◯第二話 ゆるふわファンタジーだと思いました? 残念世紀末ですっ

 レベルアップしたことで赤ちゃんから十五、六歳ぐらいの少女になった。

 でも、私の笑顔はすでに消え去っている。

 だって、三時間近く歩き続けてる。

 普通にしんどいよ。もう、歩きたくない。

 マップ機能はあるみたい、マップをイメージしたら周辺のマップが脳裏に浮かぶ。

 そのマップを信じて、私は一番近くの街を目指して歩いていた。

「今どきオート移動機能ないってバカかな? いっそワープでもいいよ?」

 疲れのせいで発言がアレなことになる。

 でも、そんな茹だった頭でも歩数とタイムはカウントをしている。

 癖になっているんだよね、頭の中でカウントとるの。

「効果時間あと三秒、三、二、一。【隠密ハイド】! よし、上書き完了」

 レベルが上がったことで得たスキルポイントを隠密スキルに回していた。

 魔物の索敵に引っかからなくなるスキルで、全職業で覚えられる便利スキル。

 五日のゲリラ生活で心も体もぼろぼろだった。早く街で休みたい。文明が恋しい。

「ああああああああ、内部解析情報が欲しいっ、フレーバーテキストなんてゴミ、数字の羅列こそが真実なのっ」

 私ははっきり言ってガチ勢だった。

 ガチ勢と一般人の違いは情報量。一般人のやり込み(笑)って、結局私たちが恵んであげた情報をWikiで見てお手本通りにするだけ。

 どうしたって、Wikiに情報が上がるのは遅い、だいたいは旨味がなくなってから。

 オンラインゲームの場合はリソースの奪い合いが本質。

 メイン層より、ほんの少し先に行くだけで美味しいリソースが食べ放題になる。

 私たちガチ勢は、美味しいものをたくさん食べてから食べ残しを恵んでやっているのだ。

「……【隠密】の効果時間を考えると最新パッチ当ててないよね。たぶん、ver.3・03からver.4・11の間。そもそも特定のver.完全準拠なのかな?」

 これはものすごく大事な情報。

 半年前のパッチで【隠密】の効果時間が伸びていた。それを基準にすると今は五秒短い。

 さっき【隠密】の効果時間中にゴブリンの後ろでタップダンスして遊んでいたけど、最新基準だと思い込んでいたら死んでいたかもしれない。

 そして、最新パッチと違うのは【隠密】だけじゃないだろうな。体に染み付いた動きでやってると、計算ミスって死にそう。

「ううう、バイナリから逆アセンブリかましたい。クライアント解析なんて一日あれば終わるのに。それから通信内容モニタリングして、暗号化モジュールをハックで裸にして。この世界の真実を知りたい」

 ちなみにこういうのをトップ層のプレイヤーは空気を吸うようにやる。

 クライアント側の解析でけっこうなことがわかるし。

 サーバー側からのデータも、通信解析でだいたいわかる。通信データは暗号化されてるけど処理速度優先のゆるふわ暗号。歌い手の貞操観念より緩い。

「ゲームの説明テキストは信じられない、外注バイトの仕事だもん。検証するのもいいけど、ダメージ倍率とか射程とかリキャストとかは完璧でも、検証項目に引っかからない追加効果とかを見逃しちゃうんだよね。やはり信じられるのはデータだけ……ふう、今日もオタク特有の早口説明式発声トレーニング完了。うん、調子いいね」

 とあほなことをやる。これは頭のトレーニングにもなっていい。

 頭の回転が遅いとアドリブとかできないしね。

「さあ、やっと街が見えてきたね。やっぱ序盤の街と言えば、あそこだよね」

 頭の中に浮かんでるマップでは見えてたんだけどね! やっぱり視界に映ると着いたーって感じがするよ。

 お腹が鳴った。五日以上、花の蜜しか飲んでなくて、肉と米が死ぬほど恋しい。花の蜜しか飲まないって、妖精さんかな? ……いや、ハイエルフって妖精だけれど!

「さあ、美味しいごはんと柔らかい寝床が私を待っているよ」

 ごはんっ、ごはんっ♪

 とにかく肉! それから宿でベッドにダイブするよ!

 世界を救って願いを叶える前にまずは生活環境を整えないとね。

 その街はアルシエと呼ばれていて、けっこう賑やか。

 交易が盛んでしょっちゅうバザーが開かれてる。

 ここなら情報も集められる。世界を救えって言われているけど、そもそも世界を救うって何をしたらいいかもわかってないし。ここを拠点にして何が来ても対処できるように強くなりながら情報を集めるつもりだ。

 でも、それより前にごはん! 蜜じゃなくてちゃんと腹にたまるのを食べたい!

「買い食いっ、買い食いっ♪」

 お金はちょっとだけある。

 ゴブリン狩りをしたおかげだ。

 一応、この世界ではモンスターを倒せばお金がもらえるのに理由があるの。

 女神が魔物を滅ぼしたがってて、倒すと女神の力でご褒美をもらえるって感じ。

「その力で魔物滅ぼせよって思うのは私だけかな?」

 そのあたりは大人の事情かも。

 大事なことは私のポケットにはお金が入ってるってことと、屋台に肉があること。

 あっ、美味しそうな串焼きのお店を発見!

 これはアヤノまっしぐらだよっ!

「ひゃっはー!」

 いや、これ、私じゃないよ。

 私、こんな世紀末な叫び声をあげないし。

「ぐえっ」

 いきなり首が絞められて変な声が出た。

 首に縄がくくりつけられているんだけど⁉

「上玉のエルフがこんなところをうろついてるなんてついてるぜ」

「兄ちゃん、アジトに連れていこうぜ」

 えっ、なんですか⁉ これ。

 力強っ、ぜんぜん逃げられない。あと苦しい。

「どうよ、俺の縄捌き。上玉エルフ、ゲットだぜっ」

「やったね、お兄ちゃん。闇市に売る商品が増えるよ」

「今日は贅沢にすき焼きだ」

「兄ちゃんさいこうっ!」

 モヒカンとスキンヘッドの兄弟がハイタッチ。私の首は縄で絞められてる。

 すき焼きなんてあるんかいっ! ってツッコミそうになったのは職業病かな?

「ごほっ、ごほっ、苦しい」

 首にかかった縄を引っ張られて、モヒカンの足元に転がされる。そして、スキンヘッドに手首と足首を縛られる。流れるような連携プレイ。手慣れてるなー。

「えっと私をどうする気かな?」

「地下バザーで変態金持ちに売るんだよ。エルフもロリも高く売れるんだぜ。ロリでエルフなら百倍だ百倍」

「世紀末がすぎるよ!」

 現実がひどすぎて受け入れられないっ!

 ゲーム時代にアルシエでそんなイベント聞いたことないんですけどっ。

 高笑いするモヒカン。

 スキンヘッドのほうがモヒカンの肩にぽんっと手を置いて、とても優しげな顔をしていた。

「兄ちゃん。こんな可愛くて幼気な子をさ、いきなり売るのはどうかと思うんだ」

 もしかして、いい人なのか⁉ いい人なんだよね⁉

 モヒカンとスキンヘッドだったら、スキンヘッドのほうが絶対優しいよね!

「僕たちで楽しんでからじゃないともったいないじゃん!」

「世紀末っ⁉」

 やっぱり、この世界に神はいなかった!

 世界は暴力に支配されてるの⁉

「んーでも、処女のほうが高く売れるじゃん?」

「処女かどうかわかんねーじゃん。兄ちゃん、僕、こんな可愛い子、街で見かけたら我慢できないよ。ぜったいやられてるって」

「おい、ロリエルフ。処女か?」

「ロリエルフ言うな」

「処女かって聞いてるんだよっ」

 頬を打たれた。容赦なく、女を殴るスタイル。

 ……すごい、日本じゃこんなことして許されるのはマネージャーぐらいだよ。

「えっと、処女だけど」

 なんせ、生後一週間ぐらいだからね。

 生まれてすぐに浮遊島から捨てられて、ここまで来るまでに会ったのゴブリンぐらい。

 これで処女じゃなかったらびっくりだよ。

 ……いや、ゴブリンに襲われてってなくもないのかな?

「なっ、処女だろ。やめとこうぜ。なーに、女が欲しければ、ちょっと路地裏に行くか、亜人の村を襲えばいいんだ。わざわざこいつに手を出して売値を下げることはねえよ」

「兄ちゃん、かしこい。でもさ、僕はもっとかしこいんだ」

 嫌な予感しかしないんだけど。

「口と後ろがあるでしょ?」

「かしこいな弟よっ、んじゃアジトで楽しんでから売るか」

「兄ちゃん最高! 口と後ろどっちがいい? 兄ちゃんと一緒は僕やだよ」

「後ろ」

「じゃあ、じゃんけんだね」

「倫理観っ⁉ 倫理観どこっ。誰か、助けてえええええええええっ、自警団んんんんんん、GMうううううううううううううう、ポリスメエエエエエエエエエエエエエン」

 叫ぶが誰も助けてくれない。

 今、主婦が隣を通り過ぎていって、ちょっと先の八百屋で買い物しているんですけど⁉

 なに、この街。

 女の子が拉致られて売られるのが日常風景なの⁉ お魚くわえたドラ猫見たときのほうが、もうちょい反応してくれそう。

「うるせえっ」

 また殴られたっ、めちゃくちゃ痛い。

「兄ちゃん、だめだよ! 顔はさぁ。もう、見てて。こうっ!」

「ぐふっ」

 スキンヘッドの拳が腹にめり込む。

「こういうときはお腹だよ。傷が残らないしね」

 呼吸ができない、嘔吐してしまう。

 これ絶対美少女エルフにする仕打ちじゃないよね⁉

 現実世界でもこんなの、年一ぐらいでしか起きないひどいイベントだよ。なぜわざわざゲームでこんな目にあわないといけないのか。

 スキンヘッドが私を荷物みたいに担ぐ。

 モヒカンが後ろを歩きながら、ちらちらとパンツを見ようとするが絶妙に見えないようだ。

 ……これ、ゲーム間違ってないかな。私が好きだったこの世界って、もっとさ、こう、まったりファンタジーで優しい空気が流れていた気がするんだ。

 そら定期的に世界滅亡の危機がきたり、狂った教団に街が乗っ取られたり、王族がおかしくなって住民を大量虐殺とか、亜人と人間の戦争とか、空中都市が墜落して下の街もろとも消滅とか、感染病爆発とか、街中に突然魔物の大群とか、いろいろあったよ?

 でも、こういう治安方面で、日常的に頭がおかしい要素はなかったはず。

「おいっ、ロリエルフ。てめえ、案外余裕だな。普通は泣き叫ぶぞ」

「うーん、まあ、職業柄」

「へえ、どんな仕事してたんだい」

「声優」

「そうか、聞いたことがねえが。セイユウって仕事は大変だな」

 そう、けっこう大変なんだよね。こういう修羅場もちょくちょくあるし。

「ねえ、聞いてもいい? えっと、今、自警団らしい人とすれ違ったけど。完全スルーしたよね。もしかして、あなたたちは、街を支配しているマフィアの構成員とかかな?」

 ほら、よくあるよね。

 マフィアが強すぎる地域だと、警察がぜんぜん機能してなくて住民も見て見ぬふりとか。

 マフィアの下っ端を逮捕したら、その警察の家族全員の生首が街にさらされるみたいな。

 昔、仕事で行った海外の街もそんな感じだったんだよね。

「エルフの里から出たことねえのか。人権ってのは人間様の権利よ。エルフにあるわけねーだろうが。てめえらは野良犬と一緒。野良犬拾っても誰も文句言わねえだろ?」

「それはそうだね」

「「ハッハッハッ」」

 なぜか、声を合わせて笑う私とモヒカン。

 なんだ、治安が世紀末なんじゃなくてエルフの扱いが世紀末なだけかー。

 って、なんでだよ⁉

 そりゃ、エルフたちも浮遊島に引きこもるよ⁉

 人間怖い、人間醜い。

 そうしてアジトに連れてこられた。

「兄ちゃん、先にシャワーもらうね」

「一緒にしたほうが早えだろ」

「そんな、兄ちゃんと一緒なんて恥ずかしい」

 乙女かっ⁉

 ってツッコミは内心で押し止めた。だって、そっちのほうが都合いいし。

 モヒカンだけが部屋に残る。

「なあ、エルフの嬢ちゃん。可哀想だと思うけどよ。俺等を雇ってくれるところなんてねえし、俺等にゃまともな女はよりつかねえ。だから、こうするしかねえんだ」

「服装と髪型をちゃんとするだけで、まともなところが雇ってくれるし、彼女もできるよ。体力ありそうだし。顔つきも悪くないし」

 モヒカンとスキンヘッド、しかも世紀末ファッションなんて雇ってもらえるわけないし、女の子にもドン引きされるよ。

「だからな、可哀想な俺等を助けると思ってな。ちょっと、体使わせてくれや」

「私の話、聞いてないよねっ⁉」

 シャワー音が聞こえ始めた。

 けっこう豪快に使うね。かなり騒いでもシャワー室のスキンヘッドくんには聞こえない。

「だめだ、我慢できねえ。シャワーはいいだろ。俺さ、後ろが好きなんだ、前より好きだ」

「えっと、じゃんけんに負けてたよね」

「だから、こっそり先にな」

 そう言って私を押し倒して、服を脱がそうと上着に手をかけた、よほど慌てているのか息が荒いし、周りが見えていない。

「手をベッドにくくりつけてたら上着を脱がせられないと思うよ。この装備強いから破くの無理だと思うな」

「なんだ、エルフの嬢ちゃんも乗り気じゃねえか」

 そして、ベッドにくくりつけている縄を切ってくれた。

 モヒカンは再び私の服に手をかけている。

 脱がすのに両手を使っていて隙だらけ。先ほどから気になっていたサイドテーブルにあるウイスキー瓶で思いっきり側頭部をぶん殴る。

 私の必殺、サイドテーブル灰皿スイング! 今回はウイスキー瓶だけど!

 ウイスキー瓶ってゲームでは装備扱いで、けっこう攻撃加算値が高い。

 すっごい音と衝撃。瓶が割れて中身がぶちまけられ、モヒカンを濡らす。

 あまりの痛みにモヒカンが頭を抱えたところで。

「【フレイムランス】」

 私の手に杖が現れて、道具効果での魔法を放つ。

 モヒカンは悲鳴すら出せずに顔をおさえてのたうち回っている。

 この世界では相手を凝視すれば名前がわかる。そして、ゲームと同じくレベル差が五以上なら名前が赤くなる。そして、この兄弟の名前は二人とも真っ赤になっていた。

 そしてレベル差が五つもあれば、まともにやったら勝ち目はない。実際、【フレイムランス】が痛いってだけで済んでいるし。

 ましてや相手は二人組。だから、私はずっと隙ができるのを待っていた。

「一人になってくれないと、不意打ちしても勝てなかったんだ。危ないところだったよ」

 どうやらフレイムランスがウイスキーに引火したみたい。

 私にもお酒かかってたし、下手したら私まで燃えてたな。危ない危ない。炎上は何回かしたけど、炎上(物理)はやったことないんだよね。

 シャワーの音が響いているせいか、スキンヘッドは気づいていない。

「可哀想だけど、しょうがないよね。うん、さすがに襲われそうになったら反撃しちゃう」

 私はそんなことを言いながら、脱がされかけた服をちゃんと着る。

 それから、衣装棚からフードをかっぱらった。

 エルフに人権はないらしいけど、耳を隠したら大丈夫なはず。

 予備ももらっとこ、あっ、あとサイドテーブルに乗ってる財布も回収。

 パンツ見られそうになったし、服脱がされかけたし、これぐらいいいよね? の精神。

 まだ、モヒカンはのたうち回ってる。

「……ふうーん、こういうところは物理法則優先か。HPバーも表示されないし。ねえ、知ってる? こうやって顔を焼かれるとね、気管に炎が入り込んで喉と肺が焼けて悲鳴が出せないんだよ。仲間も呼べないね。止めは刺さないであげるから、次から気をつけてね」

 あっ、やばい。シャワーの音が消えた。

 じゃあ、お暇させてもらいます。

 扉に手をかけて外に出ようとしたとき、シャワー室が開く。

「兄ちゃあああんんんんんんんんんんんっ」

「それでも私はやっていません!」

 全力疾走。

「待てやこらああああああああああああああああ」

 階段を下り、派手な音を立てて一階の扉を開けて急速ターン。階段の死角に隠れる。

「クソロリエルフううう、犯し殺して、剥製にして売ってやるううぅ」

 そうして、スキンヘッドくん(全裸)が夜の街に駆けていった。

「はやっ、普通に逃げてたら捕まってたよ」

 あとはこっそり裏口から逃げればいいだけ。

 声優で良かった。昔の経験が生きてくれたよ。

 物音がする。倉庫らしき部屋からどんどんっ。柔らかいものが叩きつけられる音。なんていうか、縛られた人がエビみたいに跳ねて暴れているとああいう音するんだよね。

 むかーし、される側だったから知っているわけで。

 ……あの兄弟と、私の置かれた状況を考えるとそういうことだろうな。

 さっさと逃げないと。ここに留まる時間が長ければ長いほど生存率は下がっちゃう。スキンヘッドが戻ってきたら詰みなところもあるし。

 でも、私は。

「見捨てちゃうのはだめだよね。絶対あとで後悔する。イベントっぽさもあるし」

 即断即決。それが私の信条。

 迷っている時間が一番無駄、倉庫には鍵がかかっていたけど、さっき部屋からくすねたハリガネでくいくいっと。これも前職で身につけたスキル。

 開けると檻があって、中には少女がいた。両手両足を縛られて口も塞がれてる。

「可愛いっ」

 ちょっと金色がかったキツネ色のもふもふ尻尾! ぴんとしたキツネ耳が最高に可愛い。

 こんなの助けてあげるしかないっ。

「お姉ちゃんが助けてあげるね」

 こっちに来てからずっとひどいというか頭がおかしいイベントが続いていたけど、ようやくまともなゲームイベントがきた。

 可愛い女の子を助けて、感謝される。

 うん、いいね。

 やっと、ゲーム転生らしくなってきたよ!

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