兄を歓迎しながらケンカする妹達 その2

 というのも、二人とも前のめりに迫ってきたことで胸元がヤバイことになっていた。

 菫の方はブカブカの布地が垂れ下がり、その隙間から信じられないくらい綺麗な肌と控え目な膨らみがモロに見えそうになっていて、俺は慌てて視線を逸らす。

 だがその先には椛がいて、今にもドレスから飛び出してきそうなほどパッツンパッツンになっている膨らみと、それが作り出す谷間がすさまじい自己主張をしており、俺は再度見ないよう顔を動かす。

 右を見ることも左を見ることもできず、俺は不自然に上の方を見つめながら、

「あ、ああ、久しぶりだな……!」

 と、なんとかギリギリで耐えつつそう答えた。状況はまるで把握できないが、せっかくの再会の場面だ。取り乱した姿を見せるわけにはいかない。

「どうしたんですかお兄さん?」

「そうだよ。せっかくおめかししたんだから、ちゃんと見てってば」

 だが、そんな俺の努力など知るはずもなく、二人はクイクイと俺の服や腕を引っ張ってくるからたまらない。なんかいいにおいが漂ってきたり柔らかい感触がして、二人を見るどころか平静を保つのも精いっぱいだった。

 ……というか、ちゃんと見たらヤバイだろ明らかに!

 と、思わず叫んでしまいそうになるのグッと堪えながら、俺は冷汗をダラダラ垂らしながら固まるしかなかった。

「どうしたんでしょうかお兄さんは? もしかして、私達の服装に戸惑っているのでしょうか? 着慣れていないものを急いで着てしまいましたし」

「え、そうなの? あたしは初めてのドレスだったのに」

 俺が黙ったままでいると、菫がそんなことを言って首を傾げ、椛が唇を尖らせる。

 ……着慣れてないとかそういう次元の問題じゃないわけだが、話がそっち方面に行ってくれるならありがたい。

 俺は少し安堵しつつ、ソフトな感じで「そ、そうだな。ちょっと戸惑ったかなー」的な反応をしようと思ったのだが、

「もしかして失敗してしまったのでしょうか? せっかく再会に備えて身だしなみを整えようと思ったのですが、時間もなかったですし椛が真似もしてきたので慌てて着つけてしまいましたから……」

「な、なに言ってんのお姉ちゃん。そもそもおめかしするってアイデアは、あたしが言い出したことじゃん。真似したのはそっちでしょ」

「な……!? あ、あなたこそ何を言ってるんですか。ドレスアップをするという考えは私が出したんじゃないですか。あなたがその真似をしたんでしょう?」

「え? え?」

 なぜか、気づいたら二人が言い争いを始めていて、俺は困惑する。

「そもそも時間がなくなったのも、あなたが私のドレスを勝手に持っていってしまったのが原因ではないですか。そのせいで、私は急遽お母さんのドレスを拝借しなければならなくなったんですよ?」

「お古なんだから別にいいでしょ? 大体お姉ちゃんは最初はドレスなんて考えてもいなかったくせに、あたしが押入れから出した途端にその手があったかみたいな顔してさ」

「そ、そんな顔してません。それでなくても、あなたはすぐに私のものを持っていってしまうんですから。大体あなたはドレスアップなんてしなくたって十分魅力的なんですから必要ないでしょう?」

「お、お姉ちゃんこそあたしと違ってズルイくらい美人なんだから、服装にこだわる必要なんてないじゃん!」

「あ、あなたこそ、何を着たって羨ましいくらい様になってしまうのですから、あえてドレスなど選ぶ必要はないはずです!」

 ……えーと、こ、これは一体何がどうなっているんだ……?

 俺を挟んで「椛こそ!」「お姉ちゃんこそ!」と、言い争ってるのか褒め合ってるのかよくわからない論争を繰り広げる二人。

 わかったことといえば、二人のドレスがどうしてサイズが合ってないのかってことくらいで、それ以外のことはこの状況も含めてまるで把握できない。

 慌てて遥さんや文彦さんの方を見ても、やっぱり困ったような顔をして無言のまま。

 そうこうしているうちにも二人の言い争いはヒートアップしていき、

「ちょ、ちょっと待った! ストップ!」

 俺は慌てて二人の間に入る。放っておいてはマズイと咄嗟に感じたのだ。

「な、なんで二人して言い合ってるんだよ。それに、どうしてわざわざそんな格好をしてるんだ? なんていうか、その、奇抜なところもあるし……」

 二人をなだめつつ、争いの原因と思しき服装のことについて訊ねる俺。

「あ、そうでした。お兄さんにお尋ねしようと思っていたんです」

「ど、どうかなお兄ちゃん? 似合ってる? お兄ちゃんをお出迎えするために、すっごくおめかししたんだよ」

 だがそう言って、二人は目を輝かせながらその服装を見せびらかすように再度こっちに迫ってきたので、俺は思わず後ずさる。

 だが同時に、とある単語にピクッと反応した。

「俺をお出迎えって……?」

「だって、お兄さんにやっとお会いできるんですよ? 私、もうこの日をずっと楽しみにしてて……! 久しぶりにお兄さんの前に出るのに恥ずかしくない格好をと思い、ここ数日ずっと検討に検討を重ねてきたんです……!」

「お兄ちゃんに大歓迎だって気持ちを伝えるために特別な格好をしないとって、あたし達ずっと悩んでたんだよ。第一印象が大事だし、久しぶりの再会だから、お兄ちゃんに可愛いって思ってほしいし……!」

 少し照れた様子の二人の言葉を、俺はポカンと口を開けながら聞いていた。

「……つまり、俺を歓迎してくれるために、わざわざ?」

「はい!」

「うん!」

 その呟きに勢いよく頷いてくれた二人に、俺はジーンと胸が熱くなる。

 ……や、ヤバい。感動で普通に泣きそうだ。

 方向性はどうあれ、二人とも俺のためを思ってこんなことをしてくれてるとわかり、俺はものすごく感激してしまった。目頭が熱くなってくる。

 だが、そこはグッと堪える俺。ここで情けない姿を見せるわけにはいかない。この感動は後で一人でじっくり味わうとして、

「……あの、本当にありがとうな。すごくうれしいよ」

 感謝の言葉だけは、ちゃんと口にしておく。心の底からの本音だ。

 すると菫と椛は一瞬キョトンとした後、

「「ようこそ我が家へ! (お兄さん!)(お兄ちゃん!)」」

 声を合わせて、満面の笑みを浮かべながらそう言ってくれた。

 ……くっ、だからそうやって俺を泣かせようとしないでくれよな! ああもう、いい子過ぎるだろお前ら! 最高だよ、ったく!

 俺は心の中でそう叫び、ちょっと目元をグシグシと拭いながらも、その時になってようやく二人の顔をじっくりと眺めた。

 さっきは突然の事態に驚いて気づかなかったけど、よく見ると二人ともちゃんと昔の面影が残っていて、俺の記憶の中にある菫と椛の成長した姿が確かにそこにはあった。

 けど、もちろん違っている部分もある。

「はぅ……、この時がくるまで、本当に長かったです。ああ、お兄さんが素敵になり過ぎて直視できません……!」

 菫は子供の頃と同じように、お淑やかで穏やかな雰囲気のままだった。

 でも同時に、ビックリするくらい綺麗になっていた。

 昔から顔立ちは整っていたと思うけど、今改めて見ると超絶美少女だと言っても過言じゃないと思う。手足も長くてスラッとしていて、なんか全身から気品のようなものが漂ってくる感じで、いわゆる美人系の美少女だ。

「うう……、お兄ちゃんがすごくカッコよくなってるよぅ……! でも、ダメダメ……!見とれてたら変に思われちゃう……!」

 椛もまた、子供の頃のように元気いっぱいの明るい女の子だった。

 でも今はその雰囲気が、そのまま可愛さに直結してるような感じだ。

 昔も目がクリッとしてて笑顔が可愛かったけど、今は成長してその破壊力が何倍にもなっており、こっちは可愛い系の美少女と言っていいだろう。

 しかも、その……、さっきも見てしまったが、胸の辺りの成長がスゴイことになっていて、身体が小柄な分そこだけが妙に強調されてちょっと目のやり場に困るほどだ。

 姉妹二人がこんな驚くほどの変貌を遂げていて、なのに昔みたいな距離感で接してくるので、俺はちょっとドキドキしてしまう。

 けど俺は小さく深呼吸をして、すぐに落ち着きを取り戻す。

 だって二人はこれから家族になるんだから、そんな目で見たりはしないのだ。

 そういう意味では、初っ端のあの騒動はありがたかったかもしれない。

 ……最初から普通にこの美少女っぷりを前面に出して来られてたら、そういった俺のスタンスも揺るいでたかもしれないからな……。

 だが大丈夫。いくらこの二人が超絶美少女でも、俺にとっては家族なんだから、決してそういう対象として見ることはない。そんな邪なことを考えるなんて、ここまで快く俺を迎えてくれた二人に失礼だ。あってはならないことなのだ。

「いや、本当にありがとうな二人とも。……俺のために」

 俺は心の中でそんなことを考えながら、改めて二人に感謝する。

「そんな、お兄さんをお出迎えするのにこれくらい当然です」

「そうだよ、これから一緒に暮らすんだから、歓迎するのは当たり前じゃん」

 すると菫も椛も、やっぱり親切な言葉を返してくれる。

 もしかしたら毛嫌いされるかもなんていう、さっきまでの心配はどこへやら。

 その天使のような優しさに、油断するとまた目頭が熱くなりそうだ。

「そ、それよりもお兄さん。その……、この格好はどうでしょうか?」

「う、うん。どう? 似合ってる、かなぁ?」

「え?」

 だが続いてそんな質問をされて、感動してばかりもいられなくなった。

 どう? と言われてぶっちゃけ困る。菫のずり下がったままの肩や、相変わらず凶悪な自己主張をしている椛の胸を見ると、反射的に「エロいです」と答えそうになってしまうが、家族とみなすべき相手にそんなことを言えるわけもなく、

「ま、まあ、なんだ……。その、個性的、かな……?」

 そうやって、なんとかかわすのが精いっぱいだった。

「俺って女子のファッションに疎くてよくわからないけど、まあ、その、いい感じなんじゃないかな? ……多分」

 最後を小声で誤魔化しながら、この辺りで勘弁してほしいと願う俺。

 だが、続いて二人の口から出てきた言葉は、完全に想定外なものだった。

「で、ではお兄さん……」

「あ、あたしとお姉ちゃん、どっちが、に、似合ってる……?」

「……へ?」

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