10 先代魔王の最期の地――地下廃城
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【魔王 アハト】
魔族/Lv99
HP:66/66
MP:4927/6666
所持金:664694C
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一夜明けて、俺のMPの回復量はプラス1/2といったところだ。
全快とはいかなかったが、後は運転をしながら回復を待つことにする。
かくして俺は従魔とスライムのイムを乗せ、バギーを北へと走らせ続けた。
平坦な岩肌の荒野は、ぶっ飛ばすのに最適だ。
「~♪ ~♪ ~♪」
バギーの揺れも少なく、すっかり慣れたイムが後部座席で歌を奏でる。
ふ。言葉にはならぬスライムの歌声だが、ぱふぱふと唇でリズムを刻む響きがいい。快調にアクセルを踏んでいられる。
「ふむふむ。ばぎーとは、このように操っておられるのですね」
オズの方はバックパックを前に抱えて、俺の足の間に座っていた。
ついでに俺の操縦方法を熱心に観察している。――スキルFPSを持たないが、オズは俺の分け身たる従魔。なんとなく理解できるようだ。
運転を交代しても面白かったが、オズの足がペダルに届くかは疑問だがな。
それに俺は、ただバギーを走らせていたわけではない。常に周囲を警戒する必要があった。
なにせバギーはこの荒野では目立つ。舞い上げる砂埃も厄介だが、唸るエンジン音は隠しようがない。道中、冒険者の一行と出くわすのは避けたかった。
もちろんキルすればいいだけの話だが、先に相手に見つかるのはよくない。面倒だ。
しかし幸い誰にも遭遇せず、日が明るいうちにバギーは丘陵地に入った。
ここから先が山岳地帯だ。
「オズ」
「はい、魔王さま!」
オズが身をよじり、真後ろの俺に胸元を見せた。表示した地図で現在位置を確認する。
速度を落としてエンジン音を絞りながら、岩山の斜面をバギーで登る。
「! ……!!」
やがて山の頂上が見えたところで、後部座席に座るイムが騒いだ。
俺はバギーを停車させ、エンジンを切った。サイドブレーキも忘れない。
車で近づけるのはここまでということだ。真っ先にスライムがシートから飛び降りて、這いながら山頂に進んだ。
俺とオズも車外に出ると、姿勢を低くして続く。
山頂の向こうは切り立った崖だ。そこから眼下に広がる風景が一望できる。
わずかな木々に囲まれた中――朽ちた四角い塔が何本も横たわる、古い遺跡の姿があった。
「あれが、今の地下廃城か……!」
俺のかすかな記憶に残る形とは、少し違う。
スライムの記憶を覗き見たときは、夜だったためか気付かなかったが……地下以外は廃墟と化した遺跡の上に、なんと街ができていた。
小屋のようなものがいくつも建てられ、行き交うヒトの気配がたくさんある。
……この山頂からは少なくとも、2000mは離れているか? そのためいくら目のいい俺でも、動くものを捉えるのがやっとだが……。
「出でるがいい、スコープ!」
ブブー!
【素材が足りません】
「無理か。然り、レンズになるものが足りないのか。道理だな」
「魔王さま?」
「? ? ?」
「……小型の遠眼鏡を造ろうとしただけだ。できれば、つぶさに観察できたのだがな」
オズとイムに説明しながら俺は軽く舌打ちする。スコープが生成できないなら、狙撃用の銃を生成するのも考えものだ。
この距離から、一方的に蹂躙できれば楽だったんだが……そうはいかないらしい。
そもそも狙撃で一掃するのは現実的ではないか。街の中は死角も多いし、ヒトの数が予想よりも多かった。
見えるだけで二、三百人はいる? つまりは、倍の五百人から千人程度は潜んでいると想定できるか。……集落の規模としては小さなものだが、ならば。
「これならできるか? サプレッサーよ、出でよ!」
【パーツ
俺の手のひらの中に、分厚い黒鉄の板が現れる。
否、ただの板ではない。
「ほう。これは……グロック用か」
側面には「FD917-MAO8」と刻まれている。
モデルFD917。グロック先端下部に設けられた、アンダーレールを使って装着できる板状の
普通は円筒形をしていて、
「な、なんですか? 魔王さま、こちらは……?」
「? ……?」
「ふ。試してみるのが一番早い」
オズとイムをその場に残し、俺はバギーに戻った。microRONIを掴み取り、下部にあるハッチを開けて、中のグロック18Cを分離する。
そしてグロックの前方からFD917を接続すれば、がっちりと一体化した。
「長くなりましたか!?」
シルエットの変化にオズが驚く。
なるほど、然りだ。FD917はグロックの厚みとぴったり同じで、かつ、角張った同じフォルムをしていた。
だからくっついた姿は、二倍ほどの
シンプルで美しい……。まるで、最初からこの形だったかのように馴染む。
構えてみれば、先端にFD917がついたせいで重心がトップヘビーだ。しかしそのぶん、跳ね上がりの
だが、
その機能は名前の通り、音を消すこと――。
パッ。
適当に地面に向けて1発撃てば、銃声がした。
それはいつもより明らかに小さなもの。普段の音が誰にでも異音とわかる強さなら、FD917越しの銃声は拍手程度か。
当然そのくらいでは、あたりに音が響くことはなかった。
「いいではないか」
俺は嗤う。
上部にコンペンセイターの穴が空く18Cだから、どうなるかと思ったが――音のほとんどは
「イム! 地下廃城の内部の構造は、わかるな?」
「……! !」
俺の要求に青いスライムが応える。
透き通る長い髪と、両腕で挟み込んだやわらかな二つの乳房が形を変えた。
青い体で作り上げるのは、立体的なダンジョンのマップだ。
「ほう。やるではないか」
「! ……!」
これならつぶさに見て取れる。先代魔王の頃の記憶は乏しいが……あちこちの出入り口が封鎖されている以外は、ほぼ同じか。
否。大きく違うのは、中心部の構造だ。
そこはかつて、魔竜セプテムがいたダンジョンの深部。
しかしかなり手を加えられたようで、地表近くまで届く大空間となっていた。
「ここは……なんだ? ヒトのための居住区か?」
「……!」
イムがふるふると首を振る。違うらしい。
……気になるのは、彼女の作った地下廃城の姿に、地上部分がまるで含まれていないことだ。
「地下のダンジョン部分は完全に、魔族を閉じ込めるために利用されているのか。ならヒトどもがいるのは地面の上だけだな」
「! !」
今度はこくこくとイムが頷く。つまりは、地下に入る必要はない。
「街はいくつか建物がある程度か。そこに侵入し、中から直接掃討していくしかないな」
「そのために、じゅうの音を減らすアイテムだったのですね! さすがです魔王さま!」
「然り、だ」
オズの前で俺は、FD917付きのグロック18Cを構え直す。
遮蔽物に隠れながらの近接戦闘では、
後は――。
「夜を待つか」
闇に紛れた方がいい。それと、ここから街に向かう経路を見つけなければ。
「イム。貴様が通ってきた道はどこだ」
「? ……!」
今度はイムの青い体が、切り立った大地を形成した。この山岳地帯を模したものか。そこを通って流れる川や、少し離れて簡単な地下廃城まで形作る。
そして透ける髪で【→】を作り、示したのは川沿いのルートだった。
§
バギーに乗って俺たちは、山頂から少し降りる。
そうやって辿り着くのは、山岳地帯を縦断する一本の川だ。
緩やかに水が流れるそこは……浅い。バギーがそのまま入っても、運転席の足元に水が入ってくることはなかった。
「なるほどな。川に沿ってではなく、イムは川の中に隠れながら逃げたというわけか」
「! !」
すでに空は紺色に染まり、空の端から三つある月の一つが顔を出す――。両側を崖が挟み込んだ川は、もう闇に包まれていた。
ここならバギーを隠すにはうってつけだ。
「後は徒歩だな」
エンジンを切ったバギーから降りて、俺は靴底で浅い水流を踏みしめる。
オズも同じく俺に倣った。
小柄な従魔が背負うバックパックには、グロックを抜いたmicroRONIも預けてある。
――その
さすがに装着後はグロックが大きくなりすぎて、右足のレッグホルスターには収まらないからだ。街に入るまでは出番もないしな。
今から移動を始めれば、ちょうど暮れる頃合いで地下廃城に着けるだろう。
「行きましょう、魔王さま!」
オズが川の中を歩き出した。従魔らしく先導する気か。
だが、イムは――。
「貴様はここに残っていて構わないぞ、イム」
「!?」
俺に命じられ、イムが水晶色の瞳を瞬かせる。
……まったく。魔王である俺が、気付かないとでも思ったのか?
「さっきから震えているな、貴様は。地下廃城に近づくのが恐ろしいのだろう」
「……!」
静かな川の流れに浸かる、イムの青い足。そこにわずかな波紋ができていた。
「あなたは……それだけの恐怖を味わってきたのですね?」
オズも責めない。
魔族は元来、温和な種族だ。怖じ気づくのも無理はない。
イムは必死な形相で、ふるふると首を横に振るが……。
「違うな、単純な話だ。これからヒトの街に潜り込むにあたって……貴様は一目でばれるだろう?」
「!!」
皮肉なものだが、今回の俺はヒトと変わらぬ姿をしている。
さしたる力のない従魔のオズも同様だ。だからこそ少し誤魔化せば、ヒトに偽装することもできるが――青い体のイムには無理だ。
「あなたは、気に病むことはないのですよ。魔王さまの合理的なご判断なのです」
オズが薄い胸を張る。
「それに従魔のわたくしがいれば十分ですし? むしろあなたにはここに置いておく、ばぎーの見張り番を命じます! ……ということですよね、魔王さま。さすがです!」
「~~~~~~~~!」
イムはまだ納得がいかないようだが、俺は手の甲をすっと差し出す。
ヒトの命を奪って穢れた、銃を握る右手ではなく左の方だ。
イムの表情がはっとした。
「スライムのイムよ。貴様はここまで十分に活躍してくれたぞ、褒めてつかわす。後は魔王である俺に任せておけ」
「! ……!」
「だから貴様の心意気だけ、ここでもらっておこう」
「……!」
イムが観念し、青い体を少し屈める。俺の左手の甲にそっと接吻した。
同時に流れ込んできたのは、彼女の魔力――。
「ふ」
ほんの1MPほどのものだが、魔族にとって魔力とは己そのもの。
故に、これはとても意味のある行為だ。ふわあとオズが目を見張る。
「さすがです魔王さま! 下級魔族からでも、誓いの口づけを受け取るとは……!」
「このイムの魔力に約束しよう。勝利をな」
もうスライムの少女は抗わなかった。まだそわそわしていたがバギーの後部座席に這い上がり、俺たちを見送る。
川を下るこちらの姿が見えなくなるまで、ずっと……。