第一章 南の島(2)
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「わあ、可愛い街ですね!」
色鮮やかな街並を見て、ティトが歓声を上げる。
レクシアたちはジゼルに連れられて、小さな街の入り口に立っていた。
通りの左右に店が並んでおり、開放的でカラフルな店先に、日用品に混じって水着やサンダル、浮き輪などが売られている。
「ほとんどが島民向けの商品のようだが……水着を扱っている店もあるな」
「色使いが鮮やかで、南国っていう感じがするわ!」
ジゼルに気付いた店の人々が、笑顔で話しかける。
「おやジゼル! そちらは旅人さんかい?」
「ええ。さっき砂浜で知り合ったの」
「へえ、島の外から人が来るとは珍しいねぇ!」
「旅人さん、どうぞジゼルと仲良くしてやっておくれ」
小さな島のためか、皆顔見知りらしい。
どの人も優しく、ジゼルに慈しむようなまなざしを向けていた。
そんな街の人々に見守られながら、水着を選ぶ。
「あっ、この水着可愛いわ! ティトに似合いそうじゃない!?」
「ふぁっ!? で、でも、なんだか布の面積が小さいような……!?」
「大丈夫よ、ティトなら完璧に着こなせるわ! ルナはこっちの水着が良さそうね! 色は、んー、水色……やっぱり青がいいかしらっ?」
「……私も着るのか?」
「もちろんよ! ほら、早く試着してみて!」
「あわわわ」
「レクシア、こら、分かったから押すな」
ルナとティトはレクシアの勢いに押されて試着室に入った。
しばらくして出てくる。
「着てみたが……防御力が低くて心許ないな」
「お、おなかがすーすーします……!」
「まあ。二人とも、とっても可愛いわ!」
「でしょっ? 絶対似合うと思ったのよ!」
二人の水着姿を見てジゼルが目を輝かせ、レクシアが嬉しそうに飛び跳ねる。
レクシアが選んだ水着は二人の雰囲気にぴったりで、それぞれの魅力をいっそう引き立てていた。
「よーし、私も可愛い水着を選ぶわよ~!」
レクシアは楽しげに自分の水着を選んでいたが、ふと一着の水着を手に取った。
「あっ、これ、ジゼルに似合いそうよ!」
「えっ!」
レクシアたちをにこにこと見守っていたジゼルが、突然の言葉に驚く。
「私は大丈夫よ。レクシアさんたちだけで選んで、私には必要ないから――」
「いいから着てみて! ついでに私もこっちの水着を試着してみるわ!」
「でも、そんな――えっ、待って!? い、一緒に試着室に入るの!?」
レクシアは有無を言わさずジゼルを試着室に連れ込んだ。
「んー、狭いわね」
「あ、あの、やっぱり別々に試着した方が――ひゃ!?」
「あっ、ごめんなさい、手がぶつかっちゃった! ……っていうか、ジゼルの肌、とってもきれいね!」
「そ、そうかしら? レクシアさんの方が、色も白くて――きゃぁ!?」
「うーん、すべすべでもちもち! なんて魅惑の感触なの!? スタイルもいいし!」
「れ、レクシアさん、どこ触って……んぅっ!?」
試着室から聞こえる悩ましい声に、ティトが猫耳をぴこぴこさせる。
「ま、前から思っていましたが、レクシアさんって大胆ですね……!」
「普段から人に着替えさせてもらうことに慣れているせいか、肌を晒し合うことにまったくためらいがないな」
やがて、水着に着替えたジゼルがおずおずと現われた。
「ど、どうかしら……?」
頬を染めて恥ずかしそうに尋ねる。
可憐なエメラルドグリーンの水着によって小麦色の肌が引き立ち、しなやかな曲線と健全な魅力が、どこか神秘的な美しさを演出していた。
「わあ、とっても似合ってます! きれいで大人っぽい……!」
思わず手を叩くティトに、レクシアが胸を張る。
「うん、最高に可愛いわ! やっぱり私の見立ては間違ってなかったわね!」
「なるほど、レクシアの審美眼だけは大したものだな」
「だけって何よ!? ところで、私はどう?」
レクシアはくるりと華麗に回ってみせる。
細く均整の取れた四肢に、本人の華やかさをいっそう引き立てるフリル。すらりと伸びた太ももの白さが眩しい。
「わああ、レクシアさんもすっごく可愛いです!」
「不思議だわ、どんな服を着ても気品があるのね」
「悪くないんじゃないか?」
「ふふふ、そうでしょっ? ――って、あら?」
レクシアはふと、ティトの胸元に目を懲らした。
「よく見たら……ティト、もしかしてまた大きくなったんじゃないっ!?」
「ひょわあああああ!?」
胸をつつかれて、ティトが跳び上がる。
「もうっ、こんなにふよふよでぷにぷにで魅力的なんて、許せないわっ! えいえいっ!」
「れ、レクシアさん、恥ずかしいです……っ! ひゃあ!?」
賑やかにじゃれ合う二人を見て、ジゼルが頬を染めながらルナを振り返る。
「あ、あの、とっても可愛くて大変なことになっているけれど、止めなくていいの!?」
「ああ、いつものことだ」
「そうなの!?」
「ふぇぇぇええ、くすぐったいです~~~~!」
青く晴れた空に、ティトの悲鳴が響いたのだった。
***
その後、めいっぱい買い物を楽しんで浜辺に直行したレクシアたちは、美しい海を前に立っていた。
「さあ、泳ぐわよーっ!」
浮き輪を装備して準備万端のレクシアは、はしゃいだ声を上げた。
陽光に眩い金髪を弾ませ、白い素足で砂を跳ね上げながら、軽やかに海へと走って行く。
「わあ、水があったかいし、とっても綺麗! 海の底まで見えるわ! みんな、早くいらっしゃいよー!」
一方、ティトは波打ち際でおろおろと立ち尽くしていた。
「ふおおおおお、足元の砂がどんどん崩れてっ……! 砂漠のオアシスと全然違いますっ、波に吸い込まれそう……あわ、あわわわわ~……!」
「大丈夫よ、ティトさん。私の手につかまって」
「はわぁ、あ、ありがとうございますっ……!」
「ティト、こっちよー!」
ジゼルにしがみつきつつおそるおそる海に入るティトに、すでに胸まで浸かったレクシアが手を振る。
そこにルナが華麗に泳いできた。
「ふう。こうして泳ぐのは久々だな」
「ルナ、泳ぐのも得意なの!?」
「まあな。お前は浮き輪に頼っているようだが、泳げないのか? なんなら教えてやろうか?」
「なによ! 私だって少しは泳げるわよ!」
「ほう? なら競争してみるか? まあ私が勝つと思うが」
勝ち誇ったように腕を組むルナに、レクシアは頬を膨らませる。
「んむむむむ~~~! ――あっ、そっか!」
「ん?」
レクシアは自分の胸元に手を当てて、ルナの胸にちらりと視線を送った。
「私、旅立ち前に比べて、ちょっとこの辺りが成長したのよね~? ……ティトほどじゃないけど。ルナはあんまり水の抵抗がなさそうだもの、きっと泳ぐのも早いわよね!」
「……ほう?」
ルナのこめかみが引き攣る。
「ではどうしたら早く泳げるのか、手本を見せてやろう」
ルナはそう言うと、軽く泳いでみせた。
跳ね上がった水がレクシアを直撃する。
「うぷーっ!? けほ、けほっ! ルナ、わざとでしょ!」
食ってかかるレクシアに、ルナは涼しげに肩を竦めた。
「ん、何がだ? 私はただ泳ぎの手本を見せただけだが?」
「むむむ、そっちがそう来るなら……えーいっ!」
「んっ!」
レクシアはルナの顔に向かって水を跳ね上げた。
ぷるぷると頭を振るルナを見て、楽しげに胸を反らせる。
「どう? これでおあいこね!」
「ふふ、やったな。それなら――はっ!」
ばしゃあああああああああっ!
「ぷあああああああああああ!?」
激しい飛沫を浴びて、レクシアが悲鳴を上げる。
「ちょっとルナ、やりすぎよ! しかも糸を使ったでしょ!?」
「水を当てやすくするために、少しな。大丈夫だ、加減はしている」
「そういう問題!? っていうか、なんで海にまで糸を持ってきてるのよ!?」
「私はお前の護衛だからな、当然だ」
「それをなんで護衛する対象に向かって放つのよー!?」
賑やかに言い合う二人を見ながら、浅瀬でティトにバタ足を教えているジゼルが目を丸くする。
「ルナさん、今、すごい飛沫を上げていなかった……?」
「はぷ、はぷ、ぷええ」
ルナたちの正体を知らないジゼルは驚愕しているが、ティトはバタ足の練習に夢中でそれどころではない。
しかしレクシアは、そんなティトをけしかける。
「むむむ~、こうなったら……ティト、反撃よ!」
「ふぁ!? は、は、はいっ!? えーいっ!」
ティトは慌てて立ち上がると、両手で水を跳ね上げた。
どばああああああああああああっ!
「んむっ!?」
「きゃああああああああ!?」
予想以上に激しい水柱が立ち、ルナばかりかレクシアまで巻き添えになる。
「はわわわわ、すみませんっ、やりすぎちゃいました……!」
「ふふふ、やるな、ティト」
ルナは濡れた髪をかき上げると、腕に巻いた糸を解いた。
「ちょうど船旅で身体もなまっていたところだ。訓練がてら、少し身体を動かすか」
「あわわ、ルナさんを本気にさせてしまいました……! わ、分かりましたっ! こうなったら先手必勝です! 【旋風爪】っ!」
ティトが鋭く腕を振り抜き、局所的な竜巻が発生する。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
「ええええええええええ!? どうして竜巻が!? どういうことなの!?」
驚くジゼルをよそに、竜巻は海水を吸い上げ、巨大な水柱と化してルナへ迫った。
「た、大変っ! ルナさん、危ないわ! 逃げて!」
「いや、当然迎え撃つさ!」
「なんで!? どうやってなの!?」
「こうやってだ! 『乱舞』! 『避役』!」
ヒュッ――ズバアアアアアアアッ!
ルナは沖合に突き出ていた岩を切断すると、そのまま糸で引き寄せて、竜巻へぶん投げた。
ドバアアアアアアアアアアアアアアアンッ!
巨大な岩と竜巻がぶつかり合い、互いに砕けて相殺される。
「ええええ!? こ、これは何!? 一体何が起きてるの!? みんな一体何者なの!?」
「ふふ、さすがティト、やるな!」
「ルナさんこそ、どんどん強くなってますね!」
「だが、まだまだだ! 『流線』!」
「私も負けていられませんっ! 【天衝爪】っ!」
水を散らしながら、技と技がぶつかり合う。
ドゴオオオオオオオオオオオオッ!
ズドドドドドドドドドドドドドド!
バッシャアアアアアアアアアアアンッ!
激しい応酬に巨大な水柱が上がり、魚が上空へ打ち上げられる。
そんな二人を見て、レクシアはやれやれと肩を竦めた。
「また始まっちゃったわね。まったく、あの子たちの悪い癖だわ」
「ほ、発端はレクシアさんだったような気がするけど……止めなくていいの?」
「いつものことだから大丈夫よ! あっちは放っておいて、さっき買ったボールで遊びましょう!」
レクシアは嬉々としてボールを取り出す。
しかしそんなレクシアを、ばしゃあああああ! と凄まじい水圧が襲った。
「ぷああああっ!?」
「れ、レクシアさ―――――ん! 大丈夫!?」
「うー、けほっ、けほっ……もうっ、何するのよルナっ!」
「それはこちらの台詞だ、何を素知らぬ顔をしている。これはお前が始めた戦いだろう」
「うう、やったわねーっ!?」
レクシアは両手を振り回して、ばしゃしゃしゃしゃ! と水を跳ね上げる。
「フッ、そうこなくてはな! 『乱舞』!」
「『爪聖』の弟子たるもの、遊ぶ時だって全力です! 【奏爪】!」
「技を使うなんて卑怯よっ! こうなったら……ジゼル、応戦よ!」
「えっ!? わ、分かったわ!? ええと、ええとっ……『波よ、押し寄せよ』!」
ジゼルは海面に向かって精霊術を発動させた。
ジゼルを中心に青い波動が広がる。
そして海面が盛り上がったかと思うと、巨大な波と化してレクシアたちに覆い被さった。