第一章 神々の子 1

 僕には四人の父親と母親がいる。

 彼らは捨て子だった僕を拾い、育ててくれた恩人だ。


 十数年前、まだ赤子だった僕は神々が住むという山に捨てられた。

 理由は分からない。

 その年はきんだったらしいし、きんりんで戦争がひんぱつしていた。

 飢饉によって子供に食料を回せなくなったのか、戦争によってこんきゆうを極めたのか、あるいはそうほうだったのかもしれないが、赤子だった僕は捨てられ、それを拾ったのが神々だった。

 僕を見つけたのは万能の神レウスである。

 彼は農民の姿に化け、ふもとの街を視察してきた帰りに僕を見つけたらしい。

 ほろい気分で川岸を歩いていると、川上からどんぶらこと流れてきた僕を見つける。

 ぶねに乗せられていた僕は小さく泣いていたそうだ。

 あまりにも僕の泣き声が自然だったので、あやうくそのまま見送ってしまいそうだった、とはのちのレウスの言葉だった。

 ただ、僕はそのまま川下に流され、たきつぼに落ちることはなかった。

 レウスが救ってくれたからだ。

 レウスはおおわしに変化すると、僕をわしづかみにし、大空に羽ばたいた。

 そのまま神々が住まう山、テーブル・マウンテンに行くと、僕を仲間に見せた。


 けんしんのローニンは僕の顔をのぞき込みながら言う。

「なんでい、人間の赤子か。俺はてっきり酒のさかなかと思った」

 無精ひげをでながらなげく。手にはさかびんにぎられている。

 の女神ミリアは言う。

「まったく、男はこれだから。見てみなさい、この可愛かわいい赤ちゃん、まるでマシュマロのよう」

 ミリアは僕をきかかえ、あやしながら微笑ほほえむ。

 それをまらなそうに見つめるのはじゆつの神ヴァンダルだった。

 彼はしわがれた声をもらす。

「……子供は好かん。五月蠅うるさいし、ままだ」

 僕の顔をいちべつすると、魔術書に視線をもどす。

 三者三様の態度であるが、万能の神であるレウスは知っていた。彼らが赤子である僕を気に入ったことを。

 事実、レウスがこの赤子を育てることを宣言すると、彼らは難色を示したものの、反対はしなかった。

 それどころか、なにかと理由を付けては赤子である僕のもとにやってくるようになった。


 剣神ローニンは日課であるり一万回をこなすと、僕のもとにやってきてこうささやいた。

っちゃい手だな。まあ、いい、もう少し大きくなったら、剣を握らせ、俺のにしてやろう。すぐに剣圧でろうそくを消せるようにしてやる」

 治癒の女神ミリアは大地との語らいを終えると、僕のもとにやってきて僕を抱く。

「なんと可愛らしい赤ちゃんでしょう。ああ、母性本能がうずくわ」

 彼女はそう言うと胸をポロンと出し、乳をあたえようとするが、にんしんしたことがない女神は乳を出せない。

 あきらめると胸をしまって代わりに僕のほおにキスをする。

「この子は世界一優しい子、いつか最高の治癒師にしましょう」

 ミリアが僕をゆりかごに戻すと、魔術の神ヴァンダルがやってくる。

 白髪しらがの老人は詰まらなそうな顔をする。しかめつらで僕を見つめると、一転、表情をくずし、けな顔をする。

 その顔を見てきゃっきゃと笑う僕。

 老人のまゆが下がる。

「……存外、ユーモアの分かる赤子だ」

 老人はそうつぶやくと、決心する。

「よかろう。このぼうをわしの弟子にしてくれようか」

 ヴァンダルは僕を見つめるとつぶやく。

「この子はやがて最強のじゆつとなる。我がこうけいしやとなろう」

 こうして三人の神々に気に入られた僕。

 僕を拾ってくれた万能の神をふくめると四人か。

 彼らが僕の父親となり、母親となり、しようとなる。

 我が儘で自分勝手な人たちだが、彼らは厳しくも優しい師父、師母となる。

 そして彼らが僕に名前もくれるのだが、なにかにつけてけんになる四人がめずらしく命名に関してはいつした。

 争うことなく、一回の話し合いで僕の名前を決めてくれたのだ。

 こうして僕は命拾いをし、名前を得た。

 神々が僕に与えてくれたのは、


「ウィル」


 という名前だった。

 しかし、自分がウィルという名であると知覚できるようになるまではもう少し時間がかる。

 なにせ僕はまだ生まれたばかりの赤子なのだ。

 特技と言えば泣くこととがえりを打つことくらい。

 他にできることはなにもなかった。

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