兄を部屋に招待する妹達 その1

「お兄ちゃん、入ってもいいかな?」

 俺が部屋で荷物の整理をし終えた頃、ノックの音がして、ドアの隙間から椛がひょっこり顔を出してきた。

「ああ、いいよ。ちょうど今片付いたとこだし」

 俺がそう言って招き入れると、椛はうれしそうに中に入ってきた。

 その後ろには菫もいて、二人ともさっきまでのドレス姿ではなく私服に着替えていた。

「菫もいたのか――……って、何やってるんだ?」

 なぜかおそるおそるって感じで室内を見回している菫。

「い、いえ、お兄さんの部屋に入るということで、少し緊張しています」

「俺の部屋って言っても、まだ何も変わっちゃいないはずだけどな」

 俺も合わせて部屋を見回す。室内にはあらかじめ用意してもらっていたベッドと勉強机があるくらいで、あと目につく物といえば折りたたまれた数枚の段ボール箱くらいだ。

 事前に業者さんによって運び込まれた俺の荷物で、中身は既にクローゼットの中にしまってある。なので今は殺風景な感じだが、これから少しずつ生活感も出てくるだろう。

「ここってさ、昔俺が使わせてもらってた部屋なんだよな?」

 あの時も広い部屋だなって思ってたけど、成長した今でも同じ感想だった。

 今までの自分の部屋と比べたら一回りくらい広くてちょっと戸惑ってしまうところもあるが、なんか「帰ってきた」って気分にもなる。

「うん、もともとはお客さんが来た時に泊まってもらうための部屋だったらしいけど、ほとんど物置みたいな感じになってたんだよ。それを、お兄ちゃんが来るからってみんなで片付けたんだ」

「そっか、わざわざありがとうな」

 俺はまたしても月城家の人々の優しさにジーンとしてしまう。

「……ってお姉ちゃん? なにしてんの?」

 とその時、椛の声で、菫がなぜか俺のベッドをジッと見つめているのに気がついた。

「今日からここでお兄さんが寝起きするかと思うと、なんだか感動でめまいがしそうになって……。お、お兄さん、少し横にならせてもらってもよろしいですか?」

「え? そりゃ別にかまわないけど、大丈夫か?」

 確かに菫は少し足元がおぼつかない感じでハァハァと息も荒かったが、一方で目はなぜかギラギラしていて顔色もよく、体調が悪いようには見えなかった。

「そ、そうですか! では、し、失礼いたします……!」

 菫はフラフラとベッドに倒れ込もうとするが、

「待った、何しようとしてるのお姉ちゃん」

 寸前で、椛にガシッと肩を掴まれた。

「で、ですから、急にめまいがしたのでお兄さんのベッドをお借りして」

「だったら自分の部屋に戻ればいいじゃん。……はっ!? まさかお姉ちゃん、ベッドに残ったお兄ちゃんのにおいを――」

「な、ななな何を言っているのですか椛!? だ、大体お兄さんは今日着いたばかりなんですからベッドは未使用です! ですから、まだそんなことはできません!」

「今『まだ』って言ったよね!?」

「き、気のせいです! わ、私はただ、あわよくば自分の香りを残せればと――」

「そっちか!」

「……え? え?」

 なぜか突然言い争いが始まって、俺は呆気にとられる。

 直前まで、二人はなに話してるんだろうなーってボーッと見てたのに、なんで急に!?

「な、なんて変態的なこと考えてるのお姉ちゃんは!」

「へ、へんた……っ!? ししし失礼なこと言わないでください! 私は別にそう言う意図があったわけではなく、ただ自然に身体が動いただけで――」

「そういうのが変態的だって言ってるの! まったくお姉ちゃんは、普段は清楚な大和撫子なくせして、お兄ちゃんのこととなるとそうなんだから……! そもそもにおい付けならもうあたしが先に――」

「待ちなさい椛」

 ガシッと、今度は菫が椛の肩を掴む。

「今、なんて言いましたか? あなたが先に?」

「な、何のことかなー? 聞き間違いじゃないのー?」

「……そういえばあなた、お母さんに倉庫から枕を持ってくるよう言われてましたよね?ま、まさかその時にスリスリと……!」

「そ、そそそそんなことあたしがするわけないじゃん!? バッカじゃないの!?」

「明らかに目が泳いでいるじゃありませんか! あ、あなたは普通にしてるだけで十分魅力的なのに、そんな姑息なことを……!」

「そ、その姑息なことをお姉ちゃんもしようとしてたんじゃん!」

「で、ですからそれは誤解です! とにかく、私はめまいがしてたまらないので、お兄さんのベッドに休ませていただきます!」

「あ、こら、そう言いつつなんで枕をギュッとする必要があるの! それはあたしが!」

「ちょっ!? 二人とも!?」

 気づいたら、一緒にベッドの上に転がって枕を取り合い始めた二人。

 しかも二人ともスカート姿だったから、動くたびに白いレースとかピンクの縞々とか見えてはいけないものが見えてしまっていて、俺は慌てて視線を逸らす。

 ……な、なんで急にこんなことに……!? って、よくわからないけど、これは明らかにケンカだよな? だったら止めないと!

「ま、待った待った! 二人ともストップ!」

 俺はほとんどめくれ上がってしまっていた二人のスカートをなんとか見ないようにしながら、枕を引っこ抜いた。

「あ、それ返してお兄ちゃん! まだ済んでないから!」

「そうです! まだ不十分です!」

「何の話!? ってかそもそも、どうして急にケンカが始まってるんだよ! ベッドがどうとかにおいがどうとか、何を争ってるんだ!?」

 返して返してと手を伸ばす二人を避けながら、俺はそう訊ねる。

「「え?」」

 すると二人とも一瞬キョトンとした顔を見せてから、すぐにかあああぁと顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「そ、それはですね……、あのその……!」

「い、言えるわけないじゃん……。もう、お姉ちゃんがバカなことするから……」

「あ、あなただって同じでしょう!?」

「そもそもお姉ちゃんが――」

「だから、なんですぐそうなる!?」

 またぞろ言い争いが再開されそうになって、俺は驚愕する。

「えっと……! つまり、その、あれだよ! ほら、お兄ちゃんにこれからゆっくり寝てほしいと思って、ベッドをちゃんと整えないといけないなーって思ったんだよ!」

「そ、そうです、それです! その、ちゃんと天日干しなどもしましたけど、変なにおいとか残っていてはいけないと思いまして、チェックしていたわけです!」

「…………そうなのか?」

「も、もちろんです。お兄さんの安眠のためにベストを尽くすのは当然です」

「うんうん、そうだよね。これも、ほら、えーと……、か、家族の義務だよ」

「それなら仕方ないな!」

 家族の義務と言われて、俺は釈然としない気持ちも即座に吹っ飛んで頷いた。

 ……なるほど、家族ともなると安眠の心配もするよな。うん。そりゃ家族だもんな。家族となりゃ、そういうのも当たり前か!

 俺がうんうんと納得している間、二人は「あ、危なかったです……」「もう、お姉ちゃん、気をつけてよね……」とかヒソヒソ言ってたが、気にしなかった。

「心配してくれてありがとうな。でも俺って結構どこでも眠れるタイプだし、細かいことは気にしないから大丈夫だよ」

 俺はそう答えながら、枕を元に戻す。

 ベッドは二人がもみ合ってたことで結構しわだらけになってしまっていたが、こんなのは直せば済むことだ。それより、二人の気持ちが素直にうれしかった。なぜか二人はそれを聞いて気まずそうに目を逸らしていたけど。

「ところで、そのために訪ねてきたのか?」

「え? あ、ううん、全然違うよ」

「お兄さんのご案内しようと思ってきたのです」

 ご案内? 俺はよくわからず首を傾げる。

「ほら、お兄ちゃんは今日からこの家で暮らすんだから、家の中を案内しようと思って」

「ああ、そういうことか。でも、申し出はありがたいけど、昔ここで厄介になってた時の記憶はあるから大丈夫だと思うぞ?」

 リビング、キッチン、バスルームにトイレ。庭の構造とか倉庫の位置も……、うん、ちゃんと覚えてる。ここでの暮らしを忘れるわけがない。

「さすがお兄さんです。ですが、私達がご案内しようとしているのは、そういう意図ではありません」

「うん、お兄ちゃんに、あたし達の部屋を見てもらおうって思って来たんだよ」

「二人の部屋? なんでまた?」

 女の子の部屋っていったら究極のプライベート空間のはずで、わざわざ男の俺に見せるなんてことがあるのだろうか?

「も、もちろんそれも家族だからだよ。妹がお兄ちゃんを部屋に案内するのは当然だからね。ねえお姉ちゃん?」

「その通りです。お兄さんなら、いつ何時でも私の部屋にいらしてくれてかまいません。なんならそのまま住み続けていただいても……」

 椛が「お、お姉ちゃん、なんでそうダダ漏れなの!?」と謎のツッコミを入れているが、俺はまたしても感動して聞いちゃいなかった。

 ……妹が兄を部屋に案内するのが当然とか、やっぱり本物の家族ってイイ……!

「そっか、そういうことなら是非案内してもらおうか!」

 俺が意気揚々とそう答えると、二人は「やった!」と喜んで早速俺を引っ張り出し、そのまま自分達の部屋へと連れて行った。

 二人の部屋は同じ二階にあって隣り合っており、まず案内されたのは菫の部屋だった。

「ああ、ついにこの時が来たのですね……。お兄さまを私の部屋に招き入れる時が……!これはそう、いうなれば、まさに既成事実……!?」

「なあ椛、菫は何を言ってるんだ?」

「気にしないでお兄ちゃん。理解しなくていいことだから」

 自分の部屋のドアの前でクネクネしてる菫に、俺はちょっと引く。

「さ、さあ、ではどうぞお兄さん」

 やがて菫がドアを開け、中に招き入れる。

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