序章 傭兵なボクが魔法使いになろうと思ったワケ

「よし! 上手く戦死することができた……ッ!

 これで、俺は自由だぁあああああああああああああああああーーっ!」


 フォルド大陸は東部にある、バートランドの戦場跡地にて。

 黒髪黒瞳の少年――リクス=フレスタットの歓喜の声が響き渡っていた。

 十代半ば。平均よりやや高めの身長、あちこち古傷だらけだが引き締まった身体。

 まったく隙のない佇まい、身体に纏うボロボロの皮鎧、腰に吊られた片手剣……どう見てもカタギの少年ではない。

 それもそのはず、リクス少年は傭兵だった。

 この東部紛争地帯では知らぬ者のない最強の戦闘集団――ブラック傭兵団のエースアタッカーだ。

「いやぁ……さっきのは我ながら迫真の演技だったなぁ、俺」

 リクスは、先ほどの出来事に思いを馳せる。

 そう――リクスは”戦死”したのだ。

 このバートランドの戦場で、ブラック傭兵団の仲間達を敵軍の追撃から逃がすため、リクスは殿を買って出て、そして、最後は爆弾をその身に抱きかかえて、敵陣へ特攻。

 そのまま、爆死したのである……正確には”爆死した振り”だが。

 爆風なんて、予め穴を掘っておけば、どうとでもなるものだ。

「”皆、俺の代わりに生きてください”、”団長、今までお世話になりました”、”最後に恩返しさせてください”……俺がそう言って特攻したら、皆、涙ぐんでたなぁ……

 ”バカ野郎、行くな!”、”戻ってこい!”、”止めろ!”って、クックック……」

 わりとドクズな、リクス少年であった。

「でも、仕方ないんです、団長に傭兵団の皆……俺、譲れない目的があるんです」

 そう言って、リクスは鬼気迫る表情で空を見上げる。

「そう、俺は……傭兵をやめて、魔術師になる!

 なぜなら――傭兵なんてブラックな職業、お先真っ暗だからだぁああああああああああああああああああああああああああああああああーーッ!」

 少年の魂の叫びだった。

「俺、もうやだ! 生きるか死ぬかの毎日なんて! それに、傭兵だと結婚もできないんだよ!? ”いつ死ぬか、わからない人と将来なんて考えられない”なぁんて!

 うん、そりゃそうですよね、俺だってやだよ! ド畜生!

 しかも、そんな悩みを団長に打ち明けたら、あの野郎、俺に金を渡して、もの凄く良い笑顔で親指立てて、こう言いやがったよな!? ”娼館行ってこい!”。

 ふざけんなぁあああああああああーーっ! 俺の神聖なる童貞を、そんな風に失ってたまるかぁあああああああーーッ! 俺はそういうの一生添い遂げる相手に捧げたいんだぁあああああああああああああーーッ!」

 わりとこじらせてキモい、リクス少年であった。

「――と言うわけで、俺は傭兵をやめる! ”来る者は拒まず、去る者は地獄の果てまで追いかける”のがモットーなブラック傭兵団とは、今日でお別れだ!

 俺は、魔術師になる! 幸い、伝手もあるしね!」

 実際、この世界の魔術師は、もっとも潰しが利く職業だ。

 政治・経済・研究・遊興・農業・工業、インフラ等々……ありとあらゆる分野で、様々な魔法に長けた魔術師達が活躍している。

 おまけに、魔術師の社会的地位は高く、それだけで様々な特権や恩恵が得られる。

 明日の命も知れぬ傭兵稼業とは、将来の展望が雲泥の差だ。

「さようなら、団長……さようなら、傭兵団の皆……俺、魔術師になります。

 魔術師になって、血生臭い戦いとは無縁の職業に就き、可愛い嫁さんもらって、平和に楽しく暮らして、最期は孫達に囲まれてベッドの上で死にます。さようなら……」

 そう言って。

 リクスが踵を返し、その戦場跡地を後にしようとした……その時だった。

 人の気配の接近を感じ、リクスが咄嗟に近くの岩陰に身を隠す。

 恐る恐る様子を伺ってみれば……


「リクス! リクスぅうううう!」


 やたら強面で筋骨隆々の男を筆頭に、十数名の武装集団が、この戦場跡地を当てもなく彷徨い、何かを探していた。

「え……? ブラック団長……傭兵団の皆……ッ!?」

 リクスは目を見開き、仲間達を凝視する。彼らの会話に耳を傾ける。

「リクス! 頼む! 生きてたら返事をしてくれぇ! リクスゥ!」

「団長、無理っすよ……見たでしょう? リクスの最期……」

「あの爆発じゃ、多分、骨の欠片すら残ってねえよ……ぐすっ……」

「あいつ……俺達のために……ッ! 無茶しやがって……ッ!」

 すると、強面で筋骨隆々の男――ブラック団長がその場に泣き崩れる。

「リクスッ! バカ野郎! なんで死んだんだ!? 俺より先に死ぬやつがあるか! うおあああああああああああぁぁぁーーッ!」

 ブラック傭兵団の団長ブラックは、この東部では知らぬ者のない最強の傭兵だった。

 常に豪快で、酒を片手にガハハと笑うような豪傑で、こんな風に泣き崩れる姿なんて想像もつかない男であった。

 そんな男が、今、号泣している。リクスの死を悼んでいる。

 そんなブラックの姿に、リクスは胸が締め付けられる思いを禁じ得ない。

「だ、団長……」

 思えば三年前、孤児だったリクスがブラックに拾われて以来、ブラックは本当の息子のようにリクスに接してくれた。傭兵として、様々なことを教わった。

 ブラックだけじゃない。傭兵団の他の皆もだ。

 皆、天涯孤独なリクスにとって、家族も同然だった。

 なんだかんだで、リクスが今まで生き残れたのは、ブラック傭兵団のお陰なのだ。

(一体、俺は何をやってるんだ? そんな恩義も忘れて、こんな不義理なこと……ッ! 本当にいいのか……ッ!?)

 リクスの足が、自分を探している仲間達の元へ吸い寄せられるように、一歩を踏み出していた。

 その時、リクスの脳裏に、ブラック傭兵団で過ごした様々な思い出が、まるで走馬灯のように蘇る――


『ちょ、団長!? あの敵大部隊を俺一人で食い止めろって、どういうことっすかぁあああああああああああ!?』

『大丈夫だ、リクス! お前の実力ならやれる! お前を信じる俺を信じろ!』

『信じられるかぁあああああああ!? お前、今、サイコロで配置決めたろ!?』

 しょっちゅうあった、そんな無茶振りの記憶。


『だ、団長ぉ!? 団の資金を一晩で食い潰すなんて、一体、何考えてんすかぁ!?』

『フッ……昨夜は、アリエッタちゃんに全て捧げなきゃ負けだった。お陰で人生最高の夜だった……ッ! 我が人生に一片の悔いなしッ! ぐへへ……』

『こんの色ボケドアホ!』

『相変わらず固ぇなぁ、リクスは。まぁいいじゃん、金ならまた敵ぶっ殺して稼げば』

『ふざけんな!』

 しょっちゅうあった、そんな理不尽の記憶。


『待てぇえええええ! リクスぅううううう! 逃げるなぁああああああ!』

『今日こそ、俺達と一緒に娼館へ行こうぜぇええええええ!?』

『お前もいい加減、童貞捨てとけって! 悪ぃことは言わねえから!』

『うおおおおおおお! 余計なお世話だ、バカ共ぉおおおおおおーーッ!』

 しょっちゅうあった、そんないざこざ。


『おいいいい!? お前、なんで俺の食料まで食べちゃったの!? 次の補給、いつだと思ってんの!? 死ねと!?』

『アニキ、傭兵は弱肉強食っす! 隙を見せたアニキが悪いっすよ!』(どやぁ)

『お前を食ってやろうか、ゴラァ!?』

 しょっちゅう、自分を餓死寸前まで追い込んでくる妹分。


『団長! 団長! 一体、どうして俺達、野営中にこんな謎の暗殺者集団に襲われて、死に物狂いで戦ってるんですかね!?』

『フッ……心当たりが多過ぎて、わからんな!』

『このド畜生! ふざけんな!』

『ほらほら、無駄口叩いている暇があったら、一匹でも多く殺せって。じゃないとお前が死ぬぞ~?』

『うおおおおお!? 死んでたまるかぁあああああーーッ!?』

 しょっちゅうあった、そんな修羅場。

 他にも、様々な懐かしい記憶の光景が、次から次へとリクスの脳裏を過って――


「……やっぱ、傭兵はもういいかな」

 そう結論した。

 たった一つのシンプルな答えだった。

 仲間達へ向かって踏み出しかけていた足は、ピタリと止まっている。

 そして、その場でくるりと踵を返して。


「「「「リクスぅうううううううううううううううううーーッ!」」」」


 仲間達の慟哭を背に、リクスはジト目でその場を後にする。

 こうして、少年傭兵リクスは魔術師になるため、新たな世界へ旅立つのであった。

 迷いや後悔はまったくない。

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