一章【暖炉のダンジョンと壊力の悪魔】(3)
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全身が炎に包まれ、己の命を燃やし始める獅子頭の悪魔の頭上には、タイマーのカウントが現れる。
──残り時間3分。から始まるタイマーを見つめる俺は、ボス部屋に突入する前の休憩で、エミリさんから受けたボスの説明を思い出していた。
…………
……
…
『──ボスのHPがゼロになると、一気に全回復して、第三段階に突入するわ』
『うへぇ、またHPを減らさないといけないのか?』
『第三段階は、そこまで長期戦にはならないはずよ』
エミリさんが言うには、第三段階のボスは、攻撃行動を一切取らなくなるそうだ。
『ボスは、一切の攻撃行動を放棄する代わりに、強制敗北技を打ってくるのよ』
『強制敗北技、ってなにそれ。怖いんだけど……』
ボスが第三段階に入って猶予時間の3分が経過した後、自らのHPを1残す代わりにボス部屋を埋め尽くす即死級の大爆発をしてくるそうだ。
その時に、パーティー全員が死亡状態だと、強制敗北させられるらしい。
ちなみに余談であるが、去年の冬イベの時は、ダンジョン入場時から一度でも死亡するとこのダンジョン固有のデバフがプレイヤーに付けられた。
そして、ダンジョンにいるパーティー全員にそのデバフが付くと、先程言った強制敗北技が使われたそうだ。
なので、そうした部分で、復刻された【暖炉のダンジョン】は、大分優しく調整されているのだろう。
『だから、相手が爆発する前に、ボスのHPを削り切るか、防御を固めてボスの爆発を耐えたり、何らかの手段で爆破を回避して生き残れば、勝ちよ』
そんなエミリさんの説明を聞いたベルが質問を投げ掛ける。
『流石に、3分ぽっちでボスのHPをもう一度削り切るのって無理じゃない?』
『第三段階のボスは防御力が激減しているから、HPを削るのは容易らしいわ』
エミリさんの説明を聞いた俺は、【暖炉のダンジョン】のボスのコンセプトを理解する。
【壊力の悪魔】の最後では、ボスを制限時間内に倒せるだけの瞬間火力が求められるようだ。
『わかった。それで三段階目の作戦は?』
『三段階目での作戦は──』
…………
……
…
そんなエミリさんの説明を思い出す俺は、武器を切り替える。
「作戦は──攻撃し続けるだけ!」
ボス戦前の話し合った作戦でここからは、いかに制限時間までにボスを倒し切れるかの勝負である。
【黒乙女の長弓】から魔改造武器である【ヴォルフ司令官の長弓】に武器を切り替えた俺は、インベントリから取り出した隕星鋼製の矢を弓に番える。
「──《魔弓技・幻影の矢》!」
先程も放ったアーツだが、今度は赤い尾から分裂した魔法の矢が15本に増えている。
「まだまだ──《魔弓技・幻影の矢》!」
更に、間を置かずに魔改造武器の追加効果【二重戦技】によって、同一のアーツを連続して放ち、本体の矢2本と30本の魔法の矢による弾幕がボス部屋を駆け抜ける。
『──GUOOOOOOOOO!』
膝を突き、自らの自爆の時まで耐え続けるボスの体に次々と魔法の矢が突き刺さっていく。
魔法の矢の弾幕による連鎖ダメージが加速していき、気持ちいい程にボスのHPが減っていく。
全ての魔法の矢が撃ち終わり、アーツ発動後の硬直で追撃に移れない俺だが──
「爆ぜろ! ──【エクスプロージョン】!」
ボスに放った隕星鋼の矢には、事前に【
──残り時間、2分30秒。
「もっとHPが削れるかと思ったけど……ダメか!」
「次は私たちが行くわ!」
「倒すつもりでガンガン攻めていくよ!」
俺の瞬間的な大火力に続くように、エミリさんとベルが前に出て攻めていく。
「はぁ──《シャーク・バイト》!」
エミリさんの振るった連接剣の刃がボスの体に巻き付き、サメの牙のように食らい付く。
そして、連接剣を引いて刃を戻すと、巻き付いた小さな刃がノコギリのように食い込み、噛み千切るように体を傷つけていく。
後衛では、レティーアやレティーアたちの使役MOBたちも防御を捨てて攻撃に回っている。
「アーツの単発ダメージよりも連続攻撃でHPを削っていくよ!」
ボスの真っ正面に立つベルは、全力スイングでバールを叩き込んでいく。
右、左、右、左と全身を使ったバールの連続殴打をボスの体に叩き込み、短い間に目に見えてHPを減らしていく。
──残り時間、1分40秒。
残りHPが6割を切ったところで、このままのペースだと間に合わないと感じたベルは、バールによる連打から強力なアーツの発動態勢に入る。
「はぁぁっ! ──《竜砕撃》!」
盛大に振り抜かれたバールの一撃がボスの体を揺らし、大ダメージを与える。
──残り時間、1分30秒。
「ダメージが足りてない」
残り時間が半分を切った段階で、HPはまだ5割までしか削れていない。
4人パーティーでの火力不足を感じる中、エミリさんは事前に決めていた作戦通りに指示を出す。
「こうなったら、プランBよ! ユンくん!」
「了解! ──《ゾーン・ストーン・ウォール》!」
スキルの硬直が解けた俺は、2回目の魔法の矢による弾幕ではなく、無数の石壁を周囲に生み出していく。
ボスの第三段階での作戦は、プランAが全力攻撃で倒すのを目指すことなら、プランBは大爆発をやり過ごすことである。
そして、乱立する石壁の陰に隠れた俺は、MPポットを飲んでMPを回復し、自らの役目の時を待つ。
──残り時間、1分。
「全員、こっちに退避!」
「みんな撤退の時間ですよ。──《送還》!」
みんなが俺の周りに集まるように声を掛ければ、レティーアは呼び出している使役MOBたちを次々に召喚石に戻して、俺の傍に寄ってくる。
「ぐぬぬぬっ、倒し切れない!」
「ほら、ベルも早く戻りなさい!」
そして、ギリギリまでボスを倒すことを粘るベルだが、残りHPが3割を切ったところで倒すことを諦めてエミリさんに連れられてくる。
──残り時間、20秒。
ボスの頭上のタイマーが爆発まで残り僅かしかないことを示す。
残り時間10秒を切ったところで、俺は、大爆発をやり過ごすスキルを発動する。
「全員、手を繋いで。行くぞ──《シャドウ・ダイブ》!」
俺は、【潜伏】スキルを使い、エミリさんたちと共に石壁の裏にできた影の中に潜り込む。
この《シャドウ・ダイブ》はスキル使用者に接触している限り、別のプレイヤーも一緒に影の中に入り込めるのだ。
そして、影の外側では大爆発が起こり、次々と俺の生み出した石壁が壊されていき、影の範囲がドンドンと狭くなっていく。
「むぎゅ……せ、狭いです……」
「もうちょっとだから、我慢しましょう」
レティーアは狭い影の中で少しでもスペースを確保するために繋いでいた俺の腕にしがみつき、エミリさんも俺と密着してくる。
「倒し切れなくて悔しいなぁ!」
ベルに至っては、こんな場所でもまだボスを倒し切れなかったことを悔しがっている。
俺としては、気恥ずかしさから早く終わってくれと願いながら俯く。
そして、その願いは早くも叶いそうで……
「……もう無理、限界!」
《シャドウ・ダイブ》は、影の中に潜伏している間はMPを常時消費し、別のプレイヤーも一緒に入り込むとその分だけ、MP消費量が激しくなる。
そのため、長いようで短い影の中での潜伏は、MP切れによる強制解除という形で全員が押し出される。
「プハッ……爆発は、もう収まっているのか」
無数の石壁を壊した爆発は止まっており、残ったボロボロの石壁の裏から覗くと自爆によって真っ白に燃え尽きたボスがいた。
残りHP1のボス【壊力の悪魔】に向かってベルがスタスタと歩いていき、バールを振り上げる。
「えい!」
気の抜けた掛け声と共に、力の籠もっていない振り下ろしを受けた【壊力の悪魔】は、光の粒子となって消え、このダンジョンを攻略した。
──復刻ダンジョンの初回クリア報酬として、金のクエストチップ1枚が授与されました。
「あっ、クエストチップが貰えました」
この【暖炉のダンジョン】をクリアしたことで、プレイヤー全員に1枚ずつ金チップが配られたようだ。
そんな【壊力の悪魔】との戦いを終えて勝利した余韻に浸っていた俺たちだが、唯一、さっきの戦いに不満がある人がいた。
「悔しい〜! 最後に時間以内に倒し切れなくて、なんか負けた気分」
最後までボスを倒すのに固執していたベルが、可愛らしく不満を零している。
「ねぇねぇ、もう1回挑まない!?」
「勘弁してくれ……」
俺の絞り出すような声に、エミリさんも同意するように頷いている。
先程のボス戦で前衛のエミリさんとベルは、俺が提供した【完全蘇生薬】10本を全て使い切るほど倒されていた。
更に、エミリさんの場合は、時間稼ぎに使った合成MOBのストックも消費している。
1回のボス戦でコストが掛かり過ぎて、流石に2戦目は挑めない。
そして何より、精神的に疲れたレティーアがこれ以上の戦闘を嫌そうにしている。
「そっかぁ。じゃあ、仕方が無い。次に挑む時は倒し切れるようにもっと強くなろう!」
そうした俺たちの訴えに納得したベルは、次回の挑戦に向けてやる気を見せる。
「とりあえず、ダンジョンから出ましょうか」
エミリさんに促されてボス部屋の奥に目を向ければ、帰還用の魔法陣が現れていた。
それに乗ってダンジョンから脱出した俺たちは、迷宮街のポータル前に転移し、近くの屋台で冷たい飲み物を買ってダンジョン攻略後の談笑に興じる。
「そういえば……皆さんは、ボスからのドロップを確認しましたか?」
レティーアの言葉に俺たちは、そう言えば、と思い出してドロップしたアイテムを確かめる。
「私は、【獅子悪魔の兜】だって! 鬣が格好いい!」
【壊力の悪魔】の顔を模したフルフェイスヘルムを被ったベルが肉球グローブを掲げて、ガオー、と言って遊んでいる。
「私は、ボスの使っていた剣ね」
エミリさんの方は【紅蓮獅子大剣】という名の、ボスの使っていた大剣のユニーク装備である。
武器のステータスには、火属性の能力やダメージを上げる追加効果が付与されている他、【獅子咆火】という固有のアクティブスキルを持っていた。
発動すると大剣が炎を纏い、武器を振るうと、4発の火球を同時に放つ。
こちらは、ボスの行動を模したスキルで、中々に面白そうだ。
「私とユンさんは、強化素材みたいですね」
「えっと、【獅子悪魔の鬣】で付けられる追加効果は、【炎熱耐性】かぁ……」
ダンジョン攻略で必要な追加効果が得られる強化素材がボスからドロップすることに、ちょっと意地の悪さを感じる。
まぁ、強化素材自体は無駄にはならないだろうし、耐熱装備である【夢幻の住人】に使えば【炎熱耐性】の追加効果を更に強化できるはずだ。
そして、最後に──
「エミリさん? 集めたクエストチップは、どのくらいになりました?」
「ちょっと待って。今日集めた分とみんなが持っている持ち越し分を合わせて──金チップ換算で8枚分ね」
エミリさんの言葉を聞いて、金チップ50枚の道程が長いなぁ、と俺が遠い目をする。
冬イベの前半期間は、約3週間。
【ギルドエリア所有権】の入手に協力してくれるプレイヤーたちがいるとは言え、既にリアルでのテスト期間との被りで今日を含めて既に3日が過ぎている。
ベルが既に他のプレイヤーとの協定の内容を纏めており、リアルの都合や協力してくれるプレイヤーの手伝いに行く場合を考えると、クエストチップを集めるのは大変そうだ。
頭を悩ませる俺とエミリさんにベルは、今後の行動の方針を提案してくる。
「それじゃあ、方針はどうする? 協定で手伝いに向かう時以外は、みんなで集まれる時に協力し合うけど、集まれない時は各自でクエストチップ集めする?」
「もぐもぐ……私はそれでいいと思いますよ。【スターゲート】の騎乗レースでもクエストチップが多少は集められますからね」
クエストチップイベントの期間中は、クエスト以外にもクエストチップを貰えるコンテンツがある。
迷宮街の【スターゲート】から挑戦できるレースエリアだったり、町中に散らばる盗賊団
OSOの様々なコンテンツの副報酬として、クエストチップが追加されている。
屋台で買い込んだ甘く冷たいジュースを飲むレティーアの意見に、ベルも賛成のようだ。
「それじゃあ、パーティーとしてはどうする?」
「それが問題なんだよなぁ……」
俺たち4人が集まってできることなんて、そこそこの難易度のクエストを受けて地道にクエストチップを集めることぐらいだろう。
「とりあえず、明日からはクエスト掲示板に行って効率のいいクエストを探しましょう」
「そうだな。そうするか」
エミリさんの提案に俺が賛成すれば、レティーアとベルも頷いている。
全員、【暖炉のダンジョン】の攻略で大分疲れたようだ。
そうして今日はお開きとなり、ログアウトする俺たちは、また明日も会う約束をするのだった。
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試し読みは以上です。
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