第一章 謎解きは陽キャを殲滅する手段である

部室調査とバンドマン

「早速、部室を見せてもらっていいですか?」

「はい、分かりました」

 阿久津さんが南京錠を外して、ガラガラとドアを開ける。三人に続いて入りながら、俺は彼女に耳打ちした。

「ところで織羽、こういう謎解きみたいなことできるのか?」

 彼女は目を見開いてきょとんとする。そして何か考え事をするように上を見たあと、もう一度俺に視線を合わせた。

「できるかどうか、考えもしなかったわ」

「なんでだよ」

 解決するって大見得切ってましたけど。

「まあでも、大丈夫。私結構ライトミステリとか閃きパズルみたいなの大好きで読んでるからきっと活かせるわよ。なんたってほら、中学のときは休み時間も本読んでたし、部活ないから家帰っても本読んでたし──」

「ストップ! この話いったんやめよう!」

 これ以上すると精神衛生上良くない気がする。

「それに……学年一の秀才がいれば大丈夫よ」

 彼女は俺の肩をトンッと軽く叩く。「でしょ?」と言わんばかりの表情で。

「できる限りのことはするさ」

 期待を込めた目に、応えないわけにはいかなかった。

「お邪魔します」

 部室は普通のクラス教室より少し狭いくらいだけど、机がないから随分広く見える。壁にくっつける形で、楽器や楽譜、譜面台などを置くための銀色の金属棚が設置されており、楽器が入っているであろう黒いハードケースが幾つも置かれている。ドラムなどの大きな楽器も部屋の隅に寄せられていて、部屋の真ん中に何脚か置かれた丸くて茶色い座面のスツールは、床から大きなキノコが生えているかのようだった。

「あのケースに入ってるのがギター、あっちがサックス。コントラバスは奥に立てかけてあるあれだよ。今日部室に来たときにも全部ちゃんとケースに入ってたから、弾いた人が戻したんだろうね」

 眼鏡の右テンプルを人差し指で上げながら、小菅さんがしょげた様子で順に指差していく。落ち込み方から察するに、どうやら彼がコントラバスの演奏を担当していたのかもしれない。

「ちょっと拝見しますね。あめすけ、ケース外すの手伝ってくれる?」

 織羽が部室右手奥の角に寄り掛からせているコントラバスに近づく。さすがに大きくてハードケースには入らないので、グレーの布製の専用ケースにくるまれていた。担げるようにショルダーベルトも付いているそのケースは、ふた側全面がポケット仕様になっている。楽譜や筆記用具を収納するのだろう。

 二人で上からケースを外していくと、途中で小菅さんも加勢してくれた。姿を現した、焼き立てのクロワッサンのような色のコントラバスを、小菅さんが支えているうちに裏から覗くと、確かに裏面の左側に引っ掻いたような傷があった。

 その傷を織羽と二人、並んで観察する。

「他の楽器には傷はなかったんですよね?」

 俺の問いに答えたのは、同じ一年生の家倉君だった。

「うん、触った後はあったけど、特に傷とかは付いてないよ」

「なるほど、やっぱりそういうことね」

 彼の返事に、織羽は俺より速く反応する。え、そのリアクションって、まさか。

「織羽、何か分かったのか?」

「うん、まあ侵入した人をある程度絞り込めただけだけどね」

「ホントに!」

 家倉君がぱあっと明るい表情になる。織羽が細長い人差し指をビシッと俺の方に向けると、その拍子に横の髪がピンッと外ハネした。

「ギターに触れたってことは弾こうとしたってことでしょ? 弾けるってことは家でもギターを持ってるってことよ。ってことは、どう考えてもバンドやってる陽キャの可能性が高いわね!」

「どこがどう絞り込めたんだよ」

 家倉君を見なよ。びっくりするほどポカンとしてるじゃん。

「あのな織羽、ギター弾けなくてもギター触ることはあるだろ? 弾き真似してみたりとかさ」

「ギターを弾き真似してキャッキャするだけの人間ならわざわざコントラバスまで手を出さないわよ。ギターをちょっと爪弾いたうえで『コントラバスも触ってみようぜ』って感じで手を出したに決まってるわ。だからバンドマンなの!」

「固い信念を感じる……」

 こんな決めつけスタートで謎解きができるのか。

「織羽、バンドマンに何か恨みでもあるような口ぶりだけど……」

「個人的に恨みがあるわけじゃないけど、青春送ってる人はみんな憎いからね。強いて言うなら、『俺たちはメッセージを歌にしてるんじゃねえ、叫びにしてるんだよ』って感じで熱い青春送ってますスタンスが気に入らないわ。でもって、オリジナル曲がなきゃ、とか言って作詞しては、しょっちゅう桜が舞い散ったり光が降り注いだり瞳を閉じたりしてるんだから」

「バンドマンに謝れ」

 ジャズ研の三人を見なって、君の毒に恐れをなしているよ。

「あめすけもちょっと陽キャの気持ちになって考えてみてよ。どんな人だったら勝手に部室に入って楽器を弾いちゃうのか。相手の特徴を推察するプロファイリングは謎解きの基本でしょ?」

「え、気持ちになって?」

「そうよ。ほら、自分がゴリゴリに明るいポジティブ高校生だったらどうするか想像してみて」

 言われた通りに目を瞑って考えてみる。どんな高校生ならこの部屋に来るか。

 が、すぐに目を開けた。

「……いや、やってみたけど無理だ。俺の中にいる一人の俺が『お前が今更ポジティブキャラとかガラにもないことやってさ』って嘲笑してくる。『誰も見てない、気にしてない』って言う人もいるだろ? 違うんだよ、俺が見てるんだよ! 俺が風船ならとっくに羞恥心で破裂してる」

「そんな話はしてないでしょ!」

 大きな溜息をつかれる。あれ? このコンビで解決できる気がしなくなってきたぞ?

「今のところ、陽キャのバンドマンって条件しか出てきてないんだけど、もう少し具体的に絞り込めないか?」

「んん……あるいは、バンドのアニメにハマって勢いでギターを買って二ヶ月だけ弾いて売り払った陰キャオタクの可能性もなくはないわね」

「俺の話聞いてなかったのか」

 候補広がってんじゃん。

「でも実際、誰かが鍵が開いていることに気付いてこの部室に入ってきた、と仮定すると絞り込むのは限りなく難しいな」

「ん、ちょっと待って」

 織羽は右の手のひらで俺を制し、握った左手を口元に当てて黙りこんだ。こうやって静かにしていると、切れ長の目もツンとすましたような小さな鼻もやっぱり美人に見える。

「……あっ」

 不意に彼女は、ハッと何かに気付いたように顔を上げ、入り口のドアを見遣る。

「用がなければ生徒が来ない北校舎の端っこにある教室、しかも昨日部活が終わって鍵が壊れてることに気付いたのは夕方でしょ? 夕方たまたまここに来て、鍵が壊れてて入れるようになってるって発見するなんて、そんな偶然あるかな。誰か、壊れたことを知ってた人がいたんじゃない?」

「おおっ、確かに」

 言われてみればその通りだ。ジャズ研の人たちは壊れた南京錠をドアに掛けておいたと言っていた。ぱっと見は鍵がかかってるように見えるはずだから、部室の前まで来ないと分からない。

「あの、皆さん以外で、鍵が壊れたこと知ってる人っていませんか? 近くで聞いていた、とか」

「あ、それならいるよ」

 織羽の問いに反応したのは小菅さんだった。

「鍵が壊れたって昨日も俺たち騒いでたんだよ。そのときに、三つ隣の部室で将棋部がちょうど帰ろうとしてたから、あの人たちなら知ってるかも」

「織羽、やったな! 怪しいグループが絞れたぞ」

「しょうぎぶう?」

 俺のリアクションに対し、嫌いな野菜を取り皿に盛られた子どものように織羽が顔を歪める。美人が台無し。

「あのね、将棋部がジャズに興味あるわけないでしょ! あの人たち、駒打ってるパチパチ音で十分楽しいんだから!」

「その全方向に敵作ってくスタイルなんなんだよ」

 陽キャにだけ刃向けるんじゃないのかよ。

「敵は陽キャなんだろ? 将棋部にあんまり陽キャのイメージないけど」

 ジャズ研に聞こえないように小声で話すと、彼女はキッとこっちを睨んだ。

「あめすけ、誤解してるわ。復讐のメインの標的は陽キャだけど、文化部だってズルいと思ってるし腹は立つからイライラはぶつけていくの。楽しくやってる人はみんなズルい! 私なんか部活経験たったの一ヶ月よ!」

「それは悲しい……」

「部活動って何? 人間関係がうまくできないと在籍も許されないのよ? 社会活動の間違いじゃない?」

「分かった分かった、織羽さん、俺の負けです」

 全てを怒りに変えていくエネルギーの前では俺は無力。

「でも、将棋部が鍵のことを知ってる以上、話を聞く価値はあるだろ?」

「確かに……ジャズにはさほど興味ないと思うけど、勝負に負けてムシャクシャして部室に侵入したってことも考えられるからね」

 こうして、この日の調査は終わりにし、将棋部に詳しく話を聞くことにした。


「えっとですね……その……」

 翌日、火曜日の放課後。将棋部の三人をいきなり部室から連れ出し、ジャズ研の部屋の前に招いた後、織羽が口を開く。陰キャ特有の人見知りを発動し、しばらく口ごもっていたが、やがて自分に喝を入れるように両頬を軽くペチンと叩いた。

「今日、皆さんをお呼びしたのは他でもありません。実は、このジャズ研究会の部室で、とんでもないことが起こったんです」

 話の始め方が完全に、謎が解けたときのそれ。

「……ということでコントラバスを傷付けた人がいます。それで、よくよく話を聞いてみると、ジャズ研の部室の鍵が壊れて騒いでいたときに、将棋部の中で皆さん三人が聞いていた、と」

 織羽の横で、ジャズ研会長代理の阿久津さんが小さく頷く。さっき将棋部の部室を覗いて、阿久津さんの記憶を頼りに、その場にいたという三人を教えてもらった。ちなみに、あまり大勢で待ち構えるのも将棋部からすれば良い気分ではないだろう、という阿久津さん本人からの助言で、小菅さんと家倉さんは同席せずに帰宅している。

 将棋部のメンバーは黙って聞いていたが、やがて一人の黒髪短髪の優しそうな顔立ちの男子が、織羽に視線を向けたまま手を挙げた。

「あの、将棋部のしらいしです。すみません、話は分かったんですけど、アナタはジャズ研じゃないんですか……?」

 うっ、これはもっともな質問だ。なんで関係ない人間が首突っ込んでるか気になるもんな。織羽、どう答えるんだろう。

「私とこっちにいる雨原君は謎解き好きの帰宅部です。サスペンスドラマにいますよね? 趣味で謎解いちゃう人。ね、あめすけ、ね、つい解いちゃうんだよね、ね」

「お、おう、そうなんです」

 めちゃくちゃ念押しするじゃん。圧に負けたわ。

「生徒会が犯人探ししてる、みたいな大げさな話じゃないので、あんまり深く気にせず協力してもらえると嬉しいです」

「分かりました。こっちも紹介しておくと、彼がで、右の彼がかやです。全員二年生です」

 横一列に並んでいる中で、一番左の白石さんが順番に紹介していく。全員が背丈が似ていて裸眼で黒髪。真ん中にいるタレ目の海老名さんの前髪は眉上まで、一番右の少し目つきの悪い茅野さんの前髪が目にかかるぐらいの長さなので、短髪の白石さんから順に髪が伸びる過程を見ているかのよう。

「ちょっと待ってくれよ、俺たち何もやってねえよ」

 茅野さんが苛立ちを募らせるような声で目をキッとつりあげる。

 そう、ここが肝心。関係ない人間から疑いをかけられて不満が出ないわけがない。どう乗り越えるか、織羽の腕の見せどころだ。

「いや、そうなんですよ、私も正直そう思ってるんです。将棋部がジャズとかオーケストラに興味持つわけないって。管弦楽より金銀角でしょうし」

「なんてね! ちょっと彼女、色々尖ってまして! えへへ」

 秒で誤魔化した。ウッソでしょ、いきなりそんなアクセル全開なの。

 あああ、将棋部が俺たちを見る目が「なんだこいつらは?」に変わっていく……対局中の食事で敵が流しそうめん食べてもこんな風に不思議がることはないんじゃないかな……ごめんなさい、俺がちゃんとコントロールできてなくて……。だめだ、どんどん気分が沈んできた。駒でいえば歩にも劣る匍匐前進。自己肯定感が全く前進しない。

「たまたま疑われる場所にいちゃったから不運といえば不運なんですよね。飛車角みたいに速く動いて帰ってればこんな風にはならなかっ──」

「織羽さん、もうそこら辺で! 部室見てもらお!」

 暴走している織羽の口を押さえ、ジャズ研の部室にみんなで入ることにした。

「へえ、ここで演奏してるんですね、普段から聞こえてますよ」

「かなり音絞って弾いてるんですけどね。すみません、将棋の邪魔になってたら」

「いえいえ、全然です。気遣ってもらってありがとうございます」

 白石さんが楽器の入ったハードケースに目を遣る。さっきまでやや怒っていた茅野さんは「うちの部室より広い」と羨ましそうにキョロキョロ見回していた。

「あれ、サックスですか?」

「あ、そうです、テナーサックスです」

 これまでほとんど話していなかった海老名さんが訊くと、阿久津さんはケースを開けて少し大きめのサックスを取り出した。

 白石さんと茅野さんも、それをまじまじと見つめる。

「いつもこれ吹いてるんですね」

「あとドラムとか木琴? も聞こえてくるな」

「ああ、ドラムもマリンバもやりますよ! ちゃんと活動してるの三人しかいないんで、楽器の種類の方が多いんですよね」

 将棋部のメンバーは意外とジャズに興味があるらしく、棚の楽器や楽譜を興味深そうに見ていた。毎日部活のときにBGMとして聴いてるから、いつも弾いてる曲などは覚えているらしい。阿久津さんがサックスをワンフレーズ奏でると、「おおー!」と歓声が上がった。

「それで、ウッドベースはあれですか?」

 海老名さんが問題の傷付いた楽器を指差す。「え、コントラバスだろ?」と茅野さんが言うと、「別名でそう呼ぶんだよ」と補足していた。

「これです、ここに引っ掻いたような傷が」

 阿久津さんがグレーの布ケースを外し、コントラバスの裏面を見せた。昨日も見た、手のひらほどの大きさのある白っぽく痕のついた傷。

「ホントだ……一応聞くけど、二人とも何か知ってるか? あるいは誰か他の部員から聞いているとか」

 白石さんの質問に二人は首を振る。「ですよね」と項垂れる阿久津さん。でも、仮に傷付けた本人だとしても、この場ではそう答えるしかないだろう。鍵が壊れていたことを知っている人間がかなり限定されていることを考えると、やっぱり将棋部の三人が怪しい。

 話題を変えようとしたのか、白石さんは「すみません、力になれなくて」と首からお辞儀した後、コントラバスをチラッと見た。

「カッコいいですね。座って弾いてるの、テレビで見たことあります」

「あ、良かったら弾いてみますか?」

「え、マジで!」

 いち早く反応したのは茅野さんだった。阿久津さんが準備している間、織羽が話しかけてくる。

「あめすけ、今の聞いた?」

「ああ、返事速かったよな。ひょっとして、真っ先に触って証拠隠滅とか……」

「違う違う。将棋部が『マジで』なんて使うの、プロ精神に欠けると思わない?」

「そこなの」

 謎解きはどうしたんだよ。プロ精神に欠けるぞ。

「家で言うならいいけど、今この瞬間は将棋部っていうキャラクターでいるんだから。対局中に『マジで』って言う棋士いる? 『誠でございますか』でしょ?」

「そんなこと言う棋士もいないわ」

 そもそも対局中にほぼ喋らないわ。

「よし、これで大丈夫です。茅野さんから弾きますか?」

「うわ、ありがとうございます!」

 コントラバスの一番下、エンドピンと呼ばれている黒い棒状の支えの部分をしっかり床に立て、滑らないようにする。茅野さんが椅子に座り、横に置かれていた弓でおそるおそる弦を弾くと、ボオオオという低い音色が部室に響いた。次の海老名さんは指で弦を弾いてベーンと軽快な音を鳴らし、最後の白石さんも海老名さんを真似して指で弾いた。

「いやあ、楽しいですね! あ、そう言えばジャズで使うギターって、普通のギターなんですか?」

 楽器棚を見ていた白石さんが阿久津さんに尋ねつつ部屋の電気を点ける。急に働くことになった蛍光灯が、気怠そうに時間をかけて点灯した。

「ギターは普通のバンド用とは少し違う、フルアコースティックギターっていうのを使ってますよ。ちょうど今日はうちのメンバーが持ち帰ってるんですけど」

 阿久津さんがそう答えると、白石さんが「家で練習してるんですね」とギターの弾き真似をしておどける。「自宅でギター練習とかカッコいいな」と茅野さんが感嘆の声を漏らすと、横の海老名さんも頷きながら「カッコイイよね。家だとイヤホンして弾いてるのかな」と返事した。

「ううん……どうしてこんなところに傷が付いたのかな……」

 織羽は、出したままになっているコントラバスの裏面、左側にある傷をじっと見つめている。

「あめすけ、これ何でできた傷かな?」

「ううん、俺は刃物かなと思ったんだけど」

「分かる、陽キャと言えば刃物だもんね」

「その連想ゲーム、どこかで設定が狂ってるぞ」

 どう繋がってるんだよその二つ。

「私も刃物かなと思ったんだけど、こんな擦り傷みたいな痕にはならなくて、もっと鋭い感じになると思うのよね。それに左側についてるのも気になる。もし右利きの人が何かでこれを切ろうとしたら、普通右側に傷がつくはずでしょ?」

「確かにそうだな……」

 左利きの人がやったか、あるいは右利きの人が誰かに罪をなすりつけるため……色々な考えが浮かんでは、確証まで至らず首を傾げてしまう。

 ズボンのポケットに手を突っ込むと、休み時間に舐め忘れたフルーツ味の飴が入っていた。おそらくブドウであろうそのクリアな紫の飴を、ポンッと口に放り込み、もう一度考えてみた。

 さっき違和感を覚えた気がした。何か、彼らの話の中で引っかかる部分があった気がするんだけど……。

「阿久津さん、ちょっと座って弾いてもらってもいいですか?」

「今ですか? いいですよ」

 織羽の依頼に、阿久津さんは快く応じる。「専用の椅子もあるんですけどね、高価なんで」と苦笑いしながら、彼は丸いスツールにがに股のような形で座る。そして。左の太ももの内側にコントラバスの裏板が当たるように楽器を抱えて、右手で弓を持った。左手は上部の指板と呼ばれる場所の弦を押さえている。弓を構え、まさに弾こうとしたとき、横で見ていた織羽がグッと前に出た。

「あ……そういうことね!」

「そういうことだったんだ!」

 全く同じタイミングで叫んだ俺に、織羽が驚いたように振り向く。将棋部の三人とジャズ研の阿久津さんは、そんな俺たちを交互に見ていた。

「織羽、何か分かったのか?」

「うん、バッチリ。あめすけは?」

「一つだけな。ちょっと教えてもいいか?」

「うん、聞かせて」

 部室の隅に来ると、彼女は耳横の黒髪をかき上げ、「んっ」と耳を近づけた。こういう不意に見せる仕草にドキッとさせられてしまう。

「さっきのことなんだけど……」

 俺の話を聞いた彼女は、「そうなんだ」と頬を緩める。どうやら俺は彼女と違うことに気付いたらしい。そして「新しい情報ありがと。これで侵入者も確証が持てたわ」と右手でオッケーマークを作ってみせた。

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