第1話 雨野景太と導かれし者達 前編

【序章】


 平凡な日常を愛する平凡な主人公とやらには、イマイチ共感できたためしがない。

 実際この僕自身、泣きたくなる程ド平凡な高校生であるにも拘わらず、だ。

 たとえば。

 物語冒頭から幼馴染の美少女に起こされ、通学路の曲がり角でツンデレ転校生とぶつかり、学校ではクールな美人先輩にいたく評価されていて、可愛い小悪魔系女子後輩にもなぜか無条件で懐かれているナチュラルボーンリア充野郎に、

〈――しかし俺は、こんな何気ない平凡な日常こそを結構気に入ってたりもする――〉

 なんてちょっと気怠けだるげなモノローグで語られても、僕の中に湧き起こる感情は精々、

「でしょうねぇ!」

 という血涙混じりの全力ツッコミぐらいである。共感要素が何一つ見つからない。

 一方で、このケースとは全く逆の、実にリアルな、特に美少女が出て来ない「平凡な日常」をこそ愛している主人公というのもごくたまにいるのは事実だけれど、じゃあ彼らになら共感できるのかというと、それもまた違うわけで。これも例を上げると……。

〈夕暮れ時。生徒達の他愛ない会話と笑い声。校内に微かに響き渡るブラスバンド部の練習音に、グラウンドから運動部の喧噪が混じる。いつもの、何気ない放課後。……高校二年生の俺、雨野景太あまのけいたは、しかしこんな平凡な日常こそを、心から愛していた〉

 とか、いきなり妙にハードボイルド風味で語られ始めても、

「せ、戦場帰りか何かであらせられる……?」

 と、今度は先程と違った意味で価値観の相違を感じずにはいられない。勿論だからといってその手の主人公が嫌いとかではなく、むしろ僕好みの好感が持てる主人公ではあるとは思うのだけれど、共感できるかどうかはまた別問題なわけで。

 結局のところ、生まれてこの方徹頭徹尾、平凡な日常の中にだけ身を置いてきたような人間……特に十代の少年少女が、自分の平凡さを、そして何気ない日常の価値を心の底から認めた上で尚愛せるようになる理由だなんて、僕には全然想像できなくて。

 少なくともこの僕――平凡な男子高校生・雨野景太・十六歳は。

 未だに、毎晩ベッドの中では異世界へ勇者として召喚される空想を描くわけで。

 …………。

 いや、高二にもなってなに言ってんだお前、そんな暇あるなら進学や就職について真剣に考えろやとは正直自分でも思うけど、実際こればかりは仕方ない。

 ふと気付けば、僕はいつだって平凡からの脱却を夢想している。

 旅行の際は孤島の洋館で探偵役として殺人事件に巻き込まれたいなと期待しているし、夜一人でコンビニに向かう道すがらでは闇に紛れて人知れず化物を狩るヒロインにでも出くわさないもんかなーと常にドキドキしているし、一ヵ月に一回ぐらいは、暇な授業中にシャープペンシルをサイコキネシスで浮かせられないもんかと力んでみる。

 勿論、本当に何かが起こるだなんて心から信じているわけでもないのだけれど。

 でも、宝くじ程度のささやかな希望を持って生きることぐらいは、許して欲しい。

 なぜなら。

 僕という人間の属性は、実際絶望的なまでに「平凡」だからだ。

 雨野景太。十六歳。高校二年生。A型、蟹座。小柄でやや痩せ形。

 両親と二歳年下の弟と共に暮らす、四人家族。中流家庭で特に目立った不自由もなく成長し、父方、母方の祖父母ともに全員健在で、親族関係も、まあそこそこに良好。

 僕も弟も割と優等生気質に育ったおかげか、時折多少のケンカこそあれど、家庭内が著しく荒れた経験は皆無。両親の夫婦仲も円満で、一年~二年に一回程度は、国内で(しかも大概近場だけれど)家族旅行もする。

 部活経験は小学校、中学校共に野球部。ただし完全に友達付き合いの一環でしかなく、情熱を持って取り組んでいたわけじゃないし、特別な才能もなかったどころか、むしろ運動音痴で足手まとい。試合には著しく勝っている時か負けている時、どちらかの最終回でだけお情けで出して貰えたけど、本音を言えば、わざわざチームに迷惑をかけてまで出たいとも思っていなかった。勿論、僕なりに真剣には取り組んだけれど。

 頭の出来自体はそう悪いほうじゃなく、勉強がそこそこできる自負もあったのだけれど、その慢心が災いしたのかはたまたゲームのやりすぎか、中学で少し成績を落とし、結果地元でも少々偏差値低めの公立高校……音吹おとぶき高校に入学。

 その際、小学校からそれまで親しく連んでいた友人達が軒並み他校へ進学してしまったため、人間関係はここでほぼリセットされた。

 しかしそこで、「友達って、ごく自然にできるものだよね!」という超絶生ぬるい小学生感性から抜けきっていなかった僕は、当然最初の一歩で大きく出遅れ、結局そのままズルズルと特別親しい人間もできぬまま、早一年。

 二年になりクラス替えが行なわれた現在も尚、休み時間は一人でポチポチとスマホやゲーム機をいじる日々。世に言う「ぼっち」というやつなのだけれど、時折人にクスクス笑われることこそあれど、露骨なイジメを受けていたりはしない。スクールカーストの底辺に、しかしそこそこ馴染んで収まっているタイプだ。

 当然、なにかの拍子にクラスメイトと喋ることがあっても、かなり表面的。

 ちなみに僕がこれまでの高校生活において交わした全会話の中で、一番親しげだったのは、僕の近くでグループで騒いでいたクラスメイト男子との会話……。

「なぁなぁ、雨野はジャンプどうやって読む派?」

「え? あ、えと、あの、普通に、前から順番にだけど……」

「だよな! ほら言ったろ、雨野は順番派! お前ら俺にジュース一本おごりだかんな!」

 である。ちなみにこの会話があった日は僕、なんか一日中上機嫌だった。

 ……今、「そこはちょっと、《平凡》よりいささか下じゃ……」とか思ったヤツ。少し黙ってて貰えないだろうか。心折れるんで。淡々と平凡な人生送ってきたが故の、豆腐メンタルなんで。自分の好きなゲームの酷評見ただけでも無駄に一日凹むタイプなんで。

 当然カノジョを作るなんてのは夢のまた夢。僕が高校で経験した恋愛絡みイベントは、精々……。

〈休み時間にアテもなく校内徘徊はいかいしてたら、普段人通りのない階段踊り場で、互いの体まさぐりながらディープキス中カップルと遭遇。一瞬時間が止まるも、そこで僕が引き返すのもおかしく、何にも見てませんよという体で脇を通り抜け、階段下まで降りてほっと胸を撫で下ろしていると、なぜか上からカップルの爆笑が聞こえてきた〉

 という経験ぐらいである。……正直未だに、あの状況での正解が分からないんですが。

 あ、僕自身の恋愛イベント? えーと、二次元含めていいなら――あ、駄目ですかそうですか、ふんふん。……まあ、そうなってくると、ゼロってことになっちゃいますよね。

 こほん。とにかく斯様かように僕は、これ以上ないぐらいに平々凡々とした人間なわけだ。人気者オーラもなければ、突出した才能もなく、かといって悪目立ちもしない。

 クラスメイト全員にとっての、風景的「モブキャラ」。それが僕、雨野景太。

 唯一何か僕のキャラ的特徴を挙げるとすれば、それは、某妖怪○ォッチ主人公とほぼ名前が丸被りなことと、そして……。

「ゲームが趣味」

 ということだけ。今までの自己紹介の中で薄々感づかれていたかもしれないけど、僕はゲームが好きだ。テレビゲーム。それが心から、好き。特別な理由もなく無条件に好き。

 面白いゲームをしている時が一番幸せで、それさえあれば、まあ大概の嫌なことは乗り越えられる。僕の中にくすぶり続ける中二病な欲求の代替行為でもあり、そういう意味じゃ、わざわざ自分が異世界に召喚されなくても、まあ楽しくゲームができるならこの世界も悪くないかな、なんて思える。それぐらいにはゲームが好きで。

 帰宅から夕飯までの間のゲーム時間はまさに至福の一言だし、弟とぎゃあぎゃあ対戦している時程、笑いに溢れる時間はそうそうない。

 だけど……その程度のゲーム好きぐらい、やっぱり世の中にはごまんといるわけで。

 結局は、特徴とも言えない特徴。個性とも呼べない個性。

 だから、そんな僕が、これから語る物語は。

 僕自身の物語嗜好的には非常に不本意で、大変遺憾なことがら。

 なんだかんだで、結局のところ。

 平凡な日常を愛す平凡な主人公が、美少女に声をかけられるところから始まる、実にありきたりで、驚く程に共感のしようもない――

 ――ゲームの、物語なのである。


【雨野景太と導かれし者達】


 世の中には雲の上の存在、というのがいる。

 憧れのアイドル歌手だったり、世界の舞台で活躍するスポーツ選手だったり、大企業の富豪社長だったり、人によっては二次元嫁だったり。

 身分や立場が違い過ぎて、そもそも接点がない上に、たとえ奇跡的に出逢えたところで、それに続く会話や交流の難易度が桁外れに高い人間。

 それが雲の上の存在。

 だから……。

「あの、すいません。音吹高校の方……ですよね?」

「んへ?」

 六月某日の放課後、夕陽差す気怠い空気のゲームショップ内にて。

 何の前触れもなく音吹高校随一の美少女、天道てんどう花憐かれんから声をかけられたその瞬間……僕、雨野景太の脳味噌は完全にフリーズし、咄嗟とつさに変な声で応じてしまった。

 少しでも情報を求める様に目まぐるしく動いた眼球が、しつけにも彼女を上から下まで眺め回していく。

 真っ先に目をかれるのは、そのブロンドのロングヘアーだ。それも場末の美容室で雑に染めた不良の様なそれではなく、正真正銘ナチュラルの、つややかで健康的な金髪。流石に詳しい話は忘れたけど、ハーフだかクォーターだか隔世遺伝だかが理由らしい。

 しかしそんなブロンドに反して顔立ち自体は極めて日本人のそれで、パッチリと大きな目こそ淡いブルーながら、全体としては不思議とあどけなさも感じられる。

 まさに、アニメやゲームの中から抜け出てきたかのような、典型的美少女。

 長身のモデル体型が故か、皆と同じ音吹高校の制服でさえも、彼女が着崩して身にまとうだけで洗練されて見える。

「……?」

「あ」

 思わずぼんやりと見とれてしまっていると、天道さんが小首を傾げて不思議そうに僕を見てきた。ドキリと心臓を跳ね上がらせる僕に対し、天道さんは「あ、そうですよね」勝手に何か納得し、はにかみながら自らの胸に手を当て、唇を動かす。

「私は、音吹高校二年A組の、天道花憐と言います。初めましてですよね、えーと……」

「え、あ、え、その、雨野です。雨野……」

 慌てて反射的にそれだけ答えるも、天道さんが未だに無言でニコニコと僕の言葉の続きを待っているのを見て、ハッとして補足する、

「あ、雨野景太。F組。……。あ、二年。……あ、ちが、そう、同じ音吹で!」

 どうにかこうにか、ちぐはぐな自己紹介で応じる。かなりアレなつっかえ方をしたのに加え、緊張のせいで顔から汗がぶわっと噴き出してきた。前髪がぺたりと額に張り付き、体が小刻みに震えて奥歯がカチカチと鳴る。それでも動揺を悟られまいと、落ち着け僕落ち着け僕と強く自制を試みるも……焦れば焦る程に気持ちだけが空回りし、むしろみるみる頬が紅潮していく始末。

 我ながら露骨にキモい童貞人見知り男子オーラ全開で、情けないにも程がある。

 しかし天道さんはそんな僕の挙動不審さを全く意に介した様子もなく、それどころか先程よりもフランクな態度で、その滑らかな手を差し出してきた。

「あ、良かったぁ、同学年で。よろしくね、雨野君」

「え……はい……えと……。……あ」

 そこで、ようやく自分がギャルゲーのパッケージを手に持ったままなことに気がついて、慌てて棚に戻しつつ、改めて握手を――しようとしたところで、ふと自分みたいな男が天道さんの手に触れることに躊躇ためらいを覚える。失礼があっちゃいけないと急いでズボンでゴシゴシと手を拭ってから差し出すも、そこでまた、いやむしろ今のこの行動こそが相手にとって凄く気持ち悪かったのではないかと後悔し――

「……よ、ろ、し、く!」

「あ……」

 ――そうこうしている間に、天道さんの方から強引に手を握られ、握手してしまった。

 彼女の手の感触を堪能――とかさえする余裕もなく、ぼんやりと呆けてしまう。

 ……いくら考えてみても……こうして実際に手が触れ合ったところで尚、やはりどうしようもなく、現実感の乏しい状況だった。

「(だって……あの、天道花憐、だぞ? それがどうして僕なんかに声を……)」

 彼女の笑顔を見つめながら、改めてこの状況の異常さを再確認する。

 天道花憐。僕とは対極に、二年生ながら学内ヒエラルキーの頂点に君臨する学生。

 容姿端麗、成績優秀、頭脳明晰、スポーツ万能と、おおよそ現実の人間とは思えないスペックを誇る美少女。偏差値低めで、校風がお世辞にも良いとは言えない音吹高校において、掃き溜めに鶴とはまさにこのこと。

 故に芸能人でもないのに、今や音吹では殆ど神格化レベルで祭り上げられている……所いわゆる謂「学内アイドル」というヤツだ。

 しかしそれを、井の中の蛙と侮るなかれ。狭い世界での濃密な支持を得ているだけに、彼女の及ぼす影響力はあまりに絶大。アイドルという言葉だけじゃ追いつかないかもしれない。彼女は音吹全生徒にとっての共通話題であり、ファッションリーダーであり、流行発信者であり、偶像であり、マスコットであり、シンボルであり、誇りなのだ。

 地元の他校生に音吹高校の印象を聞けば、「偏差値低めの公立」という伝統のお決まりイメージの次に「あと、天道花憐のいる高校」という言葉が即出てくるぐらいには、どうしようもない程の中心存在。 

 性格面も概ね好評で、自らの卓越したスペックを根拠とした自信や行動力を持つものの、そこにおごり高ぶった者の傲岸不遜ごうがんふそんさは微塵もなく、むしろ一種の高潔ささえ感じられるという(これはクラスメイトの男子が噂していたことの盗み聞き&受け売りだ)。

 片や僕の方はと言えば、高校に友達の一人さえいない、モブキャラぼっちゲーマー。

「…………」

 ……うん、いくら考えてみても、彼女に声をかけられる理由が見当たらない。っていうか、僕なんかが現在彼女の視界に入っているという事実が、既に奇跡だ。

 ま、まあ、そりゃあね? 根っからの中二病気質な僕だから、有名人たる彼女に劇的に見初みそめられたりする妄想をしたことがないとは言わないさ、うん。

 だけどその妄想をする時でさえ、イマイチ「僕が見初められる理由」の具体的設定が見つからず、妙に苦慮したぐらいだし(お恥ずかしながら、結局ベタに「幼い頃に重要な約束してた」的な妄想で妥協しました)。

 だから、今の状況はあまりに想定外すぎて。正直な話、喜びや期待なんかよりも、むしろ戸惑いと……そして、不安の方が大きかった。……そう、不安。

「(な、なんか僕、変なことしたのかなぁ。大した話じゃなきゃいいけど……)」

 普段から非日常を望んでいた割には、いざそれに直面すると、この平穏な日常が壊れるんじゃないかという恐怖に怯える僕。中二病だなんだと言いつつも、結局は「なにかいいことが起きたらいいな」という願望よりも「どうか悪いことが起きませんように」という祈りの方が切実なあたり、どうしようもない程に根が小市民だ。情けない。

 僕の中で様々な感情が渦巻く中、天道さんは握手を放しながら、あくまで笑顔のままで語りかけてきた。

「雨野君。キミさ、好きなのかな?」

「え!?」

 突然の質問に、僕の心臓はまたも跳ね上がる。ま、まさか、こんな何気ない日常の一場面で期せずして高嶺の花への告白タイムが来ようとは夢にも――

「ゲームがさ」

「ですよね! 分かってました! 僕今、ホントは分かっていながら、あえて動揺してみせてたとこあります!」

「?」

「あ、いや、な、なんでもないです……」

 やばい、テンパりすぎて今度は躁鬱そううつの躁の方に寄っている。初対面の人間からしたら、キモイにも程があるノリだ。つい、身内と話す時の素の自分が出てしまった。

 しかし天道さんはさして気にした様子もなく、さっきまで僕が手に取っていたソフトの方を見やりながら再度たずねて来る。

「雨野君、さっき何か手にとってたよね。えーと……」

 あ、やばい。ただでさえギャルゲー見てたなんて恥ずかしいのに、今何気なく手にとって見てたのって、確か……。

「えっと、これかな? なになに……世界初、金髪美少女オンリー恋愛シミュレーション&お色気悪戯アドベンチャー『きんいろ小細工』……?」

「好きです!」

「え!?」

「あ」

 どうにか彼女の興味をソフトから引き離そうと咄嗟にさっきの質問に大声で答えてみたはいいものの、どうもとんでもないタイミングだったようだ。

 天道さんは自分のブロンドを指先でくるくるといじりながら、酷く動揺した様子でソフトと僕を交互に見つめ、徐々に頬を紅潮――。

「あ、げ、ゲーム全般がですよ!?」

「だ、だよね! 分かってた! 私今、分かっていながら、それでも照れたとこある!」

 直前の僕の言葉につられた様なリアクションをとりながら、天道さんがあせあせとパッケージを棚に戻す。そして二人の間に漂い出す、なんとも言えない、お通夜みたいな空気。……もう、消え去りたい。この場から、跡形もなく。メド○ーアを喰らう勢いで。

 とはいえ、キモオタ男子たる自分だけならまだしも、なんか天道さんまで変な空気に巻き込んだ責任は取らないといけない。

 僕は最大限の勇気を振り絞って、珍しく自分から話題を切り出した。

「えと、ぼ、僕、ゲームが、こう、全体的に、好きで。だ、だから、今のソフト見てたことにも他意はないというか……あまりに斬新すぎるコンセプトに、パッケージ裏面の説明読みたくなっただけというか……」

「あ、分かる。そうそう、ゲームのパッケージ裏って読むのって楽しいんだよね」

 ニコッと優しく微笑んでくれる天道さん。その瞬間、僕は一発で舞い上がってしまった。

「わ、分かります!? そうなんですよっ、いいですよね、パッケージ裏! ネットのレビューやゲーム雑誌のレビューとかも参考にしますけど、僕はやっぱり、パッケージ裏の概要説明も同じぐらい重視していきたいと思っているんですよ! 公式HPで説明見るのとかともまた違うんです! あの極めて狭い範囲の中に、ゲームの売りをギュッと凝縮してこれでもかと表現している感が、たまらないんです! パッケージ裏と言えば、メタルギアソリッドのあれは本当に革新的――」

 そこまで一息に喋ったところでハッとして止まる。やばい、今なにしてた僕。普段は無口な癖に、好きなもののこととなると途端に饒舌じようぜつって……あまりに典型的すぎるだろう、僕! 恥ずかしい! しかも相手は、あろうことか音吹のリア充の中でも、更に頂点に君臨する様な女子だぞ。これは酷――。

「ふふっ……」

「? て、天道さん?」

 気付くと、僕の予想に反して天道さんはなぜか凄く楽しそうに、小さくくすくすと笑っていた。一瞬、ぼくのあんまりな醜態をせせら笑っているのかなと思ったけれど、どうもそういう嫌な感じでもない。

 不思議に思ってぽかんとしていると、天道さんは実に楽しそうな笑顔のままで、口を開いてきた。

「ごめんなさいね、話の途中なのに。でも、雨野君があまりに熱いものだから、つい……」

「う……」

 は、恥ずかしい! 顔に再び熱が戻ってくる。しかし、天道さんは特に僕を小馬鹿にする様子もなく、更に続けてきた。

「それに、なんていうか、雨野君が本当に理想的すぎて、キミに勇気を持って声をかけた自分を褒めてあげたくなっちゃったっていうか……」

「へ? り、理想的? えと……それは……」

 今度はまた、違う意味で熱くなってくる。えと……これは……まさか、いつか妄想していた、見初められパターンでは!?

 僕の胸が高鳴る中、天道さんはなぜか改めて背筋を伸ばすと、ぼくの瞳を正面から見つめてくる。

「ねぇ、雨野君。もし良かったら、キミさ。私に付き合って……」

「!?」

 き、キタァ―――― !? こ、これは、これは、今度こそ、正真正銘、告白タイム――

「……私に付き合って、ゲーム部に、入ってみない?」

「ですよね! 分かってました! 僕今、ゲーム部の誘いだって分かって――って、え? げ……げぇむ……部?」

 あまりに予想外の誘いに、キョトンとする僕。

 しかし天道さんはと言えば、相変わらず天使の様に……ニコニコと、僕に微笑みかけ続けてくれていたのであった。

 上機嫌の時にやるゲーム程、楽しいものはない。

 クサクサしている時にはどんな名作RPGの感動シーンにもイマイチ乗り切れないけど、機嫌がいい時には理不尽なエンカウントで全滅して長時間の冒険がパーになってさえ、嘆くどころかゲラゲラ笑えてしまう。

 だからこそ、今日の僕は――

「♪~~♪~~♪」

 ――教室の片隅で一人、スマホのソーシャルゲームさえも、全力で楽しめていた。

「(やー、ソシャゲも案外捨てたもんじゃないよなぁ、うん。なんだろう、この思考停止状態でぼんやりできる感じ……全然嫌いじゃないよね!)」

 最早、日によっては苛立ちしか覚えない課金煽り演出にさえ愛らしさを感じる始末。

 僕はぽちぽちと「曜日クエスト」をこなしながら、他人にはまるで聞こえないレベルの鼻唄を口ずさむ。

「(普段は少し居心地の悪い『休み時間のぼっち着席』でさえも、今日ばかりは殆ど気にならないよね。なにせ……)」

 昨日の放課後の出来事を回想し、思わずほくそ笑んでしまう。

「(なにせ、あの天道花憐さんにゲーム部へ誘われてしまったのだから!)」

 これまで陰々滅々とした高校生活を送ってきた自分に、突如降って湧いたイベント。

 憧れの人からの接触、それに加えてゲーム好きの同志までもが一気にできる予感。

 この状況で、浮かれるなという方が無理な話だった。

 実際、昨日もあれから家で弟とスマ○ラで遊んだのだけれど、その間も終始超絶ハイテンションだったどころか、負けてもニッコニコし続けていたため、「いや流石にキメェよお兄さん!」と中三の弟に罵倒される始末。しかしそう言われても、どうしようもない。

 上機嫌な時に楽しく遊ぶゲーム程、最高な娯楽はないのだから!

 流石に学校じゃニヤニヤを抑えようと努力するものの、しかしモブキャラ男子なんかそもそも誰も見ちゃいないだろうと、僕は上機嫌でスマホをいじり続ける。

「(それにしても、ゲーム部かぁ。そんなのが音吹にあっただなんてなぁ)」

 ゲーム好きを自称する僕でさえ、まるで知らなかった。

 それもそのはずで、現在音吹にあるゲーム部は、つい最近天道さんが作ったばかりの部活動だという。しかも、とある事情から全然生徒達に認知もされていない。

 僕は昨日の放課後……ショップから近場の公園ベンチに場所を移して聞いた天道さんの話を、アプリで遊びながら、今一度ゆっくりと回想し始めた。

「それでね、ゲーム部の話。私が中心になって作ったはいいんだけれど。実際、部員募集のお知らせ的なものは、何もしていないんだよね」

 鞄から取り出した小さめのミネラルウォーターで唇を湿らせながら説明する天道さん。

 僕は相変わらず彼女と二人で喋っているという状況にドギマギしつつも、なんとか醜態を曝さらすまいと、必死で平静を取り繕って応じる。

「そ、そうなんですか。でも――」

「あ、敬語」

「?」

 突然天道さんが、どこか困った様に眉を八の字にして僕を見つめる。

「同学年なんだから、タメ口でいいよ、雨野君。っていうか、私の方がもうそうしちゃっているから、むしろ敬語で対応される方が気まずいかな」

「あ、すいません……」

 反射的にぺこりと頭を下げて、ハッとする。天道さんは苦笑した。

「なんでだろうなー。私、クラスメイトにさえ敬語で話されたりするんだよね」

「そ、そうなんですか」

「うん。……この前なんか、遂には先生にまで敬語で話されたし……」

「はは……」

「果てには、大魔王○ッパにまで時折敬語で応対される始末だよ」

「へぇ……って、いやいやいやいや、それは流石に嘘でしょう!?」

「いやホントホント。この前なんかクッ○城の最奥で『足下の悪い中、よくぞおこし頂きました』とまで言ってくれたからね、彼。バグかな?」

「バグにも程がありますよ! どういう状況ならそんなバグが発生するんですか!?」

「えーと……かなり眠い時とか」

「じゃあ夢ですよ! まごうかたなき夢ですよ!」

「え? じゃあ、もしかして、リオ○イアが『申し訳ありません。今日はもう、うち逆鱗切らしちゃってまして……』って、わざわざへりくだって謝ってくれたアレも……」

「夢でしょうよ! っていうか、それが夢以外だったらちょっとした事件ですよ!」

「……カプ○ンに苦情入れた方がいいかしら?」

「なぜ夢説を頑なに否定!? やめて下さい! バグってるのはどう考えたって天――」

「……ふふっ」

「……あ……」

 突然天道さんがクスクス笑い出したところで、僕はようやく、彼女に自分の「素」が引き出されていたことに気がついて、途端に恥ずかしくなってくる。

 再び、しゅんとしおらしくなる僕を、天道さんは残念そうに見ながらも、これ以上続けるのは気の毒だとでも思ったのか、優しい笑顔で話を元に戻してくれた。

「ごめんね、話逸らしちゃって。えっと、どこまで話したっけ……」

 指を唇に当てて宙を眺める天道さん。……こういう仕種を天然でできちゃうあたりが、学内アイドルたる所以なんだろうなぁ。

「そうそう、ゲーム部発足の宣伝活動をしていない、という話だったね」

「あ、はい、そうでしたね。えと……それは、どうしてまた……」

 少し落ち着いてきたのと同時に、素直に疑問感情が湧いてくる。天道さんはペットボトルのキャップを閉めながら、砂場ではしゃぐ子供達を眺めた。

「ゲーム部って、ただでさえ不真面目そうな響きな上、自分で言うのもアレなんだけど……その、私が在席しちゃっているじゃない? だからその、大々的に告知しちゃうと……」

「……?…………あ。……あー……そういう……」

 天道さんは苦笑し、それ以上の説明をぼかしたものの、僕にも大体の事情はおぼろげながら飲み込め始めていた。

 要は、怠け目的や天道さん目的の中途半端な動機の入部希望者が殺到する事態を危惧しているのだろう。運動部と違って、ゲーム部という名前の敷居の低さも凄いし。

 天道さんが続ける。

「私はね、凄くゲームが好きなの。あんまり友達にも言ってないんだけれどね。音吹に来たのだって、実は有名な名門ゲーム部があるって聞いたからだったし」

「え?」

 そんなのはまるで初耳だった。天道さんが「あはは」と力なく笑う。

「私達が入学する直前に、潰れちゃったんだって。当時の卒業生が中心メンバーだったみたいで……」

「ああ……」

 それは……なんと言っていいものやら。しかし天道さんは、全くめげた様子がなかった。

「だから、去年一年、私は水面下でゲーム部復活のためにひっそり動いてたの。で、今年の春、遂に、私を部長として……」

「ああ、ゲーム部が復活したんですね。おめでとうございます」

 素直に感心しつつ賞賛する僕。「あ、どもども」と照れる天道さん。

 僕は小さくパチパチと手を叩いた後、しかしふと疑問が湧いて彼女に訊ねる。

「えと、でも、そもそもゲーム部って一体……」

「あ、うん。基本的にはそのまんまのイメージの、ゲームで遊ぶ部活かな」

「……それに名門とかって、あるんですか? いや、そもそもゲームの部活って……」

 僕の疑問に、天道さんが笑う。

「あははっ、うん、普通そうなるよね。でも、実際ただ遊ぶだけとは、ちょっと違うっていうか。ちゃんと、部活として、真剣に遊んでいる、っていうのかな」

「?」

「えと……ごめんなさいね、イマイチイメージできないよね? でも、だからこそさ」

 そこで天道さんは立ち上がり、夕陽を背に人懐っこい笑顔で僕を誘う。

「一度、見学に来てみてくれないかな、ゲーム部! ね、雨野君!」

 一瞬彼女のあまりの可愛らしさにぽけーっとしてしまいつつも、僕は慌てて訊ね返す。

「そ、そんな、どうして、僕なんかを……」

「僕なんかって……」

 本気で理解できないでオロオロしている僕に対し。

 天道さんは、いじけた子供を優しく諭すような、慈愛に満ちた態度で続けてくる。

「だって雨野君、ゲーム好きなんでしょう?」

「え、あ、はい、好きは、好きですけど……」

 僕が首を捻ひねっていると、天道さんは具体的に説明を始めてくれた。

「私達ゲーム部は、告知をしない代わりに、部員が各々、『これぞゲーム好き』という人をスカウトしてくる様にしているの。正直効率はかなり悪いし、本当にゲーム好きの人を見逃しちゃうこともあるだろうけど、でも、変な人ばかり入ってきちゃって、いきなり部活自体が壊れちゃったら元も子もないしね。まずは基盤固めっていうのかな」

「はぁ……なるほど……」

 要は招待制のお店みたいなものか。たとえ効率が悪くとも、優先すべき何かがある。

 あれ? でも、ということは……やっぱり、僕は……。

「って、あ、もうこんな時間! 門限が……!」

 振動アラームでも鳴ったのか、ポケットからスマホを取り出して慌てる天道さん。

 彼女ぐらいになると、このご時世でもまだ「門限」なんてあるんだなーとか妙な部分に僕が感心していると、彼女は僕に向かって「ごめんね!」と手刀を切り、急いでベンチに置いてあった鞄をひっつかんだ。

「とにかく、そういうわけだから! 明日! 明日の放課後、空けといて! 詳しくは……えっと、休み時間とかに伝えるから! じゃあね、雨野君!」

「え、あ、うん、その、さ、さようなら……」

 慌ててベンチから立ち上がり、一瞬躊躇ちゆうちよしつつも、照れながらちょいちょいと手を振る僕。……天道さんはもう全然こっちを見てなかったけど、それでも僕は手を振り続け……そして、彼女の姿が見えなくなったところで、へなへなとベンチに腰を下ろす。

 そうして、しばらくボーッと呆けた後……僕は、空を見上げ、ぽつりと呟く。

「これって……僕、彼女に選ばれたって……こと?」

 別に恋愛がどうこうじゃ、全然ないけど。それでも……以前はただの妄想でしかなかったことが、俄然現実味を帯びてきたことは、事実なわけで。

「ゲーム部……ゲーム部、かぁ……。…………ふ、ふふ……」

 その日、僕は生まれて初めて。

 翌日の音吹への登校が、心の底から、楽しみに思えたのだった。

 ぼんやりとソーシャルゲームのクエストをこなしながら、そんな、何度思い返したか分からない、昨日の夢の様な放課後の一時を反はん芻すうする。

「(そう、ゲーム部。今日僕は……天道さんに誘われて、ゲーム部に……)」

 なんて心の浮き立つ日だろう。僕の高校生活に、まさかこんな日が来ようとは。

 でも……一つ不安なのは……。

「(まさか……本当に夢じゃ、ない、よな?)」

 昨日はまだしも、一晩明けると途端に自信が持てなくなってくる。元々わりとリアルな夢を見る性質なことも手伝って、僕はそんな一抹の不安も抱いていた。

「(……い、いや、絶対あれは夢じゃない、うん。九割九分九厘、現実だ。…………。……い、今はただ、ゲームを楽しんで、放課後を待とうじゃないか、うん!)」

 僕は不安を無理矢理掻き消す様に、スマホの画面へと集中する。

 僕にとってゲームは、逃避場所であると同時に、精神安定剤でもある。作業ゲーを無心でやるのも好きだし、RPG世界に没入するのも大好き。どちらにせよ、現実のことを忘れて心が綺麗にリフレッシュされるのは変わらないから。

 で、僕が今遊んでいるのは、世の中に数多あまたあるパズ○ラクローン系アプリの一種だ。

 時間経過で回復するエネルギーを使って冒険し、少しゲーム性のある戦闘をこなし、戦闘報酬や毎日のログインボーナスでガチャを引き、仲間を集めて、強化や合成をする。

 課金前提のソシャゲはいつもあまり長続きしないのだけれど、今僕がやっているコレは、多少アクション性のある戦闘が意外と僕好みで、結果、雀の涙みたいな百円単位の課金と共に、もうかれこれ半年程に亘って楽しませて貰っていた。

 今日も今日とて一つクエストをこなしメニュー画面に戻ると、ふと一件、

「救援要請」が来ていることに気がつく。

 これは「フレンド」として登録してある他のユーザーが、期間限定で行なわれるイベントで現れる敵に勝てなかった場合、他のユーザーに追撃を要請し、報酬の分け前を与える代わりに倒して貰うシステムだ。

 あ、当然「フレンド」とは言っても、殆どは知り合いでも何でもない、そのゲーム限りの協力相手だ。交流もなく、ただ互いのメリットのために協力しあう、見知らぬ相手。基本的にはそこに、何の感情も介在しない。

 ただ、今回協力要請をしてきた相手は、少しだけ事情が違った。

「(ああ《MONO》さんか。だったら、要請に応じようかな、うん)」

 基本的にこのゲームにおける救援要請は、受ける側のメリットがそう多くはない。当然皆無でもないのだけれど、だったら他にも効率良いクエストがあるというか。

 しかし、この《MONO》さんは僕がこのアプリを開始した当初からのフレンドで、互いにメッセージでの交流なんかは一切ないものの、不思議と強い戦友感覚のある相手だ。二人のゲーム進行速度がほぼ一緒だったり、ログインタイミングが似通っていたり、それこそ救援要請依頼で助け合う率が高いせいかもしれない。

 なにはともあれ、たとえそれがソシャゲ上の薄いつながりであったとしても、《MONO》さんの救援要請は受けておきたい。特に今回のイベントには「救援要請は受信から、三分の間に受けなければいけない」という、妙に厳しい時間制限がある。

 僕は即座に指を動かすと、《救援要請を受ける》ボタンをタップ――

「あ、いたいた、雨野君!」

 ――しようとしたその矢先、突然大きな声と共に天道さんが教室へと入ってきた。

 意外すぎる人物の登場に、ギョッとして喧噪の止むF組。しかし天道さんは慣れているのか、特段気にした様子もなく、堂々と僕の方へと向かって来る。

 当然僕もまた動揺し、スマホを持って固まったまま、唖然と彼女を見てしまっていた。

 ……彼女が僕を目指してずんずん近付いてくるにつれ、クラスメイト達の視線も徐々に僕に集まり始める。……心臓が、バクバクと脈打つ。

「(う……これは……流石に……)」

 ラブコメ妄想では若干夢見た光景だけれど、いざこうして突然のタイミングで注目を浴びると、とてもじゃないけど平静じゃいられない。優越感なんてもっての他だ。

 実際クラスメイト達の視線も、羨望せんぼうよりは、極めて怪訝けげんそうなそれだし。

 だけどそんな僕らの微妙な空気感を知ってか知らずか、天道さんはずいずい僕の机までやってくると……突然、ひょいっと、僕のスマホを覗き込んだ。

「ん? 雨野君、なにやってるの?」

「あ、その、暇潰しっていうか……」

「ああ、ソーシャルゲーム。意外ね、雨野君、こういう、下らないのもやるんだ」

「え?……あ…………う、うん、まあ」

 なぜか急激に顔がかぁっと熱くなり、慌ててスマホを机に伏せるようにして置く。……なんでだろう、不思議と体まで熱い。天道さんがかたわらにいて、皆からも注目を浴びているせいかな。それとも……。

「そんなことよりさ」

 机に置いた僕のスマホをサッと遠ざけ、そこに手を置いて、天道さんは妙に親しげに、僕に語りかけてくる。

「今日の約束の件なんだけど。放課後、とりあえず図書室で待ち合わせでどうかな? 雨野君、掃除終わったらすぐ来れそう?」

「あ、う、うん。大、丈夫、だと……思い、ます」

 言葉が妙にのどにつっかかる。衆目があるせいか、昨日よりも尚体の強張りが酷い。なんとか意志を補足せねばと、更に首振り人形の様にこくこくとうなずく僕。

 すると、天道さんは、「そうっ!」と凄く嬉しそうに微笑んでくれた。ただでさえかなり珍しい彼女の屈託無い笑顔が、現在はあろうことか僕一人へと向けられているという事実に、クラス中が若干ざわつく。

 僕が彼女にかける次の言葉を決めあぐねて口をパクパクと動かしていると、神様がそれを見かねてくれたのか、二時限目の始業ベルが鳴った。

「あ、じゃあ私行くから。雨野君、放課後ね!」

 それだけ言って、トテトテと小走りで去っていく天道さん。「あ、うん、じゃ……」という気の抜けた相槌あいづちと共に取り残される僕と……そして。

「(う……)」

 クラスメイト達の、不躾ぶしつけな視線。また始業ベルが鳴ってしまったせいで、こういう時真っ先に騒ぐお調子者のクラスメイトさえ僕に声をかけてくれず、なんだか非常に空気が不穏なままだ。かといって、ゲーム部のことを自分から口にするのも無理だし……。

 僕は机から教科書を取り出す振りをして顔を伏せ、ゆっくりと授業の準備を進める。

 ――と。

「(……あ。結局《MONO》さんの救援要請……受けられなかったな……)」

 スマホを手に取り画面を見ると、《救援失敗》の表記が出ていた。

 実際、ソシャゲにおいて諸事情で救援に応えられないことなんてザラだ。逆に僕が救援要請を受けて貰えない時だってあるし、その際相手を恨むとかは全くない。

 だけど、なぜだろう。

 今日の罪悪感は、普段のそれより……不思議と少しだけ、大きかった。



「く……わぁ~~……」

 放課後、人気の少ない図書室の片隅で、小さくうめきながら背筋を伸ばす。

「(……これまでの高校生活の中で、一番長い一日だった……)」

 勿論、あまりいい意味じゃない。奇異の視線というヤツがこんなにも人の精神力を削るのだということを、僕は改めて思い知らされた。まあ、たまたま持って来ていた「風来のシ○ン」新作が最難関ダンジョンの七〇階まで踏破したところでセーブしてあり、今日はこのシリーズ特有の「外界なんかどうでも良くなるぐらいの緊張感」と共にゲームへと臨めていたから良かったものの! そうじゃなければ、心が折れて死んでいたかもしれない。

 やはり、ゲームは偉大だ。……まあ、結局九五階で凡ミスして倒れたから、また違う意味で心は折られたけどね! ちくしょう! チュンソ○トめ! よくもあんなに次から次へと、モンスターの嫌らしい特殊能力を考えられるものだ! 天才かよ!

 と、後悔もそこそこに、図書室にまだ天道さんが来ていないのを確認してから、テキトーに書架から本を抜き出してはパラパラと眺める。しかし勿論、意識は本にない。

「(でもおっかしいなぁ、基本的には超幸運に恵まれたラブコメ状況と言って差し支えないんだけどなぁ。少なくとも今はまだ全然幸せじゃないというか、むしろ……)」

 そこまで考えて、ぶるぶると頭を振る。何を弱気になってんだ、僕。本番はここからじゃないか。

 ゲーム部を見学して、恐らくはそのまま入部して、天道さんや、ゲーム好きの仲間と親しくなる。

 ……そこから、ようやく僕の明るい高校生活が始まるんだ。こんなところで勝手に躓いてどうするんだ。しっかりしろ、僕。多少の嫌な事ぐらい、耐えなきゃ駄目だろ、うん。

 僕が決意を新たにしていると、図書室の戸の開閉音がした。本を棚に戻して確認に向かうと、そこには予想通り、笑顔のブロンド美少女さんがいた。……相変わらず、何処にいても風景から浮いている気がするなぁ。いい意味で。僕とはホント真逆の存在だ。……いやまあ、今日は僕もなんか浮いてたけど。こっちは俄然悪い意味で。

「雨野君、早いのね。ごめんね、遅くなって」

 少し声を潜めながら近付いてくる天道さん。ぼくは「いえ」と笑う。

「僕も今来たところなんで……」

 言ってから、今のはあまりにテンプレじみた台詞すぎやしないかと後悔するも、天道さんが「そっか。なら良かった」とサラッと流してくれたので、ホッと胸を撫で下ろす。

 僕はそのまま、早速目的地に向かうため図書室の出口へと向か――

「あ、ちょっと待って雨野君。もう一人来るからさ」

「……え?」

 天道さんの意外な言葉に、驚いて振り向く僕。彼女は僕の挙動に少し首を傾げつつも、相変わらずニコニコと説明してくれた。

「あ、言ってなかったっけ? 実は昨日、雨野君の前にもう一人声かけてたの。折角だから、二人一緒に見学して貰おうかなって」

「あ……そ、そう、なんですか、か」

 僕は微笑を浮かべながら天道さんの方に戻るも……内心では、激しく動揺していた。

「(僕より前に声かけてって……つまり……僕は……もしかして、ついで?)」

 直前まで「選ばれた男」みたいな感覚でいた自分が、急激に恥ずかしくなってくる。いたたまれない。唯一の救いは、周囲に調子こいた態度を見せていなかったことか。だってそもそも自慢する友達がいないからね!…………。……それは本当に救いか?

 天道さんと共に入り口付近の椅子に座り、彼女の「最近どう」的世間話にも必死こいて応じていると、二分程経過したところで再び図書室の戸が開いた。

 入室してきた人物を見て、まず天道さんが小声で呼び寄せながら手を振る。

三角みすみ君。こっちこっち」

 そのアクションを受け、僕も入り口を振り返る。天道さんの呼び方から既に分かっていたことだけれど、当然、男子生徒だった。しかも……。

「(わー…………すっごい美少年系のイケメンだぁ……)」

 見事にテンションの下がる僕。なんだろう、これが女の子だったら、まだ僕にも希望があったのだ。なんの希望かは分からないけど。こう……ラブコメテンプレ的に?

 だけどこうなってくると、本当に「僕はおまけ」感がハンパない。……まあ、そりゃそうなんだけどさ。最初から、僕なんてモブキャラなわけだし。

 片や「三角君」とやらは、アクの強すぎないさわやか美少年……つまりは主人公オーラバリバリで、しかも……。

「あ、すいません、天道さん。それに、確か、雨野君。遅れてしまって……」

 本当に申し訳なさそうな顔をして、開口一番頭を下げてくる美少年。

「(……わー、腰低ーい。なんかすげーいい人っぽーい。……あ、そう……)」

 なにか色んな事に絶望しながらも、天道さんと二人「いえいえ」と応じる。

 天道さんは改めて、僕の方を見た。

「そっか、朝に三角君には雨野君のこと話したけど、雨野君には休み時間短くて、彼のこと説明できてなかったわね」

「あ、うん……(僕より先に、やっぱり三角君のとこ行ってたんですね……)」

「じゃあ改めて紹介するね。彼は、C組の三角瑛一えいいち君。同じ二年よ。ゲームセンターで遊んでたのを見かけて、声かけたの。一人で、落ちものパズルを一心不乱にやっててさ」

 天道さんの説明に、三角君が頬を赤らめる。

「ちょ、言わないで下さいよ、天道さん。恥ずかしいなぁ、もう」

「なんで? めてるのよ、私。だって彼、ギョッとする程凄い腕前なんだもの」

「いえ、ボクはただ、あのゲームだけが特別得意なだけで……」

 ……わぁーお、出逢い方も、僕より断然いいですねー。ですよね。それこそが、本来の主人公的な出逢い方ですよねー、うん。

 すっかり死んだ目をした僕に、しかし、爽やか美少年の三角君は、はにかみながらもすっと右手を自然に差し出してくれる。

「えっと、よろしくね、雨野君。キミのことは天道さんから聞いてるよ。その……ボク、実はあんまり友達多くなくてさ。できれば仲良くしてくれると、嬉しいかな、なんて」

「あ、は、はい、どど、どうも、雨野です。よろしくです!(なんてイケメン!)」

 握手という慣れない行為に照れ、僕もまた頬を紅潮させてその手を握る。……あ、凄いすべすべの綺麗な手だな。栗色の髪もサラサラで、笑顔も控えめながら人懐ひとなつっこくて……って、なんだこれ! BLか! でも正直僕、この件だけでもう既に三角君がすげー好き! 僕が三角君を主人公としたラブコメのヒロインだったら、確実にチョロインに分類されるレベルだね、これ!

 僕がすっかり三角君にオチたところで、天道さんが立ち上がる。

「じゃあ、早速ゲーム部へ向かおうか、二人とも」

 その言葉に。

 僕と三角君は顔を見合わせ……そして二人、少し力みながらも笑顔で応じたのだった。

『はい!』

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