一章 工作員、派遣します その1

        1


 『キサラギ』という名の企業がある。

 それは、今や地球上の誰もが名を知る大企業。

 俺は今、そのキサラギ本社の会議室で。


「――と、いうわけだ六号。分かったか?」

「六号、分かったか?」

「ちっとも分かりません」


 俺の即答を受けた幹部達が、なんて物分かりの悪いヤツだと言わんばかりにため息を吐く。

「……では、もう一度説明しよう。戦闘員六号。貴様には、我ら秘密結社キサラギの尖兵としてスパイ活動を行ってもらう。貴様の任務は、現地生物の生態調査、原住民がいればその軍事力のスパイ活動。そして、侵略に値するだけの価値のある、資源や土地があるかを調べるのだ」

「はぁ……」

 ここまでは分かる。

 そう、ここまでならいつもの任務だ。

「そして、その派遣先は地球外惑星となる。分かったか?」

「分かったか?」

「やっぱり分かりません」

 再びの俺の即答を受けた二人の大幹部は困惑の表情を浮かべていた。

 腰まで伸ばした長く艶やかな黒髪に、寒気すら覚える程の美しさを持つ氷結のアスタロト。

 ウェーブのかかった燃えるような紅い髪を持ち、豊満な体躯を惜しげもなく晒す業火のベリアル。

 二人の女幹部は、水着同然のきわどい衣装をまとい、常日頃から嬉々としてそう名乗っていた。

 先程から俺に説明を続けていた氷結のアスタロトが、もう一度ため息を吐く。

「……六号、一体何が分からないの? 私は難しい事は言っていないわよ? スパイとして潜入してきなさいと命令しているのだけど」

 その隣では、業火のベリアルがうんうんと頷いていた。

「任務については分かります。分かんないのは、地球外のくだりですよ。二人とも、変なコスプレしたり痛々しい自称まではまあ、俺もなんとか付き合ってきましたが……。いい大人が地球外惑星がどうとか言い出した日には、流石の俺も引きますよ?」

「き、貴様、幹部服をコスプレとか言うな!」

「痛々しい!? 六号、お前あたし達の事をそんな風に思ってたのか!?」

 色めき立つ二人の幹部。

「いや、二人がおかしな事言い出すのはいつもの事なんですが、今日は特にぶっ飛んでますよ? 異世界転生モノのアニメでも見て影響されたんですか?」

「き、貴様言わせておけば! いいか、よく聞け戦闘員六号! 今現在、我ら秘密結社キサラギは世界征服を目前にしている。これは分かるな?」

「まあ、分かります」

 額に青筋立てながらも、アスタロトが忍耐強く説明してくる。

 世界征服。

 そう、あの世界征服だ。

 俺が所属するこの会社は、自ら悪の組織を名乗り、地球を支配するためにあらゆる悪事に手を染めてきた。

 かくいう俺も、入社と同時に改造手術なるものを施され、戦闘員としてこき使われている。

 世界征服を目標に掲げ、もはや秘密でもなんでもなくなった超大企業、悪の組織、秘密結社キサラギ。

 もはやこの巨大組織に対して軍事で圧倒できる国はなく、経済によるささやかな反抗がなされているのみだったが、それも時間の問題だと思われていた。

「では世界征服が完了したならば、お前達戦闘員はどうなると思う?」

 俺はアスタロトの質問の意味が分からず首を傾げる。

「……? 世界征服を終えたなら、後は俺達が支配者になって残る余生は酒池肉林の放蕩三昧でしょう?」

「たわけ。大規模なリストラだ」

「「えっ」」

 突き放すようなアスタロトの答えに俺とベリアルの声がハモる。

「リストラ……。って、ええ? えっと、クビって事ですか?」

「そうだ」

 会議室がシンと静まり返った。

「……おおおおおい! おま、お前ふざけんなよ今更!! さんざ人をこき使って危ない目に遭わせといて、用が済んだらポイか冷血女! 人に改造手術まで施して、体を傷物にした責任取れよ! 具体的には、良い主夫になるから同棲させろください!!」

「なあ、あたしも 幹部の中で戦闘担当のあたしもリストラなのか!?」

 俺とベリアルがアスタロトに掴みかかるが、氷結という異名の通り涼しげな顔で……。

「まあ落ち着け二人とも……。こっ、こらっ六号、ちゃんと順に話をするから服を掴むのは……、ズレるズレる! ちょっとやめて! 幹部服は露出が多いんだから、危ない危ない!!」

 ……ハァハァと荒い息を吐きながら、怯えた顔で涙目になったアスタロトは自らの身を抱き締めるようにしながら距離を取る。

「まったく、二人とも話を聞け! まずベリアル。お前は最高幹部の一人だ、リストラはない。世界征服が完了しても最低限の軍事力は必要だ。――そして、戦闘員六号」

 ほっと安心した吐息を漏らしているベリアルとは違い、下っ端戦闘員の俺はドキリとした。

 そんな内心を見透かすかのように、アスタロトの目が俺をしっかりと捉えてくる。

「ベリアルとは違いお前はただの戦闘員だ。とはいえ、キサラギが発足した当初からいるメンバーでもある。我々幹部連とも親密だし、もはや最高幹部の一人と言ってもいいぐらいだ」

「なら、もうちょっと給料上げてくれませんか? 俺、高校の時からここにいますが、未だにバイトの頃の給料のままなんすけど……」

「しかし! お前一人を優遇し、他の戦闘員をないがしろにすれば我が組織は破綻する!」

 給料の話ごまかしやがった。

「……でもどうすんです? ここは公平にくじびきでリストラしますとか言ったら、流石の俺も改造されたこの体でどつきますよ?」

「っ、た、たわけ、だからこそ、先程の話になるのだ!」

 俺の微かな本気を感じ取ったのか、腰が引けた体勢で距離を取りながらアスタロトが言ってくる。

「だからな、六号。地球を支配したなら、新しい支配地を探せばいいって事だよ。リストラの話は今初めて聞いたけど、以前から皆で色々話はしてたんだ。戦争がなくなったら、みんな仕事が減るねって。占領後の統治に力を入れるから、あまりお金の無駄遣いはできないんだってさ」

 アスタロトの隣では、ベリアルがそんな事を言ってきた。

「だから地球外惑星云々言ってたんですか? というか、そもそもそんな技術があるのなら、巨乳の美女しかいない世界にでも、俺がとっくに行ってますよ。でもまずは、火星や金星にでも行く技術を開発してからでしょうに」

 バカな子を見る目で告げる俺に、二人は何か言いたそうな表情を浮かべるも。

「……その話の続きは、リリスの部屋で行うとする。六号、付いて来い」

 そう言って、いつになく真面目な顔で背を向けたアスタロトの後を、俺は首を傾げながらも付いて行った――


 ――三人しかいない最高幹部の最後の一人、黒のリリスの研究室。

 そこには、一体何に使うのかも分からない意味不明な物が多数転がっており、中でも一際目に付いた物が……。

「六号。これが何か分かるか?」

 そう言ってアスタロトが手のひらを向けたその先には、何やら大がかりな機械が取り付けられた、人が数人は入れそうな大きさのガラスポッド。

「なんすかコレ? 映画に出てくる転送とかするマシーンみたい」

 と、その時。

 この研究室の持ち主が部屋の奥から声を上げた。

「その通りだよ六号! 君はアホだが勘はいいね!」

 俺をアホ呼ばわりしたのは、黒髪をおかっぱに切り揃えた白衣姿の美少女、黒のリリス。

 俺の体に改造手術を施した、頭にマッドが付く研究者だ。

「その通りって……。えっ、転送ってマジですか? このガラクタみたいのが?」

「ガラクタとは失礼な。コレは人類にとっての命題とされている、全ての問題を解決するかもしれない、僕が生み出した最高傑作の一つだよ!」

 普段は陰キャラなクセにいつになくテンションの高いリリスを見て、アスタロトが眉をひそめた。

「なんだリリス、お前はまた白衣なんか着て。幹部服を着んか幹部服を」

「やだよ恥ずかしい。それに白衣着てると科学者っぽいでしょ? この際だから言わせてもらうけど、二人とも安いアダルトビデオに出てくるコスプレ嬢みたいだよ」

「あ、それ、俺も思ってました」

「「な、なんだとう!!」」

 今更ショックを受けたのか、アスタロトとベリアルが動かなくなる。

 というか、今はそっちの二人はどうでもいい。

「……つーか転送機ですか、またエライもん作りましたね。リリス様は世界一の科学者だって組織内でよく聞きますが、無駄な研究に金だけかけてるごく潰しだと思ってました」

「……あ、相変わらず君は、上司に向かって言ってくれるね」

 軽くショックを受けている様子の僕っ子をよそに、俺はマジマジとポッドを観察。

「で、これと俺への任務がどう繋がるんですか?」

 そう言って首を傾げる俺に向け、リリスがよくぞ聞いてくれたとばかりに目を輝かせた。

「君は宇宙人はいると思うかい?」

「そりゃいるんじゃないですか? 分かんないですけど」

 なんせウチの秘密結社には怪人なんてのがいるし、世の中にはヒーローなんて謎の連中だって存在するのだ。

 なら、広い宇宙に今さら何がいたっておかしくない。

「現在この宇宙には、確認できているだけでも地球と酷似した惑星が多数発見されている。水があり、緑があり……。恒星からほどよく近く、大きさも地球と同サイズの、そんな惑星がね。……そこで、日頃頑張っている君へのご褒美だ」

 ご褒美?

 と、リリスは不思議そうな表情をしている俺をジッと見ると。

「外の世界に興味はないかい? この広大な宇宙には、数えきれないほどの恒星が浮かんでいる。更にはその一つ一つの恒星の周囲を数多の惑星が周回しているわけだ。つまり宇宙には、天文学的数字という言葉の通り、数えるのもバカらしくなるほどの無数の世界が存在しているのだよ」

 段々興奮してきたのか、リリスは顔を上気させ、バッと両手を広げ熱弁する。

「そこはまさしく未知の世界。未開な原始人しかいない星かもしれない。地球より遥かに文明が発展した星かもしれない。それこそ君の大好きな、剣と魔法の世界があるかもしれない。そんな世界に行きたくないかい?」

「俺が何をやっても無条件で好かれる星や、美的感覚が違い、俺が超イケメンに見える星、俺以外の男が一人も存在しない星だってあるかもしれないわけですね。つまり転送機でその星々に送ってくれると。じゃあ早く行きましょう、俺はいつでもいいですよ」

 まくしたてる俺に軽く引きながら、リリスは俺に背を向けると研究室の奥に手招きした。

「そ、そうか。承諾してくれて何よりだよ。それと、派遣するのは君一人じゃない。……アリス、おいで」

 その呼び掛けに応じやってきたのは、白のワンピースを着た金髪碧眼の女の子。

 年の頃は小学六年生ぐらいだろうか?

 そいつはちょっとヨロヨロしながら、小さな体には不釣り合いな大きなリュックを背負っていた。

「なんすかこのガキ? 俺、子供は嫌いなんですけど」

「ガキって自分の事言ってんのか? 下っ端戦闘員が調子に乗んなよ」

 …………。

「おっ? 今のはお前が言ったのか? なんだコラクソガキが、俺は子供相手でも容赦しねーぞ? こちとら悪の組織の戦闘員だ。世界一の大企業、キサラギを舐めんじゃねーぞ」

「自分に暴力を振るえば、内蔵されてる動力炉が暴走してこの辺一帯は消えてなくなる。それでもいいならやってみろ。それと自分の正式名称はクソガキじゃなく、キサラギ社製美少女型アンドロイドだ」

 ……アンドロイドってマジか。

 いや、どことなく無機質な声色といい表情といい、言われてみればそんな気もするが。

「早速仲が良さそうで安心したよ。では改めて紹介しようか。この子はアリス。君のサポーターとして作られた、高性能のアンドロイド。僕のもう一つの最高傑作さ」

「自分には、お前ら戦闘員の安い命とは違って莫大な開発費がかけられてんだから大事にしろよ。お前はアホだと聞いてるからな。現地での頭を使う仕事は任せとけ」

「……すいません、俺、この口の悪い上に危険なガラクタ要らないんですけど」

 言いながら、俺はポッドの前に立つと自分の武装を確認した。

 右の腰には使い慣れたハンドガン。

 予備の銃弾はベルトにたっぷりと下げてある。

 逆側の腰には、昔ボーナスで買ったお気に入りのバトルナイフ。

 未知の世界への装備品としてはハッキリ言って心許ないのだが……。


「その様子だと、行く覚悟は決まったみたいね」


 コスプレ嬢呼ばわりのショックから立ち直ったアスタロトが、普段は冷たいその表情に、柔らかな笑みを浮かべて言った。

 ……それは、詐欺まがいのポスターに釣られてバイトの面接で出会った時、秘密結社なんていかがわしい組織で働く気になってしまった、俺の好きな笑顔。

 なんだかんだいいながら、俺が悪事にまで手を染め、世界を相手に戦争する事すらいとわなかった、その笑顔。

「行きますよ。行きますとも! 要はあれっすよね? 俺は全戦闘員の中からよりすぐって選ばれた、キサラギ代表みたいなもんですもんね!」

 意気込む俺に、もちろんアスタロトは力強く……。

「え? ……あ、ああそうだ! そうだとも! 全戦闘員の中から、こんな重要な任務はお前しかいないなと!」

「おい、どうやって決めた。ベリアル様、先発隊の選出はどうやったんです?」

 力強く頷かなかったアスタロトではなく、まだ部屋の隅っこで蹲まってぶつぶつ言っている、嘘の吐けそうにないベリアルに話を振る。

「えろくない……幹部服はえろくない……。……へ? 選出? 確かアスタロトがサイコロ振って」

「貴様には期待しているぞ戦闘員六号! ほ、ほら、時間もないんだしとっとと入りなさい!」

 言いかけたベリアルを遮り、俺をグイグイとポッドに押し込むアスタロト。

 ……無事帰ってきたら絶対幹部待遇の給料にしてもらおう。

「ちなみに必要な武装やその他の物資については、この小型の転送機でメモを送ってその都度申請したまえ。これでメモを送ればその時点で、君やアリスに埋め込まれているチップを介し、座標が分かる」

 リリスはそう言って腕時計みたいな物を俺とアリスに手渡し、安心させるようにニコリと笑った。

 装備がショボくて心配だったとこだが助かった。

 どんな場所に送られるのかは知らないが、キサラギ社の装備が使い放題であるのなら何が相手でも怖くない。

 ガラスポッドに入った俺に続き、口の悪いポンコツも勝手に中に入ってきた。

「おい、アリスとか言ったな。お前攻撃食らうと動力炉が暴走するだの言ってたけど大丈夫なんだろうな。くれぐれも自爆はすんなよ?」

「自爆は悪のロマンだぞ。まあ大丈夫だ。自分はお前のサポーターとして作られたらしいからな。サポート相手を殺してしまっては論外だから、時と場所を考えるさ」

 自爆自体すんなって言ってるんだけど、コイツ本当に大丈夫なのか。


「戦闘員六号」


 アスタロトが、異名の元になった冷たい無表情で俺の名を呼ぶ。

 が、すぐにその表情を不安気に崩すと。

「……その、なんだ。貴様とは、お前がまだ学生だった頃からの付き合いだ。先ほども言ったが、私は貴様の事を、この組織の最高幹部の一人だと思っている。それは、嘘じゃない」

 出発前に突然何を言い出すんだこのひとは。

 この組織にバイトとして入ったのは、俺が高校一年生だった頃だ。

 それから俺達は、わずかな期間で世界の大半を支配してしまった。

 軍隊とやりあったかと思えば、ヒーローを自称する全身タイツの変態集団と死闘を繰り広げた事もある。

 その変態集団が操る、そんな技術があればもっと他の事ができるだろうにと言わしめた、合体変形人型ロボットと戦った事すらある。

 それらはとても危険で理不尽で、何度も辞めてやると叫んだもんだが、まあ……。

「楽しかったですよ、みんなと一緒にやってきたこの組織。何が起きるか分からないし、無事帰って来れるとも約束はできませんけど、今回の派遣先にもちょっと期待してますし。まあ、できるだけ帰ってくるように善処します。んで、帰ってきたら幹部並みの給料に上げてください」

「バカめ。そこは、ちゃんと無事に帰ってきますと約束しろ。我々三人は、いつでもお前の帰りを待っているからな。帰ってきたら、貴様を四人目の最高幹部にして四天王を名乗るのも悪くない」

 俺の懐古に、アスタロトは不敵な笑みを浮かべながらそんな事を言ってきた。

 ……つーか俺、もう二十歳前なんだがこの歳でなんたら四天王とか名乗るのは恥ずかしいな……。

「うーん、やっぱあたしが行きたいなぁ……。いいなー六号、知らない世界を冒険できてさ。サイコロに、あたしの目が出るように重り仕掛けとけばよかったなあ」

「……サイコロに重り? なんだ、ベリアル様も選ばれる中にいたんすか?」

 俺の質問にベリアルが、何言ってんだとばかりに笑う。

「もちろん入ってるに決まってるだろ? サイコロの1、2がアスタロトで3、4があたし。5がリリスで6がお前だ。アスタロトが、最初はもっとも信用の置けるメンツの中からじゃないとって言うから、この中から選ぶ事になったんだけどさ。サイコロ振って公平に決めるとか自分で言ったくせに、6が出た時ごねてさー。やっぱ危険だから私が行くとか言」

「よし! では、準備はいいか戦闘員六号!! これより貴様らに、正式に任務を与える!」

 何かとても大切な事を教えてくれようとしたベリアルを、アスタロトが顔を耳まで火照らせて、裏返った声で遮った。

 なんだよ、ほんとに幹部扱いされてるじゃないか。

 ついでに、大事にされてるじゃないか。

 ……ちょっと、鼻の奥がジンと熱くなる。

 顔を赤くしながらもなんとか無表情を装うアスタロトに、

「……アスタロト様、行く前にギュッてしていいですか?」

「任務を与えるっ! 貴様への指令は二つ。まず一つは、現地で安全だと思われる基地を作った後、そこで転送機を組み立て、現地と地球の往復を可能にし、無事に帰還する事だ。これについては主にアリスがその任務を担当する」

 俺の言葉をガン無視するアスタロトをニヤニヤと見ていたベリアルが、

「おい六号、行く前に抱き締める程度じゃなくチューぐらいやっとけ。こんな時だしアスタロトも怒んないさ」

「そんな事をしたら凍結させるわよ! ああもう、説明が進まないでしょう! ……二つ目は、現地の戦力、資源や土壌の調査よ。この任務は戦闘員の仕事の他にも、現在地球が抱える、人口増加による食糧問題、戦争による土壌汚染、海抜の上昇による居住可能エリアの縮小など。あなたの派遣先が人類の移住可能な星であれば、それらの問題を一気に解決する事ができる可能性があるわ」

 ……えっ。

「あれ、ひょっとしてこれって、組織どころか地球の命運を懸けたかなり大きな任務なんじゃ?」

「そりゃそうよ、だから失敗は許されないわ。そもそも失敗したら、あなたが帰れなくなるのだから注意なさい? 先ほどリリスが言ったように、欲しい装備があったらメモを書いて転送なさい。といっても今のところは、このガラスポッドに収まる大きさの物しか送れないわよ?」

 ……なるほど。

 つまり組織が全面バックアップ態勢でサポートしてくれ、装備も使い放題と、そういう事か。

「そして、週に一度は経過報告を送る事。……あなたが元気でやっている様子を、きちんと伝えなさい」

 そう言って、アスタロトが小さく笑う。

 そんなアスタロトを、俺は全力で抱き締めようとしたがポッドの中に蹴り込まれた。


「――さて、と。準備はいいかい?」

 ポッドに入った俺とアリスを前にして、リリスが最後の確認を行っている。

 その隣ではアスタロトが腕を組みながら俯いており、ベリアルはといえば、心配そうな顔でぺたりとガラスに張り付いて、まるで俺の顔をしっかりと目に焼き付けようとするかのように、ジッとこちらを見つめていた。

「もっと気楽に送り出してくださいよ。なんか緊張してくるじゃないですか」

 俺の言葉にアスタロトが、

「……そう、そうね。あなたが覚悟を決めているのに私達が心配していたら不安を与えるわね。……無事を祈ってるわ、戦闘員六号」

 まるで今生の別れを告げるかのように、真剣な顔で言ってきた。

「大げさな。正直、長期出張になるとは思ってませんよ? いきなりいい感じの拠点になりそうな建物を占領できれば、ささっと転送機を組み立てて、速攻で行き来できるようになるわけですし」

「だって、心配なものは心配だ。転送自体がうまくいくかだって分かんないじゃんか?」

 気楽そうに言う俺にベリアルが、寂しそうな顔でそんな事を。

「安心してくださいよ、リリス様が失敗なんてするわけがないじゃないですか。世界一の科学者なんでしょう?」

「「……………………」」

 俺の言葉にアスタロトとベリアルが、無言で顔を見合わせた。

 その隣では、リリスが黙々と、俺達を送り出す準備を進めている。

「リリス様に聞きたいんですが、転送の成功率ってどれぐらいなんですか? 転送実験の回数は? あと、確認されてる他の惑星に転送するって言っても、星の地表に正確に、バッチリ送れるものなんすか?」

「転送実験の成功率は今のところ100%だ。実験回数は黙秘する。バッチリ送れるのかという質問にも黙秘する」

「すいません、やっぱこの任務やめときますね」

 そう言ってポッドから出ようとする俺の腕を、アリスが掴んで放さない。

「おいポンコツ邪魔すんな。ちょっと一旦ここから出させろ」

「今さら何を怖気づいてんの? マメにバックアップ取っておくのは常識だろ下っ端」

 ……こいつやっぱりポンコツじゃねーか!

「このバカ、人間様の俺はお前みたいにセーブやロードはできないんだよ! あと、向こうで不慮の事故に遭いたくなかったら下っ端呼ばわりすんな!」

「ふぉいやへろ、ほおをひっはるな、人工皮膚がのひるひゃないは。じゃあ下っ端はやめてやるからお前も自分の事はアリスさんと呼べよ」

「うん。どうせグダグダやってても進展しないし、もう送り出してしまおうか」

 俺がアリスの頬を引っ張っている中、リリスが物騒な発言をしていた。

 と、その時、俺とアリスが収まっているポッド内に突如煙が噴出した。

「ぶわっ!? リリス様、なんか煙が! 得体の知れない煙がめっちゃ噴き出してるんですが!」

「それは君達が保有している菌を、できるだけ向こうに持ち込まないよう殺菌しているんだよ。それと、現地で未知の病に侵されたらこちらには帰ってこられなくなるから気を付けたまえ」

 その物騒な言葉を聞いて、俺はいよいよポッドを叩き割ろうとするが、アリスがちょこまかと妨害してくる。

「……戦闘員六号! 貴様の改造された肉体と我々の開発した戦闘服なら、どんな環境においても適応できるだろう。無事、帰還することを祈っている!」

「お前なら、ちゃんと帰ってくるって信じてるからな! お土産は頼んだぞ!」

「いやちょっと待て、待って待って! おい、もうちょっと実験とか色々するべきじゃないか? なあ、おい!」

 アスタロトとベリアルの言葉に対し、必死に叫ぶ俺に向け、

「よく聞くんだ六号。今のところ一度も失敗していないのだから成功率は100%。でも、何度も実験して事故が起こったら? そう、成功率が100%じゃなくなるんだよ。つまり、何度も実験してしまうと成功率が下がり、君が安全に向こうに行ける確率も下がってしまうというわけさ」

 ……リリスの言葉に一瞬考え。

「そんなわけねーだろ、その確率の計算はおかしい! お前絶対天才科学者じゃないだろ! バカと天才は紙一重って言うが、お前は紙一重でバカの方だ!」

「し、失礼な! 相変わらず、頭に血が上ると口の利き方を忘れるヤツめ。世界中が欲しがる僕の頭脳にそんな事を言うのは、この世で君ぐらいのものだよ。では、行って来たまえ戦闘員六号! 良い報告を待っているよ!」


 リリスはそう言って、転送機を起動させ――!


「ちくしょう、帰ったら覚えてろよ僕っ子がー!!」


        2


 転送されたその瞬間から、勢いよく吹き付ける冷たい風が顔に当たる。

 恐る恐る目を開けると、そこは――

「バカっ! あの女はやっぱりバカだ! 大バカだ! うわああああああ死にたくない死にたくない死にたくない!」

「泣き喚いてないで少し落ち着け。自分が目算したところ地上への距離は約三万メートル。このまま激突するまであまり時間は残ってないぞ」


 俺が転送されたのは、地上が霞んで見えるほどの上空だった。


「この状況で落ち着けるかよ! アリス、お前高性能なんだろ!? 実は飛行形態を取れたりするんだろ? そうなんだよな!?」

「自分に内蔵されているのは自爆機能ぐらいのもんだ」

「ポンコツがあああああ!」

 落下に伴う風の音が耳元でゴウゴウと吹きすさぶ中、俺と同じく高速落下中のアリスが、背負っていたリュックをこちらに差し出す。

「ほら、そいつを背負え。賢い自分とリリス様はこんな事ぐらい想定済みだ。地上近くに転送座標を設定すると、僅かな計算の誤差でも地面に塗り込められるからな」

 受け取ったリュックをよく見れば、それはキサラギ製のパラシュート。

 クソ重い戦闘服を身に着けていても大丈夫な、降下作戦用の特別製だった。

 言われるがままにそれを背負うとアリスがこちらにしがみつく。

「お前の分はないのかよ!?」

「予算がねえんだ、締めるところは締めないとな。パラシュートを開くタイミングはお前に任せるが失敗すんなよ。自分が地上に激突したら、辺り一面が消し飛ぶからな」

 コイツを連れ歩く事自体が罰ゲームじゃねーか!

 パラシュートを背負った事で心に余裕ができた俺は、改めて地上を見下ろした。

「おいアリス、見ろよ。街っぽい物があるぞ」

「というか未開拓地が多いな。知的生命体がいるにしても人口は少なそうだ」

 俺達の着地予想地点から離れた場所には、城塞都市っぽい物が見える。

 ど真ん中に大きな城を置いたその都市の周りには、農地ごと囲むようにして巨大な城壁がそびえ立っていた。

 そんな城塞都市の外は赤茶けた荒野が広がっており、それが世界を覆いつくすかのごとく先が見えない、深い森へと繋がっている。

 結構な時間を降下する間に周囲の地形を確認した俺は、無事に着地を終え息を吐いた。

「……よし。アリス、早速あのバカ上司にこっちの座標を送ってくれ。もう安全な拠点もクソもあるか。転送機とやらの部品送ってもらってここで組み立てて、とりあえず一回帰るぞ。そんで殺されかけた分、あの僕っ子が泣くまで乳揉んでやる」

「こんなとこじゃ組み立てられないぞ。超精密機械だからな。埃一つないクリーンルームじゃないとダメだ。それに、装置を使って移送空間を安定させるまでに一月ひとつき近くかかる。帰りたかったらまずはアジトを手に入れるんだな」

 …………えっ。

「……まただよ、またハメられた! あいつらもう許さねえ! 幹部連中に改造手術を受けてみないかって言われた時も、強化された肉体でバリバリ仕事をこなせば出世だって思いのまま、大金稼いでモテモテだって抜かしたんだぞ! 今の給料いくらだと思ってんだ!」

「お前の事情は知らないが、そう悲観する事はないぞ。広い惑星の中で、ピンポイントで知的生命体の集落らしきものを発見できたんだ。これは非常に幸先がいい。まずは、降下中に見付けたアソコに向かうとしよう」

 アリスはそう言うと、城塞都市らしき場所に向け、スタスタと歩き出した。

 俺達が降下したのはだだっ広い荒野のど真ん中。

 ここで泣いて駄々を捏ねていても事態はちっとも進展しない。

 しかし、あそこに行くまでどれだけ時間が掛かるのやら……。

「おい、さっきはバタバタしてたから省いたが、改めて自己紹介だ。俺は今までどんな戦場でも生き残ってきた、キサラギ最古参のエリート戦闘員。そう、戦闘員六号さんだ」

 俺はアリスの後を追いかけながら改めて名前を名乗る。

「自分はキサラギ社製美少女型高性能アンドロイド、キサラギ=アリスちゃんだ。立場的にはお前と同じ平社員だからな。タメ口を利いてもいいぞ」

「俺の方が先輩なんだから、タメ口を利いてもいいぞってのはこっちのセリフだがまあいい。それよりお前、何ができんの? 俺は戦う事しかできないけど。あっ、戦うといえば武器だよ! リリス様が言ってたじゃん、物資が必要な際にはコレを使えって。転送機が無理なら、せめて移動用のバギーを送ってもらおうぜ」

 そう言って隣に並んだ俺に、アリスはピタリと足を止め。

「その事について説明してやる。おい六号、お前悪行ポイントはどれだけある?」


 ――悪行ポイント。

 キサラギが悪の組織として成り立っている理由の一つがこいつだ。

 個人個人に埋め込まれたチップにより、その者が行った悪行がポイントとして加算される。

 そこまで無理して悪事を行わなくてもいいじゃないかと思うのだが、ウチの幹部達にとって悪の組織であるという事は何よりも大切な事らしい。

 このポイントを悪事を行って貯めていき、それを装備品や報奨金などに交換できる制度がある。

 悪事を重ねて模範的な悪の組織の一員になり、貯め込んだポイントを使って上質な装備を手に入れれば、戦いの際にはより活躍できるようになる。

 そうなれば当然評価も上がり、どんどん上の階級にいけるわけだ。

 しょっぱい悪事にしか手を染められない俺は、組織の連中からよく白い眼を向けられたものだ。

 最高幹部達いわく、キサラギ社員たるもの、ただの獣や小悪党ではなく、悪のカリスマであれという事らしい。

 ちなみに、俺には彼女達が何を言っているのかさっぱり分からない。

「今のポイントは三百ってとこかな」

「……あの城塞都市を二人で侵略するには心許ないな。仕方ない、ポイントは節約して徒歩で向かい、あそこにスパイとして潜入するぞ」

 この状況でいきなり侵略とは物騒な事を。

「……いや、ちょっと待て。物資送ってもらうのに悪行ポイント使えって言ってんの? どんだけブラックなんだよウチの会社は。これだけの巨大プロジェクトだぞ、もっと金かけるのが当たり前だろ!」

「他にも候補になっている惑星は、それこそ星の数ほどあるからな。お前は惑星探索員第一号だが、他の星だっていずれは調査するんだ。その一つ一つにいちいち大金かけてはいられんよ。第一、まだ地球の征服だって完全には終わっていないんだからな」

 ……なんか、RPGゲームやなんかで、最小限のお小遣いだけ渡されて、魔王倒しに行けって言われる勇者の気分だ。

「かといって、戦うしか能のない俺が断れもしないしなあ。くそ、リストラを盾にするとかふざけやがって、さすが悪の組織だ!」

「リストラが嫌なら頑張るこった。ここに人が住めるとなれば、開拓作業に未知の生物との戦闘など、お前らの仕事には困らないぞ。少なくともここの大気成分は、お前が呼吸し活動するには充分な環境だ。それだけでも条件は大分良いはずだ」

 アリスはそう言って、俺の首筋をぺたぺたと触りながら……、

「だったらなおさら悪行ポイントなんてケチな事言わずに最新の装備を転送しろよ! そうしたら、どんな相手だろうがこの六号さんが痛い! おいコラ、今俺に何打った!」

「お前が未知の病に侵されないように、免疫力を上げるナノマシンを打ったんだよ。まあ、これから向かう城塞都市にいる知的生命体がチョロいといいな。できるだけ地球に似通った星を選んだから、お前と同じホモサピエンスが文明を築いている可能性が高い。高層ビル群も見当たらなかったし、未開な連中ならこの任務は楽勝だな」

 アンドロイドなだけはあり、アリスは表情を変える事もなく、そんなおっかない事をシレっと言った。


        3


 それから、だだっ広い荒野をどれだけ歩いたのだろうか。

 そろそろ城塞都市が肉眼でもハッキリ見えてくる、そんな距離にまでやってきた俺達は――

「嘘吐きー! お前言ったじゃん、地球に似通った星だって! こんなん地球にいねーよバガァ!」

「今はそんな事より銃を抜け! 数が多い、撃ち漏らすなよ!」

 全身が黒一色の、エイリアンみたいにグロテスクな形をした四足獣に囲まれていた。

 俺は腰の拳銃を引き抜きながら、背中に隠れるアリスに叫ぶ。

「おい、お前も手伝えよ! なんでロボットが人間様を盾にしてんだ!」

 こちらを囲み威嚇してくる四足獣を一匹ずつ仕留める俺に、

「自分は高性能なアンドロイドと言っただろ。高性能なのでよりリアルを追求し、普通の少女並みの戦闘力仕様になっております」

「この使えないポンコツめ、お前高性能とか絶対嘘だろ! 今後は俺に敬語を使えよ!」

 アリスに叫んでいた俺に、一匹の四足獣が飛びかかる。

 そのまま噛みついてくるのかと思ったら、何もないと思われていた背中が突然ガパッと口を開き……!

「く、食われるゥ!」

 眼前に迫っていた巨大なアギトをかろうじて受け止めた。

「アリス! アリース! こいつ、こんな細身で信じられねえ、俺の力と互角ぐらいの顎の力だ!おい、何か打開策を! 手が、手がプルプルしてる!!」

 俺は肉体改造や戦闘服で強化されているのに、この世界の生き物はどうなってんだよ!

「自分ポンコツなんで打開策は思い付きません、使えないヤツですいません六号さん」

「助けてくださいお願いします! さっきの言葉は取り消しますからー!」

 言っている間にも、二匹目、三匹目の四足獣が飛び掛かる。

 目の前のヤツの顎が閉じないように両手で止めながら、それらを蹴飛ばし追い払う。

「じゃあ、お前の悪行ポイントで自分にショットガンをプレゼントしてくれ。それでなんとかしてやるよ」

「くれてやるから早くしてぇ!」

 アリスが手早くメモを送ると、周囲の四足獣が一斉に飛び掛かる気配を見せる。

 と、その時だった。

「●●●●、●●●●●●!」

 何か意味のある言葉っぽい声が、遠く城塞都市の方から聞こえてきた。

 見れば、こちらに駆けて来る騎馬集団の姿が確認できる。

 いや、正確には馬ではなく、頭から角の生えた馬っぽい生き物。

 俗に、ユニコーンとか呼ばれる空想上の生き物に跨った、鎧を着た集団が何かを叫びながら向かって来ていた。

「きたぞ、六号。助けてやるからこれからは自分に敬語を使えよ!」

 その言葉に視線だけをそちらに向ければ、ショットガンを手にしたアリスの姿。

 背中から飛び出したアリスは、銃口を俺の目の前の四足獣に向けると同時、ぶっ放した。

 轟音と共に四足獣がふっ飛ばされ、地面に転がると弱々しい悲鳴を上げる。

 自由になった俺は足元に転がっていた拳銃を拾い、手近なヤツに狙いを定める。

 ショットガンの大きな銃声に驚き、竦んでいる四足獣を俺達が仕留めるのに、それほど時間は掛からなかった――


「――●●●、●●●●●●●●●●●だ!?」

 戦闘を終えた俺達に、ユニコーンに乗った集団の先頭にいた、リーダーと思われる女が何事かを呼び掛けてきた。

 鎧姿なので体型までは分からないが、顔立ちだけを見れば、非常に俺好みの気の強そうな美女だ。

 薄い水色の髪を後ろに流したその女は、馬から下りると俺に剣を突き付けて。

「●●●ろ! ●●●なにを●●●●! ●●●●●●やって来た!」

 何を言っているのかは分からないが、なんか尋問されてるっぽいのは理解できた。

「おいアリス、どうすりゃいい? なんかえらい剣幕なんだが」

「まあ待て、もうちょい相手の話を聞こう。考えるのはそれからだ」

 いや、話を聞こうって言われても、相手の言葉が分からないわけで。

「それは●●どこの●の●●だ? ●●●ない●を●●●●な……」

 ……ん?

「それに、●●らしい物も持っていない。答えろ! 貴様らは一体何者だ!」

 …………。

「なあアリス、俺、この星にきて不思議な力に目覚めたかもしれん。なぜかあいつ等の言葉が分かるんだよ。ただでさえ強いこの俺が、ここにきて覚醒とかどうなっちまうんだ」

「何を言ってるのか分からんが、改造手術でお前の頭に埋め込まれたチップを通して、自分が意訳した言語データを逐一送って覚えさせてるからだよ」

 ……。

「えっ、ちょっと待って。手術で埋め込まれたチップでそんな事できんの? それ聞いてないんだけど。超怖いんだけど」

「今はそんな小さな事はどうでもいい。それより、ここは自分に任せとけ」

 ――アリスは俺の言葉をガン無視すると。

「騎士さま、説明ならわたしがします。どうか怒りをおおさめください」

 俺がギョッとするのも構わずに、純粋そうな少女を装って、流暢な異世界語で説明をはじめた。


 ――俺は国ではそれなりの地位の人間で、部隊を率いたり、人々を守るために戦ったりと、過酷な日々を送っていた。

 だがある日の戦闘で、不慮の事故により心と頭を壊してしまい、今は保護者代わりのアリスに付き添われ、心と頭を癒すため、自分探しの旅に出た。

 そんな中、城塞都市の周りに広がる森林地帯を抜けた際、獣に襲われ、荷物の類は全て紛失してしまった。

 なので、俺は口の利き方や礼儀も知らず、この辺りの常識も知らず。

 時々おかしな事を口走るが、なにぶん頭の病気なため、広い心で優しく見守ってやって欲しい。


 そんな無茶苦茶なアリスの話を静かに聞いたその女は……。

「盗賊か何かの手柄首かと思えば旅人か……。キツく当たってすまなかったが、これも仕事なのでな。街の者が、この辺りに空から何かが落ちていくのを見たと報告があったのだ。それで、私達が様子を見にやってきたのだが……」

 俺に憐れみの視線を送る女をよそに、俺は無言でアリスを引っ張り。

「……お前、何言ってくれてんの? なんで俺が頭の弱い子扱いされてんの? 何いきなりとんでもない設定付け加えられてんの? お前なんなの? 俺になにか恨みでもあるの? ほんとにぶっ壊されたいの?」

「リリス様からお前の事を色々聞いて判断した。いいか六号、アホなお前じゃ絶対そのうちボロが出る。だがこの設定なら知らない方がおかしい一般常識でもバシバシ聞ける。お前が奇行に走っても、怪しまれるのではなく可哀想な人と同情されるだけで済む」

 アリスは無表情でそこまで一気にまくしたてると、

「そして自分は……。黒髪黒目のお前と兄弟ってのは無理があるから、美少女である自分が通りすがりのロリコンに襲われそうになった際、助けてもらったって事にしとこうか。そのロリコンとの死闘で、ただでさえ元々欠陥があったお前の脳に深刻なエラーが発生した事にしよう。そして、自分を助けるためにこんな可哀想な頭になってしまった事に罪悪感を覚え、一緒に旅に出る決意をした健気な美少女、と。……これでどうだ?」

「どうだじゃねーよ、どんだけ凄腕のロリコンなんだよ! お前さっきから、話の合間にちょこちょこと貶すのはやめろ! しかも、俺は頭のおかしいヤツでお前は健気な美少女かよ!」

 とはいえ、腹立たしいがそれ以上の設定なんて俺には思い付かない。

 それに、確かにこいつの言う事にも一理ある。

 俺の脳がどうたらってとこに一理あるのではなく、記憶があやふやな設定にしておけば、何かと都合がいいだろうってところだ。

 と、ヒソヒソやっていた俺達を訝しみながらも、

「……まあ、事情は分かった。魔の大森林を抜けて来たというのは、普通ならとても信じられない話だが、コレを見せられてはな。我が国はお前達を歓迎しよう。……もっとも、我が国の現状を聞いて、それでもなお滞在したいと思うのならな」

 鎧女はそう言って、四足獣の死骸を顎でさし、何だか不安になる笑みを浮かべた。


        4


 都市へと向かう道すがら。

 俺達は先ほどの鎧女から説明を受けていた。

「それはある日の事だ。我がグレイス王国の隣りにある魔族の国が、突如宣戦布告をしてきたのだ」

 他の人達は、空から落ちて来た何かの調査のため、そちらに向けて駆けて行った。

 その何かとは、もちろん俺達の事だろう。

 パラシュートは荷物になるので降下地点に置いてきてしまったが、アレを見付けて俺達と結びつける事はないと思いたい。

「いきなりの急展開だけど、宣戦布告の目的は? 資源か? それとも食料?」

 俺の言葉に鎧女はフルフルと首を振り。

「連中の狙いは土地だ。お前達は他国から来たと言っていたが、この辺りは人類が生存できる土地が限られている。連中の国は【砂の王】と呼ばれる巨大魔獣のせいで、年々砂漠化が進んでいる。かといって、魔の大森林を開拓できるはずもない。そこで、我が国に目を付けたのだろう」

 砂の王だの魔獣だの魔の大森林だの、なんだか物騒なワードが飛び交ってるが、この星を侵略するのは果たしてリスクに見合うのだろうか。

 少なくとも、ここの連中の手には余ってそうだが……。

「連中は、この国の土地を奪い、我々を奴隷として支配し、魔の大森林を開拓させるのが狙いなのだろう。だが、我が国には古くからの伝承があった」

「伝承……」

 なんだろう、ワクワクが止まらない。

「そう、伝承だ。人類が魔王の脅威に脅かされる時。選ばれし者の手に紋章が現れ力を得る。その者は果てなき困難の末、やがては魔王を打ち倒すだろう……と」

 俺は戦闘服の籠手を外すと、手の甲を見せつけた。

「俺は、選ばれし勇者だったのか……」

「それ、どう見ても虫刺されだろ」

 アリスが小さくツッコむも、俺は期待に満ちた眼差しで馬上の鎧女を……。

「……い、いや、そんな目で見られても、既にこの国の王子の手に紋章が現れたので……」

 ええ……。

 しょんぼりしながらトボトボ歩く俺を見て、鎧女が話題を変えようと声を掛ける。

「そ、そういえば自己紹介がまだだったな! 私はスノウ。この国の近衛騎士団の隊長を務める者だ。お前達はなんというのだ?」

「戦闘員六号だ」

「美少女型高性能アンドロイド、キサラギ=アリスともうします」

 ……。

「お前、自分で美少女型とか高性能とか言っちゃうのってどーなんだ?」

「お前も戦闘員六号ってなんだ、本名はどうした本名は」

 俺達の自己紹介を受けたスノウが、不思議そうな顔で小首を傾げ。

「セントウインロクゴウ……? それに、キサラギ=アリス……? ……というか、アンドロイドとは一体……」

 この世界の住人には俺の名は呼び辛いのか、スノウは俺達の名前を繰り返している。

「俺の事は六号って呼んでくれればいいさ」

「わたしの事はアリスと呼んでくれれば、それでいいです」

「そうか、分かった。ところで、この国の現状は理解してくれたか? で、それでもこの国に滞在するというのであれば、お前達を歓迎しよう。……それに、路銀が無いなら仕事だって紹介できる。これも何かの縁だ、話だけでも聞いてみないか?」

 スノウはそう言うと、自分では微笑んでいるつもりなのかは知らないが、なんだか腹の底が透けて見えるような、胡散臭い笑みを浮かべてきた。

 と、俺に向け、アリスが突然日本語で話し掛ける。

『おい六号、これはチャンスだ。仕事の紹介をお願いしとけ。この星の連中の戦闘力を測るには素晴らしい職場環境だ。城にでも住めるのなら内部の破壊工作もしやすいしな』

『お前アンドロイドなだけあって容赦ねえなあ。でもまあ、調査が済むまで生活基盤はあった方がいいか。この流れで入国できれば身分証も要らなそうだしな』

 そんな俺達のやり取りにスノウが訝しげな表情で首を傾げる。

「ごめんなさい。この人はアホなので、わたし達の国の言葉で分かりやすく説明してあげたんです。でも戦う事に関しては任せてください」

「おい、お前隙あらば俺を貶すのやめてくんない? ……まあいい、アリスの言う通り、雇われ戦闘員でもなんでも仕事があるなら引き請けるよ。これからよろしくお願いします」

 それを聞いたスノウは、

「ああ、こちらこそよろしく頼む。お前には期待している! ふふ……。ふへへへ……」

 そう言って、やっぱり胡散臭い笑みを浮かべた。


「――ティリス姫専属騎士、近衛騎士団隊長、スノウだ! 旅人を見付けたので保護してきた。門を開けろ!」

 スノウが声を張り上げると、兵士達が門を開き敬礼する。

「任務お疲れ様です! しかし、まさか旅人とは、一体どこからどうやって……。ともかくお疲れでしょう、早く城の中でお休みください!」

 城塞都市の門をくぐると、そこには予想を裏切る光景があった。

 馬上のスノウの後ろに乗せてもらいながら、大事そうに抱えたショットガンを機嫌良さそうに布で磨いていたアリスも、ソレの観察のために動きを止める。

 街中にはそこかしこに趣のあるレンガ造りの建物が立ち並んでいた。

 電柱がない事から、まだ電気は通ってなさそうだ。

 行き交う人々はといえば、髪色や肌の色など、多種多様な人種が混在している。

 そう、そこまでならば、鎧を着用し、移動手段に馬を使っているレベルの文明圏という事で理解ができる。

 だが……。


「なあスノウ。あれって一体なんなんだ? 俺の目には戦車に見えるんだが」


 そう、門をくぐったすぐそこに、赤錆だらけでスクラップ状態と化した、戦車とおぼしき残骸が置かれていた。

「なんだ、このアーティファクトが何か知っているのか? これは遥か昔、この国を巨大な魔獣の脅威から守ってくれた古代兵器だ。まだこの城壁が無かった時代、最後までこの場所で巨大魔獣を食い止めたという。なんとかこの技術を残そうと保存の魔法を掛けてはみたものの、見ての通り、かなりの部分が朽ちてしまったがな」

 これが古代兵器だというのなら、過去には地球と同レベルの文明が存在した事になる。

 魔王の伝承だのファンタジーチックな事を言っていたクセに、急にSFみたいな話になったが、これは要調査対象……っていや待て!

「魔法? なあ、今保存の魔法って言った?」

「な、なんだどうした、急に鼻息を荒くして。ちなみに私は使えないぞ? ……そ、そんなあからさまにガッカリするな、魔法の才を持つ者の数は限られているんだ、仕方がないだろう!」

 この星には魔法があるのか……。

 そりゃまあ魔王がどうのと言っていたんだから魔法の一つがあってもおかしくはない。

 おかしくはないが……。

 俺は手のひらを空に向け、気合いと共に叫びを上げた。


「エクスプロージョン!」


 …………。

「……時々おかしな事を口走ると言っていたが、こういう症状の事をいうのか」

「そういう事です。たまにこうした奇行に走りますが、できればそっとしといてあげてください」

 真剣な顔で固まったまま動かない俺を見て、スノウとアリスがヒソヒソと囁いていた。


……次回は10月10日(火)更新予定です。乞うご期待ください!

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