兄を歓迎しながらケンカする妹達 その3

 一瞬何を言われたのかわからず、俺は気の抜けた声を出してしまった。

 だが二人はそんな俺の反応を気にするどころか、俺が何か言う前になぜかバッと互いに向かい合ってしまう。

 ……な、なんか笑顔のままなんだけど、まるで睨み合っているような……?

 それに二人の間で今火花が散ったように見えたのは、き、気のせいだよな?

「も、椛? お兄さんをお出迎えするためにドレスアップするアイデアもそうなら、さらに装飾品によるコーディネートを加えるというのも私のアイデアでしたよね? あなたは真似をしただけなんですから、ここは発案者の私に遠慮すべきだと思うのですが?」

「お、お姉ちゃんこそなに言ってんのかなぁ? あたしがお母さんからアクセサリーを借りようとして、真似したのはどっちだったっけ?」

「な、何を言っているのですか。私はその時ちゃんと、あなたはそんなものに頼らなくても、十分可愛いから必要ないと止めたでしょう?」

「そ、それを言ったらあたしだって、お姉ちゃんは普通にしてるだけでも超美人なんだから、アクセサリーどころかシンプルな白のワンピだけでズルイくらい最強じゃんって止めたよ。なのにお姉ちゃんは私に対抗しようとしてさ」

「た、対抗しようとしたのはあなたじゃないですか!」

「お姉ちゃんだよ!?」

「…………え? ちょ、ちょっと……?」

 気がついたらなぜかまた二人の言い争いが始まっていて、俺は思いっきり困惑する。

 だが二人はそんな俺など置き去りにしたまま、論争を続ける。

「……椛、あなたがとてつもなく可愛いのは姉である私がよく知っていますが、お兄さんの前でだけは譲れません」

「……あたしもお姉ちゃんが超絶最強美人だってよく知ってるけど、お兄ちゃんのことだけは負けるつもりないから」

 二人は鋭い眼光で睨み合い、

「お、お兄さんはきっと、大人の魅力あふれる私を選んでくれるはずです!」

「わ、私だってちょっと身長は足りないけど、魅力はあると思う! セクシーさでは私の方がきっと勝ってるよ! ほら、胸とか!」

「む、むむむむ胸は関係ないでしょう!? そ、そんなうらやま破廉恥な要素を出してくるなんて、椛、あなた卑怯ですよ!?」

「な、涙目にならなくてもいいじゃん! それに、胸以外の要素だとお姉ちゃんのボロ勝ちなんだから、勝てる要素を強調するのは当然の戦略だよ!」

「他にもあるでしょう!? スポーツで健康的に引き締まった脚とか、余分なお肉一つないお腹とか!」

「お姉ちゃんこそ、お淑やかで清楚で女性らしさ120%なんだから、大人の魅力とか思いっきり方向性がズレてるよ!」

「……あ、あのー……」

 俺は、目の前で繰り広げられる姉妹のやり取りに唖然とする。

 ……な、なんなんだこの言い争い? いや、これって言い争いじゃなく、やっぱりお互いに褒め合ってるだけでは? どっちにしても意味がわからんが……。

「ううううう……!」「むむむむむ……!」

 なんか二人して唸りながら睨み合ってるし、どうすりゃいいんだ俺は……。

 だが、そんなことを考えていた次の瞬間、


「「(お兄さん!)(お兄ちゃん!)どっちを選ぶの!?」」


「うわっ!?」

 急に二人がこっちに振り向いて迫ってきたので、俺は思わず身を引いた。

「ど、どっちをって、何が……?」

「ですから、私と椛のどちらを選ぶのか、です!」

「お姉ちゃんとあたしのどっちの格好が似合ってると思うのか訊いてるの!」

「え、ええ!? そ、そんなこと言われても!」

「わ、私ですよね? ほら、この髪飾りを選んだのは、昔お兄さんが私のことをお花みたいだって褒めてくれたからなんですよ?」

「……そんなことあったっけ?」

「はい。昔お兄さんは私に『菫はまるで朝露に濡れて静かに咲き誇る花のようだ』と」

「明らかに子供の語彙力じゃないよなぁ!?」

「あ、あたしだよねお兄ちゃん。毛皮を巻いたのは、お兄ちゃんが子供の頃に私のことを動物みたいで可愛いって言ってくれたのを思い出したからだよ?」

「……お、覚えてない……」

「お兄ちゃんは『椛は俺の子猫ちゃんだ。食べちゃいたくなるぜ』って言って……!」

「そんな子供嫌すぎるわ!!」

 俺は自分の尊厳をかけてツッコむが、肝心の二人は手で頬を覆って「きゃー!」と楽しそうにしており、全然聞いちゃいなかった。

「とにかく、お兄さんはそんな美しい思い出もある私をきっと選んでくれるはずです!」

「あたしだよ! お兄ちゃんはきっと今にも私を可愛がりたくてたまらないはず!」

「ま、待った! 一旦ストップ!」

 猛然と迫ってくる菫と椛にタジタジになりながらも、慌てて止める俺。

「なんですか。椛に気をつかって答えにくいなら、私の耳元にだけそっと囁いてくださってもいいんですよ?」

「お姉ちゃんに遠慮してるなら、私にだけ教えてくれても大丈夫だよお兄ちゃん」

「ち、違う、そうじゃなくて……。そもそも、なんでこんなことになってるんだ……?」

 俺がそう訊ねると、二人は質問の意味がわからないといった感じに首を傾げる。

「だから、どっちが似合ってるかとか、まるでケンカみたいになってることとかさ……」

「そ、そそそそそれはもちろん、私がお兄さんのことを――わぷっ!?」

「おおおおお姉ちゃん!? なに勢いで言おうとしてんの!?」

「はっ!? そ、そうでした……! お兄さんに再会できた喜びでつい……!」

「しかも約束を忘れてシレッと自分だけ抜け駆けしようとして……! これだからお姉ちゃんは危ないんだよ、もう!」

「あのー……」

 なんか、椛が菫の口を慌ててふさいだかと思ったら、さっきまでとはまた違った雰囲気の言い争いが始まったんだが……。

「え、えっと、なんでこんなことになってるかだよね!? そ、それは、だから、あのその……! お、お姉ちゃん!?」

「そ、それはですね! えっとえっと……! あ、そ、そうです! これはお兄さんを家族としてお迎えするために必要なことなんです!」

「え? 家族として?」

 不意にそんなことを言われ、俺はドキッとする。

「は、はい。その、どちらを選ぶかというのものですね、お兄さんはどちらの方が好きなのかということで、あのその……、つ、つまりお兄さんの好みを把握しようという意図だったんです!」

「それ! お姉ちゃんそれだよ! 咄嗟にしてはナイスアイデア! そうそう、これからあたし達は家族として暮らすわけじゃん? だ、だから、そう、お兄ちゃんの好みはどんなのかなー知りたいなーと思って、こういうことしてるわけなんだよ! うん!」

「そ、そうですよね椛! 決して、その、ただ純粋にお兄ちゃんの伴侶の座を椛と争っているわけではなくて――」

「お姉ちゃん!? だからなんでそう本音がダダ漏れになるかなぁ!?」

 なにやら姉妹がギャーギャーと騒がしいが、その時の俺の耳には二人の言葉はほとんど届いちゃいなかった。

 というのも、さっき二人が言った『家族として俺の好みが知りたいと思ったからこんなことになってる』という言葉が、頭の中で木霊していたからだ。

 ……な、なんだよそれ、なんなんだよそれ……!

 最高かよおい! どんだけ優しいんだよこの姉妹は! マジで天使か何かか!?

 俺を家族として迎え入れるため、俺の好みを知ろうとしてこんな一見無茶苦茶なことまでやってくれているなんて。俺なんかのためにそこまで……!

 遥さんと文彦さんもそうだけど、菫と椛もそこまで俺のことを考えてくれてるなんて。

 本当に、ここ月城家は俺にとっての理想郷だった。

 でもみんなはこうやって親切にしてくれているけど、それに甘えてるだけじゃダメだ。

 みんなの善意に甘えず、俺自身が正真正銘家族の一員として認められるよう、がんばっていかなくちゃいけない。……よし、絶対にやってやるぞ!

「あ、ありがとう二人とも。俺、ちょっと感動して――」

 そんなことを考えながら、俺はまた二人に感謝の言葉を述べようと思ったが、

「そんなだからお姉ちゃんは油断できないんじゃん! 大和撫子なくせに小悪魔だから、ほんとに性質が悪いよ!」

「こ、小悪魔? よくわかりませんが、油断できないのはあなたの方です! 溢れる可愛さでナチュラルに魅力を振りまいて、お兄さんまで篭絡しようとしているのですから!」

「あ、あれ?」

 いつの間にかまた二人の言い争いが再開してて、聞いちゃいなかった。

「むむむ……、それでお兄さん!」

「どっちの方が似合ってると思うの!?」

 そして再びグイッと迫ってくる二人に、俺は感動の余韻も吹き飛ばされて難題に挑まざるを得なくなる。

「……ど、どっちがと言われても」

一方は花飾りとブカブカドレス姿。一方はモコモコ毛皮とピチピチドレス姿。

 ……いや、どっちもないだろ、これは。

 二者択一のくせにどっちを選んでも正解じゃないと思わせる、あり得ない難問だ。

 とはいえ、俺のためにここまでしてくれてる二人にそんな答えを返せるわけもなく、

「ど、どっちも似合ってる……かな」

 なんとか無難に乗り切ろうとするが、

「ど、どっちもなんて答えはあってはいけません! 非倫理的です!」

「そうだよ! 姉と妹がいたなら、どっちか片方しか選べないに決まってんじゃん!」

「なんでだ!?」

 なぜか謎理論で一蹴されてしまった!? 意味がわからんのだが!?

 けど、そうしてまた、どっちだどっちだと答えを迫られる俺。

 ……ど、どうすればいいんだ。そもそも、いろんな意味でどっちも選べるような状況じゃないんですけど……。

「あ、そうだ! お兄ちゃんお兄ちゃん、スマホ出してスマホ」

 と、そんな感じで俺が窮地に陥っていると、椛がふと何かを思いついたといった様子で声を上げた。

「スマホ? なんで急に?」

「お兄ちゃんが私達の写真を撮るんだよ。それで、似合ってる方の写真を待ち受け画面にするの! 選ばれた方が勝ちね!」

「も、椛、あなたなんて発想を……! 天才なのですか!? お、お兄さんのスマホの待ち受けに私が……! あわわわわ……!」

「な、なに言ってんの! お兄ちゃんのスマホに入るのはあたしだよ、あ、た、し!」

「…………」

 一瞬、この窮地からすくい上げてくれる提案がされるかと期待したけど、より深くに叩き落とされただけだった。言葉が出ない。

「は、恥ずかしいですが、選ばれるためなら私、なんでもします……!」

「ど、どんなポーズもリクエストOKだからね?」

 やる気満々の二人に、俺は冷や汗を垂らして固まる。

 だが、二人の笑顔に見えない笑顔で「早くしてくださいね?」「お兄ちゃん?」と催促され、俺は慌ててスマホを取り出すしかなかった。

「あっ」

 だがポケットからスマホを出そうとした時、俺は焦って手を滑らせてしまう。

 すっぽ抜けたスマホが床に落ち、慌てて拾おう手を伸ばした時だった。


『ぱ~んでみっくはぁと♡でらっくす~! おにぃちゃ~ん、わたしたちとの冒険がついにはっじまっるよ~!』


「げ……っ!?」

 不意に、あからまな萌えボイスが家の中に響き渡り、その場の空気が凍り付いた。

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