第一章 新たなる出会い(3)
燃えるような赤く長い髪、勝ち気そうな真紅色の瞳。
すらりと伸びるしなやかな手足、肢体には一切の無駄がなく、まるで得物を狙う猛獣のような機能美すらある。
「ここは華麗に余の武威を、広く世界に知らしめる機会だと思ったんじゃがの」
(あ。結構、できるな、この子)
歴戦の少年傭兵リクスをして一瞬でそう思わせる、隙のない佇まい。
何より美しい。それに尽きる。
どこか野性味を感じさせるが、野蛮さは一切なく、その高貴さを隠せぬ美貌には、生き生きとした精気と自信に満ちあふれている。
たとえるなら、血統書付きの美人猫。白い髪の少女の美しさを無機質な芸術品とするならば、この赤い髪の少女は溢れ出る生命力の美しさであった。
身につけている数々の装飾品や、高級な旅行用ドレスから察するに、どうやらこの少女は、どこぞの高貴な家の娘のようだ。
そんな少女が、火の粉を纏う豪奢な
「しかし、この海魔に立ち向かう気概のある猛者が、余以外にいようとは……褒めて遣わす。ふふん、褒美に名乗りを許すぞ、そこな少年」
そんな不敵な笑みを浮かべて、優雅に
「いや、別にいいです」
「そ、そこは素直に名乗るべきとこじゃろ!? 今、
「えー? 別に名誉じゃご飯食えないしなぁー……つーか、君、誰?」
「ぐぬぬ……余の顔を知らぬ上に、先に名乗らせる痴れ者がおるとは……ッ! まぁ良かろ! 器の雄大さを示すのも上に立つ者の定め!
心して聞くが良い! そして、その魂に牢記せよ!
余の名は、セレフィナ=オルドラン! かの《紅炎姫》その人よ!」
そんな風に、得意げにドヤ顔をする少女――セレフィナだったが。
「結局、誰?」
「えええ!? 余のこと、知らないの!?」
リクスの素っ気ない返しに、がーん、と涙目になるのであった。
「ううう……余って、結構、有名だったと思うんだけどなぁ……今まで名乗って知らなかった人いなかったんだけどなぁ……」
と、その時だ。
「あ、あなたが、あのセレフィナ=オルドラン姫殿下なのですか!?」
「うっそだろ、マジか!?」
背後からアニーとランディの素っ頓狂な声が上がった。
振り返れば、二人がいる。
どうやら白い髪の少女を連れて行くために近づいていたらしい。二人は未だ動こうとしない少女の腕を掴んでいた。
「セレフィナ=オルドラン……知っているのか!? アニー! ランディ!」
「ああ、当然! つーか、お前はなんで知らないんだよ!?」
「あの世界最強の軍事大国、オルドラン帝国の第三皇女様だよ!? 若くして帝国の軍事・政治・外交、様々な方面で活躍してる世界的有名人だよ!?」
「今年、新入生としてエストリア魔法学院へ入学するとは聞いていたが……ッ!」
と、そんな恐れ多いとばかりのアニー、ランディに。
リクスはこう言った。
「あー、オルドラン帝国かぁ……あそこ、金払い悪いから嫌いなんだよなぁ……豊かなくせに妙にケチ臭いっていうか……上の人間の性根がケチなのかな?
どう思う? セレフィナ」
「そろそろ汝を斬ってやりたいと思う」
ビキビキとこめかみを震わせながら、セレフィナがリクスの首筋に細剣を突きつける。
ハラハラあわあわするアニーとランディ。
「ええい、まあ良い! 許す! 今はそれどころじゃないしの!」
ぷんぷんむくれながら、セレフィナがリクスから視線を外し、海魔に向き直る。
海魔はちょうど、全身を焦がす炎を消し止めたところらしい。
たが焦げたのは体表のみ。中途半端にダメージを与えたせいで激高したらしく、最早、逃すまいとばかりに船を睨み付け、触手をぐねぐね動かし始めている。
このままでは、船が触手に絡め取られて海の底に沈められるまで時間の問題だ。
「俺はベッドの上で孫達に囲まれて死ぬと決めている。海の底で死ぬのは嫌だ。やるしかないか……共闘、期待していいんだよな? セレフィナ」
「むぅ~」
すると、セレフィナが不満そうに、拗ねたように唇を尖らせた。
「な、なんだよ……?」
「むむむぅ~、余は……余は名乗ったぞ? さすがに名乗りに対して名乗り返すのは、身分出自問わず万国共通の礼儀じゃろ?」
「あっ、そっか、ごめん! 俺はリクス。リクス=フレスタットだ」
「リクスか。ふむ……良き名じゃ。覚えたぞ」
「えっ!? どこが良いと思ったの!? わりと平民によくある没個性な名前だよ!? 君のセンス、大丈夫!?」
「社交儀礼! 社交儀礼! ええい、
とにかく、余と
「ああ、俺も同じ思いだ。とりあえず、先に魔法学院の入寮先へ送った荷物の中のエッチな本を処分するまでは、死ぬわけにはいかないよな!?」
「
同志を見つけたような真剣な表情で見つめてくるリクスに、セレフィナが顔を真っ赤にして吠えかかる。
「と、とにかく……戦うなら気をつけてくれよ、リクス! 姫殿下!」
「ご武運お祈りしてます……ッ!」
ランディとアニーが、こんな状況でも無反応な白い髪の少女を強引に連れて、下がっていく。
こうして、急作り凸凹コンビの戦いが始まるのであった――
海魔クラーケン。
圧倒的な巨躯、圧倒的な怪力を持ち、有史以来、遭遇する船乗り達を恐怖と絶望の海底へと叩き落とし続けてきた、強大なる海の魔物。
だが、その怪物の唯一の誤算と言えば……今回、獲物と襲った船に、リクスとセレフィナの二人が乗り合わせていたことだろう。
「はぁあああああぁぁぁーーっ!」
セレフィナが裂帛の気迫と共に
すると、その細剣の刀身から、紅蓮の灼熱炎がとぐろを巻くように沸き起こる。
その圧倒的火勢。熱量。立ち上がる巨大な火柱。
そして、その炎は渦を巻き、嵐となって、海魔に襲いかかる。炎自身がまるで意思を持つ生物であるかのように動き、海魔の体表を舐め尽くしていく。
「%#%&’%$#!”#$’?><#’$%#~ッ!」
これは堪らぬとばかりに海魔が巨大な触手を振り上げ、セレフィナへ振り下ろす。
だが、セレフィナは慌てず、焦らず――
「させぬ!」
再び、
刀身から発せられる、幾つもの火球。
それが、迫り来る触手に着弾し、次々と大爆発を引き起こす。
巻き上がる爆炎が、触手を弾き飛ばしていく。
セレフィナの炎の魔法が、海魔を完全に圧倒していた。
「す、凄い……やっぱりセレフィナ姫殿下は、もうスフィアを開いているんだ……」
「しかも、詠唱破棄まで……皇女様は伊達じゃねえってことか!」
アニーとランディが、目を丸くしてセレフィナの立ち回りを遠巻きに見つめている。
そして、それはアニーやランディだけではない。
「あの御方が、あのセレフィナ=オルドラン……?」
「僕達と同じ新入生だというのに、格が違いすぎる……」
「なんていう強さだ……ッ! それに、美しい……ッ!」
「か、格好いい……ッ!」
甲板上にいた他の新入生達も、憧れるようにセレフィナへ熱い視線を送っている。