第三章 忍んでいないのは忍者じゃない、NINJAだ! その3

 夜の住宅街を、闇に紛れて忍者が疾走していた。

 なにを言っているのかと思うが、実際に疾走しているのだからしょうがない。

 そして、その忍者は屋根伝いに走りながら溜め息を漏らしていた。

「はあ……まさかあの魔法少女がアイツとは思ってもみなかった」

「うふふ、驚いたわねえ」

「メル……お前、知ってただろ?」

「さあ? なんのことかしら?」

「ったく、とぼけやがって」

「心配?」

 どことなく不満そうな忍者に向かって、メルはからかうようにそう聞いた。

「心配……ということはないな。アイツの攻撃を見たが……なんだあれ? 強力すぎだろ」

「そうね……それより、戦力的に問題がないのなら、なぜそんな不満そうな顔をしているの?」

 メルの、何気なく放った言葉に、忍者は一瞬口をつぐむ。

 少し考えたあと、忍者は口を開いた。

「……あの恰好」

「え?」

「あの恰好はどうかと思ってな」

 その忍者の言葉を聞いたメルは、お前が言うなと内心で思ったが、それを口に出すことはなかった。

「別に、あの子がどんな格好をしようと自由なんじゃないの?」

「そ、それはそうだが!」

 そこで言葉を切った忍者は、少し黙ったあと言いにくそうに言った。

「……ちょっと、露出が多くなかったか?」

 その言葉を聞いたメルは、思わず笑ってしまった。

「フフフ、なに? ヤキモチ?」

「ちっ、ちがっ!!」

「じゃあ、なに?」

「そ、それは……」

「それは?」

 ドギマギする忍者が面白くて、メルはついからかうように忍者を問い詰めていった。

 しばらくあれこれと考えていた忍者は、おずおずと話し出した。

「……防御力に問題があるんじゃないかって……」

「この装備の外見は、装備者のイメージを反映してるだけであって、防御自体はシールドが張られてるわよ?」

「そ、そうなのか?」

「ええ。だから、あの子の防御も万全だから、もう懸念することはないんじゃない?」

「い、いや、しかし……」

「しかし?」

「……ええい、うるさい! あんな露出の多い恰好で人前に出るなど! もっと慎みを持てと言いたいのだ!」

 その忍者の叫びを聞いたメルは、大袈裟に溜め息を吐いた。

「やっぱりヤキモチなんじゃない」

「違う!!」

 忍者はそう叫ぶと、それ以降口をつぐんでしまった。

 ちょっとからかい過ぎたかと反省したメルは、この話題を切り上げ別の話をすることにした。

「それにしても、折角の初陣が複数の悪魔憑きとはねえ」

「ああ。今までそんなことはニュースになっていなかった。珍しいのか?」

「いいえ、よくある話よ。最初は単体で力も弱い。けれど、時間が経つと複数同時発症を起こしだす。そして、単体でも強い個体が現れるようになるわ」

「それって……」

「ええ。成長するの。人の負の感情を取り込み続けてね」

「ということは、これからも複数の悪魔憑きは現れるということか」

「そうね。そうなると、またあの二人とかち合うかも」

 メルがそう言うと、忍者は少し不満げな雰囲気になって黙り込んだ。

「あら、あの二人との共闘はご不満?」

「いや、共闘が不満なのではなくてな」

「じゃあ、なに?」

「……できれば、アイツには危険な場所に行ってほしくない」

 忍者の言葉を聞いたメルは、呆れたように言った。

「はあ……さっきあなたも言ってたでしょ? 私だってあんなの見たことない。それくらい強力なのよ? いわば私たちの最高戦力を動員しないでどうするの」

「しかし……」

「それに、彼女に付いているのは隊長よ。むしろ率先して現場に出てくるわね」

 それを聞いた忍者は、眉間に皺を寄せた。

 そんな忍者の様子に、メルは再度先ほどと同じ質問を投げかけた。

「やっぱり、心配なんでしょ?」

「……当たり前だ」

 またからかうように言ってきたメルに対して、忍者は半ばヤケクソ気味に答えた。

 まさか素直に言うとは思わなかったメル一瞬言葉を失うが、すぐに復活した。

「愛されてるわね。あの子」

「な!? なにを!」

「あら、違うの?」

「……うるさい。さっさと帰るぞ!」

「はいはい」

 しつこく絡んでくるメルをバッサリ切り捨て、家路を急ぐ忍者。

 その様子に、メルはクスクスと笑いながらついて行く。

「あら? 随分と遠回りして帰るのね」

「……悪いか?」

「いーえ? まっすぐ帰ったらあの子にバレるかもしれないものね」

「……」

 メルの言葉に、忍者は無言を貫いた。

 そんな忍者の様子を、メルは楽し気に見ているのだった。


「はあぁ……」

「お、おねえさん? どうしたんですか?」

 ビルの屋上でNINJAと別れたあと、あたしと亜理紗ちゃんも家に帰ってきた。

 出たときと同じように窓からコッソリと戻り、何気ない風を装って亜理紗ちゃんと一緒に、リビングにいた光二とゲームをしたあと部屋に戻るなり大きな溜め息が出た。

 光二はパジャマ姿の亜理紗ちゃんに終始赤くなっていたし、亜理紗ちゃんも久し振りに光二と心ゆくまでゲームをしてご満悦そうだった。

 二人は楽しそうなのに、あたしの心はずっと憂鬱なままだった。

 だって……。

「あのNINJA、あたしの知り合いかもしれない……」

 ただ単に、あたしに笑われた意趣返しをされただけの可能性もあるけど、本当に知り合いである可能性もある。

 あぁ……後から出てきて自分だけ顔を隠してるなんて、それはズルいよ。

「で、でも、忍者さんは黙っていてくれるって言ってましたよ?」

「……それって、内心で笑われてるってことでしょ……」

「うーん」

 亜理紗ちゃんは「そんなに恥ずかしいことかなあ?」なんて言ってるけど、それは亜理紗ちゃんが小学生だからだよ。

 高二のお姉さんにとっては非常に恥ずかしいことなんだよ。

「はあ……もういいや、寝よっか亜理紗ちゃん」

「はい!」

 とりあえず、今思い悩んでもしょうがないので寝ることにした。

 ベッドに入り、リモコンで電気を消そうとしたら、亜理紗ちゃんがベッド脇に立っていた。

「あの……」

「ん? どうしたの?」

「……一緒に寝てもいいですか?」

 モジモジしながらそう言う亜理紗ちゃんに内心で悶えながら、あたしは微笑んだ。

「いいよ。おいで」

 あたしがそう言うと、亜理紗ちゃんは満面の笑顔になってベッドに潜り込んできた。

 電気を消して布団を被ると、亜理紗ちゃんが嬉しそうに話しだした。

「えへへ。私、一人っ子だから誰かと一緒に寝たことなくて」

「そっか。うちは弟だからなあ。あたしも妹がいれば一緒に寝たりするんだけど」

「じゃあ、私が妹になってもいいですか?」

「もちろん。っていうか、本当に妹になっちゃえばいいじゃん」

「本当の妹?」

 亜理紗ちゃんがよく分からないといった反応をする。

 その反応を見て、あたしはニヤニヤしながら言ってやった。

「光二と結婚すれば、あたしの義妹になるじゃん」

「あうっ!」

 電気を消した室内でも分かるくらい、亜理紗ちゃんが赤くなっているのが分かる。

 初々しいのお。

 ところが、そんな亜理紗ちゃんの反応を楽しんでいると思わぬ反撃を受けた。

「で、でも! 私がお嫁に来るときには、お姉さんもお嫁に行ってるんじゃないんですか?」

「うっ!」

 そ、そうか。

 亜理紗ちゃんがお嫁に来るとしても、それは十年くらい先の話。

 その頃あたしはもうアラサー。

 ……あたしはそれまでに嫁に行けるんだろうか?

 っていうか誰と?

 できることなら、あたしは……。

「ていうか、お姉さん好きな人とかいないんですか?」

「うえっ!?」

 淳史のことを考えていると、亜理紗ちゃんから思わぬ質問を受け、変な声が出てしまった。

「あ、その反応はいるんですね? 誰ですか? 私の知ってる人ですか?」

「い、いや、それは……」

「私の好きな人だけ知ってるなんてズルいです!」

「亜理紗ちゃんのは駄々洩れだから!」

「そんなことないです! ちゃんとみんなには分からないように気を遣ってます!」

「え?」

 あれで?

 登校中に腕組んだりしてるのに、隠せてるつもりなの?

「教えてくださいよお」

「ま、また今度ね!」

「絶対ですよ?」

「はいはい」

 執拗に食い下がってくる亜理紗ちゃんをなんとか食い止める。

 ふう……自分の好きな人を告白するのって、なんでこんなに恥ずかしいのかな?

 光二への好意駄々洩れな亜理紗ちゃんも、指摘されたら真っ赤になってたし。

 こんなもん、本人に告白なんてとてもじゃないけどできないよ。

 そう思いながら、亜理紗ちゃんを寝かしつけようとポンポンと身体を叩いてあげていると、クスクスと笑い始めた。

「私……お姉さんが先輩で良かったです……」

「うん。あたしも、亜理紗ちゃんが後輩で良かったな」

 あたしがそう言うと、亜理紗ちゃんはギュッと抱きついてきた。

「お姉さん……」

 亜理紗ちゃんはそういうと、すぐに寝入ってしいスウスウと寝息を立て始めた。

 そんな亜理紗ちゃんの頭を撫でると、さらにギュッと抱きついてきた。

「可愛いなあ……本当に妹になんないかな」

 子供特有の高い体温のせいか、いつの間にかあたしも眠りに落ちていった。

 そして次の日の朝……。

「姉ちゃん! いつまで寝てんだよ!」

 部屋のドアを乱暴に開ける光二の声で目を覚ました。

「ふぇ?」

「母さんが早く降りてこいって言って……る……」

 光二が、部屋のドアを開けた格好のまま固まっている。

「うにゃ? お姉さん……どうしたんです?」

 亜理紗ちゃんも光二の声で目を覚ましたようだ。

 起き上がった亜理紗ちゃんもあたしも、パジャマが若干はだけている。

 狭いベッドに二人で寝てたからかな、途中凄く暑苦しかったのを覚えてる。

 無意識にはだけたのかな?

「ね……ね……」

「ね?」

 光二が、なんか震えてる。

 なんかこれ、見覚えあるぞ?

 その時点で、昨日の記憶が蘇った。

 そして、今のあたしの状況を振り返ってみた。

 お互い、パジャマがはだけた状態で一緒のベッドで寝ている。

 ……あ。

「姉ちゃんに、亜理紗とられたーっ!」

「人聞きの悪いこと言うなあっ!!」

 なによこのデジャヴ!

 昨日と全く同じじゃないのよ!

「光二待ちなさい!」

 あたしは、昨日と同じように必死に光二を追いかけていったのだった。

 その後ろでは亜理紗ちゃんが寝ぼけた様子で上半身を起こしていた。

「んん? なにぃ?」

 光二の叫びは、またしても亜理紗ちゃんには届いていなかったようだ。

 とにもかくにも、昨日と同じように必死に説明し、光二の誤解を解いたのだった。

 あー、もう。朝から疲れた……。

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