第二章 ヒロインと皇子③

 翌日、昼休みになると、エカテリーナはさっそく動いた。

 行った先は食堂。ただし、ちゆうぼうだ。

 お昼時だけにいそがしそうで申し訳なかったが、スタッフをつかまえて厨房のすみを借してほしいとお願いする。

 そう、自分で料理してみようと思っている。

 前世では、大学時代から一人暮らしでそこそこ料理はしていた。まりに来た友達に手料理を出すと好評だったし、下手ではなかったと思う。

 ま、就職してからはコンビニ飯を流し込む生活だったけど。

 けどね。問題は、前世とは調理器具が全然違うだろうってこと。

 たぶん昔、ぼう有名アニメで見た、ニシンのパイか何か作っていた台所みたいな感じだろう。電子レンジはもちろん、ガスレンジだってないはず。火力の調節とか、どうやってやればいいのか。

 れいじようエカテリーナは、当然ながら料理の経験はないから、この世界の調理方法とかはわからない。

 なので、実際に見てみることにした。

 スタッフはあっさり「どうぞ」と言った。

「使っていない調理台がありますから、そこならご自由に。もう一人と仲良く使ってください」

 もう一人、という言葉にエカテリーナはおどろかなかった。むしろ安心したくらいだ。

 正しいルートを選んでるね!

 食堂に行くと意地悪されるから、お昼は厨房を借りて自分でお弁当を作るんだよね。

 これが、後でけにつながるんだよ。

「チェルニー様」

 名を呼ぶと、桜色の頭がり返って目を丸くした。

「ユールノヴァ様……どうして厨房に」

「ええ、実は──」

 説明しかけたところで、エカテリーナの視線がふとフローラの前のバスケットに留まった。

 とうふたつきバスケットには出来たてのお弁当がめられている。

 それが──なんとも美味おいしそうなのだ。

 見たところ、ラップサンドかそうざいクレープのような感じだ。うすいシート状のでサラダやオムレツなどを包んだものが、きれいに並んでいる。

 具材がいろいろで栄養バランスも良さそう、いろどりの良さといい食べやすそうな大きさといい、お店で売っていてもおかしくないくらいだ。

 そうそう、こういうの! こういうのが作りたかった、これならお兄様もきっとおいしく食べてくれるはず!

 思わず、エカテリーナはがっしとフローラの手を取った。

「なんててきなお弁当でしょう! チェルニー様は、たいそうお料理上手でいらっしゃいますのね!」

「え……い、いえ、それほどでは」

「お願い、これの作り方を教えてくださいまし。お兄様に食べさせてさしあげたいんですの」

「ええっ」

 驚くフローラに、アレクセイが昼休みに仕事をしていること、あまり食事に興味がなさそうで、ちゃんと栄養がとれているか心配なことを説明する。

「わたくし、お料理をしたことがございませんの。でもせいいつぱいやってみますから、一度お手本を見せていただくだけでも、お願いできませんこと?」

 両手を合わせて、お願い! とやると、フローラは微笑んだ。

「ユールノヴァ様は、とてもお兄様思いなんですね」

「お力をお貸しくださいます?」

「これはしよみんの食べ物ですし、うちの味ですから、こうしやく様のお口に合うか……」

 言いかけて、フローラはバスケットからひとつクレープを取って、エカテリーナに差し出した。

「あの、よろしければ味見してください」

「まあ、ありがとう」

 わーい、食べてみたかったのよ。

 えんりよなく一口。中身は、ジャガイモとベーコン? ジャーマンポテトみたいな感じだ。いい塩加減だわー、スパイスも効いてる。

「とても美味しゅうございますわ。本当にお上手」

「あ……ありがとうございます」

 フローラはほんのり顔を赤らめて、うれしそうに笑った。

 ふおおおお……。

 れんだ。

 背景にお花がってるよ。なんなら小鳥もさえずってる感じ。

 さすがヒロイン。

 古城とらいめいが背景にお似合いの悪役令嬢とはわけがちがうよ。これなら皇子もイチコロだよ。

 これが美少女だよなー。

「私でよろしければお手伝いします」

「よかった! ご無理をお願いして申し訳ございませんわ」

 そんな訳で、ヒロインと悪役令嬢が仲良くお料理タイム。

 これがで楽しかった。

 生地の配合やかまどの使い方を教えてもらって、クレープ(?)の中身をポテトサラダにしてみたり、ザワークラウトとソーセージにしてみたり。ちょっと手巻き寿感覚。

「生地を焼くのがお上手ですね」

 ありがとう。前世でしばらくおおさかに住んでたから、お好み焼きをひっくり返すのは自信があるよ。クレープ屋でバイトしたこともあるし。

「チェルニー様のおかげですわ。とてもぎわがおよろしいですわね」

「長くやっているだけです。母が働いていましたから、私が家事をしていました」

「まあ、そうでしたの。お小さいころから役目をになうなんて、ご立派ですわ」

 どこの世界でもシングルマザーは大変だよね。しっかりしたむすめが家のことやってくれて、お母さんはさぞ助かっただろう。

「……わたくしも、七カ月ほど前まで母と二人で暮らしておりましたわ。何も母の役に立つことのなかった娘でしたけど」

 ついつぶやいてしまうと、フローラははっとしたようにエカテリーナを見た。

「七カ月前、ですか。お母様は……」

「ええ、くなりましたの」

「私の母もです。同じ、七カ月前……」

「まあ……」

 二人の少女は顔を見合わせ、微笑ほほえみあった。

 ゲームの知識でお母さんが亡くなったことは知ってたけど、本人の口から聞くと重みがまるで違うね。同じ頃とは知らなかったし。

 エカテリーナの事情もそうぜつだったけど、フローラも母娘おやこ二人きりなのにお母さんを亡くして、さぞつらかったろうな。

 うん。

 めつフラグ対策、へんこう確定!

 とにかくヒロインに近づかない、と決めてたけど、仲良くなろう。

 クラスのぼっち同士だもん、むしろ必然よね。こっちはそれでソイヤトリオを遠ざけられる。代わりにこうしやくれいじようこうで、フローラを全力でいじめから守る。

 つか、対策とかじゃなく、仲良くなれそうだし。

 そもそもいじめなんてダメ絶対だろ。ソイヤトリオのいやとかイラッときてたんだから。

 皇子にさえ近づかなければ、破滅フラグは問題ないはず。あっちはとにかく近寄らない会話しない!


 大量に作ってしまった昼食をしつ室まで運ぶのを、フローラは手伝ってくれた。

「教えていただいた上にこんなことまで、申し訳ございませんわ」

「私も楽しかったです。むしろお礼を言いたいくらい」

 微笑みからお花が舞う。可憐やー。

 いつしよに執務室で食事しようとさそってみたが、それは固辞されてしまった。まあ、公爵たるお兄様と知らないおじさんが一山いるわけだから、ごこ悪いに違いない。でもフローラが一人で食事しているとまたいやがらせをされるかもしれないので、いずれ一緒しようと思う。


 執務室のドアをノックすると、アレクセイの従僕イヴァンがドアを開けてくれて、エカテリーナを見て目を丸くした。

「おじようさま、そんな大きな荷物をお持ちになるなんて」

 さっとバスケットを取ってくれる。ミナと違ってニコニコとあいのいいイヴァンは、ミナと同じく気のく従僕なのだ。ライトブラウンのかみはくいろひとみやさしげで、アレクセイとそう変わらないほど背の高い、なかなかのイケメンである。

「ありがとう。みなさまにお茶をれていただける?」

「いいにおいしますね。これ、どうされたんですか」

「うふふ。わたくしが作りましたの」

 思わずニッコニコで言ってしまったら、きようがくされた。そんなすごい顔しなくても。

「閣下、お嬢様がおしです」

 立ち直ったイヴァンが声をかけ、アレクセイが顔を上げた。

「エカテリーナ。どうした」

「お兄様に、お食事をお持ちしましたの」

「お嬢様がお作りになったそうですよ」

 イヴァンがバスケットを差し上げて見せ、アレクセイは目を丸くした。アレクセイだけでなく、執務室にいる公爵領幹部たちまでが、いつせいに頭を上げてこちらを見ている。

 そんなにおどろくか。

 ま、ちょうどいいや。

「皆様、少し手を止めて、お食事になさいませんこと? 軽食程度ですけど、お料理してみましたのよ」

「作ったとは……まさか」

「はいお兄様、食堂のちゆうぼうを借りて、わたくしが。……あの、教わりながら作りましたし、それほど心配はないと思いますわ」

 言っている間にも、できる従僕のイヴァンが皿を並べ、バスケットから出したクレープもどきを盛り付けてくれる。そうそう、と思い出してエカテリーナはしっかり紙で包んだものをイヴァンにわたした。

「これはあなたの分ですわ、冷めないように包みましたの。皆様へのおきゆうが済んだら、し上がってね」

「俺にもですか」

 イヴァンは驚きつつも嬉しそうに受け取った。

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