第一章 その1

 3月の上旬。その日は突然にやってきた。

「春斗。僕は再婚することにした。彼女たちは君の新しい義姉さんたちだ」

「………………………………は?」

 高校受験も終わり、消化試合的にのんびりした中学生活最後の日々を謳歌していたとある日曜日。友達と遊び歩いて家に帰れば、居間のソファには見知らぬ女性たちが座っていた。三人も。

 え、待って。何? は? 再婚?

 で、義姉が三人?

「どういうこと?」

「今、言った通りだ。僕は再婚し、そして君には三人の義姉が出来る。簡単な事実だろ?」

「簡単なのは言葉であって、事実じゃない。え、マジで言ってるの?」

「マジもマジ。大マジさ」

 ソファの上に座る三人の女性に視線を向ければ、それぞれが緊張したような眼差しを向けてくる。俺はペコリと会釈。

 って、待て!!

「え、何? 再婚!?」

「だからさっきからそう言ってるだろう。何をそんなに驚いてるんだ」

「そりゃ驚くだろ、普通は!! え、マジか。親父が!? うっわー、すげぇ。すげぇな、親父。そうか、再婚かー」

「今日まで秘密にしていたのさ」

「そこは言っておいて欲しかったけどな」

 そうすればこんなに驚くこともなかった。

 でもそうか、再婚か。親父が再婚。なんだろうか、この込み上げてくる感じは。

 おふくろは俺が物心つく前に病気で死んだ。それ以来ずっと親父が男手ひとつで育て上げてくれた。近頃はイクメンだのなんだのとテレビで取り上げられることもあったけど、そういう特集を見るたびに心の中で、『やっぱりうちの親父はすごいんだ』と密かに誇らしく思っていたりもした。

 そんな親父が再婚。

 それは何て言うか、めちゃくちゃ嬉しいな。

「よかったな、親父」

「ああ、まあ。うん。そうだね。ありがとう」

「何照れてんだよ、気持ちわりー。もう四十二だろうが」

「こういうのに歳は関係ないものさ。でもよかったよ、春斗がそんな風に言ってくれて」

 ああ、親父がそうやって喜んでると、本当に我が事のように嬉しくなってくる。なんかきもいな、男同士で。でもまあ、親父がどれだけ大変だったかは俺も知ってるから、こればっかりはしょうがない。

「で、義姉が三人ってどういうこと?」

「ああ、うん。改めて、彼女たちが君の新しい義姉さんたちだ」

「『義姉さんたちだ』じゃないんだよ、先に言っとけよそういうことはッ!!」

「再婚については祝ってくれてるんだろう?」

「それとこれとは話が別だ!!」

 再婚は嬉しいさ。めでたいに決まってる。でも、でもさ、それとこれとは話が別だろう?

 なんだよ義姉が三人って!! どこのハーレムラノベの導入だよ!! しかも、しかもほら、三人ともその、直視するのも緊張するぐらい美人だし──、

「さては、美人姉妹だから緊張しているな?」

「うっせぇ、黙ってろクソ親父」

「図星だからって実の父に向って『クソ』はいただけないな。全く、君をそんな風に育てた親の顔を見てみたい」

「今すぐ洗面所に行ってこい。そして好きなだけ鏡を眺めてろ」

 と、言った瞬間だ。

「ぷ、ふふ」

 どこからか微かな笑い声が聞こえてきた。

「と、冬華姉さんッ。笑ったら失礼だって」

「え、ええ。そうですね。ごめんなさい。ですがその、おかしくなってしまいまして。ふふ」

 見ればソファに座った三人の内、一番年上らしい女性が必死に笑いを堪えようとしていた。きれいな顔立ちだからクールな第一印象だったけれど、そうして眉間にキュッと皺を寄せている顔を見れば、いくらかとっつきやすそうで安心する。

「どうしましたか、春斗君。そんなに私の顔をじっと見て」

 うわ、美人と目が合った。すげぇ。なんて言うか“大人のお姉さん”って感じだ。

「あ、ああ。いやその、つい。すみません」

「いいんですよ。私たちはこれから一緒に暮らすんですから」

「あ、ああ。うん、ありがとうございますって、え?」

「? どうかしましたか?」

「や、いや、その。今、一緒に暮らすって」

 聞き間違いか?

「言ってなかったかい? 君たち四人はこれからこの家で一緒に暮らすんだよ」

「サラッと言ったけど、それめっちゃ大事なことだよな?」

「え、そうかい?」

「そうだって!!」

 ん、あれ。ちょっと待て。

「今、『四人』って言った?」

「ああ」

「親父は?」

「僕? 僕はね春斗。ふふ、新婚旅行さ」

 うっわ、キツ。実の父親がなんかデレデレと頬を緩めてるのって、絵面的にこんなにキツいのかよ。

「じゃあ、その後は六人で暮らすのか?」

 三階の戸建てである我が家は、親父とおふくろが俺が生まれる前に建てたものだ。何で三階建てって感じだが、『子どもは二人』って結婚前から話し合って決めてたらしい。それがまあ、男二人で生活するだけになっちゃんたんだから、なんて言うかやり切れなさはある。

 とまあ、そんな感じな我が家なので部屋はあるけど……。

「いや、その後は僕と遥香さん、君の新しい義母さんだけど、は海外生活だ」

「はあ!?」

 いや待て。何それ海外生活!? そんなの全くこれっぽっちも聞いてないけど!?

「今は夕飯の買い出しに行ってくれているから後で紹介するけれど、いい女性でね。僕が、『海外転勤が決まっている』と言ったら、『現地のお料理を覚えるいい機会だわ』って、春斗、どうしたんだい?」

「どうしたもこうしたもあるか!!」

「うわ。美人な義姉が出来るからって興奮し過ぎじゃないかい?」

 それが理由じゃないからな!?

「再婚はまだいい。義姉が三人ってのも、まあこの際よしとしよう。でも海外転勤ってなんだよ! 俺、全然聞いてないぞ!?」

「そりゃそうさ。今初めて言ったんだからね」

 このクソ親父。何をいけしゃあしゃあと。

「ちょちょ、春斗待った。顔が怖いって。少し落ち着こう」

「今の俺に落ち着きが取り戻せると思うのか?」

「よし、わかった。ちゃんと話すから。な? 僕もちょっと緊張してて話す順番を間違えただけなんだ。何しろ春斗が『嫌だ』と言ったら今回の再婚話も無しにしようって遥香さんとは話してたぐらいだからな」

「……そんなの反対するわけないだろ」

 今まで親父の苦労を見てきたのは誰だと思ってんだ。

「ああ、うん。ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。えっとな、春斗。実を言うと僕の海外転勤は昨年末には決まっていたんだ」

 だったら尚更だ。なんで今まで黙ってたんだよ。もう三月だぞ!?

「ただ、それは本当ならもう一年先の話だったんだ。それがついこの間、急遽早まってしまってね。高校進学を控えたこの時期にこんなことになってしまって、すまない」

「……そうかよ」

 それならそれで先に言えってんだよ。俺が反対するとでも思ったのか? 親父が仕事にどれだけ一生懸命か知らないとでも思ってんのかよ。

「そういうことだから、僕も色々と悩んでね。遥香さんにも相談したら、だったら新しい家族の紹介と一緒にやろうということになったんだ。ほら、僕らが海外に行っても、彼女たち三人と一緒に暮らせるとなれば、少しは不安も和らぐだろう?」

 親父にそう言われ、改めてソファに座る三人の顔を見る。

 紛れもない美人揃い。三人揃って街を歩けば、きっと多くの人の視線を集めるに違いない。

「志木春斗です。さっきからすみません。なんか、無視するみたいになっちゃって」

 家に帰ってから親父としか話をしていない気すらする。彼女たちはその間ずっとソファに座って待ってくれていたのだ。

 申し訳なく思い謝る俺に、さっき笑いを堪えた長女っぽい人が今度はしっかりと俺に微笑んでくれたっていうか、ヤバい。その笑顔だけで緊張する。美人ってすげぇ。

「いいんですよ。おかげで春斗君がどういう子に育ったのか知ることが出来ました。よかったです。あなたがこんなに素敵な男の子になっていてくれて」

「?」

まるで俺を知っているかのような口ぶりに違和感を覚えるも、俺の知り合いにこんな美人はいない。ていうか、いたら絶対に忘れない。

 さっきから何度思ってるかわからないけど、改めて見てもすっげぇ美人。え、なにこれ。なんでこんな美人がうちのソファに座ってるの? ファンタジー? なんて思っていたら、

「改めまして──って、こういう時って何て名乗ればいいんでしょう? 前の苗字の方がいいんでしょうか? どうしましょう!? 私は自分の名前がわかりません!」

 何この反応。めっちゃ愉快なお姉さんじゃん。見た目の印象と随分違くない?

「名前だけでいいと思うよ~。私は秋奈~。よろしくね~、はる君~」

「は、はる君?」

「春斗君でしょ~? だから~、はる君~。はる君も私のことは『秋ねえ』って呼んでね~」

「あ、はい」

 これまた見た目の印象とは随分と違うな。秋奈さん──秋ねえって恥ずかしいな、この呼び方! ……ちょっとずつ慣れていこう。

 とまあ、秋ねえも秋ねえで冬華さんに負けず劣らずな美人だ。ただ、目元がなんか眠そうだから何を考えてるのかちょっと読み取りづらい。

「秋奈姉さんだけズルい! 私! 私は夏希!! 『夏希姉ちゃん』って呼んでね!」

「あ、うん。はい」

 と、元気よくまくし立てたのは、さっき冬華さんが笑い出したときに注意をしてた人だ。三人の中じゃ俺と一番歳が近そうだ。まあ、だからこそ余計に緊張するけど。高校にこんな美少女がいたらすごい人気でそう。

「二人だけズルですよ! 私が長女なんですから、無視しないでください!! 私は冬華です。私のことは『冬華姉さん』って呼んでくださいね」

「はい。わかりました」

「それと、敬語は禁止です」

「そっちは敬語なのに?」

「わ、私はいいんです。だって長女ですから」

 それはちょっと意味わかんない。

 だけどやっぱりこの人──冬華姉さんは、見た目以上に親しみやすそうだ。

「はる君~、私と話す時も敬語とかいらないからね~。それと~、『秋奈さん』なんて呼ばれたら泣いちゃうからね~?」

「それは、嫌だな」

「だから~、ちゃんと『秋ねえ』って呼んでね~?」

「わかった」

 ていうか、その呼び方の指定はなんなの? そう呼ばなきゃいけないルールでもあるんだろうか。そして破ったら罰ゲームとか。

「はる君、どうしたの~? こっちをじっと見て~」

「や、何でも無いっス」

 うん。まあ、いいや呼び方なんて何でも。これは別に美人と話して緊張してるから上手く質問出来ないとかそういうことでは決してない。俺が童貞なのも関係ない。……目線を逸らしてしまったのも、秋ねえの胸が大きいこととは何の関係もないから!!

「私と話す時も敬語は禁止!!」

「そこで『私だけ敬語』って言われたら逆に驚くよ」

「あ、その『私だけ』っていうのいいね! でもダメだよ。姉さんたちと話し合って決めたからね。だから春斗、私のことはちゃんと『夏希姉ちゃん』って呼んでね!」

 その“だから”は使い方間違ってない? どこにも順接要素ないよね。

「さて、そういうわけで春斗。君たち四人はこれから一緒に生活するんだ。何か質問はあるかい?」

「言いたいことは色々あるけど、全部ムダだろうなって思ってる」

「うん。春斗が納得してくれたみたいでよかったよ」

「その解釈は前向き過ぎない!?」

 ただ諦めただけだからね!? まだ全然納得出来てないからね!?

「春斗君。いきなりで驚いたと思いますが、これからよろしくお願いしますね」

「はる君~、よろしくね~」

「春斗。よろしく!」

「……よろしくッス」

「童貞臭い反応だ」

 やかましいぞクソ親父!!

 とまあ、そんな感じで。この日俺には新しい家族が出来た。

 ちなみに後から紹介された遥香さんもめちゃくちゃ美人だった。この母にしてこの娘たちあり、みたいな。

 親父のやつ、よくこんな美人と結婚出来たな。そこだけは素直にすげぇと思ったよ。

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