史上最強の大魔王、村人Aに転生する 1

第二話 元・《魔王》様、友達が出来てウッキウキ

 友達が作れなくてなやんでいた俺だが、好機は唐突に訪れた。

 そう、イリーナちゃんである。……ていうか、ちょっと唐突過ぎて実感がかない。

 まぁ、友達ができる瞬間なんてものは往々にしてこんな感じなのだろう。

 なんにせよ、イリーナと出会って以降、俺の人生は煌めきを得た。

 いつしよに山に出かけて遊んだり、一緒に水浴びして遊んだり、一緒に同じベッドに入ってたりなど……マジで毎日が幸せ。前世から引きずってたどく感はすっかりとえ、ただただ幸せな気持ちだけが心の中にはある。

 そして本日も、俺は元気に子供らしく、イリーナちゃんと野山をけまわる所存。

 自宅にて彼女の来訪を待っていると……昼下がりのことである。

「うぉ~い、アードォ~! これこれ! これ見てくれよぉ~! キャッホォウ!」

 イリーナちゃんではなく、うつとうしいテンションの我がおや殿どのが部屋にやってきた。

 その手にはひとりのちようけんが握られており、美しい刀身が煌めきを放っている。

「ここ最近、けんれつしててさぁ! だから思い切って買いえちゃったっ!」

 きゃっ、なんて言いながら全身をくねらせる親父殿。非常に気持ちが悪い。

「ほらほら、見てよアードくぅ~ん。スゲーべ、コレ? ちようわざものだべ?」

 鬱陶しいテンションをしたまま、こちらに剣を差し出してくる。

 俺はつかにぎり、刀身をまじまじと見つめ……

「父上。残念ながら、そこないをつかまされたようですね」

 ほへ? なんて声を出し、首をかしげる父。どうやら彼には、モノを見る目がないらしい。

「この剣にされた特性は、【切れ味一〇倍】のみ。これではきもいいところでしょう。この素材であれば術式の圧縮技術を用いることで、三種は付与が可能かと」

「…………えっ? いや……えっ?」

 さくを摑まされたことがよほどショックなのだろう。父がポカンとしている。

「ご安心ください。業物とまではいきませんが、つうの剣にしようすることは可能です」

 そう述べると、俺は剣に付与を行い、父へとわたした。

「……ちなみに、だけど。どんな特性を付与したんだ?」

「はい。【切れ味一〇〇倍】【火属性追加】【切れ味自動修復】の三種です」

 答えてからすぐ、父は近くにあった机へ剣をるい、角を両断した。剣には火属性が追加されているため、切り落とされた角は燃焼しながらゆかに落ち、すぐさま消し炭となった。

 出来損ないを摑まされたことが相当頭にきているようだな。まぁ、今回はモノにあたってもしょうがあるまい。それぐらい、さっきまでの剣はひどかった。

「……おい、マジかよ、コレ」

 刀身を見つめながら、ブツブツとつぶやく父。ふむ、よほど腹を立てているのだろうな。

 ともすればの親父のもとへとなぐみを──

「ア~ド~っ! あたしが来たわよ~っ!」

 かけかねん様子だが、もうどうだってよくなった。やりたきゃやるがいい。

 こちとらイリーナちゃんと遊ぶのにいそがしいのである。それ以外はである。

 いかしんとうの父など捨て置いて、俺はげんかんへと向かうのだった。

「お待たせいたしました」

「ううん、だいじよう! さ、行きましょっ!」

 俺の手を摑み、元気よく走り出すイリーナちゃん。その可愛らしさは本日も変わりがない。長く美しい銀髪。人形のように整った顔。とうめいかんある純白のはだ。そして──

 うすの白いワンピースからのぞくおっぱい。谷間。横乳。

 この子と友達になれてよかったと、切実に思える瞬間であった。


 さて。そんなこんなで、山にとうちやく

「あっ、そうだ。実はさ、パパに〝剣を新調したいから素材を集めてほしい〟ってたのまれたんだけど……手伝ってくれない?」

「おやすいようです。ちなみに、素材はどういったものをごしよもうですか?」

「ん~っと、確か……【アルテマ・タイガーのたい×二】、【メテオ・スライムの体液】、【エンシェント・ボアのせき×一】だったかしら」

 いや、そんな魔物、この山のどこにもいないのだが。どいつもこいつもちようこう難度ぼうけん地にしか存在しない連中である。これは彼女の父親流のジョークだろう。

 だいたいコレだろうな、というものには目星がつくので、それをることにした。

 それを簡単にこなした後。俺達は遊びをねた〝経験値稼ぎフアーミング〟を実行する。

 山中のダンジョンにもぐってひたすら魔物狩り。一体を倒すごとに、自身のりよく量がりようながらもじようしようする。魔法の使い手たる《魔導士》が強くなるには、これが一番早い。

 およそ五時間ほどこもって経験値稼ぎフアーミングをした後、ダンジョンを出る。

 俺はまだまだゆうなのだが、イリーナがバテにバテた。

 外へ出て小きゆうけいをとる。……と、回復したイリーナがこちらを見て、

「ね、ねぇ、アード。あたしに、その……無詠唱のやり方を教えなさいよっ!」

 山中にて、イリーナがこんなことを言ってきた。

「これはまた異なことを。イリーナさん、貴女あなた以前おっしゃっていたではありませんか。無詠唱なんて三歳の時点でマスターした、と」

「そ、それは、その…………べ、別にいいでしょっ! そんな昔の話はっ!」

 顔を真っ赤にして、なみだになりながらさけぶ。この様子から察するに、うそをついたな。

 本当は無詠唱ができないのか。

「まぁ、よろしいでしょう。ただイリーナさん。無詠唱について語る前に……そもそも魔法とはいかなるものか、お聞かせ願います」

「ふふん! 簡単よ、そんなのっ! 《魔王》様が創造したルーン言語! それで作られた魔法術式を詠唱して、魔力を消費することで発動するパワー! それが魔法っ!」

 正解でしょ? だからめていいのよ? ていうかむしろ褒めて! わんわん!

 みたいな顔をしながらこちらをチラッチラ見てくる。

 そんな期待に応えて、俺は彼女の頭をでながら褒め言葉を送ってやった。

「ふへへへへ……! ま、まぁ、あたしだからね! 当然よね!」

 得意げな顔して大きな胸を張るイリーナちゃん、マジ可愛い。しかし、

「ではイリーナさん。えいしようとはそもそもなんですか? なぜルーン言語でなければいけないのですか? ルーン言語とほうの関係性についてはご存じですか?」

 これにはイリーナも口ごもってしまった。まぁ、答えられなくて当然だ。何せ教本はそこまでっ込んだ内容を記していないからな。もっと言えば、教本に記されている内容は下級魔法どまり。しかも、前世の時代よりも遥かに弱体化された術式がけいさいされている。

 これは民衆に大きな力をあたえぬためのだろう。この国のせいしやはよほど民衆に力をわたしたくないらしいな。掲載されているじゆもんの弱々しさからして、かなり民衆をおそれていると思われる。おそらく、強力な術式は貴族達がどくせんし、一子相伝で伝えているのだろう。

「よろしいですか、イリーナさん。魔法というものは、ひとえにほうじんの構築によって成される業です」

「魔法陣の、構築?」

「その通り。そして詠唱とは、じんの内容、術式を読み上げることで陣を構築する方法です。それをやったうえで陣に魔力を流し込む。これが魔法発動のプロセスの一つ、ですね」

 俺は人差し指を立てながら、説明を続行した。

「陣の構築は詠唱だけでなく、脳内に陣そのものをせんめいにイメージするだけでも可能です」

 指先に《フレア》の魔法陣をけんげんさせる。それをイリーナに見せながら、

「この魔法陣を脳内におもい浮かべつつ、魔力供給のイメージをしてみてください」

「わ、わかったっ!」

 うなずき、てのひらを天へ突き上げるイリーナ。次の瞬間──

 彼女の掌の先に陣が現れ、そこから小規模なえんちゆうが一直線にびた。

「わっ! わわっ! できた! できたわ! 無詠唱っ!」

 じやに喜ぶさまがなんとも可愛い。心がほっこりする。

「やった! やった、やったっ!」

 よほどうれしかったのだろう。何度も何度も、無詠唱で《フレア》を放つイリーナ。

 その姿に俺は……ほっこりすると同時にれんびんを覚えた。

 魔法のりよく、効力というのは、法陣に対する魔力供給の量によって変動する。

 通常、《フレア》に対するいつぱん的な供給量を一〇〇とするなら……イリーナのそれは、二〇かそこらだろう。ゆえに彼女が放つそれは普通よりもずっと弱い。

 おそらく、イリーナの魔力量は平均値よりも遥かに低いのだろう。

 すなわち、才能がない。だから今後、彼女は手ひどいせつを味わうだろう。さりとて……

「やった! やった! これでアードとおそろいだわっ!」

 ……たとえどんなことがあろうとも、俺はこの子を支えると決めている。

 どんな悲しみだろうと、どんな苦しみだろうと、俺が一緒になって背負う。

 何度挫折しても、そのたびに手を引っ張って、起き上がらせてみせる。

 それが、友達というものだから。



 イリーナちゃん(マジ天使)との日々は流れるように過ぎていった。

 そんなこんなで、俺も一五歳である。前世でもこの時代でも、一五歳となれば立派な成人であり、職業せんたくふくめた人生設計をし始めるとしごろだ。その点については、うちの親やイリーナの親も重々承知しており──

 本日、我が家でイリーナの親も交え、進路相談の会議を開く予定である。

 さて現在、時刻は夜九刻。空はやみ色に染まり、黄金こがね色の月が地上を照らし、虫達による合唱が耳に心地良い。そんな時間に、ノックの音がひびいた。

 両親の代わりに俺が来客をむかえる。その相手は──

「こんばんわっ! アードっ!」

 夜だろうと関係なく元気はつらつなイリーナと──

「やぁ、アード君。こんばんわ」

 はくはつの青年エルフ、ヴァイスである。イリーナは彼のむすめさんであった。

 二人と共にリビングへ移動し、みなしよくたくを囲むと、まずは食前のおいのりを行う。

「我等が神祖、《おう》・ヴァルヴァトス様と、女王陛下のおめぐみに感謝いたします」

 この時代では、俺を主神とした宗教が全世界に根付いているのだが……非常に複雑だ。

 女王はともかくとして、自分に対しなぜ感謝の念などささげねばならんのか。

「さ、しんくせぇお祈りも済ませたし、食え食え。今日もぇぞ? アードのカレーは」

「わ~いっ! いっただっきま~すっ!」

 もくもくとカレーをかっこむイリーナちゃん。食いしんぼうなところも可愛らしい。

「うふふふ。イリーナちゃんは相変わらず可愛いわねぇ~。お母さんにそっくりだわぁ。……あぁ~、快楽責めしたぁ~い……」

 危ない発言をする危ない顔した危ない我が母者のことなど目もくれず、イリーナはカレーにしたつづみを打っている。……ちなみに彼女の母親についてだが、くわしいことは知らない。この場に出席していないということからして、なんとなく察しはつくが。

 さて。主にイリーナちゃんのおかげで楽しい食事の最中。

「もうそろそろ、話をしようか」

 ヴァイスがスプーンをテーブルに置きつつ、こう切り出してきた。

 その中性的なぼうにはにゆうな微笑がかんでいるものの、ひとみにはしんけんな光がある。

「まずアード君。君はこれから、どうしたい?」

「そうですね……やりたいことはいくつかありますが、目下達成したい目的はと問われたなら……友達を一〇〇人ほど作りたいですね」

「はは。君はなんというか、本当に読めない子だね」

 なぜだか苦笑しつつ、ヴァイスは続いて、イリーナに水を向ける。

「君はどうする? 、そこに至るまで、まだまだ時間的余裕はある。その間、君はどうしていたい?」

「う~ん……まぁ、とりあえず、その……ア、アードといつしよにいたい、かな」

 照れくさそうに紅いほおきながらそっぽを向く。イリーナちゃんマジ可愛い。

「うん。二人の気持ちはわかった。となるとやはり」

「魔法学園へ入学するのがベストだわな」

「アードちゃんのやりたいことにピッタリだし、イリーナちゃんの願いもかなうしね~」

 学園。その単語を聞いたしゆんかん、俺はズキリと胃の痛みを感じた。

 友達作りがしたけりゃ学園に通うのがもっとも手っ取り早い。かつて前世でそう考えた俺は、外見をへん的なしよう顔に変え、経歴をいつわり、学園に入学したことがある。

 正体をかくし、別人として生きれば友達ができるのではと考えた末の行動だったのだが……学園内にて、俺は見事にりつした。ていうか、いじめられてた。

《魔王》とか呼ばれてるくせに、下々の連中にいじめられてた。

 ちょっと授業中、用を足しにトイレへ行っただけなのにウンコマンというあだ名を付けられて笑いものにされたり、心ない連中に机や教本をよごされたりして……結局、一年程度で自主退学した。そういうわけで、学園というのは俺にとってトラウマの宝庫なのだが。

「魔法学園っ!? なんだか楽しそうねっ!」

 目をキラキラとかがやかせているイリーナちゃんを前にして、まさか入学したくないとは言えぬ。守りたい、この笑顔。ゆえに俺は。

「異存はございません。イリーナさんと共に魔法学園へ入学いたします」

「うん。それがいいよ。きっと友達もたくさんできるだろうし……特にアード君。君にとっては常識を学ぶいい機会だと思う」

 常識? そんなのだれよりも理解しているつもりだが。何せこちとら元・《魔王》である。ありとあらゆる常識・マナーを習得していなければ外交などできはしない。

 まぁ、ヴァイスにとっては俺もまだまだ単なる子供、という認識なのだろう。

 ここは素直に頷いてから……別の話題を切り出す。

「ところで。入学するのはいいとして、我々にそうした資格があるのですか?」

「うん? 資格、とは?」

「魔法学園について、私はよく存じ上げませんが……平民が入学を許されるような場所、なのでしょうか? お貴族様専用の学び場という印象が強いのですが」

「その点については問題ないよ。一昔前は今以上に貴族の平民べつが強くてね。学費の高さなどもあって平民は魔法学園に入学できなかったんだけど、今はそうしたこともなく、学園は広く門戸を開いてる。……というか、君達が入れない場所なんてどこにもないよ」

「──? それは、どういった意味ですか?」

 首をかしげる。と、ヴァイスもまた同様に小首を傾げ、

「……なぁ君達、この子に何も話してないのか?」

 我が両親を見やりながら、問いを投げた。

「いやぁ、なんつーかよ。人の武勇伝聞くのは好きだが……」

「自分のことなんて語りたくないのよね~。なんだかずかしいし」

 照れ笑いを浮かべる二人に、ヴァイスはため息をついた。

 それから彼は、俺のことをジッとえて、

「いいかい、アード君。これから語ることは、しようしんしようめいの真実だ」

 そのように前置いてから、ヴァイスは……しようげき的な内容を口にした。

「君の両親はね、かの名高きだいどう様。そしてこの僕は、恥ずかしながらえいゆうだんしやくと呼ばれている。要するに、君の親も僕も、特別な存在というわけさ」

「えっ」よどみなくつむがれた情報に、俺は思わず間のけた声を発していた。

 ヴァイスの表情には、じようだんの気などじんもない。彼の発言は事実とみてちがいなかろう。

 ……少々、現状は気に食わないものであった。

 俺は特別な存在になるということを、自分でも引くぐらいにきよぜつしている。

 過去、《魔王》と呼ばれるほど特別な存在になったことで、様々なものを失ったからだ。

 特別な存在になるというのは、どくになることと同義なのである。それを知っているがゆえに、俺は特別であることをきらうし、そうなることをける。

 しかし、過ぎてしまったことはもはやしょうがない。大魔導士の息子という立場、かんではあるが受け止めよう。幸いにも、書物によれば父母はとつぜんへん体である。

 突然変異体とは、種族の限界をえた異常な才能を持って生まれた者達のそうしようだ。

 彼等の才覚は一代限りで、次世代に受けがれることはない。それだけが救いである。

 親が特別でも俺は特別ではない。ゆえに……再び《魔王》と呼ばれることにはなるまい。

 以降、会議はおだやかに過ぎていき、大きくめることもなくしゆうりよう

 そして、食事も終わりに近づいたころ

 ヴァイスがこちらを見て、真剣な面持ちで口を開いた。

「……学園でも、イリーナのことをよろしくたのんだよ、アード君」

 親としては当然の言葉、なのだが。なぜだろう?


 ヴァイスの顔には、必要以上のきんちようと不安が張り付いていた。

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