史上最強の大魔王、村人Aに転生する 1

第五話 元・《魔王》様VS神の子

 その後、俺は胃の痛みを覚えながら移動し……

 広々とした運動グラウンドのただなかにて、エラルドとたいした。

 遠巻きにクラスメイト達とオリヴィア、イリーナがこちらを見守っている。

「おいおいおいおい」

「死んだわ、アイツ」

「エラルドは国内の歴史上、最年少で《第四格スクウエア》をじゆされた神童だぜ」

「下手すりゃあの大魔導士や英雄男爵よりも上なんじゃねーか」

 遠方で貴族の子供達がこちらにれんびんの目を向けてくる。そんな中、エラルドがきばくように笑う。爬虫類顔の彼がそうするときようあくさ五割増しであった。

「運がねぇよなぁ、七光り。オリヴィア様がやってこなきゃ、決闘せずに済んだってのに」

 まるであわれな生けにえを見るような目。完全に、こちらを見下している目だ。

 まぁ、それも当然だろう。相手は神の子と呼ばれる天才。こちらはへいぼんな村人だ。

 しかし……なぜだろうな。神の子と呼ばれているにしては、あまりたいしたことがないように見える。ともあれ、まずは相手の観察だ。戦力のあくなどに努めよう。

「さて、そんじゃ──とっとと死ねや」

 右のてのひらをこちらに向けてくる。

 しゆんかん、エラルドの眼前にほうじんが構築され、そこから小規模ならいげきが飛んだ。

 かみなり属性の下級こうげきほう、《ライトニング・ショット》。

 口にした言葉に反して、相手もまずは様子見といったところか。

 この程度であればなんの問題もない。こちらも下級のぼうぎよほう《ウォール》で対応する。

 我が目前にて魔法陣がけんげんし、こちらをおおうようにはんとうめいまくが形成される。

 エラルドが放った《ライトニング・ショット》は《ウォール》によってそうさいされた。

 このやり取りは俺にとって、なんら特筆すべき点のないものであったのだが。

「エ、エラルドのやつ、《ライトニング・バースト》を無えいしようで……!」

「アード君も負けてないわ! 《メガ・ウォール》を無詠唱で発動したもの!」

「もうこの時点でついていけねぇよ……! 二人ともレベルがちがいすぎる……!」

 いや、ちょっと待て。なんだ、この反応は? なぜ無詠唱ができるだけでこうも驚く?

 というか、《ライトニング・バースト》? 《メガ・ウォール》? なぜ誰も彼もが先刻のほうを中級魔法とかんちがいしているのだ?

「ハッ! なるほどなるほど。なかなかやるじゃねぇか、大魔導士のバカ息子。七光りって言葉はてつかいしてやるぜ」

「……先ほどのこうぼうの中に、発言を撤回するほどの要素がどこにあったのですか?」

「ふん。ゆうこいてんじゃねぇぞ。さっきのがオレの本気だと思ったらおおちがいだ」

「そうでしょうね。あの程度の魔法、貴方あなたにとっては小手調べですらないでしょう」

「……言ってくれるじゃねぇかッ!」

 んん? なぜおこるんだ? 実際、神の子にとって先刻の魔法はじやくなものだろうに。

 はらませた顔で、エラルドは再度攻撃魔法を放つ。今度は火属性の下級魔法、《フレア》であった。……せいのいい台詞せりふに反して、まだ様子見を続けるのか。

 これもまた、下級防御魔法、《ウォール》でかんぷうする。と──

「ほう。オレの《メガ・フレア》を受けて、まだ立っていられるとはな」

「は? 《メガ・フレア》?」……何を言ってるんだ、こいつは? 《メガ・フレア》は中級攻撃魔法だぞ? 先刻の《フレア》とは文字通りけたちがいのりよくを持つ魔法だ。

 ……《フレア》を《メガ・フレア》としようしている、名門こうしやく家の男、か。

 これはつまり、そういうことなのだろう。

「くく。うれしいねぇ。本気を出せる相手は久々だ……!」

「……そのように格好をつけても、こつけいなだけですよ?」

「あぁ? なに言ってやがんだ、てめぇ」

「もはや化けの皮はがれたと、そう申し上げているのです。貴方は神の子などと呼ばれているようですが、それは自らを大きく見せるためのうそ。おそらくはご両親にたのんで誤った情報を拡散させたのでしょうね」

「……あ?」

 図星をかれたからだろう。エラルドのコメカミに青筋がかぶ。

「まぁまぁ。お気持ちは理解できますよ。私にもかつてそういう時期がありました。固有魔法オリジナルでもない下級の魔法にずかしい技名を付けたりとかね。男子には自分を大きく見せたがる時期があることは重々理解しております。しかしそれにしたって、神の子はないでしょう。名前負けもいいところですよ。貴方の才覚を思えば、ぼんぞくの子が適当──」

「どうやら死にてぇみたいだなあああああああああああああああッッッ!」

 キレた。ということはつまり、完全に図星ということか。

 やれやれ、けいかいした俺が鹿だったな。

「ここまでオレをじよくしやがったろうはてめぇが初めてだッ!」

「そうですか。私も初めてですよ。分不相応な異名を自らの手で拡散するようなけな方にお会いするのは」

「てめぇえええええええええええええッッ!」

 おにのような形相となりながら、エラルドが魔法を発動する。しかし──

 それもまた、こちらからしてみればおゆうごとですらない、とるにたらぬものだった。

 こちらの周囲に魔法陣が顕現する。《フレア》の多重発動だ。まさに幼児があつかうような、下らない技術である。それをさも必殺の術理を扱うがごとき様相で発動するとは。

 おそい来るほのおの群に対し、俺は今回もまた《ウォール》で対応した。

 全身を覆う銅色の半透明な膜が、エラルドの多重発動型《フレア》を無力化する。

 これもやはり、俺にとってはなんら騒ぎ立てるようなものではなかったのだが。

「えっ……!? ど、どうなってるの……!?」

「あ、あのバークス式《ギガ・フレア》を、アッサリ完封しやがった!?」

 は? 《ギガ・フレア》? 今のが、《ギガ・フレア》だと?

「《ギガ・フレア》が、効かない、だと……!? そ、そんな馬鹿なことがあるかぁッ!」

 いや、先刻の魔法は単なる《フレア》の多重発動だろう。

 それを火属性の上級攻撃魔法呼ばわりするとは……

 ルーン言語を用いた魔法の創造者たる俺にとって、まことにかんなことである。

 つまらぬ下級魔法を上級魔法としようするなど、まさに言語道断。それゆえに。

「……エラルドさん。貴方は大きなちがいを犯しましたね」

「あぁッ!? な、何を言って──」

「ご存じないようなので教えて差し上げましょう。本物の《ギガ・フレア》というものを」

 宣言してからすぐ、俺は脳内に魔法陣をイメージし、りよくを供給した。

 せつ、奴の足下に一〇メリル級のじんが顕現。そして──

 あらしのようなごうえんが、れる。

「うおおおおおおおお!?」

「な、なんだ、あの魔法ッ!? ここまで熱が伝わってくるぞッ!?」

「ひいいいいいいいいいいい!?」

 ごうぜんとしたうなりを上げてうずを巻く、れんごう。これが《ギガ・フレア》だ。効果はんこそせまいものの、単体をこうげきする攻撃魔法の中ではトップクラスの威力を持つ。

 どうやらエラルドはこちらの魔法発動前に《ウォール》を展開したようだが、その程度ではお話にならない。消し炭さえ残らないだろう。

 仕方ないので、俺は《ギガ・フレア》を操作しつつ、中級防御魔法《メガ・ウォール》をエラルドにかけてやった。それも五重構造で。

 しかしそれだけやっても、《ギガ・フレア》の熱にはえられなかったらしい。

 発動限界をむかえ、魔法効果がしようめつした途端。

 焼死体寸前の火傷を負ったエラルドが、地面にたおせた。

「うわ……し、死んでる、のか……?」

「当然でしょ。大魔導士様のご子息にめた口いたんだもの」

「自業自得よね」

 いや、死んでない。ちゃんと死なないようにした。うばう価値のない命を取ることは美学に反するし、平民の俺が公爵家のちやくなんなんぞ殺したらめんどうなことになるからな。

 ……それにしても。なんでどいつもこいつもショッキングなものを見たような顔をしてるんだ? あの程度、かすり傷みたいなものじゃないか。だれでも簡単に治せるはんちゆうだろうに。

 下級魔法、《ヒール》を発動。陣がエラルドの全身を覆い、そして──

「あ……!? オ、オレ今、死んで……!?」

 正確には、死にかけた、である。

 目を丸くしながら、うわごとのようにつぶやくエラルド。その姿はぜんである。衣服ももどしてやれなくもないが、面倒くさかったのでやめた。

「「「い、生き返ったぁっ!?」」」

 いやだから、殺してないってば。

 というか、よしんば俺が死者せいを行ったとしても、別段おどろくようなことではなかろう。

 れいたいがこの世界に残る期間、すなわち三日以内にしかるべき処置をすれば死者はよみがえるのだから。

 名門校に通うような者達であれば、その程度は常識だろうに。

 ともあれ。俺はエラルドのそばへと近寄ると、奴を見下ろしながら口を開いた。

「ご理解いただけましたか? 先ほどの魔法こそが、本物の《ギガ・フレア》です。今後、お間違いのなきよう」

 ゆっくりと、ていねいに、「次同じことしたら許さんぞ」という意図を込めながら、言った。

 エラルドはブンブンと首を縦にる。さっきまでのに高いプライドはどうした。たかだか一回死にかけただけで心が折れたのか? まったく、情けない。

「さて、エラルドさん。けつとうは私の勝利ということで、よろしいですね?」

 ブンブン首を縦に振るエラルド。すごいなお前、残像が出てるぞ。

「よろしい。それでは約束を守っていただきましょうか。ジニーさんに謝罪を──」

「今までごめんなさい、ジニー様っ! もう二度と傷付けたりしません! 貴女あなたの前に顔も出しませんっ! ですからどうか! どうかお許しをっ!」

 すさまじくれいな土下座だった。それにしても、一回殺されかけただけで改心するとは。こいつ、実のところ根は良い奴なのかもしれないな。

 しかし、残念だが友達にはなれそうにない。エラルドが俺を見る時の目は完全に、かつて多くの配下、人民が俺に向けていたそれと同じだ。……即ち、強い

 こういう目を向ける者とは、友好な関係は結べない。まっこと悲しいものである。

 一つたんそくらす。と──オリヴィアがこちらへ近寄りながら、声をかけてきた。

「なぁ、大どうの息子よ」

 冷然とした声に、思わずビクッとしてしまった。

「な、なんでしょうか、オリヴィア様。私は別に、つうのことしか──」

「貴様、先刻の魔法発動時、別の魔法をエラルドにかけたな?」

「え、えぇ。それが何か?」

「つまり、貴様は二重発動ダブル・キヤストを行ったわけだ」

「そ、それが何か?」と、口にした直後。

「ダ、二重発動ダブル・キヤストッ!? う、噓だろッ!?」

「い、いくら大魔導士のご子息でも、そんなこと……!」

 な、なんだ、この反応は?

「あ、あの。私が用いたのは、たかだか二重発動ダブル・キヤスト、ですよ? 二〇、三〇の同時発動なら驚いて然るべきでしょうが、たかだか二重発動ダブル・キヤストごときに何を──」

「この時代ではな、そのたかだか二重発動ダブル・キヤストごときを《不可能技術ロスト・スキル》としてあつかっているのだ」

「……は?」

 ロ、《不可能技術ロスト・スキル》? 二重発動ダブル・キヤストが?

 わけがわからない。自然と、あぶらあせが額に浮かび始める。そして──

 オリヴィアがこちらのりようかたをガッシリとつかみ、「ふっ」と笑った。

 ……あっ、い。これは不味い。

「なぁ、大魔導士の息子よ。貴様がやってみせたことはな、ほとんどが《不可能技術ロスト・スキル》に属する内容なんだよ」

「ロ、《不可能技術ロスト・スキル》とは、失伝するなどして誰も扱えなくなった技術、ですよね? それは例えば《アルティメイタム・ゼロ》とか、そういったものでは?」

 これは《おう》だったころの俺にしか使えなかった、特級こうげきほうである。そういったものこそが《不可能技術ロスト・スキル》だと思っていたのだが。

「《魔王》の死後、大気中の《魔素》が年々うすまっているようでなぁ。《魔素》がどういうものかは知ってるだろう? そう、生命体に魔力をあたえるがいねんだ。それがおおはばに減少し続けているせいか、現代は古代に比べほうの力などが弱体化しているんだよ」

「そ、そう、だったのですか」

「あぁ。それでな。貴様が普通だと考えていることがらなんだが──」

 オリヴィアは、おそろしい笑顔を形作りながら、言った。

「貴様にとっての普通は、古代世界であれば通じる考えだろう。しかし──あの頃よりも魔法的に大きくすい退たいしたこの時代において、貴様の考えは規格外の極みだ。

 先ほど貴様が《ギガ・フレア》として扱ったじゆもんだがな、この時代では《アルテマ・フレア》と呼ばれている。《不可能技術ロスト・スキル》の中でも有名どころのちよう特級魔法だ。

 二重発動ダブル・キヤストもまた、今は誰も扱えない技術として知られている。

 そう、貴様の両親である大魔導士でさえ不可能な技術なんだよ」

 ここで一度区切ると。オリヴィアは黒いねこみみしつをピクピク動かし、しようかべ、

「さて──お前はいったいなぜ、古代世界の常識を、この時代の常識として認識していたのだろうなぁ?」

 ………………

 …………

 ……あぁ、そうか。そうだったのか。

 だからみな、普通の村人である俺を持ち上げていたのか。

 確かに、俺は平均的な人間になるよう、転生用の魔法術式を構築した。しかしそれは「古代世界の平均値」であり……あの頃よりも魔法文明が遥かにれつした現代において、古代世界の平均値は規格外であるというわけだ。

 ははは。いやぁ、まいったまいった。

 はははははは。ははははははははははは。

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………誰か、助けてくれ。

「いやぁ、それにしても。不思議だなぁ? 貴様の魔力からは、どこかなつかしい感じがするんだよなぁ?」

 かたを摑む力が秒を刻む毎に強まっていく。同時に、俺が感じる胃の痛みも強まっていく。

 そして、オリヴィアはニッコリと笑いながら、言った。


「なぁ、アード・メテオール。…………貴様、何者だ?」

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