動画撮影〜ゴブリン編〜 その3

 ダンジョンに潜る手続き待ちの列に並ぶ。

 今日は春休み、かつ、普通に休日やから潜りに来てる冒険者も多いみたいやな。

 まあ、どうせ第一層なんて潜っとるのはウチくらいやろうけど。

 何か理由でもない限りは、初心者でも装備とレベルを整えてモンスターの種類が増える第三層や第五層あたりを潜るからな。

「次の方どうぞ」

「は、はい!」

 職員のお兄さんが声をかけてくれる。

 いよいよウチの番や。

 ホンマ、今日ほど入口での検査が億劫やったことはないわ。

「冒険者カードをお願いします」

「ええと、はい」

 言われた通りに財布に入れてた冒険者カードを職員に差し出す。

 これが冒険者の身分証明書とダンジョンへの入場券を兼ねとる。

「何か持ち込みたい物はありますか」

「あ、あの、これを持ち込みたいんですけど……」

 バッグからオレンジ色のネットに入った五個入りのタマネギを取り出す。

「ダンジョンで料理を作る動画でも撮影するの?」

 職員の質問は当然や。

 モンスターを倒すことなく、ただただダンジョン内でご飯を作る、『ダンジョン飯』っていうジャンルで動画を撮る人もおる。

 あるいは作ってる料理をモンスターから守り抜く企画をやる人とか。

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

「え、もしかしてタマネギだけを持ち込むのかい?」

「はい。ダメですか?」

「ダメじゃないけど……」

 職員が明らかに動揺しとる。

 そりゃそうや。

 女子高生冒険者がタマネギを持ち込みたいなんて案件に出くわしたのは、この人が世界で初めてやろう。

 絶対マニュアルにも書かれてへんわ。

「それとできれば人の少ない場所がいいんですけど」

「あ、うん。少し待ってね」

 明らかに『でしょうね』って感じの対応やったわ。

 前に潜ったときは周りに人がおって欲しかったのに、今回はおらんほうがええと思ってるんやから不思議な感じや。

「今なら南口の第一層が誰もいませんね」

「なら南口から入ります」

「わかりました。では手続きをしますね」

 少ししてから職員が冒険者カードを返してくれる。

 潜った日付とどの入口から入ったのかがデータとして記録されるらしい。

「それでは行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 職員に見送られて南口へと移動する。

 はあ、ダンジョンに入ってもないのにめっちゃ疲れたわ。

 トボトボと歩いて、南口というプレートの掲げられた洞窟の入口を進む。

 そして、最初の階段を降り切ったところで、ダンジョンに入ったことになる。

 ウチの左腰には青銅の剣が装備され、空中にはドローンが出現する。

 ホンマ不思議や。

「よし……ドローンの向きもこれでええな」

 撮影の角度をしっかりとスマホ越しに確認する。

 ちなみに防具に関しては、ステルス化といって透明にできるので私服が映るようにしとる。

 こうせな日本史の教科書に出てくるような、ダサい鎧を着とる映像になる。

 あんな古墳時代みたいな格好を友達に見られるなんて死んだ方がマシや。

「い、いよいよやな」

 このジメジメが嫌なんよなぁ。

 帰ったら絶対に風呂入ろ。

「ふぅ……」

 深呼吸をして心を落ち着ける。

 よし、やったるで。

 スマホを操作して録画を開始する。

「どうもどうも! ウチは掛田志保や! 去年の年間順位は堂々の340位の冒険者やで。……言うてて悲しなるわ」

 な、何とか出だしは標準語にならんかったな。

 第一関門突破や。

「ほんで今日は題名にも書いた通り、レベル1で初期装備なウチが『あるもの』を使ってゴブリンを倒そうと思ってるで。まずはステータスを見せるわな」

 スマホを取り出してステータス画面をドローンに映す。

「な、ホンマにレベル1で初期装備やったやろ。ウチの攻撃力でどうやってゴブリンを倒すねん! と、突っ込んだ人も多いと思う。けどな、ウチには秘策があるねん!」

 ああ、ここまでめっちゃ順調やのにを出さんといかんのか。

 けど、出さんわけにいかんしな。

「じゃーん、これや! そう! タマネギや!」

 バッグからオレンジ色のネットを取り出してドローンに向ける。

 これウチの顔真っ赤やろうな絶対。

「なんとゴブリンがタマネギに弱いって話を聞いたんや。せやから試してみようと思うで。まあ、タマネギはウチを含めて多くの人間を台所で苦しめてきた強者やからな。きっとゴブリンも倒せるはずや」

 一体ウチは何を言ってるんや?

 自分でも錯乱しとんちゃうかと思うわ。

「あ、ちなみにこのタマネギはお母さんに買って来てもらったで。ウチは寝過ごして昼前に起きたわ」

 あ、ここはカットかピー音やな。

「では、早速ゴブリンを探しに行くで!」

 うぅ……いっそのこと早くゴブリンを見つけて倒されて帰りたい。

「なかなかおらんなぁ。ゴブリンを見つけるまでカットするわ」

 一旦録画を切って、それからしばらく探してみてもなかなか見つからん。

 なんでこんなときに限って出てこんのや。

「ゴブリンは何処へ行ったんや」

 こんなに出てこんのはおかしい。

『掛田志保よ。聞こえているか』

「ひぃ!」

 急にどこからともなくウチを呼ぶ声が聞こえる。

 え、なんやこれ。

 周りには誰もおらんで。

『吾輩だ』

「ま、魔王か?」

『そうだ。魔法で直接お前に呼びかけている』

 ホンマに何でもアリやな……。

「それで何の用なん?」

『お前のことだから失敗しているのではないかと思ってな』

「失礼やな! ちゃんとできとるわ!」

『ほう。ならばゴブリンにはもう遭遇できたか?』

「うぐぅ!」

 な、なんや?

 まさかウチのことを魔法で見とるんか?

『ふむ。大方そんなところだろうと思ったぞ。タマネギを持ったまま探索しているのではないだろうな』

 魔王の言う通り、カバンからタマネギを取り出してからというもの、ずっと左手に持って歩いとった。

「持ってたらアカンのか?」

『タマネギの臭いでゴブリンが逃げてしまう。奴らに出会うまでは仕舞っておけ』

 そんなに強力なんかこれ?

 けどまあ、ゴブリンに会えてへんのは事実やし、魔王に従ってバッグに入れとこ。

「なおしたで」

『なおした? 怪我でもしたのか?』

「ああ、片付けたって意味や」

『方言というやつか。ともかく、健闘を祈る』

 それだけ言って魔王の声は聞こえんくなった。

 とりあえず撮影を開始した方がええな。

「はい、ええとやな。しばらく歩いてみたんやけど全然ゴブリンに遭遇せんかったんや。どうやらタマネギをずっと外に出してたのが悪いみたいや。タマネギが嫌いというのはホンマみたいやな。タマネギをバッグに入れてから探索を再開するで」

 仮にこの動画を上げたとしたら、ここまで視聴しとる人は『何言っとんねん、こいつ』って絶対思うやろな。

 こんなん最後まで見る方が変人や。

「さてさて、ゴブリンに出会えるやろうか」

 そんなことを言いながら、ちょっと歩いたところで遂に敵を見つける。

 あの緑色の背中は忘れもしない。

 ウチを滅茶苦茶にした憎きゴブリンや。

「ゴブリンがおったで、奴らは集団で襲ってくるから気を付けなアカンな」

 前回の反省を生かして静かに近づきつつも、周囲にゴブリンの仲間がおらんか確認する。

 どうやら今回は集団からはぐれとるんか、仲間はおらんみたいや。

「ほな、これからタマネギを使って倒しに行くで」

 ドキドキしながら剣を右手に持って、ゴブリンの背後に出ていく。

 足音でこちらに気付いたのかゴブリンも振り向く。

 そりゃ、ただの高校生やもん。

 スパイ映画みたいに無音で近づくことなんてできへんわ。

「グギャァァ!」

 相変わらず気持ち悪い叫び声やなぁ。

「そんな威嚇してもアカンで! ウチにはこれがあるんやからな!」

 バッグからタマネギ一個取り出して左手に構える。

「グ、グギィ……」

 すると、ゴブリンが怯んだ様子になる。

 あれ?

 もしかしてこれいけるんか?

「ふふふ。ゴブリンめ! これでも食らうんや!」

 調子に乗って元気よく宣言してから、タマネギの先端を剣で切り落とす。

 そのまま剣で上部からタマネギをスライスしていく。

 うぅ……ウチの目も辛い……。

「ウググゥゥゥ!」

「く、苦しみだしたで!」

 手で喉を掻き毟るようにしながら、ゴブリンがもがき苦しみ始める。

 これはイケるんちゃうか。

 さらにスライスしていき、スライスし終わると、今度は地面に落ちたそれを握り締めてゴブリンに投げつける。

 憎しみを込めてぶつける勢いで投擲や。

「グギギィィ!」

 遂にはゴブリンが涙まで流し始めた。

 膝をついて苦しみもがいとる。

「ゴブリンのステータスを見てみるで!」

 スマホを起動させてゴブリンのステータスを確認する。

 ただし、モンスターのステータスを公表することは禁止されとるからドローンには映されへんけど。

 …………………

【ステータス】

 名称 :ゴブリン

 体力:30

 攻撃力:25

 防御力:10 《防御力半減》

 獲得経験値:50

 状態異常:視界不良

 …………………

「こ、これならウチの攻撃力でもダメージを与えることができるで! よっしゃ!」

 ここぞとばかりに地面に置いていた青銅の剣を握ってゴブリンに切りかかる。

 前は弾き返されていた剣がしっかりとゴブリンを捉える。

「グギャァァ!」

「ふははは! ほれほれどないしたんや! ウチにかかればこんなもんや!」

 そのまま攻撃を続けると遂にゴブリンが光の粒子になって消え去る。

 ああ……遂にウチは冒険者になって初めてモンスターを倒したんやな……。

「ゴブリンはタマネギが苦手というのはホンマやったで!」

 スマホを取り出してステータス画面を表示して見せる。

 …………………

【ステータス】

 氏名:掛田 志保

 レベル :1

 必要経験値:100(現在50)

 体力:15 《基礎5・レベル補正10》 

 攻撃力:18 《基礎3・レベル補正5・装備補正10》

 防御力:13 《基礎5・レベル補正3・装備補正5》

 魔防力:4 《基礎3・レベル補正1》

【装備】

 青銅の剣:攻撃力10

 青銅の鎧:防御力5

 …………………

 おおおお!

 経験値のところがゴブリン一体分の50増えとるやん!

「みなさん! というわけで、ゴブリンが倒されへんときはタマネギを使ったらええで! ほな、ウチはタマネギがあと四個あるから、もう少しゴブリンを倒して来るで! ほなな!」

 よしよし!

 これはホンマに凄い動画が撮れたわ!

 レベル1で初期装備のままゴブリンを倒すとかホンマにできるとは思わんかった!

「タマネギを使い切ったら早よ帰って編集せな!」

 ウキウキ気分でダンジョンをさらに奥へと進んでいくウチであった。

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