序章 四角い世界 1-2
「そうそう、アキト君。……いやあ、君はいつも無口に一人で作業してるから人間嫌いなのかと思ってたけど……優しいんだねえ。もっと早く声をかければよかったなあ」
「優しくなくても、これぐらいのことは普通にしますよ。……無口なのは、俺、
腰を
「そうかいそうかい。いやあ、皆あっという間に行っちゃったから、危うくこの鉱山で一晩苦しむことになるところだったよ。ほんと、ありがとねえ」
「何回も、お礼を言わなくていいです。……みんな、薄情ですね」
男の気持ちを考えてそう答えたアキトにくすりと
「いやあ、しょうがないよ。こんな生活してると、楽しみはアレと食事ぐらいになっちゃうしねえ。それに、最近、ほら。かなり、残りが少なくなってるでしょ? 皆、口には出さないけどちょっと期待してるんだと思うよ」
「そうですね。でも、残りが少ないから当たるってもんでもないと思いますけどね」
男の言葉に、アキトは抑揚のない声で返事をした。言葉からは、それに対する興味があまり感じられない。
「いやあ、それでもねえ……もしかしたら、って気持ちは持っちゃうよ。だって、こんな生活から抜け出せる数少ないチャンスじゃない? まあ、僕は運がまるでないんで、諦めてるんだけどね……。お、やっと昇降機だ。ありがとう、腰の調子もましになった、どうにか後は行けそうだ」
そう言うと男は地上に続く昇降機の手すりに掴まり、アキトも乗り込んだことを確認した後に地上行きのボタンを押す。精錬されたエネルギー鉱石から送られる電力で稼働する昇降機が、男二人を乗せて力強く上昇を始めた。
「……運は、誰でも平等ですよって言いたいですけど。……世の中には、確実に運の良い人と悪い人っていますからね……」
昇降機に揺られながら、アキトが
やがて昇降機は地上階にたどり着き、そこから坑道の外に出て、二人は実に十数時間ぶりに外の空気を吸いこんだ。
「ふううー、やれやれ……やっぱ外の空気は
「……ああ、ええ。どうも」
その鈴木と名乗った男が差し出した手をアキトが握ろうとした瞬間、怒声が飛び込んできた。
「遅いぞ、貴様ら! 片付けが終わったら迅速に戻らんか! 貴様らはチケットが欲しくないのか!?」
驚いて振り向くと、そこには名簿を手に持ちこちらを
「ひっ……!? あっ……す、すいません! ちょっ、ちょっと腰を悪くしちゃってて……この人は、僕を助けてくれただけなんです! ごめんなさい! ぼ、僕はなしでもいいのでこの人には渡してあげてください、お願いします!」
「……」
鈴木が、痛む腰を抑えながらペコペコと配布係に頭を下げる。それをアキトは無表情に眺めていた。
「ふんっ、本当はやりたくないところだが、チケットの配布は業務への定められた報酬だ。仕方ないから、特別にくれてやる。今後はもっと早く戻るように! ほら!」
そういうと、配布係は二人分、計六枚の〝チケット〟を放り投げてよこした。
鈴木はなおもペコペコと頭を下げながら、地面に落ちたそれを慌てて拾う。
「すっ、すいません、すいません……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
拝むように頭を下げると、鈴木は振り返ってその半分をアキトに手渡した。
「さあ、アキト君、今日の分だ。……お互い、幸運がありますように」
「……どうも」
無表情のままアキトはそれを受け取る。配布係はふんっと鼻を鳴らして鉱夫用の宿舎がある方角を指さした。
「ほら、どうせすぐに引くんだろう? さっさと行っちまえ! その〝重労働ガチャチケット〟に願掛けでもして、夢を見ながら意気揚々とな!」
「はっ、はい、そうさせてもらいます! ありがとうございます、ありがとうございます!」
ぺこぺこと頭を下げながらそちらに向かう鈴木をいつでも支えられるようにしながら、アキトもそれに続く。
やがて宿舎が近づいてくると、
「はー……良かった良かった。どうにかこうにか、チケット
「……別に、そんなペコペコする必要はないですよ。偉そうにしてますが、別にあいつがチケットをくれてるわけじゃないでしょう」
そういうと、手の中のチケットをひらひらと振って見せる。
「これは全部、〝女神様〟が労働のご褒美として俺たちに配ってくれているもの。あの人はそれを手渡してるだけに過ぎません。ただの仕事でしょう、あっちも」
「いやあ、そうは言っても僕のせいで待たせちゃったのは事実だし。あの人も早く上がりたいだろうに、手間を掛けちゃったしね。それに、彼が働いてるからこうしてチケットが手元に来るんだし、やっぱ感謝は忘れないようにしないとねぇ……」
……この人は、人が良すぎる。アキトは、そう思った。
「それで、アキト君はチケットはいつもどうしてるんだい? すぐ使う派かな、それとも
「一日一枚は使って、二枚は貯めてます」
「へえ、そりゃ偉い! 大体みんな我慢できなくてその日に使っちまうか、貯めても一枚なのに。大したもんだ」
話を変えるためだろう、そう聞いてきた鈴木にアキトは素直に答える。
学校を出て労働者として働くようになってから、それはアキトが続けてきた習慣の一つだった。
寮の玄関扉をくぐり、腰を痛めないように靴を履き替えながら鈴木が更に続ける。
「でも一枚は引くんだろう? なら今からプレイルームに一緒に行くかい。そろそろ人も引いている頃だろうし」
「……そうですね。行きましょうか」
少しの思案の後、そう答える。正直に言えばそろそろ一人になりたいのだが、鈴木のこの朗らかさにはアキトとしても感じるものがあった。
ほんの一枚チケットを使う時間ぐらい、付き合っても構うまい。
「よしきた、さて当たりはどうなったかな……」
と鈴木が
「うおおおおっ! すげええええええ! 当てやがったぜこいつっ!」
「うっ、羨ましいっ……俺が欲しかったのにー!」
「……うわっ、何事だいこりゃ……」
驚いて見てみると、プレイルームの中にはまだ数十人の鉱夫たちが詰め寄せており、なにやら大声で盛り上がっている。
不審そうな声をあげた
「……まだこんなに人が残ってるなんて珍しい。どうやら、誰かがそれなりの当たりを引いたみたいですね」
「えっ、ほんとかい、どれどれ……」
二人してプレイルームの奥の方を
掲げられたその手には、四角いカードが握られている。
「あははっ! やっぱついてたっすねー! これが占い四位の力っすよ! どうっすか、羨ましいでしょー! あー俺ってなんてツイてるやつなんすかねえー! あははは!」
「お、おい、それでそいつはどうするんだ? ここで使っちまうのか、それとも売るのかよ? も、もし売るなら俺がそれなりの値段でだな……」
見せびらかすようにそれを掲げるネズミに、先程の手ぬぐいが問いかける。
ネズミはニヤリと笑うと、カードを覗き込みながら、
「もちろん使うに決まってんじゃないですかっ……じゃあ行きますよ、出しますよー!」
と答え、周りを見回した後、叫んだ。
「……〝コール〟!」
途端、そのカードが輝きを放ち、そこから白い煙のようなものが吹き出す。鉱夫たちがおおっと歓声を上げ、やがてそれが収まると……そこには、ネズミにしなだれかかるようにして、きわどい衣装の美女が立っていた。
「……はぁーい、旦那様♡ 出してくれて、あ・り・が・と♡ これから期限終了まで、いーっぱいサービスしちゃうから