第一章 学園祭準備(3)
俺はすぐさまナイトに視線を向け、スキル『同化』を発動させると、気を付けながらその気配に近づく。
するとそこには、一匹の巨大なカエルが鎮座していた。
そのカエルは軽自動車ほどの大きさで、全身青緑の
この大魔境で初めて見る魔物で、俺はすぐさま『鑑別』を発動させた。
【ヘル・フロッグ】
レベル:52、魔力:10000、攻撃力:20000、防御力:30000、俊敏力:40000、知力:300、運:1000
知力や運こそ低いが、その他のステータスはバランスがいい。
魔力的にも魔法を使ってくる可能性がありそうだが……。
何にせよ、初めて見る魔物である。
ただ、今俺たちがいる地点は、大魔境の中でも中腹くらいで、何度も足を運んだことがある場所だ。
偶然の可能性もあるが、よく知る場所にこうして知らない魔物がいるってことは、アヴィスの攻撃による影響なのかもしれない。
そんなヘル・フロッグだが、よく見ると自身に襲い掛かってくるゴブリン・エリートの群れを相手に戦っている最中だったのだ。
「ケロケロケロ!」
「グオォオ!?」
「いっ!?」
ヘル・フロッグが何とも言えない特殊な声を発すると、今まさに襲い掛かろうとしていたゴブリン・エリートたちは混乱したように体をふらつかせる。
その声は俺たちの下にまで届くが、すぐさま耳を塞いだことにより、何とか難を逃れた。
ナイトも器用に前足で耳を塞いでいる。
ゴブリン・エリートたちはヘル・フロッグに反撃しようとするが、その瞬間、ヘル・フロッグはこの特殊な声を発した状態で、同時に別の声も出し始めた!
「ゲコォオオオオ!」
「ガ、ガアア……」
「これは……」
「わふ!」
まるでオペラ歌手のような、野太くいい鳴き声を上げるヘル・フロッグに、
俺は先ほどからずっと耳を塞いでいたのだが、今度の声はそれすら貫通する威力で、その声に引き込まれそうになる。
だが、ナイトが素早くそんな俺の足を軽く叩いてくれたおかげで、正気に返った。
「あ、ありがとう」
「わふ」
気にしないでと小さく鳴くナイトに、本当にこの子は優秀だなと思わされた。
それよりも、まさか二つの声が同時に発せられるとは思わなかった。
しかも片方は敵を混乱させるような声で、もう一方は魅了するような声という、相手をするには非常に厄介な能力である。
そんな能力を真正面から受けたゴブリン・エリートたちはまともに戦える状況ではなくなっていた。
そして――――ヘル・フロッグはその特殊能力以外にも、戦闘力が非常に高かった。
「ゲコォ!」
「ガッ――――」
一瞬、ヘル・フロッグの口が開いたかと思うと、次の瞬間には目の前にいたゴブリン・エリートがヘル・フロッグの口に飲み込まれてしまった!
俺が何とか視認できたレベルだが、ヘル・フロッグの口が開いた瞬間、そこから
しばらくの間、ヘル・フロッグの腹がもごもごっと動いていたものの、すぐにその動きは大人しくなる。
あまりの早業に、俺たちは
遠くから観察している俺たちでさえその速度に驚くのだから、目の前で食われたゴブリン・エリートからすれば、まさに一瞬の出来事だろう。
それからも戦意喪失しつつあるゴブリン・エリートの群れをヘル・フロッグは次々と飲み込み、やがて腹を膨らませたヘル・フロッグだけが残るのだった。
そんな
「わふ?」
どうする? と
この魔物を見るのは初めてだし、今なら相手は食後で動きも鈍いだろう。
それに、俺たちには気づいてなさそうだ。
……ここは一度、戦っておくか。
俺がナイトに目配せすると、ナイトは頷く。
ナイトにはこのまま警戒を続けてもらい、俺の攻撃で仕留め損なった時に、ナイトにトドメを刺してもらおうと考えていたのだ。
俺は【
すると、ヘル・フロッグは
「クェェェ……ケ、ケ……」
そして体を
「ふぅ……ひとまず何事もなく倒せたな……」
「わふ」
ゼノヴィスさんとの修行を経て、
周囲を警戒しながらドロップアイテムを回収した俺は、ひとまず探索を切り上げ、家に戻った。
そして、さっそくヘル・フロッグのドロップアイテムを確認していく。
【地獄蛙の皮】……ヘル・フロッグの皮膚。弾力性と防水性に優れており、その上軽い。防具の素材として非常に優秀。
【地獄蛙の舌】……ヘル・フロッグの舌。非常にしなやかで、丈夫。特殊な粘膜に覆われており、一度引っ付くと中々離れない。
このような素材と魔石が手に入った。
魔石のランクはSだったため、魔物としてのランクもSランクなのだろう。
ただ、今回はこれらのアイテムとは別に、またも不思議なアイテムがドロップした。
それが……。
【地獄のマイク】……ヘル・フロッグのレアドロップアイテム。このマイクは、
「何なんだ、このアイテム……」
これはいつもの日用品シリーズ……と言っていいのか分からないが、他の素材系アイテムと毛色が違うのは明らかだった。
見た目こそ普通の手持ちマイクにしか見えないのだが、何が違うんだろうか。
マイクを手にして観察していると、不意にマイクから音声が流れてきた。
『レッスンを始めますか?』
「れ、レッスン?」
突然の音声に驚きつつも、物は試しと頷く俺。
すると、再び音声が流れる。
『それでは、マイクから流れる音に従って、その音程に合わせて声を出しましょう』
「へ?」
詳しい説明もないまま、いきなりマイクからピアノの音階が流れ始める。
その状況に呆然としていると、音声で『先ほどの音階を発声してください』と指示された。
ひとまずその指示に従い、声を出した瞬間。
「あばばばばばばばば!?」
俺の全身に電撃が走った!
そのあまりの衝撃に驚愕していると、またしても音声が流れる。
『音程が間違っています。さあ、もう一度』
「へ? あ、あの、どういう――――」
『歌いなさい』
「ぎゃあああああああ!?」
再度流される電流に、俺は絶叫した。
「ちょっ、ちょっと待って! 俺はただ、確認を――――」
『レッスンの中止は認められません。歌いなさい』
「いだだだだだだ!」
「わ、わふぅ」
『……一体、何をしてるのだ……』
容赦なく流される電流に
「お、オーマさん! 助けてください! 手に入れたアイテムを調べようと思ったら、このマイク、止まらないんですよ!」
『そんなもの、手を放せばよかろうが』
「そんなこと、最初から試してますよッ!」
しかし、まるで俺の手に吸い付くかのように、マイクは手から離れてくれないのだ。
も、もしかしてこれ……レッスンとやらが終わらないと手から離れないとか言わないよな……?
急激に嫌な予感を抱く俺に対し、マイクの音声は無慈悲に言い放った。
『レッスンを始めたからには、ひとつのメニューを終えるまで続けてもらいます。中断は認められません』
「そ、そんな……!」
『さっさと歌いなさい』
「あばばばばばば!?」
――――こうして俺は、このレッスンが終了するまで何度も電流を浴び続けることになるのだった。
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試し読みは以上です。
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