◇◇ 幕間
どうせ転校するのなら、新しい自分になろうと思った。
それが大失敗に終わり、そもそも必要なかったのだと分かった。
大間違いをしたというのに、なぜだか不思議と気分がいい。
そんな心地で、私は家へと帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりー。お夕飯いらないって聞いたけど、大丈夫? なにか作る?」
キッチンから顔を出した母に、靴を脱ぎながら答える。
なお、方言を修正するために、朝陽家では標準語強化週間が続いている。
「いい、親睦会で食べてきたから。それよりこれ、相影さんから」
「相影さん? ……もしかして、真奈美ちゃんのこと? 誠治くんとこの」
母は『相影』と名字を聞いただけで、誠治のことまで思い出したようだ。
世のお母さんというものは、我が子の友人を、当人よりも覚えているものらしい。
「そう、セージの家に寄ってたの。ちぃちゃんとかショウとかと一緒に」
「あら、よかったねぇ! 覚えとってくれて」
「うん」
強化週間も忘れて喜ぶ母に、肯定を返す。
「あと、前に救急車を呼んでくれたのもセージだったみたい。ああそれと、真奈美さんが『後で電話するから』って」
「あら偶然っ。お礼言わなきゃ。こっちからかけちゃお」
母は奇遇に目を丸くすると、スマホを手に取った。
必要な言伝は済んだので、自室に荷物を放り捨てて、洗面台で化粧を落とす。
手先の不器用で最低限しかしていないため、洗い落とすのも早い。
「そう、主人の転勤でね。一人じゃなんもできない人だから。真奈美ちゃんは──」
部屋に戻る途中、真奈美さんと電話しているらしい母の声が聞こえた。
「え? 嘘、ごめんなさい私ったら──」
なにやら母のトーンが変わったが、盗み聞きもよくないので、そのまま部屋へ。
そして部屋で制服から着替える。
袖を通したのは、部屋着ではなく運動着だった。
「ウォーキング行ってくる」
電話中の母に声だけかけてマンションを出た後、髪をヘアゴムでまとめる。
ロードワークは、時小海に引っ越してくる前からの日課で趣味だ。
いまは退院したばかりなので、歩くだけにしている。
夜が深まる前に切り上げて戻ると、リビングでは母が電話を終えていた。
「悠乃。今日の誠治くん、どんな感じだった?」
「え?」
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出していると、母がなぜか誠治の名前を出した。
娘の交友関係に興味を抱いた声ではないし、千亜希や翔ではなく誠治を名指しだ。
「セージ? まあ、相変わらず真面目だったけど……」
「そう、大丈夫ならいいんだけど」
「セージがどうかしたの?」
なぜ母が誠治のことを心配しているのか分からず、問いかける。
母は「知らなかったのか」といった顔をすると、少し言いにくそうに──
「真奈美ちゃんと誠治くん、来月には引っ越すんですって」
しばらく、表情と言葉を失った。
母が心配した様子で声をかけるくらいには、長く。
誠治のスマホに電話をかけたのは、それから十分後のことだった。