序章 四角い世界 3-4
たった、五秒にも満たない時間。その時間で、チケットが10枚消耗される。
10枚。アキトがその枚数を
重労働ガチャは、その名の通り重労働への報酬なので、中身も他職業のものと比べてまあまあ良く、一日に配られるチケット枚数も多い。
それでも、10枚はけして軽い枚数ではなかった。
(来いっ……来いっ……!)
このチケットたちは、言わばアキトの命。人生そのものと言ってもいい。
持たざるものが、持つものに変わるために研いだ牙。懐中の短刀、貧者の一矢。
自分の人生を弾丸に変えて、古臭いリボルバーに詰め込むようなものだ。
撃ち手はヘボだ、弾数で勝負するしか無い。
残数表示が回る。自分一人で回すより
無限にあるかのように感じた手元のチケットがまたたく間に消えていく。ガチャの残量表示も止まることなく減少していく。8000。7000。6000。まだ出ない。まだ出ない。……秘書カードは、まだ出ない。
(くそっ、どうなってるんだ……本当に、底の底にあるのかっ……)
そしてその中には、相当数の重労働用の労働支援カードが含まれていた。
アキトには、それらがこちらに語りかけてくるように感じられた。「おまえなどが、ここから抜け出せるものか」「おまえに似合いの場所はここだ」そう、物言わぬ声が響いてくるようだ。まるで、呪いのように。
……弱い気持ちが生まれる。今、本当にここでチケットをこれ以上消耗していいのか。
待てば、もっといいチャンスが来るんじゃないのか。こんなこと、本当に意味があるのか。
それよりも、いっそチケットを売れば、それだけでちょっとした金額になる。売って素直に秘書カードを買う資金を
今自分がしていることは、財産を捨てていることではないのか? ……愚かな。
(……違うっ! 勝負すべき時に、勝負しなきゃ一生このままだ……勝負しないやつに、夢なんて見れるか!)
ぶんぶんと頭を振り、弱い考えを振りほどく。
雑念を持つな。だが。
(……半分っ……半分ぐらい、使い切ったっ……)
チケットの束は、すでに半分ほどになってしまっていた。ガチャの残数は……4000。
まだ出ない。
「っ……」
身を焼かれる。ガチャと言う名の
ボロボロと、こぼれていく。自分のチケットが。
長い長い時を、様々な誘惑に耐えることで初めて積み上げることが出来る己の集大成。
努力の結晶、己の半身。己の持つ可能性の濃縮にして、未来への希望、夢への架け橋……それが……溶ける!
溶けていく、ドロドロと。己の人生が、しみったれた生活への抵抗が。
……燃える溶鉱炉のようなガチャに吸い込まれ、全て焼きつくされていく……!
「うっ……ああっ……」
知らず、喉から
涙が、流れそうになる。
なんで、勝負などしようと思ったのだろうか。自分は間違ったのではないか。選択を誤ったのではないか。
とめようにもとめきれない後悔が
それでも……回す。回し続ける。
それしかないのだ、自分はこの道を突き進むしか無いのだと……折れそうになる心を必死で支え、不毛の荒野のようなガチャをひたすら回し続ける……!
そうするうちに、ついにガチャの残数は1000を割り込もうとしていた。
(……ここまで出ないとは、いっそ
心の中で、とびきりの悪態をつく。それでも回し続けるしか無い。10枚投入。そして、また10枚投入。そして……。
「っ……!?」
次の10枚を
「なっ……。……
……使い切ってしまったのだ。夢中で放り込んでいるうちに。
「……そん、な……」
力なく椅子にもたれかかる。そんな。ここまできたのに。
残数は、すでに500もない。表示は今もどんどん減っていっている。秘書カードの表示も点灯したままだ。後少し……後、少し、だったのに。
「……負け、た……」
虚空を見つめ、呟く。ガチャの向こうの誰かは、ライバルが減ったと気づいているだろうか。……悔しい。悔しい。悔しい。
後、少し。後少しなのに。もう少し、入れる速度を加減していればまだ挑戦できたのに。
……俺は、負けた。
やはり、自分には当たりを引くなど無理だったのだ。
あと、ほんの百枚ほどでいい。手元にチケットがあったならば、まだ可能性があったのに……。
『……もしかしたら、幸運が残っているかもしれないしね……』
「っ!」
何かを思い出し、はっと身を起こす。
慌てて胸ポケットを探る。
そこには……お守りとして持っていた、
(……鈴木さんの残してくれたチケット……万が一、何かの事情で戻ってきたら返そうと思っていたものだが……)
それは、ひどくよれよれになったチケットの束だった。
あちこちに汚れが目立ち、シワや破れもある。泥がこびりつき、どれも
あの気弱な鈴木が、毎日毎日、少しずつ祈るように
……間違いない。今が、これを使うときだ。
「……使わせてもらいます。鈴木さん」
軽く空を見上げ、
そのチケットを10枚単位に分け、放り込む。残数は、すでに100を切っていた。
(……これでも出ないっていうんだから、とんでもない
そう己を鼓舞し、勢いよくボタンを押す。排出されたカードを放り投げ、さらに10枚。
残数が、減る。90。60。40。20。もう時間がない。もう、あと一回投入できるぐらいしか時間がない。
指が震える。先程まで簡単だった、チケットを
ようやく入りボタンが点灯したときには、もう、残数が……。
「……うおおおおおおおおおおっ!!」
……
そして。
アキトは、カードを、引いた。