第一章 日常に潜む影 その3
俺の後ろで、麻衣と裕二が変な共感を感じて見つめ合っている。
その共感の内容自体はなんとも情けない内容なのだが、麻衣が裕二と見つめ合っているというだけで胸がザワザワする。
気付くと俺は、裕二に課題を見せてやると言ってしまっていた。
正直、生徒会長としてこんなことはするべきじゃない。
だけど、あの二人を見ていると、どうしても……。
それに、最近の麻衣は変だ。
昨日の夜、部屋にいなかったに違いない。
俺の部屋からは、麻衣の部屋の窓ガラスが見える。
中までは見えないけど、明かりが付いているかどうかくらいは分かる。
昨日の夜、麻衣の部屋に明かりは付いていなかった。
明かりを消していたとしても、勉強するなら卓上ライトは付ける。
それがなかった。
なら早く寝たのではとも考えられるが、今日の麻衣は寝不足気味だ。
ということは、昨晩は部屋にいなかったと考えるのが普通だろう。
夜中に一体どこに行っていた?
もしかしたら……。
そんな想像をしてしまう。
それに、裕二と麻衣は、なんというか見た目の雰囲気がよく似ている。
自分でもクソ真面目だと思う俺と比べても、二人はお似合いだと思う。
なんだか最近、そんなことばかりを思ってしまう。
そう思うことが……情けないし、なんというか……。
……苦しい。
◆
麻衣ちゃんが、裕二君と仲良く見つめ合っている。
そんな二人を引き離したくて、私は思わず麻衣ちゃんに課題を見せてあげると言った。
案の定、二人は見つめ合うのを止め、麻衣ちゃんは私に飛びついてきた。
麻衣ちゃんは、私の幼馴染で親友。
彼女が喜んでくれるのは私も嬉しい。
けど……。
打算に満ちた私の言葉に、こんなに喜んでいる麻衣ちゃんを見るのは正直心苦しい。
それに、私はおしとやかなんかじゃないよ。
ただ気弱で、言いたいことが素直に言えないだけ。
あーあ、私も麻衣ちゃんみたいに素直な性格だったらなあ……。
◆
俺の目の前で、課題について真剣に話し合っている絵里とあっくんを見ていると、やっぱり二人はお似合いだなと思う。
片や文武両道の生徒会長で、片や深窓の令嬢だ。
……まあ、絵里んちはごく普通の一般家庭だけど。
そういう風に見えるって話。
そんな二人を見ていると、どこの漫画の主人公カップルだと言いたくなるくらいお似合いだ。
それに対して俺は、大して成績も良くないし、見た目から遊んでるように思われてる。
確かに、よく遊んでるしなあ。
なら真面目になればいいじゃんかと言われると、それはできない。
だって、俺の性に合わない。
あっくんみたいにはなれない。
無理したって、絶対どこかでボロが出る。
だから、俺は俺であることを変えられない。
それは分かってる。
分かってるんだけど……。
やっぱり、絵になるよなあ。
っと、しまった。
つい言葉に出しちまった。
麻衣に変な目で見られた。
あーあ、麻衣と同レベルかぁ……。
◆
「「「「はぁ……」」」」
四人同時に溜め息が出た。
「「「「……」」」」
な、なに?
なんで急にこんな雰囲気になってんの?
さっきまでのバカ騒ぎはどこに行ったの?
「な、なに?」
「う、ううん。何でもないよ?」
「そうそう、何でもない、何でもない」
絵里ちゃんと裕二はなんでもないって言うけど、同じタイミングで溜め息って……。
と、そんな疑問を持ったとき、淳史が恐ろしいことを口にした。
「……やっぱり、課題は見せるべきじゃなかったかと思ってな」
「「今さらそれはひどい!!」」
「あ、安心して! 私は見せてあげるから!」
「麻衣ちゃん、マジ天使!」
「あっくんは悪魔だ! このインテリヤク……」
「あ?」
「いえ……なんでもありません……」
あーあ、馬鹿だねえ裕二。それは禁句なのに。
それはともかく、裕二と淳史のせいでみんなの溜め息の理由を追及しそびれた。
あ、でも、それを追及すると、あたしの溜め息の理由も話さないといけないし……でも気になるし……。
ああ、もう!
「……冗談だ。ちゃんと見せてやるから」
「あっくぅん……」
「だあっ! 気持ち悪い目でコッチ見るな!」
「ひどいよ、あっくぅん」
「ふふふ」
なんか、いつの間にか元の雰囲気に戻ってる。
なんだかなあ、最近こういう微妙な雰囲気になることが多いんだよねえ。
(なんともまあ、青春だねえ)
「っ!!」
唐突に聞こえた呟きに、あたしは思わず身体を硬直させた。
「ん? 今なんか聞こえなかった?」
げっ!
裕二のやつ、頭悪いくせに耳はいいんだから。
「え? 別に聞こえなかったけど……」
「裕二お前、幻聴が聞こえるって……なにかヤバイことしてないだろうな?」
「してないよ! あっくんひどい!」
ナイス淳史!
淳史のツッコミのお陰で、裕二に聞こえたのは空耳ということで収まりそうだ。
「麻衣は聞こえたよな!? なんかビクッてしてたし!」
なんでコッチに振るのよ!?
っていうか、よくそんなとこまで見てたわね?
「し、してないわよ。幻聴だけじゃなくて幻覚まで見えるって……」
「裕二……やっぱりお前……」
「だあっ! 違うから! おっかしいなあ……確かに聞こえたと思ったんだけど……」
良かった……。
どうにか裕二の気のせいで終わりそうだ。
ホッとしたあたしは、思わず自分の鞄を睨んでしまった。
「あれ? 麻衣ちゃん、そんなぬいぐるみ持ってたっけ?」
「え?」
あたしの視線を追ったのか、絵里ちゃんが鞄に付いているものに気付いた。
やばっ。
「おお、本当だ。へえ、結構可愛いじゃん」
「そういえば、ちょっと前からつけてるよなそれ。どうしたんだ?」
他にも色々と鞄に付けてるからバレてないと思ってたのに、淳史は気付いてた?
そのことはちょっと嬉しいけど、この場はなんとか誤魔化さないと。
「え!? あ、景品! UFOキャッチャーの景品だよ!」
「へえ、どこのゲーセン?」
なんで裕二はそこ突っ込んでくるかな?
いいじゃん、どこでも!
「え、駅前のよ」
「ああ、あそこかあ。私も行ってみようかな」
絵里ちゃんまで!
「ど、どうかな? あそこって結構景品の入れ替わりが激しいから、もう無いかも」
「そっかあ、残念」
ほっ……なんとか引き下がってくれた……。
「それは自分で取ったのか? それとも……」
なんで淳史まで乗っかってくるのよ!
「自分で取ったに決まってるでしょ!」
「本当か? お前、そういうの苦手だったろ」
ああもう、こういう時なんでも知ってる幼馴染って面倒くさい!
「た、たまたま取れたのよ」
「そうか」
あ、あれ?
意外とあっさり引き下がったな。
「でも、本当に可愛いよね、これ。なんてキャラクターなの?」
「え? えーっと、なんだったかなあ……あはは、忘れちゃった」
「そっか。でもいいなあ、私もどっかで見つけたら絶対取ろ」
「み、見つかるかなあ……」
見つけたら見つけたで、とても面倒なことになるよ?
なんせこれ……。
ぬいぐるみじゃないから。
「ちょっと! 外じゃ喋んなって言ったでしょ」
今は学校のお昼休み。
ちょっと用事があるって絵里ちゃんたちに嘘ついて、一人屋上に来ている。
こうして楽しいお昼休みを無駄にしているのは、全部コイツのせいだ。
コイツとは……今、目の前にいるやつ。
今朝、絵里ちゃんが見つけたぬいぐるみだ。
あたしは今ソイツに話しかけている。
……傍から見たら、頭のおかしい奴に見えるんだろうな、あたし……。
でも、別にあたしの頭がおかしくなったわけじゃない。
その証拠に……。
「すまんな。お前たちのやり取りがあまりにもむず痒くて、つい言葉にしてしまった」
ぬいぐるみが返事をしているのだから。
……やっぱり、おかしい光景だよね、これ……。
とはいえ、コイツは一見ぬいぐるみに見えるけど、ぬいぐるみじゃない。
じゃあ、なにかと言うと……。
信じられないだろうけど、コイツは地球外生命体。
いわゆる宇宙人だ。
ただ、見かけは凄く……物凄く可愛いキャラクターのぬいぐるみに見える。
小さくて、モフモフしてて非常に可愛らしい。
だけど、あたしはコイツが憎らしくてしょうがない。
それはなぜかと言うと……。
「ったく、誤魔化すの大変だったんだからね」
「だから、すまないと謝っているだろう」
まずその声だ。
さっきからあたしと会話している声は、非常に渋い中年男性の声。
バリトンで、ちょっと甘い感じのする、外国映画の渋いオッサンの吹き替えしてる声優さんみたいな声。
けど、目の前にいるのは、非常に可愛らしいぬいぐるみみたいな見た目……。
ぬおおっ……コイツが喋る度に生じるこのギャップに、あたしの頭がおかしくなりそう……。
それともう一つ……。
「まあ、約束を破ったのは申し訳ないが、私が側にいないと『ギデオン』が発生したときに感知できないだろう?」
「それはそうだけど……」
コイツが、宇宙人であることがバレるリスクを背負ってまで、あたしに付いてきている理由。
それが憎らしいのだ。
そんな私の態度から、コイツ……一応ネルっていう名前があるんだけど、ネルが色々と察したらしい。
わざとらしく両肩を竦めて頭を振った。
「ふう……やれやれ、君は私に助けられたという事実を忘れているようだ」
「べ、別に忘れたわけじゃないわよ!」
「では、なぜそんなに不満そうなのかね? あのとき約束しただろう? 君は助けてもらう代わりに、私に協力すると」
「~っ! 分かってるわよ!」
「それならいいんだ」
くそう、あたしの弱味に漬け込みやがってぇ……。
「っていうかさ。アンタ、宇宙の警察みたいなもんなんでしょ? こんな脅迫じみたことしていいわけ?」
「脅迫とは心外だな。これは取引だよ。私は君を助けた。今度は君が私を助ける。ほら、何もおかしいことなんてない」
「……なんか、すごく不公平な取引じゃない?」
「そんなことはないさ。それともなにかい? 君はあのとき、助けは必要なかったのかい?」
「それは……」
ぐぬぬっ!
それを言われてしまうとなにも言い返せない。
そんな出来事があった。
それは数週間前。
運悪くコイツと出会ってしまったときの話だ。