第二話 男子校は本当に男子しかいないのだろうか? その1

「俺の友達二人が、実は女だったんだけどどうしたらいいと思う?」

『男装女子って萌えるよな。自分だけが知っているかわいさにキュンキュンくるぜ。なんていうか、「俺の女だ」って感じで、独占欲が満たされるっていうか。で、それいくらで売ってるんだ? フルプライスか?』

「エロゲーの話じゃねえよ!」

 例の件を相談したところ、エロゲーの話と思われた。

 さすがゲーム大国日本だ。二次元と三次元が混在している。

『じゃあリアルの話だっていうのか? 男子校なのに友達二人が女だって? いくらなんでもそれはないだろ。アメリカ以上の自由主義社会に溺れて、妄想と現実がわからなくなっているんじゃないか? 毎日のエロトークとオタトークで脳が疲れているとか』

「お前の言いたいことはわかるし、俺もお前の立場だったら全く同じことを言ってるだろうから強くは言えん。でもな、ガチで現実なんだよ」

 今日あったことを思い出してみる。

 普通に考えれば絶対にありえないことだが、そのことは現実としてしっかりと俺の後頭部に刻まれている。

 コブを軽く触りながら話を再開する。

「友達一人と接触して暴走した。迫って、壁ドンして、顎クイまでして口説いた。こんなこと、そいつが女じゃなかったら絶対に起きない」

『たしかに、それはそうだが……』

「裸の状態でそんなことしちゃったから、俺、もうどうやって明日あいつに会えばいいのやら……なんかいい謝り方ってない?」

『潔く腹を切れぃ!』

 体質のことを持ち出しても信用度半々といった様子だったモッチーが、詳細を持ちだしたら豹変した。

「侍でもない俺に腹を切れと!?」

『当然だ。女子の裸を見てそんなことをしてしまったんだ。切腹して然るべきだ! なんなら俺が介錯してやるぞ! メチャクチャ羨ましいんだよコンチクショウ!』

 完全な私怨じゃねえか。

「いや、さすがに切腹は……。他に何かないのか? そんなことしたら二人目に謝れなくなるし」

『一人だけじゃなかったのかよ!? やっぱ切腹一択だな! 潔く腹を切るしかない! 徳川吉宗上様ならきっとそう言う!』

「いや、絶対言わねーよ。ドラマの吉宗上様だったら言うだろうけど、実際の吉宗上様はすごい性豪だからな。あの人、十歳の時に女中に手を出してるからな。将軍になってからもその手のことに関してはかなりアレで、紀州で偽息子が出たときなんか、家老に身に覚えがあるかを聞かれて、身に覚えありまくりって答えてるからな。百から先は覚えていない的な感じだからな。誰との子どもかわかんねーよ的なことも言ってるからな。あっちのほうも暴れん棒将軍だからな」

『もう俺、吉宗上様のことが信じられねぇよ!』

 好きな偉人のイメージが作られたものだとわかり、モッチーは激しく落ち込んだ。

 悪いことしちゃったかな? サンタクロースの正体をバラす大人って、こんな気持ちなんだろうか?

「吉宗のことでショックを受けているのはわかるけど、どうすればいいか考えてくれよ。俺、本当に困ってるんだ」

『……責任取ってつきあえばいいだろ』

 やさぐれたような声でモッチーが答えた。

『彼女なら裸を見ても問題ない……ことはないかもしれないけど、なんとなく大丈夫っぽいだろ。先を越されるのは悔しいけど、そうすることが一番丸く収まるんじゃないか?』

「そりゃそうだけど、俺が見ちゃったのは二人だぞ?」

『二人同時につきあえばいいだろう。上様ならそうする』

「俺は上様じゃねえ」

 アラブの王族とか、大昔の日本とか、一夫多妻オッケーな国でなら話は分かるけどな。

 現代日本は一夫一妻の大原則がある。そんなことはできない。

「冗談はそろそろ終わりにして、なんか他にないのか?」

『面白みのない意見だけど、誠心誠意謝って許してもらうしかないんじゃないか?』

「やっぱそれだよなあ……」

『土下座からワンチャンパンツ拝めるしな』

「ズボンだから拝めねーよ」

『やっべ☆そうだったな(笑)』

 スカートだったとしても、拝むつもりはないけどな。

 謝っているのにそういうことをしたら、誠意を疑われかねん。

「しかし、まあ、やっぱそれしかないか。許してもらえるかわからないけど」

『念のため、なんでも言うことを一つ聞くって条件を足してみたらどうだ? 誠意と覚悟が伝わると思うぞ』

「そうだな。そうしよう。しかし、明日顔合わせづれぇ……」

『それは我慢するしかないな』

 とりあえず明日の方針は決まった。

 言い訳をせずにひたすら謝る。

『しかし、一体どんな事情があって、わざわざ男子校なんかに入学したのかねえ? 年頃の女の子だってのに』

「さあな。きっと深い事情があるんだろ」




「すまんっ!」

 登校一番、忍の姿を見つけた俺はその場で素早く土下座した。

 朝練開始前の時間なので、教室内はまだ誰もおらず、いつものBGMは流れていない。謝罪にはおあつらえ向きだ。

 いきなり謝られた忍は戸惑った様子だったが、すぐに気を取り戻した。

「とりあえず立ってくれ。誰か来たら不審に思われる」

「でも」

「いいから! 私は別に怒っていない! あれは私のほうにも不注意があったし、その、えっと、お前になら別に、その……」

 照れつつも言葉を選んでいる様子がとてもかわいらしく思えてしまう。

 今まではただの友達だったのに、あんなことがあったからこう思えてしまうんだろうな。

 友達をただの友達としてではなく、『女』友達として見てしまっている自分に、ちょっとだけショックを受けた。節操ないな、俺。

「とにかく私は気にしていない! だから、お、お前も、気にしないでくれると嬉しい」

「わかった。でもいいのか?」

「いいさ。起こってしまったものは仕方がないし。今後のことを考えて、後に引かないためにも忘れよう」

「……ありがとな」

 正直お礼しか出てこない。

 事故とはいえ、女の子の半裸を見てしまったと言うのに、こんなにもあっさり許してもらえるとは思わなかった。

 俺は立ち上がり、制服の膝を払う。

「なあ忍、朝練前で忙しいところ悪いんだけど、もうちょっといいか?」

「手早く終わるなら構わないが?」

 俺は周囲に誰もいないことを確認すると、

「なんでお前この学校来たんだ?」

 なるべく声を抑えて質問する。

「年頃の女子が、わざわざ性別を隠して入るくらいだから、よっぽど事情があるんだろう?」

「う、うむ……まあな」

「差し支えなければ聞かせてくれないか?」

「そ、それはだな、その……」

 俺が質問をすると、忍はモゴモゴと口ごもった。

 やはり、言い難い事情があるのかもしれない。

「悪い、忘れてくれ。言い難いっぽいし答えなくていいよ」

「すまない。そうしてくれると助かる……」

 忍が胸を撫で下ろした。

「やっぱり、複雑な事情があるみたいだな」

「まあな。悪いが、詳しく聞かないでくれるとすごく助かる」

「そうか」

 そういうことなら仕方ないな。

 俺の体質と同じように、誰にだって秘密がある。

「もういいか? そろそろ時間なんだ」

「ああ、演劇部だっけ? 朝練頑張れよ――ってやっぱもうちょい待ってくれ!」

 慌てて忍を呼び止める。

「もう一個だけ、もう一個だけお前に言わなきゃいけないことがあるんだ!」

 言わなきゃいけないこととはもちろん、俺の体質についてだ。

 これからもつきあいを続ける以上、知っていてくれたほうが何かと助かる。

「ちょっと信じられないことを言うけど、全部本当のことなんだ。だから笑わず、怒らず聞いてほしい!」

「わかった。で、何だ?」

「言わなきゃいけないことっていうのは、俺の体質のことなんだ。実はさ、俺……女性アレルギーなんだ! 同年代の女の子に触れ続けていると、理性が吹き飛んで口説き始める、厄介な体質を持ってるんだよ!」

 勇気を出して告白する。

 これを聞いて忍はどういう反応をするだろうか?

 冗談だと笑い飛ばすだろうか?

 それとも、信じて距離を置くだろうか?

 覚悟を決めた上での告白だったが、これに対しての忍の反応は、実に意外なものだった。

「ふーん、そうなのか」

 それがどうした――とでも言うような顔で、忍はそう返してきた。

「ふーんって、なんか反応薄いな。結構すごい秘密を打ち明けたつもりなんだけど? もしかして、信じていないとか?」

「いや、お前は嘘を言うような男ではない。信じられないような話だけど、本当のことなのだろう。演劇部を舐めるなよ? 観察眼は人一倍鍛えられているんだぞ」

「それでも、もう少し驚いてもよくないか?」

「衝撃的な話ではあったけど、驚く必要を感じない。なぜなら、そんな体質があろうとなかろうと………………なんでもない」

「おい」

 何故、急にセリフを取りやめる?

 何て言おうとしたか気になるだろうが。

 このままじゃ夜しか眠れなくなるので、この件について忍に追及するが、

「何でもないと言ってるだろう! しつこいぞ!」

「気になるんだから仕方ないだろ! いい加減観念して教えてくれよ!」

「断る! 恥ずかしい!」

「あ」

 そう言い残し、忍は部活に行ってしまった。

 残された俺は、忍のセリフの前後から、隠されたセリフを想像する。

「そんな体質があろうとなかろうと」この後に続くセリフは、俺とあいつの関係を考えると、友情&好意がうかがえる文章だろう。

 面と向かってそう言うの、たしかに恥ずかしいな。

 納得したところで席に戻り、特にやることもない俺は机に伏して居眠りを始める。

 普段起きない時間だからか、わりとあっさり眠れたようで、気づけば朝のホームルーム。いつも通りの自由すぎる光景が広がる中で目が覚めた。

 そして――。

「……おはよう傑」

 登校してきたばかりの伊織と目が合った。

「お、おう。おはよう……」

「早速だけど傑、後で話があるから」

 それだけ言うと、伊織は自分の席に座った。

 先手を取られた俺は戦々恐々だ。

 忍は上手く行ったけど、今回もそうなるとは限らない。

 内心めっちゃビビっている。

「逃げないでよ?」

 あんなことをしてしまった友達に、一体なにを言われるのだろうか?

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