第一幕 その5
「何をしに来た? アデリーナ」
「おっとハルトさん。実はですねー、さっき下で落とし物を拾ったんですよー」
と言って、手に持っている物を見せた。
「……ぅ!?」
「……っ!!!!」
イリスのパンツだった。
「あたしが拾ったときは、まだ温かかったんですねー。ですから、きっと脱ぎたてだと思うんですー」
そう言いながら、アデリーナはイリスのパンツであやとりをするように、びろーんと広げて、みんなに見せつける。
イリスは唇を噛んで、肩をふるわせていた。
……何で!?
何で私が、こんな辱めを受けなければいけないの!?
「あれ? どうしたんですかイリスさん? 具合でも悪いんですかー?」
「い、いえ……た、他人の下着なんか見せつけられて、不快なだけよ……」
そ、そうよ。
大丈夫。
あの下着が私のものだってバレなければ!
クララは頬を赤くして、アデリーナが広げる下着を見つめた。
「ぬ、脱ぎたて……な、なんで、そんなものが……」
「ふっ、ふっ、ふっ、アデリーナちゃんの推理によれば、きっとこの時計塔にパンツを落として困っている人がいるに違いないんです!」
「ひっ、非常識なのです! ハレンチなのです! 神罰が下るのです!!」
真っ赤になったクララは、興奮したようにまくしたてた。
「きっと不純異性交遊なのです! えっちしてるのです! 子作りをしてるのです! 汚らわしいっ!」
「お、おい、クララ?」
目をぐるぐる回しながらも、興奮してまくしたてるクララに、ハルトは圧倒された。
「これはアレなのです。きっと特殊なぷれい、というものをしてるに違いないのです! 下着をはかずに人前に出て興奮するという変態なのです!」
なぜそんなプレイを知っている!? お前聖女じゃなかったのか!?
と、ツッコみたい気持ちを抑えるハルト。
一方イリスは、先程からのクララの一言一言に、ぐさぐさと胸を抉られていた。
「どーしたんですかー? イリスさん? なんか涙目ですけどー」
「なんでも……ない……わっ!」
「そうですかー? 具合が悪くて何か必要だったら、言って下さいね! お薬とか、おやつとか、色々持ち歩いてますから!」
実際、アデリーナは上着のポケットから、薬の瓶や、クッキーの箱などを次々と出しては見せた。
どうやらイリスの挙動不審な点には、あまり疑問を抱いてないようだ。ハルトは密かに胸をなで下ろした。
「そんなことより、これは変態な事態なのですっ! 神聖なる学院に、大変が紛れ込んだのです!」
アデリーナは、にっこり笑ってクララの方に向き直った。
「あははは、落ち着いてークララちゃん。逆ですよー」
「落ち着いていられないのですっ! すぐに悪魔祓いを始めないといけないのです!」
「いやいやクララちゃん。そう考えるのは早計だと思うんだなー。これは、事故の可能性もあるのだ!」
「え……どういうことですか?」
きょとんとするクララに、アデリーナはドヤ顔で胸を反らす。おかげで大きなおっぱいが、ぷるんと上下に弾んだ。
「きっと時計の歯車かなんかに下着を挟まれたんじゃないかな!? それでやむを得ずパンツを脱いで難を逃れたに違いない! 名探偵アデリーナちゃんはそう考えたんだな!」
アホかお前は!
と、ツッコみたい気持ちでいっぱいのハルトだったが、それが真相なので何も言えなかった。
クララは目を輝かせ、
「名推理なのです!」
と褒め称えた。
ハルトは困惑した。
これがグランマギア魔法魔術学院を構成する四カ国、その頂点たる筆頭魔術師なのか?
紛れもなく、ただのアホだ。アホの集団だ。
思わず頭を抱えたくなった。
しかし、アホとしか思えない推理が真実なのだから、悩みも二倍だ。
「とゆーわけでー……パンツちぇーっく!!」
「「「は!?」」」
「さ、みんなパンツ見せて?」
「……って、さも当然のように言うな!! なに考えてんだよ、てめぇ!!」
アデリーナは人差し指を立てると、顔の前でちっちっとゆらした。
「きっとこの中に犯人がいるに違いないと思うんだなー。なので、パンツをはいてるかどうか、確認すれば一目瞭然!!」
「な……」
イリスの顔色は真っ青だ。
「そ、それは……あのぅ……」
そしてクララも困ったように、制服をぎゅっと掴んでいる。
ハルトはその様子をいぶかしく思ったが、すぐに思い直した。
光の天使と呼ばれる聖女様に、パンツを見せろと迫っているのだから、そりゃ困るか。つか、アデリーナの奴、ルミナスの信者に殺されるんじゃないか?
「じゃ、まずハルるんから行こうかー」
「――って、俺かよ!?」
「そーですよー? だってそーゆーシュミってこともあるじゃないですかー」
「バカじゃねーのか!? てめぇ!!」
ルミナス信者じゃなくて、俺がこいつを殺したい!!
つか何だハルるんって!? と、ツッコむ間もありゃしねえ!!
「んでー次がイリスちゃんと、クララちゃんですからねー? 逃げたら、犯人確定ですよー」
イリスとクララが、びくっと体を震わせる。
いかん。
俺がここで食い止めなければ!!
「ま、待てアデリーナ。よく考えて見ろ! お前、男子生徒にパンツ見せろって迫ってんだぞ!?」
「怖がらなくていーんですよー? やさしくしますからー」
「何の話だ!?」
と、そのとき――、
「!?」
外で激しい爆発音が轟いた。
ハルトは窓に駆け寄ると、外を見た。
「あれは……っ!?」
校舎に囲まれた中庭が山のように盛り上がっている。
どんどん高さを増してゆく土は、やがて巨大な人型へと姿を変えてゆく。その身長はゆうに十メートルを越えている。
「……ゴーレムか」
盛り上がった土は、巨人へと姿を変えてゆく。身長は十メートル以上。
危険レベルは9。土で構成されているとはいえ、侮れない敵だ。その巨体、そして質量から繰り出される物理攻撃は、生身の人間では対抗のしようがない。一撃で家も城壁も粉砕する、と言われている。
そして現実に――、
ゴーレムの腕が校舎に振り下ろされると、まるで模型のように校舎が潰された。ゴーレムの豪腕は屋根を押し潰し、三階、そして二階部分までめり込んだ。
そしてその腕を振ると、校舎が爆発したように弾け飛んだ。
「うっわー! すっごいの出て来ちゃいましたね!! 何だってあんなバケモノが、学院に現れちゃったんですか!?」
「た、大変なのです! 変態よりも大変なのです!!」
二人が慌てるのも当然だった。
なにせ体は石のように固められた土で出来ており、剣も矢も通さない。そして魔法もゴーレムの体に効果を与えるのは難しい。魔法耐性はそれほどでもないが、その堅牢な体は魔法に対しても有効だ。そして何より、破壊されてもすぐに自己修復するという再生能力に手を焼く。
いわば魔法防御された城壁が迫ってくるようなもの。
ゴーレムとは、自分の足で移動する要塞なのだ。
しかし、先程の
その瞬間、ハルトの頭に閃くものがあった。
これはむしろ、この窮地を逃れる絶好のチャンスだ!
ハルトはすかさず剣を抜くと、アデリーナとクララに叫んだ。
「俺はゴーレムを討伐してくる! お前たちは他の生徒を守ってやれ!!」
そしてイリスと一瞬のアイコンタクト。
ハルトの意図を察すると、イリスはいち早く窓枠に飛び乗った。スカートを押さえて。
「私が一番手に行かせてもらうわ」
そして夜の空へ身を躍らせる。
「そうはいくか!」
続けてハルトも窓から飛び出す。
夜空を滑空し、二匹の
前を見ると、はためくイリスのスカートの下から、白いお尻がちらりと見えた。
この後、イリスのスカートを守りながら、レベル9の強敵を倒さねばならないのか。
そう考えると、ハルトは頭が痛くなった。