序章 四角い世界 1-6
「こんにちは、あなたが今回の当選者さんね? メイアを呼んでくれてありがとう! とびきりの幸運が、あなたにありましたっ☆」
「えっ……は、はいっ……、ありとうございますっ……」
動揺し、鈴木は顔を赤らめた。鈴木にとってもメイアは子供の時から憧れていた女神の一人だ。その女神に手を握られ、しかも己の服は鉱山仕事の後でひどく汚れており、手には驚くほど汗をかいている。
その上、自分は長年の労働で疲れ果て、随分としわくちゃのおじさんになってしまっている。恥ずかしい、と思い、申し訳ないと思った。
早く手を離さないと気持ち悪いのではないか、と思ったが、メイアは嫌な顔ひとつせずぎゅっとその手を握りしめている。
「あ、あの……」
「うんうん、わかってるわかってる☆ 当たった人がどんな事考えるかはぜ~んぶお見通しだよ☆ メイアに全部任せてねっ」
どうしていいのかわからない、という様子の鈴木を
その手を握る彼女の手に更に力がこもり、さらにこう続けた。
「神の世界に住まう人々は、完全に幸福でなければいけない……。神の世界には、負い目も悩みもなぁんにもないんだよ。だから、まずは……あなたに、完全なる肉体と頭脳をあげるね☆」
「えっ……?」
「ゴッド☆ブレス☆ユー!」
ぞくり、と、何かを感じた鈴木の背筋に冷たいものが走る。だが、女神は相手の都合などお構いなしに祝福の言葉を投げかけた。
そして、次の瞬間、その手から何かが流れ込んだ。
「……うあああああああ!?」
驚いた鈴木が絶叫を上げる。その体は、女神の輝きが
「おっ、おいおい、なんだこりゃっ……。どうなってんだ!?」
鉱夫の一人が驚いて声を上げる。皆の視線に
「うあああっ……なんだっ……何かが、流れ込んでくるっ……! 怖いっ……怖いよ、アキトくんっ……! 助けて、助けてくれっ……アキッ……」
「……
驚いたアキトが手を伸ばす。だが、それが届くより早く鈴木の体はより強烈な光に包まれ、そしてそれが収まったときには。
……元の鈴木の年老いた姿はなく、そこには、若く、細身で美しい少年が立っていた。
「……えええええー!?」
鉱夫たちが驚きの声を上げる。それこそ、それは見たこともないような美少年であり、女神と立ち並んでいてもまるで違和感のない、言うなれば〝完全なる人の姿〟をしていたのだ。
──ゴットカード。神の世界に行きたいという人間の願いを
そのカードを当てたものは、完全なる存在となり、いずこかにある神の世界で幸福に永遠に生きつづけるのだという。
「…………」
その少年は、
「はい、美少年☆ どう、素敵でしょう? これで、外見のコンプレックスは吹き飛んだでしょ?」
「……こっ……これが、僕……? ……う……うつく、しい……」
「お、おい、まさかあれ……あの鈴木のおっさんか……?」
「ひ、人の姿もあんな簡単に変えられちまうのか……。女神様、パネエー……」
鉱夫たちがひそひそと言い合う。どうやら、あれは鈴木が姿を変えたものだとようやく理解が追いついてきたようだ。
そして、動揺を隠せないでいた鈴木と思われる少年の表情は、やがて笑顔に染まっていった。ずっと嫌いだった情けない顔も、あたりの様子をうかがう臆病な表情も、もはやどこにも存在しない。
誰が見ても美しいと感じるであろう美貌が、ここにあるのだ。そう、自分の顔に……!
「……鈴木さん……?」
「……ふっ……ふふふっ……
心配げに声をかけたアキトに返事もせず、
そこには、先程までの気弱なおじさんの気配は残っていなかった。
「……おいおい、本当に大丈夫なのかよ……。本当にこれ、鈴木のおっさんなのか? 変わり過ぎじゃねえか……」
「あー大丈夫大丈夫、本人の人格には一切手を触れてないよ。急に美貌や知恵を手に入れて興奮してるだけだからさ。ちょっとだけ見守ってあげてね☆」
「ありがとうございます、女神様。これよりない、素晴らしい贈り物だ……。おかげで、頭にかかっていたモヤが取れたようですよ。世界は、こんなに鮮明だったんですね……本当に、ありがとう」
「あはは、それみーんな同じことを言うんだよねえ。どういたしましてっ。おめでとう、新しい人生☆」
そう言って二人で笑い合う。その姿はまさしく、この薄汚れた宿舎から隔絶された絵画の
「……なっ、なんだよっ……ラッキーじじいめっ、お前が当てれたのは俺がチケットを取らなかったからなんだからなっ……! 勘違いするなよ、この野郎!」
「そっ、そうだそうだ、本来なら占い四位のこの俺が当てるところだったんスよ! なんなんすか、ちくしょう! ちくしょう! ちょっとは感謝するっすよ、おっさん!」
嫉妬したのだろう、
「……黙れ。汚らわしい虫どもめ」
「なっ……」
鈴木のものとは思えないその言葉に、豚とネズミが
だがやがてその言葉の意味が心に浸透していき、豚面が
「だっ、誰が虫だこの野郎っ……。とっ、取り消せよ、今の言葉っ……! お、俺は虫じゃない!」
「虫だろうが。お前らが虫じゃなくてなんだって言うんだ? カサカサと地面を
「なっ……」
「僕……いいや、俺もかつては同じ虫だった! だが、今は違う! 俺は手に入れた! 虫ではない人生を手に入れたんだ! 俺は……俺は、虫から人へと生まれ変わることができたんだ! あはは、あはははははっ!」
周りの鉱夫たちも、こちらを見下しきったその言葉に驚きの表情を浮かべる。これが本当にあの人の良かった
「あー……やっぱこうなっちゃうかぁ。ごめんねえ、みんなぁ。急に賢くなると、みんな気が大きくなっちゃって、こういう事を言いたくなっちゃうみたい。でも、今は混乱してるだけだからさ……だから大目に見てあげてね、ねっ、ねっ」
「え、ええ……。女神様がそうおっしゃるなら……」
女神メイアが申し訳なさそうに言う。動揺していた鉱夫たちも、メイアにそう言われては怒るわけにもいかず、しょうがないかという表情を浮かべて顔を見合わせた。
「……だからって変わり過ぎじゃねえか? あの優しそうなおっさんの面影もねえぞ……」
「優しい? 違うな……前の俺は優しかったわけじゃない。何もかもが怖いから、優しいふりをして自分を守っていただけさ」
「誰かに優しくしていれば、自分にも優しくしてくれるかもしれない……。無能で、役に立たないクズが唯一持ちえる特技がそれだっただけのこと。もう、俺には必要ない」
過去の自分を馬鹿にするように鈴木が吐き捨てる。その光景を、アキトはやはり表情のない顔で見つめていた。