第三章 可愛い教え子 その4
カムイの手を引いていた雪姫は、空き教室に入り、机に設置されているPCを操作する。
「……マジで黒板もチョークも無いし、机にPCあるだけでノートを置くスペースも無いんだな」
「ここ二、三年で急激にこんな感じになりました。慣れると楽ですよ」
PCを手早く操作した雪姫は、とある女子生徒の顔写真を画面に表示させる。
「本当は直に見てもらいたいんですけど、この子には顔を合わせない方が良いんで」
「……生徒の顔写真とか表示出来るのか……」
カムイが覗きこむと、PCには女子生徒の写真が表示されていた。
名前は
金髪碧眼で、日本人離れした容貌だった。
金髪を長く伸ばしてツインテールにしている。
「ふむ。で、この子に手を出しちゃいけない理由は?」
「この子はこの学校で一番多くの教師を退職に追い込みました」
「方法は?」
「この子の異能は『ハッキング』なんです。『ハッキング』で、教師を追い詰めます」
「ほう」
「具体的には、『ハッキング』を駆使して教師の情報を収集し、社会的に抹殺します」
「社会的に抹殺?」
「体罰する教師なら、生徒に暴力を振るってる画像を入手してネットに晒します。援助交際の証拠を揃えたり、奥さんがいるのに浮気をしてる証拠写真を撮って脅迫したりして退職させてるんです」
「エグすぎるな……というか、やり方が執拗な気がする。動機は何だ?」
「正義感です」
PCを操作していた雪姫は、カムイを真っ直ぐに見つめた。
「綺麗事無しに言いますね、先生。この学校は生徒も最悪ですけど、教師はもっと最悪でした」
「……」
雪姫の表情があまりにも真剣だったので、カムイは教室にあった椅子の一つを借りて、座る事にした。
「焔ちゃんの様子を見ても解りますよね? イジメは全部放置されてました。先生が来るまで教師が一人もいなかったからじゃありません。他の教師がいた頃から、イジメは全部放置されてたんです。この学校に来た教師は、生徒を怖がって何もしないか、怖くない生徒を狙い撃ちにして体罰を加える人ばっかりでした」
「……」
「挙句の果てには不良同士の喧嘩は放置して逃げ出すか、焔ちゃんに襲いかかって校長にフルボッコです」
「……」
「都城雅は、酷い体罰を繰り返す教師を追い出してからは、赴任する教師を全員退職に追い込んでいます。酷い教師も多かったんですけど、追い出す程酷くもない教師も追い込むようになってました」
「そうか……正義感が暴走してるのか」
「ええ。イジメに悩む女子生徒を宿直室に入れて慰めていたイケメン教師も、真剣に好きだった男子生徒を宿直室に入れた女教師も追い出されてしまいました」
「……んん?」
カムイは何か、別に追い出されても仕方ないんじゃないだろうか、という気がしたが、五十人以上の男子生徒をボコボコにした自分も人の事は言えないので黙っていた。
「多分、今もこの子は教師を追い出す事が自分にとって絶対に正しい事だと思いながら行動しているでしょう。つまるところ、先生を標的に動いてるって事です」
「なるほどな……雪姫。お前が言いたい事が解ってきたぞ」
「解ってくれましたか、先生」
この都城雅という女子生徒が教師に嫌悪感を抱くのは仕方の無い事だ。
ここでカムイが取るべき行動は、この生徒を警戒したり、敵対する事ではない。
自分が信用の出来る教師であるという事を証明し、信用させる事だ。
出来の悪い教師達の所為で地に落ちた信頼を、取り戻す為に行動する。
「つまり、俺がこの子と話しあ……」
「私が始末しますので、先生は黙って見て見ぬふりをしてください」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!」
「私の異能ランクは既にA……。確実に勝てます。安心してください」
「勝敗は気にしてねえ! 何を言いだすんだよお前は!」
「別に命を取る気はありませんよ。ただ先生に逆らえばどういう事になるかを徹底的に教えて、永遠に先生の言いなりになるようにするんですよ。今の私と同じようにね。屈服させて、奴隷二号にすればまあまあ使える女ですよ。一号の私程ではありませんが」
「待て待て待て! まるで俺がお前を洗脳しているかのような言い草は止めろ! お前はいつから自分を奴隷一号だと思っていた!」
「この子を放置してると、彼女に先生が学校を首になる為の材料を揃えられますよ? 放置して良いと思いますか? 先生の恐ろしさを教えて、逆らわない方が身のためだって解らせれば良いじゃないですか」
人聞きの悪い発言を繰り返す雪姫は、カムイがどれだけ絶叫しても意に介そうとしなかった。
ただひたすら、物騒な発言を繰り返している。
「なあ、雪姫。俺は強いとか弱いとか、勝つとか負けるとかいう生活に戻りたくないんだよ」
カムイは、ふと、真剣な表情で俯き加減になる。
「この学校を追い出されるのが嫌だから、力ずくで生徒を脅迫するとか、そういうのは駄目だ」
「男子を何十人も半殺しにしといて今さら何言ってるんですか?」
「うぐ!」
割と真っ当な指摘を受けて、カムイはびくりと肩を震わせる。
「それに、強弱とか勝敗がうんざり? よくそんな事言えますね先生。成績とか運動神経とか、得意、不得意な事を散々テストさせて、内申点とかまで付けるのが学校でしょ? 学校が一番強弱と勝敗を付けてるじゃないですか」
「……」
「学校はず~っと出来の良い生徒と出来の悪い生徒の選別作業を繰り返してますよ? そうして成績の良い生徒だけを優遇して学歴社会と格差社会を作ったじゃないですか」
「……」
「この世界の法律を作ってる人間は、全員高学歴ですよ? 良い大学に進学するのも、良い会社に就職するのも皆高学歴です。だから社会は高学歴の人間が都合のいいように作られてるんです。成績は悪いけど何か特殊な才能がある……なんて人間は絶対に認められません。そんな存在を認めたら高学歴の人間の存在意義が薄れるからです」
「……」
「学校は、世界で一番、人間を密集させて競い合わせている空間ですよ? そんな空間にずっといるって決めた先生が、強弱と勝敗を嫌うんですか?」
「……ふふ」
黙って雪姫の話を聞いていたカムイは、笑みを浮かべた。
「雪姫、お前大人になったな……俺よりずっと大人になってやがる……」
「胸が大きくなったって言いたいんですか?」
「違うわ! 話の流れを読め!」
「だってニヤニヤ笑いながら女の子に対して『大人になったなあ』とか言ったら、『ぐへへ、良い身体になったじゃねえか、ぐへへ』って意味でしょ?」
「違う! 考え方が大人になったって言いたいだけだ!」
カムイは怒鳴り声を上げながら、二人きりの教室を見回す。
「……雪姫。お前の言う通りだよ。学校はそういう場所だ。ずっと成績で競争させて、優劣を付け続ける場所だ。そういう意味じゃ、俺は学校なんか大嫌いだよ。人に評価されて点数つけられるのも、人を評価して点数つけるのも嫌いだ。他人の目を気にして生活するのなんか大嫌いなんだよ俺は」
本当に、深刻そうに呟くカムイを見つめ、雪姫は心配そうに顔を覗きこむ。
「じゃあ、なんで学校の先生になったんですか?」
「……楽しい学校を作りたいんだ。良い学校を作りたい。いろんな個性を持ってる生徒に、お前は自分の個性を伸ばせばいいんだって伝えたいんだ」
「……はあ」
「自分の居場所が無いって感じながら学校を卒業した生徒は、間違った道に進む。自分の道を見失う。だから、俺は全部の生徒に、居場所はある、道はあるって伝えたいんだ」
「……先生……」
「俺は、全ての生徒を認める学校を作りたい」
「……つまり先生は……可愛い女子生徒を全員奴隷にしてハーレムを作りにきたと?」
カムイは椅子から転げ落ちた。
「お前微塵も話聞いてないだろ!?」
「ぐへへ、野郎は全員俺の舎弟、可愛い女子は全員俺の女にしてやるぜ。それがお前らの居場所ってヤツだ、ぐへへって言ってたじゃないですか」
「言ってねえよ! 誰だその鬼畜教師は!」
雪姫を怒鳴るカムイは、もはや半泣きになっていた。
「はあ……なんだかなあ。英雄色を好むと言いますけど、定期的に入学する女子生徒全員を自分の女にする為に教師になるなんて……私が想像していた以上の動機でしたよ。何で私一人で満足出来ないかなあ。なんかもう私泣きそう」
「泣きたいのはこっちだバカ野郎! もうお前となんか話さねえからな!」
半泣きを通り越して、本気で泣き始めたカムイは顔を覆いながら教室から飛び出してしまう。
「うわ!? ちょっと先生!? 冗談ですから! 私シリアスな話が苦手だから冗談言っただけですから!」
雪姫は慌ててカムイを追いかけ始めた。
それからしばらく、
「ついてこないで!」
「そんな本気で泣かなくてもいいじゃないですか!」
という会話を繰り返す、カムイと雪姫の姿が校内のあちこちで他の生徒に見られた。
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試し読みは以上です。
続きは2020年4月24日(金)発売
『鬼畜先生の博愛教育』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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