第一章 日常に潜む影 その3

 俺の後ろで、麻衣と裕二が変な共感を感じて見つめ合っている。

 その共感の内容自体はなんとも情けない内容なのだが、麻衣が裕二と見つめ合っているというだけで胸がザワザワする。

 気付くと俺は、裕二に課題を見せてやると言ってしまっていた。

 正直、生徒会長としてこんなことはするべきじゃない。

 だけど、あの二人を見ていると、どうしても……。

 それに、最近の麻衣は変だ。

 昨日の夜、部屋にいなかったに違いない。

 俺の部屋からは、麻衣の部屋の窓ガラスが見える。

 中までは見えないけど、明かりが付いているかどうかくらいは分かる。

 昨日の夜、麻衣の部屋に明かりは付いていなかった。

 明かりを消していたとしても、勉強するなら卓上ライトは付ける。

 それがなかった。

 なら早く寝たのではとも考えられるが、今日の麻衣は寝不足気味だ。

 ということは、昨晩は部屋にいなかったと考えるのが普通だろう。

 夜中に一体どこに行っていた?

 もしかしたら……。

 そんな想像をしてしまう。

 それに、裕二と麻衣は、なんというか見た目の雰囲気がよく似ている。

 自分でもクソ真面目だと思う俺と比べても、二人はお似合いだと思う。

 なんだか最近、そんなことばかりを思ってしまう。

 そう思うことが……情けないし、なんというか……。

 ……苦しい。



 麻衣ちゃんが、裕二君と仲良く見つめ合っている。

 そんな二人を引き離したくて、私は思わず麻衣ちゃんに課題を見せてあげると言った。

 案の定、二人は見つめ合うのを止め、麻衣ちゃんは私に飛びついてきた。

 麻衣ちゃんは、私の幼馴染で親友。

 彼女が喜んでくれるのは私も嬉しい。

 けど……。

 打算に満ちた私の言葉に、こんなに喜んでいる麻衣ちゃんを見るのは正直心苦しい。

 それに、私はおしとやかなんかじゃないよ。

 ただ気弱で、言いたいことが素直に言えないだけ。

 あーあ、私も麻衣ちゃんみたいに素直な性格だったらなあ……。



 俺の目の前で、課題について真剣に話し合っている絵里とあっくんを見ていると、やっぱり二人はお似合いだなと思う。

 片や文武両道の生徒会長で、片や深窓の令嬢だ。

 ……まあ、絵里んちはごく普通の一般家庭だけど。

 そういう風に見えるって話。

 そんな二人を見ていると、どこの漫画の主人公カップルだと言いたくなるくらいお似合いだ。

 それに対して俺は、大して成績も良くないし、見た目から遊んでるように思われてる。

 確かに、よく遊んでるしなあ。

 なら真面目になればいいじゃんかと言われると、それはできない。

 だって、俺の性に合わない。

 あっくんみたいにはなれない。

 無理したって、絶対どこかでボロが出る。

 だから、俺は俺であることを変えられない。

 それは分かってる。

 分かってるんだけど……。

 やっぱり、絵になるよなあ。

 っと、しまった。

 つい言葉に出しちまった。

 麻衣に変な目で見られた。

 あーあ、麻衣と同レベルかぁ……。



「「「「はぁ……」」」」

 四人同時に溜め息が出た。

「「「「……」」」」

 な、なに?

 なんで急にこんな雰囲気になってんの?

 さっきまでのバカ騒ぎはどこに行ったの?

「な、なに?」

「う、ううん。何でもないよ?」

「そうそう、何でもない、何でもない」

 絵里ちゃんと裕二はなんでもないって言うけど、同じタイミングで溜め息って……。

 と、そんな疑問を持ったとき、淳史が恐ろしいことを口にした。

「……やっぱり、課題は見せるべきじゃなかったかと思ってな」

「「今さらそれはひどい!!」」

「あ、安心して! 私は見せてあげるから!」

「麻衣ちゃん、マジ天使!」

「あっくんは悪魔だ! このインテリヤク……」

「あ?」

「いえ……なんでもありません……」

 あーあ、馬鹿だねえ裕二。それは禁句なのに。

 それはともかく、裕二と淳史のせいでみんなの溜め息の理由を追及しそびれた。

 あ、でも、それを追及すると、あたしの溜め息の理由も話さないといけないし……でも気になるし……。

 ああ、もう!

「……冗談だ。ちゃんと見せてやるから」

「あっくぅん……」

「だあっ! 気持ち悪い目でコッチ見るな!」

「ひどいよ、あっくぅん」

「ふふふ」

 なんか、いつの間にか元の雰囲気に戻ってる。

 なんだかなあ、最近こういう微妙な雰囲気になることが多いんだよねえ。

(なんともまあ、青春だねえ)

「っ!!」

 唐突に聞こえた呟きに、あたしは思わず身体を硬直させた。

「ん? 今なんか聞こえなかった?」

 げっ!

 裕二のやつ、頭悪いくせに耳はいいんだから。

「え? 別に聞こえなかったけど……」

「裕二お前、幻聴が聞こえるって……なにかヤバイことしてないだろうな?」

「してないよ! あっくんひどい!」

 ナイス淳史!

 淳史のツッコミのお陰で、裕二に聞こえたのは空耳ということで収まりそうだ。

「麻衣は聞こえたよな!? なんかビクッてしてたし!」

 なんでコッチに振るのよ!?

 っていうか、よくそんなとこまで見てたわね?

「し、してないわよ。幻聴だけじゃなくて幻覚まで見えるって……」

「裕二……やっぱりお前……」

「だあっ! 違うから! おっかしいなあ……確かに聞こえたと思ったんだけど……」

 良かった……。

 どうにか裕二の気のせいで終わりそうだ。

 ホッとしたあたしは、思わず自分の鞄を睨んでしまった。

「あれ? 麻衣ちゃん、そんなぬいぐるみ持ってたっけ?」

「え?」

 あたしの視線を追ったのか、絵里ちゃんが鞄に付いているものに気付いた。

 やばっ。

「おお、本当だ。へえ、結構可愛いじゃん」

「そういえば、ちょっと前からつけてるよなそれ。どうしたんだ?」

 他にも色々と鞄に付けてるからバレてないと思ってたのに、淳史は気付いてた?

 そのことはちょっと嬉しいけど、この場はなんとか誤魔化さないと。

「え!? あ、景品! UFOキャッチャーの景品だよ!」

「へえ、どこのゲーセン?」

 なんで裕二はそこ突っ込んでくるかな?

 いいじゃん、どこでも!

「え、駅前のよ」

「ああ、あそこかあ。私も行ってみようかな」

 絵里ちゃんまで!

「ど、どうかな? あそこって結構景品の入れ替わりが激しいから、もう無いかも」

「そっかあ、残念」

 ほっ……なんとか引き下がってくれた……。

「それは自分で取ったのか? それとも……」

 なんで淳史まで乗っかってくるのよ!

「自分で取ったに決まってるでしょ!」

「本当か? お前、そういうの苦手だったろ」

 ああもう、こういう時なんでも知ってる幼馴染って面倒くさい!

「た、たまたま取れたのよ」

「そうか」

 あ、あれ?

 意外とあっさり引き下がったな。

「でも、本当に可愛いよね、これ。なんてキャラクターなの?」

「え? えーっと、なんだったかなあ……あはは、忘れちゃった」

「そっか。でもいいなあ、私もどっかで見つけたら絶対取ろ」

「み、見つかるかなあ……」

 見つけたら見つけたで、とても面倒なことになるよ?

 なんせこれ……。

 ぬいぐるみじゃないから。


「ちょっと! 外じゃ喋んなって言ったでしょ」

 今は学校のお昼休み。

 ちょっと用事があるって絵里ちゃんたちに嘘ついて、一人屋上に来ている。

 こうして楽しいお昼休みを無駄にしているのは、全部コイツのせいだ。

 コイツとは……今、目の前にいるやつ。

 今朝、絵里ちゃんが見つけたぬいぐるみだ。

 あたしは今ソイツに話しかけている。

 ……傍から見たら、頭のおかしい奴に見えるんだろうな、あたし……。

 でも、別にあたしの頭がおかしくなったわけじゃない。

 その証拠に……。

「すまんな。お前たちのやり取りがあまりにもむず痒くて、つい言葉にしてしまった」

 ぬいぐるみが返事をしているのだから。

 ……やっぱり、おかしい光景だよね、これ……。

 とはいえ、コイツは一見ぬいぐるみに見えるけど、ぬいぐるみじゃない。

 じゃあ、なにかと言うと……。

 信じられないだろうけど、コイツは地球外生命体。

 いわゆる宇宙人だ。

 ただ、見かけは凄く……物凄く可愛いキャラクターのぬいぐるみに見える。

 小さくて、モフモフしてて非常に可愛らしい。

 だけど、あたしはコイツが憎らしくてしょうがない。

 それはなぜかと言うと……。

「ったく、誤魔化すの大変だったんだからね」

「だから、すまないと謝っているだろう」

 まずその声だ。

 さっきからあたしと会話している声は、非常に渋い中年男性の声。

 バリトンで、ちょっと甘い感じのする、外国映画の渋いオッサンの吹き替えしてる声優さんみたいな声。

 けど、目の前にいるのは、非常に可愛らしいぬいぐるみみたいな見た目……。

 ぬおおっ……コイツが喋る度に生じるこのギャップに、あたしの頭がおかしくなりそう……。

 それともう一つ……。

「まあ、約束を破ったのは申し訳ないが、私が側にいないと『ギデオン』が発生したときに感知できないだろう?」

「それはそうだけど……」

 コイツが、宇宙人であることがバレるリスクを背負ってまで、あたしに付いてきている理由。

 それが憎らしいのだ。

 そんな私の態度から、コイツ……一応ネルっていう名前があるんだけど、ネルが色々と察したらしい。

 わざとらしく両肩を竦めて頭を振った。

「ふう……やれやれ、君は私に助けられたという事実を忘れているようだ」

「べ、別に忘れたわけじゃないわよ!」

「では、なぜそんなに不満そうなのかね? あのとき約束しただろう? 君は助けてもらう代わりに、私に協力すると」

「~っ! 分かってるわよ!」

「それならいいんだ」

 くそう、あたしの弱味に漬け込みやがってぇ……。

「っていうかさ。アンタ、宇宙の警察みたいなもんなんでしょ? こんな脅迫じみたことしていいわけ?」

「脅迫とは心外だな。これは取引だよ。私は君を助けた。今度は君が私を助ける。ほら、何もおかしいことなんてない」

「……なんか、すごく不公平な取引じゃない?」

「そんなことはないさ。それともなにかい? 君はあのとき、助けは必要なかったのかい?」

「それは……」

 ぐぬぬっ!

 それを言われてしまうとなにも言い返せない。

 そんな出来事があった。

 それは数週間前。

 運悪くコイツと出会ってしまったときの話だ。

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