中で小さくため息をつく。イリアのためのお菓子作りだったが、エリシオも食べる気満々のようだ。
フレデリカは気を取り直して、材料を器に入れて混ぜ合わせていく。するとさっそくエリシオの声が飛んでくる。
「粉が白っぽくない……小麦粉じゃないんだ」
「ええっと。アマルドを粉にしたものなの」
アマルドはアーモンドによく似た木の実のことで、薄皮がついたまま軽く炒ってから石臼で挽くことで、粉が茶色くなり、香ばしい風味とコクが出る。
このアマルドの粉に卵白でつくったメレンゲと砂糖を混ぜ合わせることによって、サクサクで口どけのいい仕上がりのクッキーになるのだ。
「へえ、バートリー領や王都ではたっぷりのバターやミルクを使ったものしか見たことがないからなあ。ほかにもオルブライト領でよく食べられているお菓子ってあるの?」
「そうねえ。お祝いごとがあったときによく食べていたのは、お酒に漬けた干しぶどうや木の実を練りこんだケーキかしら? エリシオさまも食べたことがあると思うわ」
ややあって、エリシオは爽やかな碧い目をぱっと見開く。
「ああ! リーシュ嬢の結婚式のあとにいただいたよ。ずっしりとして食べ応えがあって美味しかったな」
嬉しい感想に、フレデリカはつい口元を緩める。
それからできあがった生地を一口サイズに丸めて天板に載せ、あらかじめ熱しておいたオーブンの中に入れた。
一息ついたあと、フレデリカはエリシオを横目でちらりと見る。
「……機会があればケーキもつくれるけど」
「いいの? 嬉しいなあ。ほかの領地にもさ、そこでしか味わえない伝統のお菓子があるから食べ比べもしてみたいよね」
「! それいいわね」
フレデリカは大きく頷く。彼の言う通り、バートリー家の料理人たちと相談しながら各地のお菓子を再現するのも楽しいかもしれない。
「だったら……結婚式の日に食べる特別なお菓子があってもいいかもしれないわ。丸いケーキを二段や三段に積み重ねてみるとか」
前世のウエディングケーキを思い浮かべて、フレデリカが両手を合わせながら提案すると、エリシオは頬杖をついたままニヤリと笑う。
「面白いことを考えるね。さすが君はどんなときでも抜け目がないな」
「ふふ。そうかしら?」
会話をしているとあっという間に時が流れていく。そろそろ頃合いだと思い、オーブンを開けてみると、ふわりといい香りが厨房に充満する。
(上手く焼けてよかった。イリアお姉さまがお屋敷に戻るころには食べごろね)
フレデリカはクッキーの熱を冷ますために、天板ごと作業台に置く。そろそろ料理人たちの休憩も終わる。使った物を早く片づけなければならない。
急いで洗い物に取りかかると、視界の端でエリシオが椅子から立ちあがった。そして天板の前でクッキーをじっと見つめている。
「エリシオさま……?」
「ねえ、これって焼きたても美味しいのかな?」
「? 食べられなくはないけど……」
「じゃあいただきます」
「あっ。ちょっとやけどするから──」
フレデリカが止める間もないまま、彼は一口サイズのクッキーを「熱っ」と言いながら半分に割り、息を吹きかけて冷ましてから欠片を口に入れる。
「……美味しい!」
どうやらやけどはしていないようで、エリシオは瞳をきらきらと輝かせた。それを見てフレデリカは肩の力を抜く。お手並み拝見と意地悪な笑みを浮かべていた姿はどこにいったのか。
「焼きたてでもこんなに美味しいなんて。すごいよ、これ」
「あ、ありがとう」
気恥ずかしくて、つい素っ気ない言い方になってしまった。フレデリカが密かに反省していると、急に「食べないの?」と訊かれた。
「……両手がふさがっているから」
いまは洗い物を終わらせるべきだと断ると、エリシオは手に残っていたもう半分のクッキーの欠片を見つめて、なにかを思いついたようにこちらに近づいてくる。
「わかった。口を開けて?」
「?」
フレデリカはなにも考えずに言われた通りにしてから、口の中に広がるサクサクとした食感に気づいて、手に持っていたお皿を落としそうになる。
エリシオは小首を傾げながらにっこりとしていた。
「どう?」
「お、美味しいわ」
嘘だ。味なんてほとんどしない。フレデリカはじわじわとこみ上げる熱から逃れるために洗い物に集中する。
「あらあら、二人してなにをやっているのかしら?」
鈴のような声に、フレデリカは手元の動きを止め、厨房の出入り口を見る。そこにはイリアが立っていた。少し前からこちらの様子をうかがっていたのだろう。彼女の表情は愉悦といわんばかりだった。
「おかえりなさい、イリアお姉さま。その、ええっと」
本当はサプライズとしてイリアにクッキーを渡したかったが。困ったフレデリカはエリシオに視線を送ると、彼は素直に白状しようと肩をすくめた。
フレデリカは改めてイリアと向き合う。
「……イリアお姉さまに感謝の気持ちを伝えたくて。クッキーを焼いてみたの」
「まあ、私のために? ありがとう嬉しいわ」
そういってイリアはフレデリカに抱きつく。
「うふふ。少し早めに帰ってきてよかった。素敵なものを見ることができたもの」
やはりこちらの様子を隠れて見ていたらしい。フレデリカが苦笑いをすると、イリアがとんでもないことをささやく。
「ねえフレデリカ。エリシオ兄さまってね、妹の私にすらあーんなんてしてくれたことないのよ」
「──えっ」
イリアは意味深に微笑むだけで、それ以上はなにも言わなかった。
(そ、そうなの……!?)
その後。フレデリカは自分の表情がエリシオとイリアに見えないように、体の向きを変え、ぎこちない手つきで調理器具を棚に収納していく。
クッキーは上手く焼けたが、フレデリカのほうは体温が上がりすぎて焦げてしまいそうだった。
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【あらすじ】
転生令嬢、没落回避のため結婚“式”をプロデュースします!?
爵位剥奪のショックで前世を思い出した貧乏令嬢・フレデリカ。没落回避のため、前世の知識を活かし結婚式をプロデュースして稼ぐことに。伯爵令息・エリシオを共犯に秘密のサロンを開くけれどトラブル続出で!?
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