動画撮影〜ゴブリン編〜 その2
昼食をしっかりと食し、タマネギも無事に手に入れた。
志保の食欲については、触れない方が吾輩のためであると勘が告げていたので黙っておく。
「ではダンジョンへ向かうとしよう」
自室で食後の休憩をしていた志保にいよいよ声をかける。
「ホ、ホンマにこれで大丈夫なんやろか……」
志保はオレンジ色のネットに入ったタマネギを手に持って不安そうな顔をしている。
うーむ。
少なくとも吾輩が転移したことのある世界では、ゴブリンがタマネギに弱いというのは常識なのだが。
どうにもこの世界は吾輩の知っていることが通用しない。
「ともかくやればわかる。それでここからダンジョンまではどうやって行くのだ」
「最寄り駅まで歩いて行って電車やけど」
「ほう。電車か」
確か古谷がタクシーと並べて紹介してくれた乗り物だな。
「電車は知っとるんか?」
「いや、名前を聞いただけだ。どのような乗り物だ」
「どのようなって言われてもウチは鉄道オタクちゃうしなぁ……。レールの上を走る乗り物としか言われへんわ」
「なんだ鉄道のことか。それならば吾輩とて知っておる。煙を吐いて進む乗り物であろう」
この世界程ではないが科学技術の発展した世界に行ったことはある。
あのときは鉄砲なる武器に驚かされたものだ。
まあ、音が大きいだけで吾輩にはなんの脅威にもならなかったが。
「あー、それは汽車やな」
「む、違うのか?」
「電車は煙を出してへんねん。電力で走っとるんや。詳しくは知らんけど」
「そうなのか。まあ、行ってみればわかるだろう」
「はぁ、引率の先生にでもなった気分やわ……」
小言を言いつつも、タマネギをバッグに入れて志保は出かける支度を済ませる。
「ダンジョンに行ってくるわ」
「行ってらっしゃい。久しぶりなんだから気を付けてね」
「うん。魔……真中さんもおるから大丈夫やと思う」
玄関で靴を履きながら志保が母親と少し会話をする。
なるほど確かに、久しぶりの戦闘ならば今日はしっかりとサポートをしてやった方がよいな。
「ほな、行ってくるわ」
「うん。頑張って。真中さんもお願いします」
「うむ。任せるがよい」
何やら出陣式のような挨拶を終えて、ダンジョン目指していざ家を出る。
「うぅんっ! 久しぶりの外や!」
志保が嬉しそうに背伸びをすると、恨めしそうにこちらを見てくる。
誰のせいで外に出られなかったと思っているのかという目である。
「なんだ」
「なーんもあらへんけど」
「なら行くとしよう」
これ以上この場にとどまっては志保から何を言われるか分からない。
こういう時は誤魔化して行動をするのがよい。
長年文句の多い配下とやり取りをしてきたなかで学んだことである。
しばし無言のままついて歩くと、随分と大きな建物が姿を現す。
「ほう。あれが駅か」
「あんまし大きい駅ちゃうけどな」
志保はそう言うが、目の前に見える駅の周りにはいくつもの建物が建っており、人々が騒がしく行き交っている。
それなりに活気のある市場のように見えてならない。
やはりこの世界は何かと規模が違う。
「ほな行こうか」
「うむ」
志保に連れられるがままに駅構内へと向かう。
途中で周囲の女性から視線を送られることがあったが無視だ。
悪いが今は志保以外の女性と絡むつもりはない。
「さて、どうすればいい」
「どうすればって、切符を買わんと。って、魔……真中さんはお金持ってないんやな。しゃあない、ウチが出したるわ」
そう言って志保は券売機と書かれた機械に向かう。
どうやら上部に設置された地図に記載されている金額を支払えば、自動でチケットを発行してくれる機械のようだ。
おそらくこれから向かうであろう『ダンジョン前駅』までは五六○円と書かれている。
「はい」
「ああ、すまぬ」
しかしあれだな。
このままでは十七歳の子供に常にたかることになってしまうな。
むむむ。
何とかして金を手に入れなくては魔王の沽券に関わる。
「どうしたんや難しい顔して? ああ、切符の使い方やな。それはあそこの自動改札機に通したらええねん」
「そうか。助かった」
金の問題は後にして今はダンジョンへと向かうことを優先しよう。
志保に教えられた通りに改札機の投入口と書かれた場所に切符を入れる。
何ということもなく、すんなりとゲートを通ることに成功する。
これを魔王城の入口に設置できないだろうか。
切符を買った者だけが吾輩に挑戦できるように。
「真中さん! 切符忘れてるで!」
「うん?」
振り返って改札機を見ると、こちら側の投入口から穴の開いた切符が飛び出していた。
どうやら入場の証として持っておかなくてはならないらしい。
とりあえず手にしておこう。
「これはどうすればいい?」
「向こうの駅の改札を出るときに必要やねん。到着駅で回収されるんや」
「なるほど。良くできている」
ようやく電車に乗る準備が整い出発となる。
さてさて、どのような乗り物なのか。
遂にダンジョン前駅に到着する。
しかし、三十分程の旅ではあったが、電車というのもなかなか良いものであった。
多少の揺れはあるものの、悪路を走る馬車に比べれば快適そのものであったし、窓の外を流れる景色も悪くなかった。
「は、恥ずかしかったぁ……」
降り立った志保が顔を赤くして抗議してくる。
「なぜだ?」
「『なぜだ?』じゃあらへん! いちいち『おー』とか『ほう』とか声を上げるからめっちゃ周りから見られたやんか!」
「それの何が悪い」
「いや何がって……アカン、相手するだけしんどいわ」
何やら志保が怒っている。
それほど悪いことをしたつもりはないのだが、あまり機嫌を損ねるわけにもいかない。
「すまなかったな。次からは気を付けるとしよう」
「ホンマ、真中さんは外見だけはええんやから頼むで。注目されて恥ずかしいのはこっちやねんから」
妙に嫌みを含んだ言葉を投げかけられるがまあいい。
「よし、気を取り直して行くとしよう」
「こっちやで」
志保に連れられてダンジョンを目指す。
といっても矢印の記載された看板が道中に立っており、志保の誘導がなくとも駅からダンジョンまでは問題なく進めるようになっている。
「ほう。これはまた……」
『関西ダンジョン』と掲げられた門を潜ると、そこは多くの人々で賑わっていた。
何やら店も数店あり、随分と活気にあふれている。
「ダンジョンに入れるのは冒険者だけやけど、ダンジョン周辺には普通の人も来れるねん。冒険者の公式グッズを売ってるお店とか、飲食店とかもあって、テーマパークみたいになってるんや」
志保の説明はスッと受け入れることができる。
吾輩の知っている無限型ダンジョンの中にも、冒険者相手の店を中心としてダンジョン前が賑わっているものがいくつか存在していた。
ダンジョンコアから生み出されたモンスターは、魔力の供給を受けなくては存在することができないため、ダンジョンコアから一定距離以上離れることができない。
その一定の距離はダンジョンコアの魔力の強さに拠るのであるが、どちらにしろ魔力の供給できる限界距離がダンジョンの入口から最深部となっている。
言い換えれば、強大な力を持つダンジョンコアほど、深いダンジョンを形成するわけである。
なんにせよ、無限型ダンジョンでは、モンスターが外に出てくることはない。
そのため、こうして一般人も気楽に遊びに来ることができるのである。
「なるほどな。ところでグッズというとお前のグッズもあるのか?」
「は、恥ずかしながら少しだけ……」
志保が説明するには冒険者になると有無を言わさずグッズが作られるらしい。
そして、グッズの売り上げが事務局に回収されて、人気投票の賞金の原資とされるそうだ。
逆に言えば、自分のグッズがいくら売れようとも、その売り上げを直接貰えるというわけではないという。
人気冒険者ともなればグッズの売れ行きが好調なので様々な種類のものが作られるが、志保のような下位冒険者だとブロマイドとネーム入り鉛筆ぐらいとのことだ。
ふむ、金ができたら買ってみるとしよう。
「他にはダンジョンに潜りに来る冒険者を追っかけてくる人もおるで。あんな感じに」
「なるほどな」
確かに少し先の方で人だかりが見えている。
あれは冒険者のファンが集まっているのだろう。
いわゆる『推し』がいるのだろう。
「さて、では早速ダンジョンに潜るとしよう」
「う、うん。けど、真中さんは潜られへんで」
「む……」
そういえば冒険者しか潜れないのだったな。
「真中さんも検査受けて冒険者になるか? 検査はすぐ終わるし、登録もすぐやで」
「いや、止めておこう。吾輩が冒険者になるのは色々と面倒だろう」
「あー、確かに。真中さんには住民票も戸籍もマイナンバーもないしな」
そういう問題ではないのだが、ここはそれでよかろう。
吾輩が冒険者なんぞになってしまっては、とんでもないステータスで話題になってしまうだろう。
それは望んではいない。
何よりも志保を1位にすることに楽しみを見出しているというのに、吾輩が冒険者として目立っては意味がない。
「じゃあ、潜って来るわ」
「うむ。是非とも凄い映像を撮って来るがいい」
志保は『ダンジョン入口』と書かれた場所へと移動していく。
道中で聞いたところによれば、あそこで職員のチェックを受けた後に東西南北の入口から潜っていくそうだ。
「さて、どうなることか……」
グッズでも見て時間を潰していよう。