第三章 第四話

 茜に着付けを手伝ってもらった緋蝶は、桜教殿の広間にやってきた。

 そこにいたのは、東雲だ。座っている彼の前に進み出ると、彼は微笑ほほえんだ。

「そのかりぎぬ、とてもよく似合っていますね。橙幻の作った着物でしょう」

 狩衣は本来なら男性が身にまとうものだ。しかし代々の女帝候補達は教育を受ける為、動きやすいよう男性用のしようを身につける事になっているらしい。狩衣でも愛らしい黄色で、こしおびつややかな赤だった。むなもとにはももいろの桜の花がしゆうされていて、とてもはなやかな仕上がりになっている。茜がってくれた髪には、橙幻が選んだという赤いさんがあしらわれたかみかざりがさしてあった。鏡でさきほど見たが、とても自分とは思えないほど可愛かわいらしく凜々しい。

「とてもごこがいいです。でもこんなに高価な着物を着てもいいのかとちゆうちよします」

 じっと見つめられると、ずかしかった。ややうつむくと、東雲が微笑んだ。

「背筋をばして。これからはいろんな人達が緋蝶に注目するでしょう。堂々としていないと紗和国が元気がないと思われます。緋蝶はこの国の未来の代表となる、女帝候補ですから」

 そう言われてはっとした。背筋を伸ばして東雲を見つめると、彼は満足そうに頷いた。

「作法にもっとも必要なのは、自信だと私は思います。自信のある人の作法は堂々としていて美しいですが、自信がない人は自然と背中が丸くなるんです。女帝候補である緋蝶には、いつでも背筋を伸ばして前を向いていてほしい。それが私の願いです」

 優しいが、厳しい言葉でもあった。

「はい、よろしくお願いします」

 ゆっくりとおすると東雲が頷いた。

「私はれい作法を教えますが、それと同時に雫花帝としての心構えも教えていきます。まずはいまみたいに、あなたがいつでも相手を正面から見られるようになる事が目標です」

「はい」

 東雲の話に耳をかたむけるため、彼の言葉に意識を集中した。



 お昼にさしかかったころ、ようやく礼儀作法の教育が終わった。

 緋蝶は、め込みすぎた知識を頭の中で整理しながら、茜に続いてろうを歩く。

「昼食は、緋蝶様にかんげいの意を表して、苑紫様がご準備されたそうです。こちらにどうぞ」

 茜に連れて来られたのは、建物の裏手にあるだんだ。朝から降っていた雨もさきほどんだらしく、しずくれた花々がみずみずしくかがやいている。

 その花壇の真ん中にいたのは、周りの花達にも負けない美しさを持った橙幻だ。

 案内を終えた茜が一礼してその場をあとにするのを見送って、花壇に近づく。

 橙幻がこちらに気づいたようで片手を挙げた。

「やあ、緋蝶。やっぱり私の見立てに間違いないね。その狩衣、よく似合っている」

 橙幻が満足そうに微笑んだ。

「素敵な狩衣をありがとうございました。寸法も測ったみたいにぴったりです」

「私はいろんな女性を知りくしているからね。その人を見れば大体の寸法がわかるんだ」

(いろんな女性を知り尽くしているって……どういう意味で?)

 気にはなったが、深く考えてはいけない気がした。橙幻が花壇から出てきて目の前に立つ。

「私はよそおいの教育をする。まずはしきにふさわしい装い方の教育をしないといけないけど、今回は時間がないし、緋蝶も覚える事がたくさんあるだろう。だから儀式では私がを選んで仕立てたものを着てもらう事になるけどいいかな?」

 彼が儀式の衣装も作ってくれるというなら、これほどうれしい事はない。

「はい、よろしくお願いします」

「うん、いい返事だ。君に似合う最高の衣装を用意してあげる。儀式の前には、私がしようもするよ。本当は自分でできるようにならないといけないけど、緋蝶は可愛いから今回だけ特別」

 片目をつぶった橙幻を見て、嬉しいが複雑な気持ちになった。

(すごく素敵な方なんだけど、調子が良すぎるというか、軽いというか。男の人ってみんなこんな感じなのかしら)

 考えていると、橙幻がはっとした表情になって、持っていたぬのぶくろから何かを取り出した。

「緋蝶に絶対に似合うと思って、もう一枚着物を仕立てたんだ。ぜひ着てほしいんだけど」

「わあ、ありがとうございます。どんな着物……ええっ!?」

 きっとまた素敵な着物だろうと喜んだのもつかの間、彼が手にしたものを見て目を見開く。

「可愛いだろう。私はいつも思うんだ。どうして女性達は何枚も重ね着したり、引きずるほど長いからぎぬを着るんだろうと」

 力説する橙幻が持っているのは、やけにたけが短い着物だった。

 そして目がちかちかするほど、たくさんの色で染められている。

(これは……! れいだけど、ごてごてしすぎな色合いだわ。それに何より、短すぎる! これじゃあ、太ももがあらわになってしまうわ)

 人前で足を見せるなんて、どれほどずかしい事かくらいは知っている。

「……………………ざんしんな着物ですね」

 何とか探し当てた言葉に、橙幻が大きくうなずいた。

「さすが緋蝶だ。そう、斬新なんだよ。おそらく着てくれる女性はいないと思う。でもだれかが最初に勇気を持って着れば絶対に流行はやるはずだ。その最初の一人になってみないか、緋蝶!」

 力強くかたたたかれた。さすがにまずいと青ざめる。

「いえ! お断りします」

「どうして!? 緋蝶は絶対足が綺麗そうだから、似合うと思うよ」

「いえいえいえ、斬新すぎて、わたしにはとても着こなせません。ごめんなさい!」

 必死で断ると、しぶしぶ橙幻が着物を布袋にしまった。

「緋蝶がこれを着た姿を見たかったのに」

 ぶつぶつ言っている橙幻のつぶやきは聞かなかった事にして、気を取り直した。

「それより、苑紫様が昼食の準備をしてくださっているとうかがいましたが」

「ああ、雨も上がったから、そこのあずまで食事をとろうという事らしい。花もごろだしね。花賢師達にも全員声をかけたようだよ」

 話していると、背後から声がした。

「早かったな、緋蝶」

 苑紫の声だ。り向いて、招待してくれた事へ礼を言おうとした。

 しかしそのまま、口も身体からだも固まった。苑紫はおおがらな身体に、白いかつぽうを着ている。

 その姿で姿勢正しく立ち、両手には料理をせた皿を持っていた。

(変だわ! すっごく変! 割烹着が似合ってないし、料理の皿を持ってる姿もかんだらけ。これはいったい、どう反応したらいいのかしら)

 苑紫の姿がしようげき的すぎて、あいさつも忘れていた。

 苑紫は気にした風もなく、屋根付きの東屋に入って、そこに用意されていたぜんへ皿を置く。

 そこからおなかくいいかおりがただよっていた。橙幻がわくわくした表情で東屋をのぞき込む。

「いい香りだね。桜教殿に入ったら、雫花帝の許可なく外には出られないから、可愛かわいこいびと達に会ったり遊びに行けなくなってがっかりしていたんだ。でも君の料理を食べられるのだけはゆいいつここに来てよかったと思う事だ」

(手放しでめてるっぽいけど、恋人ってどういう事? どうして複数形!?)

 あっけにとられていると、苑紫が東屋から出て、橙幻と向き合った。

「お前に会いたいと、下は十六歳から上はお前の母親以上のねんれいのご婦人まで桜教殿に押しかけて来る。関係ない者は入れないと言ってもあきらめない。不思議な事に彼女達ははちわせしてもけんせずにきようとうしてお前に会わせろと言うんだ。つうこいがたきだろうからけんせいし合うと思うが」

「私の可愛い恋人達は、喧嘩なんてみっともない真似まねはしないよ。おおやけの場でそんな事をしたら、私にめいわくがかかると思ってくれているやさしい子達ばかりなんだ」

 橙幻が色気たっぷりに微笑ほほえんだ。確かにこの整った顔で、こんな表情をされたら、りようされてしまうのもわかる。橙幻がゆっくりこちらを向いた。

「いままで女性に囲まれた生活だったから、研究にぼつとうできるのはしんせんだ。いろんな女性を綺麗にしたくて始めた研究だけど、たった一人の女性の為に美しさを追求するのも悪くない」

 橙幻の指があごに伸びて、上を向かせられる。彼の細いおもてが、息がかかるほど近づいた。

「女性はみんな、美しい花だ。いまはまだ君はつぼみだけど、みんなが振り返るような美しいじよていとして大輪の花がくよう、私が教育してあげる」

 男性の顔をこんなに間近で見たのは初めてだ。どうしていいかわからなくて目を白黒させた。

「え、えええええっと、あの……」

「そのくらいにしておけ。緋蝶が困っているだろう」

 苑紫の声にはっとして、あわてて橙幻からはなれた。苑紫が割烹着をとって、膳の方へ手でうながす。

 どきどきする胸を何とかなだめて、促された席に座った。

「みんなまだだが、温かいうちに食べた方がいい。どうぞ」

 苑紫にすすめられて、料理を見つめた。膳には、いくつもの小皿が整然とのっている。

 皿に盛られているのは、いもがゆと魚をしたもの。そしてなすや豆などをた料理に、うりもある。干し肉はにわとりだろうか。いい香りのするたれがかけてあって、きのこえられている。

 ほかにも見た事がないような料理がところせましと膳に置かれていた。

 いろどりも盛りつけも香りもかんぺきで、思わずうなってしまう。

「すごい……! これ本当に苑紫様が作ったんですか? わたしも下働きをしていたので、料理は得意な方ですが、まったくかないません。これはすごうで料理人の出来です!」

 いい香りにさそわれてはしを手に取り、一口食べてみる。そのたん、思わずがくっとうなれた。

「どうした? 口に合わなかったか?」

 めずらしく慌てた様子の苑紫に顔を上げた。

ちがいます! 美味おいしくって美味しくって! こんな美味しい物を食べたのは初めてです」

 橙幻が膳の料理にしたつづみを打って、大きく頷いた。

「わかるよ。感動で言葉も出ないよね。このでかいずうたいで、どうしてこんなにせんさいな味が出せるのか不思議でならないよ」

 夢中になって食べていると、苑紫が周りを見回した。

「東雲は少しおくれるとれんらくが来たが、暁と月白は声をかけたのにおそいな」

 昨日の様子からすると、二人がなおに来るとは思えなかった。苑紫がため息をつく。

「せっかく緋蝶とみんなが親しくなれる場を設けたのに。時間があまりないので、儀式で必要な知識を優先的に覚えてもらわないといけないんだが、あの二人の協力がないとまずいな」

「二人って、暁様と月白様ですか?」

 問いかけると、苑紫が頷いた。

「昨日緋蝶に聞かれたからくわしく調べたんだが、儀式で必要なのは大まかに分けて三つだ」

 苑紫が指を一本立てた。

「まず一つ、儀式においての〝作法〟だ。これは東雲が教えるが、二つ目のりゆうじんささげるいのり、これは〝せんじゆつ〟の分野だから、月白に神に捧げる祝詞のりとを教えてもらわねばならない」

 苑紫が立てる指を増やしながら、わかりやすく教えてくれた。

「そして三つ目は、やはり〝まつりごと〟についての知識を貴族達から問われるそうだ。政は暁の分野だから、彼に教えをわないと。私の護身術は後回しでいいから、この三つをまずは重点的に習ってくれ。それに前にも話したが、花賢師はけんを行うから、その練習も並行して行う」

 橙幻が料理を食べながら、うすく笑った。

「花賢師はみんなそれなりに剣術も武術もできるはずだろう。そんなに練習しなくても……」

「そうはいかない。われわれは緋蝶の花賢師だ。もし剣舞が失敗したら彼女が責任をとるんだぞ」

 そう言われて、一気にしよくよくがなくなった。昨日の暁と月白を思い出す。

「暁様と月白様は教えをさずけるのには、あまり乗り気ではないように感じられましたが」

「おや、暁に何か言われた?」

 橙幻にずばりと聞かれて、思わず頷いた。

「暁様は山吹様のご子息で、わたしのいとこになると伺いました。でも、わたしの事をあまりよくは思われていないみたいで」

 橙幻は何かを思い出したように、ふっと笑った。

「暁は女帝制度に反対だからね。なのにあいつが竜神様に選ばれてあいいろかみと赤い目で現れた時はみんなどよめいたよ。暁は何も言わなかったけど明らかに不満げで。あれはおもしろかった」

「橙幻。きんしんだぞ」

 苑紫にいつかつされて、橙幻が口をとがらせた。

「本当の事じゃないか。……まあ、暁は女帝制度には反対だから、君にもきつく当たるんだろう。月白は暁の幼なじみだから、同調して反対しているのかもね」

 石を投げてきた月白の顔を思い出す。

「橙幻様、月白様と暁様は幼なじみなんですか?」

「そうだよ。月白はこの国で一番大きな神社の息子むすこだから、だいだいにもよく出入りしていたんだ。暁は案外めんどうがいいから、月白とよく遊んでやってたんだよ。月白は竜神様をまつる神社のかんぬしの息子だ。雫花帝をようりつできなければ国がどうなるかわかっているはずなのにね」

 橙幻はため息混じりだ。二人の話を聞いて、頭の中で整理した。

(暁様と月白様は、女帝制度に反対している。でも二人から教えを授からないと、しきは成功できないわ。それに花賢師様達の剣舞もあるのに、二人が練習に出てこないとまずいし……)

 考えていると、苑紫がふいに深刻な顔付きになった。

「あともう一つ、緋蝶に伝えておく事がある。女帝制度に反対する貴族達の事だ。初代の女帝の時から、女性しか皇位につけない事に異論を唱える貴族達はいたらしい。彼らは昔のように男性が皇位につく事を望んでいる。そして彼らはみつにある組織を結成したんだ」

「秘密裏に結成した組織……?」

 女帝に反対する者達がいると茜からも聞いていたが、そんな組織があるというのは初耳だ。

「〝しつこくだん〟という組織だ。どのぐらいの貴族が賛同していて、どんな組織形態かはわかっていない。彼らは以前から雫花帝や女帝候補を標的にしていて主上も何度も命をねらわれている」

 思わず口の中でひゅっと息をんだ。苑紫が話を続ける。

「私の父も武官で、ひようしようにおいて主上の警護を一手に引き受けてきた。息子の私が言うのも何だが父は有能で、漆黒団が何度けてきても主上の身に危険がおよんだ事はない。この先漆黒団はお前も狙って来るはずだ。彼らがしんにゆうできないよう桜教殿の警護は整えてあるが……」

 苑紫が真剣な表情で、胸に手を当てた。

「私は桜教殿の警護を預かる責任者だ。緋蝶に危険が及ばないよう精いっぱい努力するつもりだ。しかし、そういうやつらが存在しているという事実は頭に入れておいてくれ」

「……わかりました」

 正直に言うと、おそろしかった。見も知らない人達に命を狙われるなんて、経験がない事だ。

 苑紫が表情をゆるめた。

「心配しなくていい。ここにいる間は安全だ。……さあ、食事を再開しよう。たくさん食べろ。身体からだすこやかに保ってこそ、正しい思考と行動ができるようになる」

「はい、ありがとうございます」

 こわい事も多いが、こうしておうえんしてくれる人もいる。一人ではないと思うと、がんれる気がしてきた。緋蝶は美味しい食事をまた一口食べて、心にも身体にも気合いを入れた。

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