第三章 推しの唇なんて恐れ多くて触れない2


◆◆◆


「では、次はだれの力を奪いましょうか、サヤカ」

 朝食を済ませて、ジルが目もくらむような目映まばゆい笑顔でサヤカを見つめた。

「またうれしそうに、そういうこと言う……」

「と、一応きはしましたが、ここはレオでしょうね。このまま奴がこちらを放っておくとも思えません。それに……」

 ジルがサヤカから視線をはずす。その視線の先には、今まで笑顔で食事をしていたキャンサーが、さおな顔で滝のような汗をかき、ガタガタとふるえていた。

「そうだった、僕、殺される……! あわわわ……っ!」

 キャンサーはレオに頼まれてここに来た。レオは確かにキャンサーをおこるかもしれないが、それほどおびえることだろうか。

「そ、そんなに怖がらなくてもいいんじゃない……? だってあなた達、仲間でしょ? キャンサーが説得したら、のろいのことも理解してくれたり――」

「無理です」

 考えるまでもなかったらしい、即答だった。

「絶対、無理です。レオは聖騎士せいきしとしてのプライドも高いですから、僕がサヤカさまに忠誠ちゅうせいちかったことを許してくれないだろうし……」

 言いながら、キャンサーはさびしげに目を伏せる。

「今のあの人に、僕が仲間って意識はないと思います。僕もあんまりなかったし……」

「でも、レオに頼まれたからここに来たのよね?」

「殺されたくなかっただけです。ってあの人、聖騎士最強ですよ!? 僕は聖騎士最弱! ひねりつぶされます、比喩ひゆじゃなく!」

「比喩じゃないの!?」

 怯えた様子のキャンサーを見ると、それが本当のように思えてしまう。

「でも、レオは本来、そんな人じゃなかったはずでしょ?」

 サヤカの声に、キャンサーも顔を上げてうなずいた。

「……ええ。そうです。確かにえらそうで威圧感いあつかんもあって怖かったけど、本当は面倒見がよくて、最弱の僕をきたえてくれたのも、レオにい――あっ、レオ、なんです」

 キャンサーはあわてて言い直す。少しほおが赤くなっていた。二人の仲の良さがうかがえる呼び方に、サヤカはテーブルの下でぐっとこぶしにぎり締めた。

(レオ兄いただきました!)

 ゲーム中でもキャンサーがレオを兄のような存在としてうやまっていたシーンがあった。それを思い出してサヤカはうるむ口元をおさえきれず、大きくうなずく。

「うんうん、そうよね! レオはそういう騎士よね! レオもきっと呪いのせいで性格がゆがんでるよ。なら、放っておけない」

 サヤカが強くそう言うと、ジルが口元にみを浮かべてうなずいた。

「では、まずは今、レオがどういう状況じょうきょうなのか知る必要があるでしょう。ですが馬鹿ばか正直に正面からぶつかれば、ひねり潰されるだけです。キャンサーが」

「僕が!? ……僕か」

「そうならないための術を、お前は持っているだろう」

 ジルの言うことを即座に理解したキャンサーは、パッと顔を明るくしてサヤカを見つめる。

「そっか、変装へんそうしていけばバレない! そういうことなら僕に任せてくださいサヤカさま!」

(本当に、笑顔だけは天使なんだから……!)

 うっかりおがんでしまいそうになる天使の笑顔で、キャンサーは続ける。

「サヤカさまは絶対、ヒールいてくださいね!」

 彼の期待が手に取るようにわかり、サヤカはテーブルにごんとひたいたたきつける。

「……この性癖せいへきの歪みも呪いのせいにしてしまいたい……!」

「さすがのテュポンも迷惑めいわくがりますよ」




※この続きは文庫でお楽しみください。

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