【大増量試し読み】お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。1巻

インテリヤクザの試験期間 1

 ゴールデンウィーク明けの中間試験を控えて、4月下旬から試験期間に入った。

 姉ヶ崎あねがさき高校は進学校ということもあり、試験期間で帰りが早いからと放課後の空き時間を遊びに費やすような生徒は少ない。

「帰りに駅前のシンデレラバーガー寄ってかね?」

「いいね、ついでに勉強して帰りにゲーセンでも行くかー」

 クラスの男子も女子も連れ立って帰っていく。誰かの家に集まって勉強をするグループもあれば、教室に残っていく人もいる。

海原うみはら、今日は勉強してくんだよな?」

「ああ、そのつもりだが。純はどうする?」

「うちの下の妹が、鍵っ子で留守番してっからさ。面倒見ながら勉強するしかねーっつーか……海原に教えてもらえば、試験対策バッチリだってのに」

 一年のときは純の家に行って勉強をしたこともあるが、確かに小学生の妹がおてんばなさかりで、結局遊びに付き合わされたものだ。上の妹というのは純とは双子で、この高校に通ってはいるものの、兄妹仲がそれほど良いわけではないらしい。

 俺には離れて暮らしている姉がいるが、何というか極めて優秀と言うほかない姉で、弟としては会うだけで戦々恐々とするような相手だ。純の家のように普通に接することができる兄妹関係がうらやましくもある。

「歴史とか現国とかやる日は教えてくれよ、その日は何としても学校に残っていけるようにするからさ」

「俺もバイトがあるから、都合を合わせられるか分からないぞ」

「できたらでいいよ、俺ももしかしたら女子に勉強に誘われたりして、泣く泣く友情を裏切ることになるかもしれないしな」

 確かにそういうことも無いとは言えない。しかしモテたいと言っているわりに純は目立った行動は起こしていない。委員会が出会いのチャンスだとか、部活帰りの女子を狙うとか色々言っていたこともあるが、結果が出てはいないみたいだ。

「なんだよ急に黙っちゃって、冗談だって。俺が海原を裏切るなんてあるわけないだろ?」

「いや、それは全然構わないんだが。彼女ができそうな気配でもあるのか?」

「それが全くなんだよね。ほら、理想は高い方が夢があるじゃん?」

 純はそんなことを言っているが、何だかんだで真面目というか、奥手なのだろうかと思いもする。全く人のことは言えないが。

「あ~、女騎士先生が勉強教えてくれたりしたら最高なのにな。杜山もりやま先生もいいけどな、俺も一年のときは保健室の常連だったんだよ。最高だよなぁ、二人とも……」

 お前もか、と言いたくなるが、そう言うと俺が杜山先生と何かあると言っているようなものなので、今はとても言えない。

 やはり純も含めて、姉ヶ崎高校の二大女神は男子生徒の憧れを一身に集めている。

 前は週二回ペースで岸川先生の手料理を食べられたが、それを当たり前と思ってはいけないし、家庭の味が心に染み渡っていても、その中毒性――もとい、病みつき――もとい、深みにはまりすぎてはいけない。

 試験期間は俺の邪魔をしてはいけないと、岸川先生からチャットが送られてくる頻度も少ないし、お昼休みに弁当を食べさせてもらう機会が訪れない。出会ったばかりのとき、俺の勉強をサポートしたいと言ってくれた先生だが、俺が遠慮してしまったせいで、試験期間には疎遠そえんになってしまうのが定番化していた。

 先生に会いたい、話がしたい。そんな甘えたことを考えている俺を見たら、先生はなんて言うだろうか――あきれられてしまうだろうか、それともいつものように俺を甘やかしてくれるのだろうか。我ながら情けないことを考えてしまっている。

「海原も学校で潤いを見つけろよ、限られた時間を有効に使わないと。それじゃな」

「ああ……気をつけて帰れよ」

 俺の肩に手を置き、純はひょいひょいと軽い足取りで帰っていった。家では妹煩悩いもうとぼんのうというか、良い兄貴的な振る舞いをしていたので、素直に偉いと思う。

「あ、あの……海原くん……」

「ん? あ、ああ、どうした?」

 クラスの女子が声をかけてくるが、見るからに恐る恐るという態度だ。罰ゲームで俺に声でもかけさせられたのだろうか。

「おーい、何してんの。置いてくよー」

「あっ……ま、待って、すぐ行くから。ごめんなさい海原くん、また……」

またと言われても、全く話が読めない。勉強を教えてくれとか、いかにも勉強のことしか頭になさそうな俺は、ごくたまに言われることはある。だがそのどれも、実際に教えるところまで行ったことがない。

 俺が勉強を教えたのは純くらいだ。赤点を取らずに済んだと喜んでいたようなレベルなので、俺が教えたからといって効果があるかは判然としないが。

 考えているうちに、スマホが震えた。

 久しぶりに岸川先生がチャットアプリでメッセージを送ってきた――思わず顔がほころんでしまいそうになるのを何とか抑える。


岸川先生:しばらくぶりだが、元気にしているか

自分:はい、おかげさまで

岸川先生:今日は残って勉強をしているか?

自分:そのつもりです。図書室なら落ち着いて勉強できるので


 しばらく返事がないので、俺は教室を出る準備をする。そして廊下に出ようというところで、岸川先生から返事が来た。


岸川先生:すぐに帰ってはだめだぞ

岸川先生:君なら最低でも一時間は勉強してくのだろうが

自分:はい、最低でもそれくらいは集中するつもりです

自分:じゃあ、図書室に移動します 先生、また

岸川先生:ああ、またあとでな


 後で、というのは少し違和感があったが、夜に連絡してくれるのかもしれない。それくらいに解釈して、深くは考えなかった。

 直接話したい気持ちはあるが、チャットでもかなり元気になっている自分がいる。学校生活において、岸川先生が俺の中で大きな部分を占めているのを認めざるを得ない瞬間だ。


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